2000.6.15.発行 vol.3  [ヨージ・ヤマモトと贅肉号]

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■■  [本]のメルマガ                                1999.6.15.発行  
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■■       mailmagazine of books        [ヨージ・ヤマモトと贅肉号]  
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■CONTENTS-----------------------------------------------------------
★トピックス
★「現代思想の最前線」/五月(ごがつ)
→スピヴァック最新刊の長短を自在に論じます。特に日本へのうろんな論考
に対する切れ味鋭い批判は一読三嘆!

★「中国古典で浅学菲才が直る?」/掩耳(えんじ)
→自分の上司はどれ程使えなかったのか!? がわかる人物鑑定法付き。

★「今日(こんにち)の芸術」/忘れっぽい天使
→現役最前線の詩人である著者が、同時代の傑作詩集を紹介します。読まれ
てはいないけど、現代詩は隠れた傑作揃い?

★「脱・書店員日記」/aguni(あぐに)
→電脳書店は本当にメジャーとなるのか? 迫真の論考が続きます。
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■トピックス
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■文庫近刊情報(七月予定分)

※価格は税別本体予価です。

1)エマニュエル・レヴィナス『存在の彼方へ』(講談社学術文庫)
 合田正人=訳。1250円。

先に刊行された『レヴィナス・コレクション』(ちくま学芸文庫)で予告さ
れていたのが、これ。未確認だが、かつて朝日出版社から90年に出版された
『存在するとは別の仕方で あるいは存在することの彼方へ』の改訳文庫化
だろう。今では古本市場でもレアになってしまったレヴィナスの主著が再刊
されることを待ちに待っていた読者も多いはず。永遠に「来たるべき倫理学
」として到来しつづける著者の声に触れる絶好のマストアイテム。

2)サルトル『マラルメ論』(ちくま学芸文庫)
渡辺守章ほか=訳。1000円。

中央公論社から出ていた同名の単行本の文庫化だろう。サルトルの文庫本は
他に新潮社から短篇小説集『水いらず』が出ていたことをご存知の方も多い
と思うが、かつては『聖ジュネ』も出ていたというおどろきのウワサを耳に
した。ガセかもしれない。ご存知の方がいたら教えてください。

『聖ジュネ』の初邦訳書は新潮社の単行本『殉教と反抗』上下で、その後は
人文書院のサルトル全集に単行本『聖ジュネ』上下として改訳再刊され、現
在は品切。この名著を人文書院はいつまで切らしておくのだろう。アメリカ
や日本の先鋭的な批評家たちが、ゲイ・スタディーズの観点やデリダの『弔
鐘』(太田出版『批評空間』連載中)との対比の観点からサルトルのこの本
を再検討し注目している昨今、惜しまれることだ。古本屋でもなかなか美本
はゲットできない。

3)ツヴェタン・トドロフ『幻想文学論序説(仮)』(創元SF文庫)
 渡辺明正、三好郁朗=訳。700円。

朝日出版社から75年に出された『幻想文学』の文庫化だろう。ずいぶんタイ
ムラグを感じさせるが、創元社もエラいもんだ。かつて『未来のイヴ』がこ
こから文庫化された時は、読者がずいぶん喜んだろうと思うが、こうした渋
いラインナップは文庫化してもやがて姿を消していってしまうことが多いし、
しかも古本屋に行くとこうした類のものがトンデモなく高価だったりする
(例、サンリオ文庫)。耐えがたい。『未来のイヴ』は後追いで岩波も文庫
を復刊したが、岩波ってよくこうやって「競合させる?」リヴァイヴァルが
多いように思う。偶然かしら。

4)W・B・キィ『メディア・セックス』(集英社文庫)植島啓司=訳。
895円。

悲しいかな廃業してしまったリブロポートから出版されていたものの文庫化。
これを読んだ当時、広告やCMに「SEX」の文字を一生懸命になって見つ
けようとしたことがなつかしい。それくらい衝撃的だった。一世を風靡した
本だが、文庫になって中高校生とかに売れるといいなあ。

5)布施英利『死体を探せ!』(角川ソフィア文庫)。価格未定。

93年法蔵館本の文庫化。ソフィアで出すとは思わなかった。布施さんは今も
ヨージ・ヤマモトの服を好んで着てらっしゃるのだろうか。私もヨージが好
きですが、最近は貧乏なので買えません。中年太りのせいで前買ったのも着
れなくなりました、コンチクショウ。

6)ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』(講談社文芸文庫)
 富士川義之=訳。1200円。

ナボコフは今年生誕百周年。新聞記事によれば来年、『短篇全集』全2巻が
作品社から出るとのこと。著作全集はロシアでもアメリカでも出ていないら
しい。その知名度にもかかわらず、ナボコフはある種「これからの作家」な
のかもしれない。

7)W・P・ブラッティ『エクソシスト』(創元推理文庫)
宇野利泰=訳。920円。

番外的で恐縮です。最近『エクソシストとの対話』だっけ?、小学館からル
ポルタージュ本が出ましたよね。優秀作を受賞しているんですが、大賞にな
ると賞金がバカ高いのに驚きました。かの『絶対音感』も先の受賞作なんで
すが、この「20世紀国際ノンフィクション大賞」とかいうの、幅広いという
か何でもありっぽくて、いいんだかわるいんだか。

上記『メディア・セックス』に映画『エクソシスト』の分析があってめちゃ
くちゃ面白いのですが、映画と小説はおもむきや展開が当然ながらちょっと
違います。違うんだけれど、やはり傑作。私は個人的には著者自身が撮った
映画『エクソシスト3』も好きです。『1』はお手頃価格なんですが、『3
』のヴィデオ版も早く安くなれー。

■書店出店バブルはまだまだ続く
出版不況の元凶の一つ、書店の出店バブルはまだまだ続くようです。今年秋
には八重洲大丸に某大手チェーンが300坪規模で出店、他にも関西に本店
のある某大手の神奈川地区二店舗出店、そこで売上を食われる某大手の新浦
安出店などが噂されています。書店内の人材が薄まって既存店のレヴェル下
落が目を覆うべき状態になっていることに、経営者は気づかないのでしょう
か?

■京都書院、逝く
6月2日、ついに京都書院が倒産しました。しかし、倒産前のごたごたで、
書店には逆に商品が結構残っているようです。また、光琳社も倒産後の返品
を一切認めないため、各書店には商品が大量に残っているようです。
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■ 現代思想の最前線/五月(ごがつ)
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「スピヴァック極めつけの新著が満を持してついに出た!」

先月早々にアマゾンで予約していた本が届く。『ポストコロニアル理性批判
−−〈消えゆく現在〉の歴史へむけて』、ガヤトリ・チャクラヴォーティ・
スピヴァックの新著である。ハーヴァード大学出版局刊。短い序文を除き、
本文431頁の重量級で、細かく周到に配備された注が時には目の前を大き
く占領して、読む者を威圧する。

1942年インドはカルカッタに生まれた彼女は、現在コロンビア大学教授
であり、実力においてサイードとポストコロニアル研究の分野を、いやアメ
リカ批評界を二分していると言って間違いない論客である。カルカッタ大学
卒業後渡米、ポール・ド・マンの元に学ぶ(ちなみに今回紹介する新刊はド
・マンに捧げられている)。1976年に、デリダの『グラマトロジーに
ついて』の英訳を出版、長大な序論は今や伝説ですらある。

さほど多くない彼女の著書は、一作ごとに大きな注目を浴びてきた。
脱構築、マルクス主義、フェミニズム、サバルタン研究のこのハイブリッド
は、次々に批評史を刷新していく恐るべき威力を発揮した。そして今ふたた
び、とてつもない本が出た。出てしまった。同僚のチャタージーは「これぞ
極めつけのスピヴァック」と絶賛し、ラディカル・フェミニズムの旗手ジュ
ディス・バトラーは「現代においてずばぬけた存在」と口を極め、アルゼン
チン出身の才媛サスキア・サッセンも、本書が著者スピヴァック自身にとっ
て特段の進歩を示すものだと認めている。

『ポストコロニアル理性批判』は論文の寄せ集めではない、旧稿をほとんど
改めた全編書き下ろしだと言っていい。4章から成り、それぞれ「哲学」
「文学」「歴史」「文化」と続く。「哲学」ではカント、ヘーゲル、そして
マルクスが、原住民という存在をいかにとらえていたかを論じ、「文学」で
はブロンテ、メアリー・シェリー、ボードレール、キプリング、マハスウェ
ータ・デヴィ、ジャメイカ・キンケイド等における植民地主義とポストコロ
ニアルの問題を研究。

「歴史」は本書の圧巻で、かの『サバルタンは語ることができるか』(みす
ず書房)を核としながら再説という以上の広がりを見せる。内容的にやや異
質に見える「文化」の章では、ポストモダン・カルチャーとフェミニズムの
問題に触れている。なお、付録として「脱構築という作業にとりかかって」
と題された小論が加えられており、ディコンストラクショニズムの系譜が随
分と図式的に説明されていた(と読めた)。

植民地主義的言説の研究から国際文化研究まで、スピヴァックは困難な挑戦
を続ける。ベル・フックスやトリン・ミンハ、チャンドラ・モハンティやサ
ーラ・スレーリ等を、問題意識においては「我知らず」同じ地平のもとにい
る研究者=共闘者であるとして共鳴し、「本書はフェミニストの書物」であ
ると断言している。また「ある人はいらいらしたり困惑するだろうが、ある
人はこの挑戦を分かち合ってくれるだろう」とも序文で書いている。

スレーリとの年来のやりとりは特に重要だったようだ。しかしフェミニズム
の敵へむけて組織された抵抗運動は、語る言葉をもたない人々を疎外し続け
ており、今もこの人々を知識人たちの「認可された無知」状態の下敷きにし
続けているのだ。そう述べるところにも、植民地主義以後の理性を批判する
スピヴァックの本領が見える。

自らを「不確かな学識」「学際的に博識であるには不十分」としながらも
「旧弊を打ち破る」と言ってのける本書に、文句を述べることなどできたも
のではないが、日本人としてひとつ、興味深い記述が「文化」の章にある。
コム・デ・ギャルソンのデザイナー川久保玲を引き合いに出して、現代の欧
米における日本像を論じた箇所である(338頁から347頁を参照)。

乱暴に要約し敷延すれば、スピヴァックの意見というのは次のように読めな
くもない。つまり、アメリカのジャーナリストやフランスのロラン・バルト
に顕著なように、西洋の目から見た日本像は、前世紀のインド像や中国像に
等しいものであり、ポストモダニズムやポスト植民地主義のバイアスがかか
っており、例えばコム・デ・ギャルソンもおフランス趣味の模型であり、西
洋に取り込まれた「他者」なのだ、という風に。

「私は川久保氏を知らないし、彼女がいいとかよくないとか言われることに
興味がない」と述べつつ、川久保のインタビュー記事の片言隻句を引用した
り、「この件については別の機会に研究したい」と書きつつ、ご丁寧にギャ
ルソンの広報誌の『Six』まで中途半端に論評するというのはやや理解し
がたい。

バルトの名著『表徴の帝国』が疑いもなくフランス人から見た日本像に過ぎ
ないことは分かっている。また、スピヴァックが指摘するように、80年代
に国際的にもてはやされた日本人デザイナーは、日本人としてのアイデン
ティティと、そこから立ち出でることのゆらぎとのはざまに、あるいは心の
底では動揺していたかもしれない。しかし何かがしっくりこない。80年代
に国際デビューした日本人クリエイターたちの中には少なくとも、日本的
伝統や西洋的範疇のいずれにも与しない何らかの問題意識を抱えていた人々
がいたと思えるからだ。

ハルトゥーニアンや竹内好を傍証に戦後日本の自我同一性の歪みを論じ、あ
るいは西川麦子や松井やよりの著書への参照で日本のフェミニズムへの好印
象を語ろうと、スピヴァックの日本像も、やはりオリエンタリズムのひとつ
にとどまっていやしないか。川久保玲へのコメントにたくさんの保留をつけ
たところで、それは再び一辺倒に終わっている。

辛うじて「彼女の服には感銘を受けた」というようなことを書いても、それ
はスピヴァック特有の痛烈な皮肉に聞こえる。1986年のクリスマス時にギャ
ルソンのニューヨーク・ブティックで販売されていたTシャツやYシャツの
価格を引いてまで彼女は何を言おうとしたのか。かつて埴谷雄高から「着て
いる服はぼったくりブランド」と論難された吉本隆明や、年来ギャルソン・
ファンの鷲田清一の両氏なら、スピヴァックのこの一節をどう読むだろうか。

更に疑問がある。注で「現在はどうなのか追跡していない」とことわるなら、
「日本の経済成長は自己犠牲的サムライ・スピリットにその秘密がある」と
いうマスメディアの風説を引用する意図は不明確になるし、現在の日本経済
の混迷へ目配りするなら、アジア=太平洋地域の将来的な経済破綻について
一言だけ予言めいたことを言うのではなく、もう少し突っ込んだ国際政治経
済学的議論を薫発してもよかったはずだ。

おそらくスピヴァックにとっても日本はまだ本当は見果てぬ国なのかもしれ
ない。343頁にある「社会の歴史的発展図」は、ウンベルト・メロッティ
の『マルクスと第三世界』から転載したもので、マルクス理論の翻案だが、
そこではこう説明されている。まず原始的共同体があり、スラヴ共同体やア
ジア的共同体、古典的共同体、ゲルマン共同体、その他に分かれ、それぞれ
ロシア、エジプト、中国、インド、ヨーロッパ諸国になり、それらは発展の
差はあれ資本主義国家や集産主義官僚国家と呼ばれ、やがてはすべてが社会
主義、そして共産主義社会へと発展していく、というように。

日本はどこに属しているか。日本は来たるべき社会主義や共産主義とひとつ
になる前には、西洋と同じ、進歩した資本主義国家であり、その前は封建制
社会である。そして、これが問題の発端なのだが、封建制の手前は「?」と
記され、ぼんやりと原始的共同体から立ち上がってきた「何か」を起源とし
ていることになっている。

スピヴァックがここまでうろんな図を参照した真意は知らない。しかしここ
に彼女とともに考えるべき「何か」がかいまみえることも確かだろう。スピ
ヴァックの日本像がどうであれ、本書『ポストコロニアル理性批判』のイン
パクトや重要性はけして薄れるものではない。一方で日本の著名な歴史家た
ちが国家の起源について迷信を払拭しようとしているこんにち、平行して、
スピヴァックと議論するきっかけが生まれたのではないだろうか。
                        (99年6月13日)
スピヴァックの本
“A Critique of Postcolonial Reason : Toward a History of the vanish
ing present”1999, Harvard University Press, $24.95, ISBN0-674-17764
-9 http://www.hup.harvard.edu

『文化としての他者』鈴木聡、大野雅子、鵜飼信光、片岡信=訳。
1990年12月、紀伊國屋書店、品切。ISBN4-314-00544-0
http://bookweb.kinokuniya.co.jp

『ポスト植民地主義の思想』清水和子、崎谷若菜=訳。
1992年12月、彩流社、本体2913円。ISBN4-88202-240-0

『サバルタンは語ることができるか』上村忠男=訳。
1998年12月、みすず書房、本体2300円。ISBN4-622-05031-5
http://www.msz.co.jp

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■ 中国古典で浅学菲才が直る?/掩耳(えんじ)
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限定的な心理探究ツールとしての「兵法書」

            その2   人の上に立つのはツライのだ

兵法的に言って、戦争とはしない方がもちろんいいもの――しかし、せざる
を得なくなった場合どうするか? 今回は、次善の策を見てみましょう。

・善く戦う者は、まず勝つべからざるを為して、以って敵の勝つべきを待つ。
勝つべからざるは己にあるも、勝つべきは敵に在り(孫子)

→戦上手は、不敗の態勢を固め、その上で敵が崩れるのを待つ。不敗の態勢
をつくれるかどうかは自軍の態勢にかかっているが、勝てるかどうかは、敵
の状況しだいによる。

ここでのポイントは<負けない>です。決して<勝つ>ではないのです。ま
ず負けない態勢を作った上でチャンスを窺う。自分一人の力で<負けない>
ことはできるが、<必ず勝つ>ことはできない。つまり、不敗は構築的であ
り、必勝は関係性なのです――株や土地など、関係性ですべてが成り立って
しまっていたバブル景気の頃、経営者がきちんと「孫子」読んでりゃ今の日
本経済こうはならなかった……そう、思わせる名言ですね。

では、負けない態勢を作るにはどうするか。兵法書では、将軍や君主(つま
り、人を使う側)の重要さがエンエン説かれています。例えば「六韜」では、
君主の側近を選ぶのにこんな人物鑑定法が挙げられています。

1金を与えてみて、好き勝手なことをしないか(経費枠があると、個人の嗜
好でつかいまくる上司みたいなもんです)
2高い地位につけて、傲慢にならないか
3重い責任をあたえて、すぐに放り出さないか
4仕事をあたえて、自分に都合の悪いことを隠し立てしないか
5危険な目にあわせて、尻込みしないか
6課題を与えて、すぐに手詰まりにならないか

読んでると、こりゃあいつだあいつ、と目の前に浮かぶ人物が結構いたりす
るのではないでしょうか? でも、案外自分もそう言われている対象だった
りして。これだから兵法書は恐ろしい・・・ 
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■ 「今日(こんにち)の芸術」/忘れっぽい天使
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詩は今を呼吸する@ ―奥野雅子詩集「日日は橙色の太陽に沿って」
                                            
「本のメルマガ」の読者の皆さんは詩というものを読むのでしょうか? 中
原中也は好きですか? 銀色夏生の本を旅行バッグに忍ばせていったことは
ありますか? 学校の授業で現代詩を習ったことは?……

ふんふん、それではまさに今この時を皆さんとともに呼吸している二十代の
女性の優れた詩集を二回に渡ってご紹介することにします。

一回目にご紹介するのは奥野雅子の「日日は橙色の太陽に沿って」(書肆山
田、2200円)。山羊と太陽と海と隕石?という、何やら意味あり気だが
何の意味だかわからない、心理テストの題材のような組み合わせを淡い色調
で描いた装画が表紙。さて、この不思議な表紙が暗示する通り、この詩集の
特徴はと言うと…濃密にして軽く・幻想的にして日常的・神経質にしておっ
とり。つまり、日々の感情の起伏に沿って自分自身のことをものすごーく赤
裸々に語った詩集ということ。シチュエイションはいろいろだが、<私>の主
観によって空間が独特な仕方でねじれていく様子が面白いものばかり。

いつも私を受けつけなかった
ドアのまえでは      が私のかわりに
(両腕いっぱい)
泣いているのがみえるあの日の私とおなじに
(白い花を咲かせる)
あの日からずっとそうしてうずくまっている
(私の傷痕からはこんなに花が咲き乱れる)
                                  「あかるい真昼に電車に乗って」より
  
主人公にとって悔いを残すことになったらしい「あの日」という過去に向か
って遡行したい気持ちを比喩化した作品。その相手の名前はこだわりの強さ
の余りか、空白のままになっている。過去と対面する緊張感は、傷だらけの
両腕から白い花を咲かせるという、強烈なイメージで表わされる。この詩を
読むとありふれた言い方の「心に負った傷」というものが、急に凄まじい生
々しさを伴って実感されてくる。

映画のラストのスクリーン全体を覆いつくすクローズ・アップで、
映しだされた彼のめには涙が浮かんでいる。
なぜ泣いているのか私はスクリーンに向かって訊こうとした。
<なぜなら、これは
不可解なラストだから>
と、彼がいう。
<これでいいんだ
ここはこの映画でいちばん
良くできているところだから>
                                                    「映画の中」より

自分の心にこだわりすぎる余り、観ている映画の中の登場人物を映画のスト
ーリーから切り離して、勝手に会話の相手に仕立ててしまう強引さ。「彼」
はドラマを放り出し、手をにぎるため腕をのばしてくれようとさえする。

お湯をわかそうと
コンロをひねると
ポン、と炎のかたちに花が咲く
ぽっかりと白い
浜辺に咲くような花
はまゆう  とか  いっただろうか
                                              「海水の届く部屋」より
  
  熱で会社を休んだ日のことを描いた詩だが、対象を自分へ引きつけるこの
手並みときたらどうだろう。念の強さが、一瞬にして歩きたかった浜辺を部
屋の中に出現させてしまう。その描写の細やかで的確なことといったら!
話者は想像力の一ひねりで湯気を浜辺の花に見立て、このあと波の音を聞き
ながらコーヒーを飲むという贅沢をたっぷり楽しむのだ。

  奥野雅子の詩は、個が絶えず競争に晒され、神経をすり減らすことを余儀
なくされる現代の社会における「処世術」として成立しているように思える。
大小の欲望を多様なイメージを駆使して物語化することで、比較の対象とし
て扱われることのない、絶対的に親密な場所を読者との間で確保しようとし
たのではないか。「わがまま」を実現し尽くした物語を作り他人に手渡すこ
と−それによって奥野雅子は「競争」という世間にはびこる物語に密かな反
抗の意志を表明しているように思えてならないのである。

次回は川本真知子詩集「勾配のきつい坂」をご紹介します。お楽しみに!

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■ 「脱書店員電脳日記」/aguni(あぐに)
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第2回  理想型電脳書店への道

  前回の原稿に成功が続いていると書いたアマゾン・ドット・コムだが、そ
うでもないのでは?という見方もでてきた。確かに売上高そのものは成長し
ているものの、設備投資や在庫投資の膨張を背景に赤字が続き、株価も下が
り始めている。そもそもアマゾンが売上げを上げている背景には、メールで
もご指摘頂いた通り、30〜50%引きという価格の安さが魅力なのだろう。こ
れでは従来型の書店は太刀打ちできない。それを支えているのがネット通販
というローコスト経営のはずなのだが、しかし取引高が増え、CDから薬ま
で扱い商品も増え、それに対応する形で在庫を増やしていったのでは意味が
ない。これからの展開が注目される。
  一方、日本ではまだまだこれから、といった感じだ。
 ブックサービスは売上高34億3260万円を突破、当期利益1億1771万円の増
収増益。インターネット受注は月間2万4000冊以上を超えた、と発表した。
  更に新しい業者も参入を決めたようだ。
  主婦の友社と角川書店による「主婦の友ダイレクト」は書籍以外にも雑貨
などを扱う予定だ。こちらは現在の通販を拡大するという形になる。
  ソフトバンク、セブン−イレブン・ジャパン、トーハン、ヤフーの出資に
よる「イー・ショッピング・ブックス(eS-Books)」はトーハンが持つ和書
 140万件のデータを検索して注文、宅配便での配送かセブン−イレブンでの
受け取り、代金支払いが可能という。こちらは新会社を7月に設立、11月に
もサービス開始する。いよいよ大手の本格参入、といった感がある。特に問
屋のトーハンが参入したという意味は大きい。流通上の強みは何と言っても
コンビニ受け取りにすれば送料のコストを無料にできる、ということだ。
  こうした参入が相次ぐ裏にはもちろん時代の雰囲気もあるのだろうが、数
年後に見直しされるという再販制と、いよいよ本格化しそうな電子マネーに
よる電子商取引時代の到来を前に、といった側面もあるだろう。数年後、ど
こが勝者になっているのか楽しみだ。どこもこれからは差別化が必要になっ
てくるだろう。日本では再販制というものがあって書籍の値引き販売ができ
ないことになっているから、他で勝負するしかないだろう。今のところは。
  例えばインターネット上の書店には、他ではできないような機能も付与す
ることができるだろう。
  こんなのはどうだろう。名づけて「読者の反応」。日刊ゲンダイの「ブッ
クレビュー」(http://gendai.net/books/)などでも狙っているようだが、
つまりは一般の人の書評を情報として活用する、という方法だ。ネットをさ
まよっていると、「私の書棚」や「私の本箱」のようなページが個人ページ
でも結構あることに気づく。私はそれを本を選ぶのに使ったりしていること
もある。私自身もそうだが、世の中には本を読んだ感想を人に話したい人間
も結構いるらしい。そこで、これをネット書店の棚とドッキングしてしまお
うというわけだ。投稿形式にするのか、掲示板形式にするのか有償にするの
か無償にするのか、まあ、いろいろやり方はあるだろう。
  中でも私がベストだと思うのは、有償投稿形式だ。といっても電子マネー
はまだ普及しているとは言えないから、そのサイト内で貯められるポイント
制にして、掲載毎にポイント与え、それが溜まるとそのサイトで本が買える
というのはどうだろう。これは簡単な登録と認証のシステムだけで可能だ。
何ならこのポイントを買ってくれるときにも付与してもいい。
  自分が購買客でもあり、読者でもあり、書店の棚を作る一人でもあるとい
う書店。ネットならではの書店。皆さんはどう思われますか?
                             *  *  *
  お断り。前回の原稿で誤植をしてしまった「専門書の杜」様、つつしんで
お詫び申し上げるとともに、ご指摘、ありがとうございました。
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■ あとがき
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>やりたい企画があるんだけど。
>なに?
>お店に来た態度の悪い有名人ベスト10! 小学校に入りなおして道徳と
社会常識習い直せ!と言いたくなる態度とっておきながら、日本人はどうの
とか書きくさる作家の某・・・(自主規制)
>ま、その人の素の姿がもろに出るからね・・・でもやめなさいって、首し
められるから。でも、逆の例ならOKかな・・
>逆?
>うーん、これ以上紳士的な人はないって言う人とか・・
>誰かいるの?
>いやーそれが、長谷川慶太郎なの。
>えっ?!
>意外でしょ。僕も書いてることとかTVとかで言ってること、あんまり好
きじゃないんだけど、ものすごい紳士。地方の小出版社のフェアに来てたん
だけど、自分で7、8万円分選んで買って凄い勉強家な上に、ほんと丁寧な
物腰で、ああ一流ってこういう人のことかって。発送の伝票に名前書いたか
ら最後に本人だってわかったんだけど(実話)、マスコミでのイメージって
本当の人柄から良くも悪くも完全に乖離しちゃってるんだよねー
>うーん、教訓的な話ですな・・
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