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2003.10.20.発行 vol.156.5 [特集:ホモ・サケルをめぐって 号]
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■■ [本]のメルマガ 2003.10.20.発行
■■ vol.156.5
■■ 臨時増刊号・バイオポリティクス5
■■ mailmagazine of books [特集:ホモ・サケルをめぐって]
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■■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は6469名です
■■ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました
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■ 臨時増刊号配信のご挨拶 / 五月
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ちょうど一ヶ月前から購読されはじめた読者の方にとっては、初めての臨時増
刊号になると思いますので、一言ご挨拶申し上げます。[本]のメルマガでは月
三回の配信のほかに、特別企画として時折このように臨時増刊号をお送りして
います。臨時増刊号は通常号と異なり、テーマを絞って、関連するコンテンツ
を掲載します。
今回は、現代の思想界でこんにちもっとも注目されている人物の一人、イタリ
アの哲学者ジョルジョ・アガンベンについてご紹介します。アガンベンについ
てはすでに複数の日本語訳が出版されていますし、一昨年には来日も果たして
います。また、今年刊行された大澤真幸さんと東浩紀さんの対談『自由を考え
る』(NHKブックス)でもたびたび参照されているので、ご存知の方が増え
てきたことでしょう。2ちゃんねるでは「ついに立つアガンベン・スレ」とい
うスレッドが立っていますから、雑談を覗いてみるのも一興かもしれません。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1009416564/-100
そして今月、ついにアガンベンの名高い主著『ホモ・サケル』が以文社より翻
訳出版されました。この機会に、同書の訳者である高桑和巳さんや、発行者で
ある以文社の勝股光政社長よりご寄稿いただきました。普段、編集者は黒子に
徹し、表舞台では顔を曝しません。勝股さんの書かれた文章に接する機会は一
般読者にはこれまでほとんどまったくなかったはずです。
勝股さんはこれまで、丸山真男『忠誠と叛逆』筑摩書房、小熊英二『単一民族
神話の起源』新曜社、酒井直樹『過去の声』以文社、ネグリ+ハート『〈帝国〉』
以文社など、つねに一時代を画する書籍を多数、世に送り出してきた編集者で
す。多忙な時間を縫って、今回、『ホモ・サケル』を出版するに至る経緯と心
情の一端をしたためてくださいました。期日と枚数の制約のため、存分にとは
参りませんでしたが、いずれ他日を期したいと思います。
高桑和巳さんにはじめてご寄稿いただいたのは、小誌の臨時増刊号「バイオポ
リティクス」第一号から三号までで、アガンベン論をお寄せいただきました。
2000年3月31日発行vol.28・5、同年4月10日発行vol.29・5、同年5月10日発行
vol.32・5です(記事はすべて小誌ホームページで読むことが出来ます)。
「[本]のメルマガ」の別冊と言える「バイオポリティクス」は、フーコー以後
の政治哲学のアクチュアルな最前線の紹介を中心に、その後、2001年8月28日
にはvol.79・5で酒井隆史さんの『自由論』をめぐる特集を組みました。また、
「バイオポリティクス」とは銘打たなかったものの、ネグリとハートの『〈帝
国〉』序文を発売前に先行紹介した、2002年12月31日発行のvol.127・5や、
同じくネグリの『マルクスを超えるマルクス』の日本語版序文等を先行紹介し
た2003年8月10日発行のvol.149.5など、新刊プレビュー企画として臨時増刊
号を配信してきました。
今後も小誌では思想家に限らず、注目の作家をめぐる臨時増刊号をタイミング
を見計らって配信していくつもりです。読者の皆様の忌憚ないご意見ご感想が
伺えれば幸いです。それではご覧下さい。
■CONTENTS-----------------------------------------------------------
★特別寄稿「ジョルジョ・アガンベンとは誰か?」 / 高桑和巳
→ウェブ、雑誌等で読める関連情報をまとめてご紹介。これは便利。
★特別寄稿「時代の転換と思考の変換」 / 勝股光政
→担当編集者が今明かす、日本語版『ホモ・サケル』へのみちのり。
★『〈帝国〉』から『ホモ・サケル』へ / 五月
→ネグリとハートはアガンベンをどう読んだか? 彼らの評価は?
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==PR============================================================PR==
『ホモ・サケル--主権権力と剥き出しの生』ジョルジョ・アガンベン=著、
高桑和巳=訳、上村忠男=解題、以文社、本体価格3500円。前著『人権の彼方
に』(以文社)に続いて、ホモ・サケル(聖なる人=剥き出しの生)の形象か
ら、現代民主主義の政治空間の隠れた母型を明解に示す。カール・シュミット
の「例外状態」の概念を、アーレントの全体主義論とフーコーの生政治論の成
果に立って総合し理論化したアガンベンの主著。好評発売中。
ISBN4-7531-0227-0 以文社 電話:03-3268-6406
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■ ジョルジョ・アガンベンとは誰か? / (C) 高桑和巳
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃アガンベンとは誰か? インターネット、本、雑誌で読む┃
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現代イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベン(Giorgio Agamben, 1942-)
の主著『ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生』の日本語訳をようやくお手
もとに届けられる運びとなりました。この機会に、アガンベン関係の情報源を
簡単にまとめてご紹介したいと思います。
この『ホモ・サケル』刊行に先立つこと3年、ほぼ同じ趣旨で書かれた論文
集『人権の彼方に』の日本語訳を刊行したときは、政治をめぐるアガンベンの
思考がどのようなものなのかについて、日本語の読者一般にはっきりとした認
識は共有されていないように思われました。そのため、私自身も微力ながらそ
の思考の紹介に努め、この「[本]のメルマガ」でも、アガンベンの思考の重
要性にいちはやく注目された編集同人の「五月」さんにご協力いただいて、比
較的細かく議論をたどってみたことがあります。
それを含め、インターネット上には現在、アガンベン関連の情報が少なから
ずあります。後段に「インターネットでアガンベン(日本語)」というリンク
集としてまとめてみました。
それらは、私自身を含めたさまざまな人たちによって開かれてきた、アガン
ベンの思考へと通じる小さな扉です。「そもそもアガンベンとは誰か?」「彼
の思考の社会思想史的な位置づけは?」「どんな本を書いているのか?」とい
った基本的なことから「実際、どんなテクストを書く人なのか?」「日本に来
たことがあるらしいが、そのときの様子は?」といったことにいたるまで、わ
ずかなりと情報を得るために活用していただければ幸いです。
アガンベンの本は現在、今回の『ホモ・サケル』(同名のシリーズの第1巻
と位置づけられています)のほか、シリーズ第3巻『アウシュヴィッツの残り
のもの』も日本語で読めるようになっており、またそれをめぐって書かれた論
文もいくつか読めます。さらに、『スタンツェ』や『中味のない人間』といっ
た、「政治哲学者アガンベン」にとっての前史と見なしうる著作も日本語で参
照できるようになっており、読者の皆さんがこの哲学者の思考に直接触れられ
る環境が整いつつあると言えます。
ちなみに、ここで私は「政治哲学者アガンベン」の登場やその「前史」がそ
れとして存在しているように書きましたが、これはあくまでも便宜上のことで
す。1990年にイタリア語で刊行された『到来する共同性』を出発点とし、1995
年に出された『ホモ・サケル』と『人権の彼方に』によって理論的な枠組みが
提示され、さらにそれ以降へと続くと見なしうる「アガンベンの政治哲学」が
はっきりとした実体をもつものとして存在するわけではありません。つまり、
アガンベンの「政治哲学以前」「以降」といったものが、ある明確な断絶をは
さんで対峙しているわけではないのです。
この点については、『中味のない人間』巻末に収録されている岡田温司さん
の論考が参考になると思います。ただ、それでもあえて言うとするなら、「到
来する共同性」「ホモ・サケル」といった概念の錬成と使用につれて形を取る
ようになったアガンベンの思考の一局面といったものを想像することはできる
し、それが今では、冷戦終結後という歴史的状況と重なったこともあり、『ホ
モ・サケル』によって定式化されたいくつかのテーゼによるしかたでひとつの
プロジェクトの形を取るものと見えるようになっている、ということはあるか
もしれません。
それではさっそく、インターネット上で参照できる以下の情報を出発点とし
つつ、後掲の「本と雑誌でアガンベン(日本語)」などを参考にして、実際の
読解にお進みいただければ幸いです。「潜在的にはホモ・サケルなのかもしれ
ない」(本書 p.162)という私たちとは誰なのか、何なのか。どうすればその
状況から抜け出せるのか。まずはこの『ホモ・サケル』を読みながら、何が問
題なのかを考えはじめてみませんか。
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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃インターネットでアガンベン(日本語)┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
以下は、現在インターネット上で参照できる、参照に値するアガンベン関連
の情報(日本語)の所在です。ただし、
・網羅的ではありません。
・「プロが職業的に書いたもの」にはかぎっていません。
・題はサイトにあるとおりですが、長いものは適宜、略記しています。
・作者名は、サイトに記されているものをそのまま記しています。
・ホームページにではなく、情報の存在する url に直接リンクしています。
・リンク切れのものは「web.archive.org」のキャッシュを用いています。
・この「[本]のメルマガ」のバックナンバーも含まれています。
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■1.■ アガンベンの書誌を見る
□Katie「Agambeniana」
http://agambeniana.at.infoseek.co.jp/index_jp.html
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■2.■ アガンベン自身の言葉に触れる
□「秘密の共犯関係」(中山元訳)
http://www.nakayama.org/polylogos/chronique/207.html
□(講演)「「人間とは何か?」という問いを……」(高桑和巳訳)
http://www.ifrance.com/lit/Agambenjaponais.pdf
□「自由のヨーロッパか、それとも警察のヨーロッパか」(中山元訳)
http://www.melma.com/mag/58/m00026258/a00000312.html
□(インタヴュー)「ヨーロッパに向けた戦争」(中山元訳)
http://www.melma.com/mag/58/m00026258/a00000396.html
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■3.■ 論文や紹介記事を読む
□五月「アガンベン、来たるべき政治哲学」
http://www.aguni.com/hon/back/gogatu/09.html
□高桑和巳「「収容所時代」の生政治を問う」
http://www.aguni.com/hon/back/takakuwa/01.html
http://www.aguni.com/hon/back/takakuwa/02.html
http://www.aguni.com/hon/back/takakuwa/03.html
□高桑和巳「ジョルジョ・アガンベンの政治的思考」
http://web.archive.org/web/20010404213054/www.inscript.co.jp/agamben/takakuwa.htm
□高桑和巳「交流用マルチ変換プラグ」
http://takakuwa.at.infoseek.co.jp/texts/plug.html
□A・ガルシア・デュットマンのアガンベン論2本(清水一浩, 宮崎裕助訳)
http://biblia.hp.infoseek.co.jp/getsuyosha/gtsushin0305pilot.pdf
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■4.■ 書評を読む
□永江朗「いまもっとも注目される……」(『人権の彼方に』書評)
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3f5569201fa940103f98?aid=05google01&bibid=00022300&volno=0000&revid=0000000641
□東浩紀「「無意味な死」の重さ問う」(『アウシュヴィッツの……』書評)
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20011105ii07.htm
□北小路隆志「こだわり読書日記」(『アウシュヴィッツの……』書評)
http://biblia.hp.infoseek.co.jp/getsuyosha/ar1.htm
□大澤真幸「政治哲学者の原点示す」(『中味のない人間』書評)
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20021215ii07.htm
□小林浩「現代人の生を根源的に……」(『ホモ・サケル』書評)
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_top.cgi/3f8bc247c351401073ac?aid=&tpl=dir/00/00000000/0030/0000000076.tpl
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■5.■ 2001年12月の日本訪問について知る
□masaki「アガンベン来たる。」
http://www8.plala.or.jp/sineratione/diary/20011219.html
□橋本一径「シンポジウム「ジョルジョ・アガンベンを囲んで」報告」
http://www.ne.jp/asahi/site/dogme/yanagi.html
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┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃本と雑誌でアガンベン(日本語)┃
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以下は、本・雑誌の形で読める文献(日本語)の所在です。ただし、
・網羅的ではありません。とくに二次文献は、比較的長いものに限っています。
・「インターネットでアガンベン」と重複する文献は除いてあります。
・ページなどは省略しています。
・日本語での発表年月順です。
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■1.■ 本を読む
□『スタンツェ』(岡田温司訳)ありな書房, 1998.
□『人権の彼方に』(高桑和巳訳)以文社, 2000.
□『アウシュヴィッツの残りのもの』(上村忠男・廣石正和訳)月曜社, 2001.
□『中味のない人間』(岡田温司・岡部宗吉・多賀健太郎訳)人文書院, 2002.
□『ホモ・サケル』(高桑和巳訳)以文社, 2003.
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■2.■ 論文を読む
□「人間と犬は除いて」(石田靖夫訳), 『現代思想』1996年1月号.
□「幼児期と歴史」(大辻陽子訳), 『現代思想』1997年11月号.
□「起源と忘却」(安川慶治訳), 『現代詩手帖』1997年8月号.
□「記憶と忘却のうまい使い方について」(杉村昌昭訳), ネグリ『未来への
帰還』インパクト出版会, 1999.
□「パルデス」(高桑訳), マラブー編『デリダと肯定の思考』未來社, 2001.
□「ギー・ドゥボールの映画」(高桑訳), 『ゴダール』河出書房新社, 2002.
□「絶対的内在」(多賀健太郎訳), 『現代思想』2002年8月号.
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■3.■ 二次文献を読む
□細見和之「いささか強迫的な本だ、これは」, 『批評空間』3-2, 2002.
□守中高明「「非人間的なもの」の倫理を定位するために」, 『批評空間』3-
2, 2002.
□木村敏「「あいだ」と恥ずかしさ、そして証言」, 『批評空間』3-4, 2002.
□渋谷望「排除空間の生政治」, 斎藤編『親密圏のポリティクス』ナカニシヤ
出版, 2003.
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◎高桑和巳(たかくわ・かずみ):1972年生まれ。東京大学大学院総合文化研
究科助手。主な訳書にアガンベン著『人権の彼方に』(以文社)などがある。
http://takakuwa.tripod.co.jp/
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■時代の転換と思考の変換――『ホモ・サケル』刊行について / 勝股光政
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『ホモ・サケル──主権権力と剥き出しの生』の訳書刊行に際して、本誌編
集子から、本書について執筆するよう依頼された。本誌が、一連のG・アガン
ベンの仕事について並々ならぬ関心を寄せられている事には、大いに敬意を感
じ、かつ有り難く思いますが、本書について解説・解題を付けることはもとよ
り私の任にあらず、これらについては『人権の彼方に』(以文社)の解題
「「例外状態」と「剥き出しの生」」(西谷修)、『アウシュヴィッツの残り
のもの』(月曜社)の解説「証言について」(上村忠男)、『ホモ・サケル』
(以文社)の解題「閾からの思考」(上村忠男)など、すぐれた論考を参照い
ただきたい。ここでの編集子のねらいは、むしろ本書刊行の動機を糺す事であ
ろうと、素朴な弁明を申し開くことにします。
『ホモ・サケル』の原書刊行は1995年で、その翌年に原書が刊行された『人
権の彼方に』(2000年5月に訳書刊行)の版権取得は1999年6月、ほぼ時期を同
じく、翌月の7月に『ホモ・サケル』の版権を取得しております。版権取得か
ら翻訳書刊行までに随分時間が空いてしまいましたが、『人権の彼方に』を刊
行した2000年5月にアントニオ・ネグリとマイケル・ハートの『〈帝国〉』の
版権を取りました。このころの判断では、『ホモ・サケル』の主題である主権
権力の問題についてどのように議論を押し進めて行くことが出来るかについて
は、明確な確証が掴めないままでした。そこで、まず『〈帝国〉』の刊行を先
にして、主権権力の問題関心を推し広げていく選択をしました。そんなわけで、
『ホモ・サケル』の刊行が大幅に遅れて今日に至ってしまった次第です。
思えば、この間の世界的な出来事は、めくるめく早さと、その一つ一つが身
の回りに重大な影響を及ぼすものばかりで、出来事の意味合いを十分に理解す
ることすら出来かねる早さで進んでおります。日本においても、ちょうどこの
『ホモ・サケル』の原書が刊行された1995年は、オウム真理教による「地下鉄
サリン事件」が起こった年です。この事件は私にとっては大きく思考の変換を
要求された事件で、未だにその意味は十分理解できておりません。それをどの
ように説明するかの方法は分かりませんが、ここで「思考の変換」というのは、
例えばジャン-リュック・ナンシーの『無為の共同体』でのように、「概念」
では捉えきれない「ことばの先にあるもの」の探求のような営みを経なければ
ならない、とでも言っておきましょう。
この事件で問題として大きく突きつけられたのは「市民社会」という理念型
の終焉であり、その果てにシミのように取り残されたのは「政治と宗教」とい
う漠然とした問題です。私は、「政教分離」という言葉でこの問題は片付いて
いるはずだと思っていたのですが、世俗化の果てにブーメランのごとく再提起
された問題と捉えざるを得なくなったと思っております。この点については、
実は9.11以後のブッシュ政権においてもますます強く意識され、かつ、彼
らへの単なる政策批判だけでは事足りなくなってきていることを同時に感じさ
せられております。
『ホモ・サケル』は、おそらく今後いろいろな意見が出て、さまざまな読み
方がされるだろうと思います。本書の執筆動機に大きく関わっているのは、コ
ソボでの「民族浄化」という事件でした。この問題は今日の、いわゆる「拉致
問題」にも通底する問題系で、こうした「民族浄化」の問題から主権について
の本質的な展開にまで至る構成は、本書のパースペクティヴの広さを表してい
る証左だろうと思います。
主権をめぐる問題については、未完に終わった丸山眞男先生の『正統と異端』
に取り組んでいた頃のことをどうしても思い出さざるを得ません。今日では
「国際社会」と簡単に政治家たちが語りますが、国際社会というからには、当
然国際法という問題が意識されていなければなりません。しかし、国際法は国
内法のように憲法という条文があって、明文化された条文を基準にするような
ものは全くない上での、法の問題です。この問題系をめぐっての研究が大きな
焦点でしたが、完成に至らなかったことには責任を感じさせられます。壁の崩
壊以後、コソボから始まり今日のイラクまでの道のりは、世界全体が内戦状態
になってしまった事を意味していると思います。こうした時期であるがゆえに、
「聖なるもの」とは何かから根本的に問う本書の力強さには、単に消費されて
終わることのない、「問う」ことをも問うことを教えられます。
◎勝股光政(かつまた・みつまさ):1940年生まれ。以文社代表取締役。
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■『〈帝国〉』から『ホモ・サケル』へ / 五月
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「私はアガンベンの著作をつねに読んできたが、これまでに書評を書いたのは
1982年に刊行された『言語と死』についてだけだった」とネグリは2003年7月
26日付けの「イル・マニフェスト」誌で告白している。アガンベンが同年5月
に刊行した『例外状態――ホモ・サケル第二部第一巻』について論評した記事
の冒頭である。
注意深い読者ならすでにご存知だろうと思うが、アガンベンとネグリは、いく
つかのキーワードをめぐって相互参照される関係にある。それらのキーワード
を思い切って一括りにするなら、バイオポリティクス、つまり「生政治」であ
る。互いの著作について言及し合い、評価し合いながらも、彼らは自分たちの
政治的展望の差異をよく弁えているようだ。
アガンベンとネグリの政治的展望の違いとは何だろうか。それは端的に言って
両者の視線の違いである。興味深い例を挙げよう。それはメルヴィルの小説、
『バートルビー』をめぐる評価の違いに現れる。
この小説の主人公バートルビーはウォール街の代書屋に働く人物であり、有能
ではあるが協調性に欠ける内向的な青年である。彼はある時から突如働くこと
を拒否し出す。ほどなく当然クビになるのだが、彼は会社に居座り続ける。居
座り続けること以外のすべてを拒絶するようにして、彼はやがて衰弱死する。
アガンベンはこのバートルビーのうちに権力に対するもっとも強烈な異議申し
立ての稀少な例を見るが、ネグリにとってバートルビーとは、絶対的な労働拒
否の一例ではあってもやがて死んでしまう無力な自殺者である。アガンベン
『ホモ・サケル』第一部「主権の論理」の第三節「潜勢力と法」(特に邦訳書
74頁)と、ネグリ+ハート『〈帝国〉』第二部「主権の移行」の第六節で「拒
否すること」と題されたパート(邦訳書264頁〜267頁)を参照されたい。
この視線の差異によって、両者は別々の道を歩むことになる。まずネグリは、
権力への抵抗は、衰弱死へと至る孤独な拒否ではなく、別の生き方を集団的に
創設していくものでなければならない、と考える。既成権力が支配する政治圏
から外に出ること、それを彼らはエクソダスと呼ぶが、アガンベンにしてみれ
ばそうしたネグリの革命思想はどこかしら論理の飛躍があり、エクソダスは非
常に興味深い試みではあってもユートピア主義以上のものたりうるわけではな
い。
アガンベンは権力の磁場から逃れることの困難さを見つめるが、ネグリは権力
の磁場そのものを変えてしまおうとする。この違いを紋切り型に表現して、ア
ガンベンを悲観主義者、ネグリを楽観主義者と呼ぶことは、しかしながら慎重
に避けねばならない。
アガンベンは磁場そのものを変換することができない、と述べているわけでは
ないし、彼の志向性は孤独な場所に閉ざされていくものでもない。アガンベン
は一昨年(2001年)の年末に初来日を果たした折、立命館大学で「内戦と民主
主義」と題する講演を行い、討論において「資本主義という〈機械〉を停止さ
せること」の重要性を述べた。
続く東京外語大のシンポジウムにおいても、彼はこの言葉を「こんにち哲学の
使命とは何か」と質問した東浩紀氏に応答するかたちで述べた(当時のメモが
見当たらず、記憶で書いていることをお断りしなければならない)。ネグリと
は別のかたちで、アガンベンもまた悲観せずに世界を変えていくことを目指し
ているのだ。
アガンベンの思想が孤独な個人主義へと閉じていくものでもないことは、『ホ
モ・サケル』に先行する『来たるべき共同体』(未訳)で読み取ることができ
る。ネグリの場合、民衆による集団的な改革と新たな共同体の希求をマルチ
チュードという概念に託したが、アガンベンの場合はイグザンプル、つまり
「例」という概念に彼の共同体論の基礎を仮託することができる。
イグザンプルという概念に、アガンベンは普遍性と個別性を結ぶ鍵を見る。例
的存在は、類的普遍的な意義を有すると同時にあくまでも個体的な特異性を保
持している。人間は一人一人が個人であると同時に、人類の一員でもある。そ
うした両義性をイグザンプルという概念は担っている。
普遍性をも帯びた個人の尊厳は、イレパラブルとも言い換えられる。修復でき
ないもの、別の何かで償えないもの、かけがえのないもの、それがイレパラブ
ルだ。アガンベンは次のように説明している。イタリア語新版(2001年)の73
頁、英訳版(初版よりの翻訳、1993年)の90頁を参照されたい。
「かけがえのない一回性のもの[イレパラブル]とは、物事がこうであったりあ
あであったりというあるがままの状態であること、いささかの矯正や修繕も必
要ない、存在するがままにゆだねられた状態である。物事が存在するというこ
とがイレパラブルなのであって、どのように存在しようと、例えば、悲しかろ
う、あるいは幸福であろう、最悪であれ恵まれているのであれ、あなたがどの
ような存在であれ、世界がどのようなものであれ、それらはかけがえのない一
回性のもの[引き返しようのない、そして取り返しのつかないもの]なのだ」。
どのような存在であれ、あるがままの任意性を認め合うこと、これがアガンベ
ンにとって共同体の倫理の基礎となる。『来たるべき共同体』はたった一度だ
け、『〈帝国〉』の注で参照を指示されている。注が付された本文に立ち返る
と、アガンベンの名は出てこないが、彼の言うイグザンプルの概念は積極的に
は評価されてはいないように思える。不当とは言わないがここに不満は残る。
アガンベンは個々の存在のかけがえのなさに対する「愛」について述べ、その
愛によって成り立つ共同体の基礎を示唆する。周知の通り、「愛」の思想とい
えば、ネグリの方がはるかに明示的に、熱烈かつ積極的に語ってきたから、実
際、「アガンベンと愛の思想」というテーマはほとんどその影で霞んでしまう
だろう。
しかし、強調しなくてはならないが、『ホモ・サケル』における冷徹な権力分
析の言説の裏には、『来たるべき共同体』における希望の思想があるのである。
また、ネグリによる愛と希望の思想の裏には、冤罪による絶望的な投獄と亡命
の苦々しい日々が色濃く反映しているのだということも、指摘せねばならない。
ネグリの愛は絶望を突き抜ける快活さであり、現実を塗り替えようとする強い
意志の現れである。一方、アガンベンの愛は、『ホモ・サケル』におけるリア
リズムにもかかわらず、きわめて理想主義的な側面を垣間見せるのだ。
ネグリの思想的パートナーであるマイケル・ハートは、『〈帝国〉』をめぐっ
て2000年に行われた、トーマス・ダンとの対談「主権、マルチチュード、絶対
的民主主義」において、こう語っている。「『〈帝国〉』の議論は、アガンベ
ンの『ホモ・サケル』と、いくつかの中心的関心を共有しています。特に、主
権と生権力についての考えをめぐって」。このあとハートは、アガンベンの重
要性を十分認めつつも、主権の暴力を収容所の表象に集約させる挙措には、懸
念の意を表している。
冒頭に掲げたネグリの書評の英訳と、今しがた引用したハートの対談はどちら
も下記のウェブページで閲覧できる。読解の正確さの当否は置くとして、たい
へん示唆的で興味深いので、ぜひお読みになっていただければと思う。
[2003年10月18日]
16beaver, Monday Reading Group - Agamben’s Homo Sacer - 08.15.03
http://www.16beavergroup.org/monday/archives/000374.php
◎五月(ごがつ):1968年生まれ。「[本]のメルマガ」編集同人。
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