1999.9.5.発行 vol.8  [監獄法の本はどこや!号]

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■CONTENTS--------------------------------------------------------- 
★トピックス
→大爆笑!!「今週のジジネタ」などなど

★「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
→よしりんと『戦争論』をマエストロが鋭く考察! こりゃ必読。

★「美人書店員の赤裸々な日常」/あくびちゃん
→人間見本市、巨大書店の店頭。今日も美人書店員は四苦八苦。

★「一字千金の記」/グッドスピード
→プチ家出とはなんぞや!? 言葉で誤魔化される現実を暴きます。

★「私小説的書店員」/キウ
→休載
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■トピックス
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■今週の「古本大好き」
*マゾッホ『毛皮を著たヴィーナス』講談社1957年12月刊。
言うまでもなくマゾヒズムの聖典であるが、この講談社版、なんとあの文
学者、佐藤春夫(『田園の憂鬱』など)が訳している。ドイツ語原文の英
訳版からの重訳だが、河出文庫になっている種村季弘の訳とずいぶん違う
雰囲気で読める。出だしからして「私の相手は魅惑的であった」とたった
一行で始まるあたり、違い過ぎて素敵。リズムも言い回しも昭和的エレガ
ンスを漂わせる。入魂の「はしがき」「あとがき」を読むと分かるが、ノ
リノリで訳したわけ。これは傑作。当時:380円。函入。
・早稲田通り「古書現世」にて5500円で購入。まあまあ美本。

*日夏耿之介『吸血妖魅考』牧神社1976年3月刊。
要するに吸血鬼論なのだが、古今東西の民話を渉猟して、蘇る死体や食屍
癖の美女やら何度殺しても死なない怪物やら、頁をめくるごとに出るわ出
るわ、読んでいて止まらんのです。旧仮名旧字は苦手でも、ウヘッとか、
アヒッとか呟きながら楽しめます。本文組は見開きT字型で、黄と赤の二
色の函と表紙、見返しも斬新。もともとは1931年9月に武侠社から
「性科学全集」の第十一篇として出版されたものの復刊。性科学全集とい
うシリーズの全貌もつい知りたくなる。当時:3800円。函入。
・早稲田通り「文英堂書店」にて7000円で購入。まあまあ美本。

※かえすがえすも牧神社が倒産して今はもう存在しないのは惜しい。雑
誌、文学書や復刊に独特のセンスで、今なお読書子を魅了するラインナッ
プが目白押しだった。例えば上記以外の復刊なら、ベーメの『黎明(アウ
ロラ)』とか。どなたか、発行人の菅原貴緒さんのその後をご存じでした
ら、ぜひお教えください。

*『世界大思想全集 第2期 社会・宗教・科学思想篇 第31巻:ガリ
レオ/ケプラー』河出書房新社1963年9月刊。
第1期「哲学・文芸思想篇」全31巻、第2期全36巻というこんなシ
リーズがかつてあったのですよ。ガリレオ『星界の報告』『太陽黒点論』
それぞれ全訳、ケプラー『新しい天文学』『世界の調和』それぞれ抄訳が
収められている。本巻の半分強を占めるのが『世界の調和』であり、天文
学者ケプラーの第3法則が公開されたライフワーク。宇宙は理性の耳に聞
こえる音楽だと直観した彼の研究は美しい。当時:450円。函入。
・神保町「明倫館書店」にて8000円にて購入。ここの古本屋は科学書
専門で品揃えがなかなか魅力的なのだが、いくらなんでもこの手の普及本
でこの値段は高すぎる。しかも「書きこみあり」なのに。

*『世界大思想全集 第1期 哲学・文芸思想篇 第24巻:コゥルリッ
ジ/シェリ/アーノルド/ペイター』版元同上1960年3月刊。
さすがに表紙の金箔が触るとぽろぽろ取れていって、読んでいると手がキ
ラキラしてくる。収録作は、コゥルリッジ『文学評伝』抄訳、シェリ『詩
の擁護』全訳、アーノルド『教養と無秩序』『現代における批評の任務』
全訳、ペイター『ルネッサンス』抄訳『コゥルリッジ』全訳。総分量の三
分の一弱を占める『教養と無秩序』の著者であるアーノルドの重厚なスタ
イリストぶりは、19世紀イギリス文化の円熟を示す高峰であり、圧巻。
読みごたえがある。批評とは何か、を語るとき福田和也がよく引き合いに
出すのはこの人である。当時:350円。函入。
・神保町「明倫館書店」にて800円にて購入。おいおい、いくら専門分
野じゃないからって何で同じシリーズで10倍も違うんじゃー。まあまあ
美本。

■高原書店をきみは知っているか!
いさましいタイトルつけちゃいましたが、町田にある古本屋さんです。驚
くべきは、そこのHP。古本の在庫検索出来るわ、メール送ると古本探し
てくれるわ、こりゃ凄い。http://www.takahara.co.jp/index.shtml

■今週のジジネタ
祝、カッシーニの地球フライ・バイ成功。恐怖の大王じゃなかったのね。
今から約二十年前、東京新聞の第一面に口裂け女のモンタージュ写真が大
きく載った。オートバイ並に足が速く、鋭いカマを持っている。整形手術
に失敗して、口が耳のあたりまで裂けちゃった。それを隠すためにでっか
い白いマスクをつけて、「ワタシ、キレイ」って通りがかりに聞く。高円
寺のラーメン屋で見たっていう証言を聞いた。なにせバイク並だから、君
の家の前にももうすぐついてしまう速さだ。会ったらどうするか。ポマー
ド買っとけ。それを投げ付けると、怖がって口裂け女は逃げるから。何で
ポマードなのかは、君の職場の20代後半から30代に聞こう。それにし
てもカッシーニ。プルトニウム燃料の衛星は危険だぞ。
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■「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
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第四回 それでも私はマンガ家小林よしのりを応援する

 いやぁ、こんなこと言うと怒られるかしら。怒られるのイヤだから今回は
ですます調にしようっと。初めて買ったマンガ雑誌は少年ジャンプで、『東
大一直線』(連載終了直前だったけど)を読みました。東大通のMONO鉛
筆への思いとか難しくてわかんなかったけど。また「そのさきは言わないで」
の『異能戦士』とか、『おぼっちゃまくん』とかタイムリーに読んでいませ
んが、小林よしのりさんは好きなマンガ家のひとりです。絵なんかすっごく
うまくなったし、とくに悪意ある似顔絵を書くとき。福岡県出身だし。では
本題です。

 従軍慰安婦問題に端を発して、その後『戦争論』へとつづく小林よしのり
氏の一連のマンガ、それは右翼系の知識人たちが長い年月をかけてほそぼそ
とやってきた歴史修正、国民・国家意識の昂揚といったメッセージの頒布を、
とてもあからさまなかたちで、あっさりとやってのけました。これはマンガ
だから可能だったのではないでしょうか。小林氏、『戦争論』にたいする過
剰とも思える反応は、この「あからさまで、あっさりと」という部分に対す
る危惧からだと思えます。この点で、メディアとしてのマンガを考察しなけ
れば議論も片手落ちだと思いますが、本稿ではまず『ゴーマニズム宣言1』
(幻冬社文庫版)と『戦争論』を比較して、その民主的自由について考えて
みましょう。

 『ゴーマニズム宣言』がおもしろいのは、その小品ひとつひとつが小林氏
のきわめて個人的な怒りや憤りを肯定し、そこから出発しているところでし
ょう。個人的経験を他人にも共有させる、つまり普遍化させるにはかなりの
力量=フィクション化の能力が必要とされますが、それに成功している優れ
たギャグマンガです。例えば『ゴーマニズム宣言1』の第38章「極私的怒り
は社会的怒りと等価なのか?」は、自分がトイレに入ったときにかならずト
イレットペーパーが切れているということから、この他人への思いやりのな
さを、自分に恨みをもつ者の犯行でなければ、それは戦後民主主義教育の欠
陥に原因があるのではないかと論じる作品です。

 トイレの問題と民主主義を結びつけた話として、武田麟太郎の次のような
ことばを思い出します。昭和12年頃の話として、旅館のカギの壊れたトイ
レに入っていたとき、いきまり戸をあけられ、すみませんんもなしにしめら
れたことから、「便所へはいるときは、(中に人がいないと思っても)まず
ノックすること、(風呂で)上がり湯をあびるときは隣近所に人がいるかい
ないか確かめること。それがデモクラシーというものだ。デモクラシーはそ
こから始まるんだ」と言ったといいます(『写真作法』119頁、土門拳著、
ダヴィッド社)。個人的な自由と民主主義の関係をこれ以上的確に表現した
ことばを私は知りません。さきにあげた「極私的怒りは社会的怒りと等価な
のか?」は笑いを通して、きわめてデモクラチックな場所にいるのではない
でしょうか。それは自分の言いたいことを言うけども、かならず同意を得る、
あの「ゴーマンかましてよかですか」というフレーズにも表れていると思い
ます。

 ここでロシアの思想家ミハイル・バフチンに目を向けてみましょう。バフ
チンの<対話>論は、相手の独自性を認めつつも共同性をめざして、相手を
了解させようとする行為であるわけだけども、そのさい「了解しようとする
者は、自己がすでに抱いていた見解や立場を変える、あるいは放棄すらもす
る可能性を排除してはならない。了解行為にあっては闘いが生ずるのであり、
その結果、相互が変化し豊饒化する」(桑野隆訳)。この対話的立場こそが、
おしつけられた共同主観性ではなく、みずから、能動的な共同主観性をつく
りあげていくという考えです。そう『ゴーマニズム宣言1』においてはこの
対話的原理が貫徹していたといえるでしょう(バフチンの論については、桑
野隆氏の「奪還ではなく無冠を」(『actes』3号、日本エディタース
クール、1987年)を参照しています。バフチンの全仕事をつらぬくキーワー
ドとして、<対話>と<民衆の笑い>(<カーニヴァル>)のふたつをあげ
つつ、これらをひとつにまとめるなら「「デモクラチック」ということにな
るのではないかと氏は論を展開します)。

 『戦争論』において、この対話的な立場は消え、モノローグの立場に小林
氏はいます。私的な感情、個人的な怒りや憤りさえ、「じいちゃんたちのた
めに」「国のために」と連呼されるフレーズにかき消され、見ることはでき
ません。この「〜のために」ということばがもつ、ウソくささや暴力性につ
いては指摘しておいた方がいいでしょう。「〜のために」と言いつつ、自分
に利のある観念を他人に押しつけているにすぎないということもあるのだか
ら。私の『戦争論』読後の不愉快さは、親や教師に「お前のためを思って言
ってるんだよ」と言われたような、あの教育的関係につきまとう不愉快さと
同じなのです。
(『戦争論』に通底するもう一つのテーマ、国のために死んでいった兵士た
ちの死、自己犠牲という観念に関しては別に論じなければならないでしょう。
祖国という概念がいつ生まれ、そのために死ぬことがどうして神聖な行為と
してみなされたのか、という問いは近代国家の成立と宗教性との関係から考
察する必要があるからです。ここでは「中世政治思想における「祖国のため
に死ぬこと」」(『祖国のために死ぬこと』E・H・カントロヴィッチ著、
みすず書房所収)という興味深い論文があることを指摘しておきます。戦争
で死んでいった人間を宮崎哲弥氏のように「犬死」だと言い切ることは私に
はできない。)

 ギャグマンガ家としての小林氏の真骨頂は、みずからを知的・社会的なヒ
エラルキーの外部・下部に置き(それは「ワシは子どもである」「ワシはマ
ンガ家である」と彼がよく主張するところに表れています)、その秩序を反
転・解体することによって笑いを創造することといえるでしょう。
 『新・ゴーマニズム宣言3巻』(小学館)で、「マンガ家が「教科書を作
る会」に参加する状況って笑える」と小林氏がみずから発言していますが、
このときすべてを笑いの対象にするという位置に彼はもはやいません。なぜ
なら秩序内におけるメッセージの正当性・正統性をめぐる、<対話>的要素
のない闘争のなかに入り込んでいるのだから。彼が思うほど世間の人々が笑
わないし笑えないのは、人々がその笑いがわからないからではなく、こうし
た彼の語る場所の変化がその理由でしょう。
 
 さてそろそろ結論めいたことを言わなければなりません。さきの武田麟太
郎さんの話は、写真家の土門拳氏が昭和31年に「なんでも勝手に撮ってい
いか」という文章のなかで、語ったものです。そこで民主的自由についてこ
う語っています。「民主的自由、つまり本当に人間的な自由は、すべての人
間が平等であるという原則に立って、人と人とのむすびつきを横のつがりに
関係づけるところのものである」「それは上から下への従の結びつきに立っ
て、専制と専横の許される人間は一人もいない」。

 四十年前(あるいは六十年も前)にこれだけのことが言われているのに、
私たちは民主的自由の尊重と防衛をいまだ血肉化していないようです。『戦
争論』をめぐる論争についていえば、肯定派、否定派ともども、相手の意向
をうかがうノックが欠けているように私は思います。小林よしのり氏に関し
ていえば、持ち前のユーモアをもってこの苦難をきりぬけて欲しいと切に願
います、よけいなお世話でしょうが。
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■「美人書店員の赤裸々な日常」/あくびちゃん
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EYES WIDE  SHUT

先日、センセーショナルな予告編が話題のスタンリー・キューブリック監督
の「EYES WIDE SHUT」を見てきました。女性週刊誌にまで広告
が掲載されているのですから、世間の異常なまでの関心の高さが見受けられ
ます。

「CUT」9月号のキューブリック総力特集に、阿部和重氏が的確なコメン
トを寄せています。
『タイトルと、監督自身の手によるあの予告編は、作品の及ぼす効果と周囲
の状況を予め示唆していた。「目を閉じたままで見る」、わたしたちはそん
なふうにして、公開以前からすでに『アイズ ワイド シャット』という映画
を見ていたはずだ。映画(=セックス)へと向かって膨張し伝播して行く欲
望の顕在化。少なくともそのことに、キューブリックは成功した。これまで
にはないかたちで。』

各紙が挙ってこの映画を取り上げていますから、詳細はそちらに任せておき
ましょう。この映画とは直接的に関係はないけれども、興味をそそられたの
が「目を大きく閉じる」ということ。一旦瞼を閉じれば、そこは私だけの果
てしない妄想の世界。そこでは第二者すらも介入することは出来ないイフ・
ストーリーが始まるのです。

書店というのは、「妄想」するにはもってこいの場所です。好奇心、欲望、
恐怖、苦悩たちの吹きだまりであり、人々の生活の一部を垣間見ることが出
来るのです。

たとえば離婚の本。
お昼休みに買いに来るサラリーマン、子連れでごっそりかって行く女性。
本を買って行くということは、それなりに、自分の中で相手に対しての感情
に整理がついていて、あとは損得の計算段階なのでしょうか。ほんの1、2分
の接客ですが、その僅かな時間に別れへいたる何かを嗅ぎ取ろうとしてしま
います。それが美しい女性(素敵な男性)であればあるほどなおさらです。

「すいませーん、石丸元章の『ピョンヤン・ハイ』探してるんですけどー」
とSPA!語をかりれば「山姥系」の女性たち。彼等、彼女らが種類の如何
に関わらず、ドラッグユーザーであることは、火を見るより明らかです。警
察も、垂れ込みを待つより、書店に張り込んでいた方が検挙率が上がるので
は?と考えさせられます。小姑のように彼等、彼女らの将来を心配してしま
うのです。

そして、人間関係や業績アップに悩むビジネスマン。
「カバーをおかけしますか?」と聞いても、お返事をいただけず、代金は投
げてよこす。「コンニャロー、返事しろ!」と思いつつ、お買い上げになら
れた本を見ると「部下に好かれる方法」「話し上手になる方法」「絶対にノ
ーと言わせない営業」等々。思わず「そんなだから駄目なんじゃん?!」と突
っ込みを入れたくなるのです。彼等の会社での姿が忍ばれます。

一時期社会的に問題になった、東南アジアへの買春ツアー。
「あなたの知らない夜のタイ」系の本をこそこそ真っ昼間から買っていくお
じさま達を見ると、ひょっとしてこの人って、と思わず顔を覗き込んだりし
てしまいます。

「監獄法の本はどこや?!姉ちゃん!!」
と開店と同時に怒鳴り込む、派手なシャツを着た通称チンピラと呼ばれるお
方。

同じくシャネル、ロレックス、ヴィトンなどのお決まりブランドに、黒いサ
ングラスで香水プンプンの「ふつうの人」らしからぬ男性が買っていかれた
のは、一部上場の有価証券報告書30社分。もちろん指にはハンコのようなゴ
ールドの指輪が光ってました。言わずもがな…。

と、毎日短編ドラマが作れるほどに、ネタは豊富です。ただ、藁にもすがる
思いで、ご来店される方もいらっしゃるのでしょうから、一笑してしまうの
は、いささか問題がありますが。

悩み系に関しては、最近は読んで考えさせるよりも、安易に解答を与えてし
まっているのもののほうが多いような気がします。本の作り手が思っている
以上に、読者は切実なのです。あなたが作り、売り、買う。その行為が、知
らず知らずのうちに、一人の人生を間違った方向へ選択させているかもしれ
ませんよ。
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■ 「一字千金の記」/グッドスピード
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連載2回目で早くも脱線いたします。さらに、前回末尾にお知らせした『日
本語練習帳』(岩波新書)と『活字狂想曲』(時事通信社)についてはあらため
て取り上げたいと思います。
脱線とは言いつつも、具体的な言葉から表現の問題について考えるという、
この連載の基本的な趣旨にはそれほど大きく外れません(多分に言い訳にな
りますが)。さて、卑近かつ身内の話で恐縮ですが、先日、あるテレビ番組
を家人と何気なく観ていた時のエピソードです。その番組の一つのコーナー
で、中学生・高校生ぐらいの年代の女の子の「プチ家出の実態」についてド
キュメンタリーがありました。そして何人かの取材対象の中に「プチ家出」
のユミ(仮名)という女の子がいました。
ここで、筆者的に二つの問題が発生します。一つは「プチ家出」という言葉
です。
「プチ家出」って何だ? 番組ではガングロの女の子が自分の家に2週間(
あるいは1カ月も)も帰らず、友達と行動をともにし、友達の家を泊まり歩
いたり、あるいは公園で野宿をしたり、明け方まで街中で遊びとおしたり、
といった様子を映していました。そうした状態を流行語的に「プチ家出」と
いうのです。私としてはそんな女の子たちの行動に対し「突っ込み」はしま
せんし、賛同もしませんが、テレビ画面に映し出された彼女たちを観るかぎ
り、それは「プチ家出」なんかじゃなく、「ホームレス」なのです。もちろ
ん私は「ホームレス」に対する何らかの感情や偏見等を持っているわけでは
ありません。これは単に私の観方や感じ方の問題というより、言葉に対する
感性あるいはセンスなのだと思います。言葉の真の意味で「プチ家出」とい
う表現は間違っているのです。何を言いたいのかというと、そういう言葉・
表現への意識を持つことで視線の先の世界がまったく変わってしまうという
ことです。つまり、「プチ家出」という言葉を使うことで、そこにある何か
を見えなくさせていると思うのです。ところで二つ目の問題ですが、この番
組を一緒に観ていた家人はその時たまたま眼鏡を外していたのですが、先の
ユミという女の子が取材に応えているシーンで「ユミ(仮名)○歳」というテ
ロップに「えっ、ゴミって何?」というリアクションをしたのでした。「ユ
ミ」が「ゴミ」に見えたのです。その時私は笑うに笑えず、眼鏡をかけてい
なかった家人への「突っ込み」も忘れ、しばらくの間呆然といていたのでし
た。
今思うと、何に対して「呆然」としていたのか、一つはそんな家人の感性に
対してであり、もう一つは言葉というものの「怖さ」に、だったのかもしれ
ません。些細な日常生活の中にもへんちくりんな言葉が溢れています。もち
ろん、言葉そのものに罪はありません。でも私としては矢作俊彦の「スズキ
さん」(矢作氏のある小説作品の主人公)的に、言葉に対してこだわりを持ち
続けていこうと思っています。

前回の話に対して読者の方から反応がありました。今後、読者の方の了解を
得た上で、ご紹介できればと思っています。
もう次号予告はしません。では。
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■あとがき
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>えー「私小説的書店員」のキウ氏ですが、今回過労でお休みです。
>キウ氏にはげましのお便りを出そーって、なんか某少年漫画誌みたいだな
>勤めてる書店の牢働じゃなくて労働がかなりキツイみたい。休みの日なん
か、家で体を垂直に保ってられなくて、目覚めたら夜中の10時だったりす
ることもあるそうな。
>人件費削減、人材不足、異様な異動、この3拍子の成果ですか。
>その書店の上層部は派閥人事にあけくれてるそうな。実際、若手の優秀な
社員がここ半年で十人近く辞めてるそうで・・これは掩耳氏に一言
>(掩耳)兵法的に無能なトップの典型ですな。社長以下、即粛清、即解雇。
>馬鹿なトップがまず辞めないと、書店は絶対よくなんないんだけどね・・
ま、一族経営と派閥情実人事は無責任態勢の根源ですな、・・・書店さん。
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