1999.12.15.発行 vol.18  [私は勤勉で忠実である 号]

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■■  [本]のメルマガ                             1999.12.15.発行  
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■■       mailmagazine of books      [私は勤勉で忠実である 号] 
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■CONTENTS--------------------------------------------------------- 
★トピックス

★「本の周りをうろついて・・」/湯川新一
→「スペシャリスト」の鋭さ、素晴らしさを評論します

★「今日(こんにち)の芸術」/忘れっぽい天使
→コムツカシイ現代音楽・近藤譲の世界を明晰に語ります。

★「中国古典で浅学菲才が直る?」/掩耳(えんじ)
→今回より、儒教、老荘、法家を中心とした古典思想の世界を紹介します。

★「読者の方からの投稿」/朝日山さん
→読者の怨念パート2が登場! 今回は「1984」と盗聴法の問題を鋭く斬り
ます。
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■トピックス
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■映画「スペシャリスト」紹介再録
前号で紹介したナチス将校アイヒマンの裁判ドキュメンタリー映画「スペ
シャリスト」の試写会に行ってきました。非常に強く感銘。2時間8分の
上映はあっという間だった。最初は「スタローンとストーン共演の映画の
タイトルと一緒だなんて」と浅はかな冗談を言っていたけれど、「スペ
シャリスト」とはアイヒマンの〈あだな〉だったわけだ。

アイヒマンは最悪なまでに哀れだ。三人の裁判官の苦悩の色も忘れ難い。
とにかく大勢の人に見てほしい、ぞっとするくらい決定的に重要な必見の
映画である。なお前号の記事について、監修の高橋哲哉さんから3カ所の
誤報をご指摘いただいた。

@フィルム原本の発見は95年でなく91年。
Aフィルム原本の記録時間は700時間でなく500時間。
B製作・監督は二人のフランス人ではなく、ブローマンはイェルサレム生
まれのユダヤ系フランス人、シヴァンはイスラエル人。

誤記について関係者および読者の皆さんにお詫びいたします。以下、前回
記事に訂正を施して再録します。なお本号では同じく試写会の感想を湯川
氏が記事にしているので、参考になさってください。

■ ナチス戦犯アイヒマンの裁判映画「スペシャリスト」が日本上陸!
アドルフ・アイヒマンといえば、ユダヤ人移送計画の専門家であり、61年
にイェルサレムで開かれた裁判により、死刑に処せられたナチスの士官で
ある。裁判を傍聴したユダヤ人思想家アーレントは、彼の悪辣というより
はあまりにも平凡なたたずまいを見て、「悪の凡庸さ」をテーマにアイヒ
マン論を出版している(大久保和郎=訳『イェルサレムのアイヒマン:悪
の陳腐さについての報告』みすず書房 http://www.msz.co.jp )。

91年、本映画の製作を勤めたドキュメンタリー映像作家のエイアル・シ
ヴァンは、イスラエルのフィルム保管所で、アイヒマン裁判を撮影した
350時間分のフィルムが残存しているのを発見。もともとは500時間もあっ
たものだが、この350時間のフィルムを再編集、デジタル処理し、2時間に
まとめた。それが、2000年2月BOX東中野で公開される。

「スペシャリスト:自覚なき殺戮者」と題されたこのドキュメンタリー
フィルムを再編集したのは、イスラエル国籍を持つ先のシヴァンと、本年
ノーベル平和賞を受賞した「国境なき医師団」の元団長である、イスラエ
ル系フランス人のロニー・ブローマンだ。フランス、ドイツ、ベルギー、
オーストリア、イスラエルの合作として本年発表。ベルリン国際映画祭の
招待作品でもある。

アイヒマンはユダヤ人にとっては、冷血な嘘つきであり卑劣漢であり悪魔
に等しい存在だが、裁判フィルムに写っている彼は、アーレントが指摘し
た通り、ひどく凡庸で事務的な中間管理職にすぎなかった。悪が同居し内
在するこの恐るべき凡庸さをこの映画は如実に映し出している。まさに彼
は「自覚なき殺戮者」であったのだ。

クロード・ランズマンの映画『ショアー』(85年)が10年遅れで日本で公
開され、テキストが出版されて
(作品社http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha)以来の、
セカンド・インパクトが訪れることになろう。来年1月には製作・監督の
シヴァンとブローマンが来日する予定であり、映画の姉妹編とも言える共
著『不服従を讃えて:「スペシャリスト」アイヒマンと現代』がやはり1
月に、高橋哲哉+堀潤之の訳で産業図書から刊行されることになってい
る。高橋氏は日本語字幕の監修も勤めている。来春一番の話題になること
は間違いないだろう。関係者に敬意を表したい。

BOX東中野は、JR中央線東中野駅下車西口北側ホーム正面ポレポレ座ビル
地下。電話03-5389-6780。現在、特別鑑賞券税込1400円絶賛発売中。
■注目の新刊[!]近刊[#]

#『フランク・ロイド・ライト全作品集』丸善、2月予定
今世紀を代表するアメリカの建築家の、本邦初の全作品集。965点にお
よぶ写真と702点の図面で、初公開も多数。丸善の創立130周年記念
出版。編訳=岸田省吾。
240×260mm、520頁、予価28000円

#ハーバーマス『近代 未完のプロジェクト』岩波現代文庫、1月14日
予定
現代文庫ついに創刊!なのだけれど、イマイチ若造には選書センスがピン
とこない銘柄もあったりする。読者対象はどのあたりなのだろう。本書は
『近代の哲学的ディスクルス』全2巻を合本・文庫化したものか。公共性
についてかまびすしく議論されている昨今、本格的な読み直しが期待され
る思想家である。訳=三島憲一。本体1100円
ISBN4-00-600006-7

#アーレント『ラーエル・ファルンハーゲン』みすず書房、12月中旬予
定
未来社から刊行されていた同著の新訳。ドイツ・ロマン派全盛期のサロン
の中心人物を描く。訳=大島かおり。A5判、予価6000円
ISBN4-622-03805-6

!高橋哲哉『戦後責任論』講談社、発売中
加藤典洋との侵略戦争認識をめぐる論争をご記憶の方も多いだろう。著者
は、現代の日本人がなにかと流れがちな情緒的一国利益主義にきっぱりと
否を告げることのできる数少ない良識派の一人である。必読。
四六判、本体1800円、ISBN4-06-209361-8

#徐京植+高橋哲哉『断絶の世紀 証言の時代』岩波書店、1月26日予
定
日本軍の侵略戦争の犠牲となった人々の生き残りが証言することに、なぜ
多くの日本人は否認や事実隠蔽、歪曲をもって応じるのか。閉塞した歴史
認識を糺す透徹した対話。四六判、本体2000円
ISBN4-00-001290-8

!グラムシ『知識人と権力』みすず書房、発売中
カルチュラル・スタディーズの理論的基盤に大きな役割を果たしているグ
ラムシの、時宜を得た日本独自の論集。有名な「サバルタン」概念もここ
で読める。訳=上村忠男。四六並製、本体2700円
ISBN4-622-05047-1

#『実践カルチュラル・スタディーズ』大修館書店、1月31日予定
ソニーのウォークマンを分析例に、スチュアート・ホールらが平易に論じ
るカルチュラル・スタディーズの実践的概説書。ホールが近年までたずさ
わっていた「オープン・ユニヴァーシティ」の成果の画期的入門書となろ
う。必読。訳=暮沢剛巳。
A5判、予価2300円、ISBN4-469-21247-4

#『アルチュセールを読む』情況出版、12月下旬予定
雑誌「情況」で取り上げられた特集の総括編。著者に阪上孝、ジュディス
・バトラーなど。デリダのインタビューも収録。
A5判、本体2600円、ISBN4-915252-40-X

!デリダ『法の力』法政大学出版局、発売中
後期デリダの主著の待望の邦訳。脱構築は正義である、と論じて物議をか
もした著者の転換点。訳=堅田研一。
四六判、本体2300円、ISBN4-588-00651-7

#J・ヒリス・ミラー『批評の地勢図』法政大学出版局、12月中旬予定
未邦訳があまりに多すぎるアメリカのイェール学派四天王の主著群のひと
つがようやく刊行される。ディケンズ、ハイデガー、デリダ等を巡る刺激
的な論考。訳=森田孟。
四六判、本体6000円、ISBN4-588-00658-4

#三島由紀夫『三島由紀夫の美学講座』ちくま文庫、1月6日予定
編者が谷川渥というあたり、どのように三島を読み直させてくれるか楽し
み。本体660円、ISBN4-480-03531-1

#塩野七生『ローマ人への20の質問』文春新書、1月20日予定
著者待望のローマ入門。人間の生き方、リーダーシップ、国家のあり方な
ど。本体690円。ISBN4-16-660082-6

#大貫隆『グノーシス考』岩波書店、1月26日予定
キリスト教と双生の宗教運動であるグノーシス主義の本質と現代的意義。
反正統主義神学の可能性と限界、神秘主義への影響を論じる。
A5判、本体7600円、ISBN4-00-000447-6

#チェントローネ『ピュタゴラス派』岩波書店、1月24日予定
古代ギリシアの伝説の哲学者であり科学者であるピュタゴラスの人物像と
その秘教的友愛教団の姿を、断片的で錯綜する資料から探る。訳=斎藤
憲。四六判、本体3600円、ISBN4-00-001923-6

#吉田武『ケプラー・天空の旋律』共立出版、12月下旬予定
力学を軸に、微分積分、線形代数、応用数学の観点から歴史的天文学者の
実像に迫る好著。A5判、予価1900円、ISBN4-320-03346-9

#杉田玄白『蘭学事始 全訳注』講談社学術文庫、1月10日予定
江戸文化論の機運著しい中にこうした書籍が気軽に文庫で入手できるのは
うれしい。訳注=片桐一男。本体価未定、ISBN4-06-159413-3

#『日本霊異記』平凡社ライブラリー、1月12日予定
日本最古の仏教説話集を口語全訳。こうした頼もしい試みがもっと増える
といい。訳=原田敏明ほか。本体1300円、ISBN4-582-76319-7

#千宝『捜神記』平凡社ライブラリー、1月12日予定
晋の歴史家による古典的伝奇譚の全訳。ライブラリーの水準の高さは、
もっと多くの書店店頭で評価されるべきだ。訳=竹田晃。
本体1600円、ISBN4-582-76322-7

#マスペロ『道教』平凡社ライブラリー、1月12日予定
フランスの碩学によるつとに知られた概論。不老不死説にみる中国人の精
神構造とは。訳=川勝義雄。本体1500円、ISBN4-582-76321-9
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■「本の周りをうろついて・・」/湯川新一 
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『スペシャリストー自覚なき殺戮者』について

12月4日深夜、ETV深夜館・アンコール特選「ヒトラーと6人の側近た
ち」1996年ドイツ製作の番組をご覧になった方は多いと思う。4日は6
回シリーズの第1回「ヨーゼフ・ゲッペルス」第2回「ヘルマン・ゲーリン
グ」の連続放送であった。それは第一次大戦からナチの盛衰と狂気を時系列
に「すさまじい見るに耐えない」映像と証言を絡めながら作られている。第
3回以降は12/11「ヘス」「ヒムラー」12/18「デーニッソ」「シュ
ペーア」と続く。

3回以降は未見だが「ゲッペルス」「ゲーリング」を見て思うことは、この
側近たちを特殊化していることである。証言もナレーションも狂気・20世
紀最大の汚点を側近たち個人に還元しよう・したい、そして特殊な歴史とし
て封印したいという意図が感じられる。事実ではあるが、あくまで特殊な出
来事で、もう無いと表現しているように思える。いや、している。

ナチス・ドイツ、ホロコーストといえば85年C・ランズマンの映画『ショ
アー』を思い出す。映像資料を使わず事件当時から30年以上を経た時点で
、ホロコーストにかかわった生存者38人にインタビュー形式で製作された
9時間半に及ぶ、ドキュメンタリーの常識を超えた作品である。日本でも
10年の紆余曲折を経て95年に公開され話題になった。

ランズマンは本『ショアー』作品社の中で次のように書いている。
「ヨーロッパ・ユダヤ人への絶滅政策は、今日、伝説的・神話的次元の知識
の対象にーつまり、知なるものの対極になってしまっている。伝説に思い出
を対置しても、伝説を打ち破ることはできない。そうではなく、伝説に止め
を刺すためには、ただ伝説を、できるならば、想像を超える現在と、伝説の
源泉ともなっている現在を突き合わせる方法しかない。そして、そこへ至る
唯一のやり方とは、まさしく、過去を現在としてよみがえらせ、過去を非時
間的な現代性のなかに復元することである」

そのランズマンに対し『スペシャリストー自覚なき殺戮者ー』のイスラル生
まれのユダヤ人脚本ロニー・ブローマンと脚本・監督・製作エイアル・シヴ
ァンはランズマンの自己解釈に対し「被害者の語りに焦点を置き、大虐殺を
<表象不可能な>出来事として、唯一無比の絶対的出来事であるかのように言
うことは、出来事を神話化し、その責任についての具体的で政治的な判断を
麻痺させてしまうことにつながるのではないか。現在、同時代の出来事とし
て起こっている数々の惨禍に対して、感受性を鈍麻させてしまうことになら
ないか」という問いを立てた。

この映画『スペシャリストー自覚なき殺戮者ー』はナチス親衛隊中佐で19
41年から1945年にかけて450万とも600万人ともいわれるユダヤ
人・ジプシーの組織的強制移送を指揮した「ユダヤ人問題の専門家=スペシ
ャリスト」の被告アドルフ・アイヒマンのエルサレムでの裁判の記録である。
700時間とも500時間ともいわれるショー化された法廷の撮影時間から
残存する350時間をクオリティの関係で70時間に短縮。それをある意図
をもって128分に編集し『スペシャリストー自覚なき殺戮者ー』として製
作、発表した。

主役?アドルフ・アイヒマン。
1906年3月19日ゾーリンゲン生まれ。
1932年SS(ナチス親衛隊)に入隊。1941年SS中佐の地位に昇進。
1943年44年を頂点とする「最終的解決」の<仕事>を経て15年の逃亡
生活に入る。
1960年5月11日南米アルゼンチン、ブエノスアイレスの事務監督官リ
カルド(偽名)として働くベンツ自動車工場より帰宅途中、イスラエルの秘
密機関で逮捕され空路イスラエル、イェルサレムに運ばれる。
ホロコースト時、存在しなかった国の法廷で、事件当時には存在しなかった
法律によって、また、ユダヤ人裁判官の前という「政治」が渦巻く中、19
61年4月11日午前8時58分、裁判開始。
1961年12月15日午前9時、死刑宣告を受ける。5月31日恩赦請求
却下。同日、アイヒマンが自分の恩赦請求却下を知ってから2時間足らずの
23時58分絞首刑に処される。「いずれ近いうちに再会しましょう。それ
が人間すべての運命ですから・・・」という最後の言葉を残して。屍体は焼
却され、その灰はイスラエルの国土を汚さないようイスラエル領海外の地中
海に撒き散らされた。

映画製作のある意図とは、アメリカのユダヤ系ドイツ人の政治学者ハンナ・
アーレントの著書『イェルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さについての報告
』みすず書房に製作者2人がインスパイアされたという伏線がある。この本
は「ザ・ニューヨーカー」誌のために1962年の夏から秋にかけて執筆さ
れ、翌年5月に刊行されたものである。
また、この本は雑誌掲載時からドイツの反ヒトラー抵抗運動の人々、ユダヤ
人、ジャーナリスト等、論争の渦中に巻き込まれた。
批判の論点がそのままこの本の論旨となり、それは二つに大別される。
ひとつは、全てのドイツ人および故意にせよ無意識にせよ、ユダヤ評議会が
ナチの道具となり、結果としてユダヤ人指導者たちは、ナチによるユダヤ人
絶滅の手助けをしたこと。
ふたつめは、アイヒマンが結局は平凡な官僚にすぎず、その意味で彼の行為
は悪魔的なものではなく、ごく普通の官僚によって行なわれた行為にすぎな
かったと主張した。

批判に対しアーレントは、数々の質の高い資料と条件法的推断で応じる。ま
た、彼女の理論でアイヒマンを切り捨てる。ある人種、ある民族、ある人間
集団の存在を全体とし否定すること、その存在を否定する権利が自分にある
と思い上がること、これは<人類に対する罪>というまったく新しい範疇の罪
悪であり、このような犯罪者とは倶に天を戴くことができないと断定し、こ
の一点で妥協の余地なく彼に死を宣告しなければならぬのである、とする。
そして、死刑を支持する。

アーレントの指摘するように、映画の中でガラスの檻の中にいるアイヒマン
は、ごく平凡な何でもない男にみえる。緊張のためか口が歪み、机の上のホ
コリを吹き払い、マイクの角度を気にする。裁判官、検事の質問を一言も聞
き逃さぬようヘッドフォンに手をやり、こまめにメモをとる。悪魔的そぶり
はまったく感じさせず、知的にさえ見える。
彼アイヒマンの口から発せられる答弁・言葉は、ハッとするほど私たちの現
在に入り込む。
「私は権力もなく命令に従う・・」「私は無関係、権限はない」「命令は遂
行しなければならない」「責任の範囲内で遂行する」「私に分かるのはここ
までです」「私は知らなかった」「個々の責任者が勝手に命令・・」「命令
は服従、私の権限ではない」「管轄外の判断は下せない」「我々は命令があ
るまでじっと待つ」「自分の意志ではなかった」「知りませんでした」「執
行は彼等の義務、命令を遂行したまでです」「何故、私個人が裁かれるのか
」「決定の提案はしてない」「私は勤勉で忠実である」「静かに仕事を遂行
する」「抵抗してもしかたがない」「命令を出した者の責任です」「自分は
この仕事に向いてない」「義務だった。これ以上何も言えない」「私はその
立場に立ったことがない」「職務だけで精一杯」「責められることはない」
「ユダヤ人自身が望んだ」等々・・・。

本『イェルサレムのアイヒマン』にはその他多くの彼の凡庸な発言が記され
ている。アーレントが書くように、まったく凡庸な普通の人間、組織の歯車
として働く単なる小役人にすぎない。

法の在り方・・・。裁判の在り方・・・。人は何によって裁かれるのか・・
・。鏡・外を持たぬ閉じた世界で価値観が逆転する。現実離反とひたすら服
従という無思想、想像力の欠如、そこから生み出される行為、結果としての
・・・。

この映画はささやきから静かにはじまり、声・言葉が折り重なって聞き取れ
なくなり、悲鳴、怒声とからみあい、やがて言葉が失われていく模様をオー
プニングで示す。ひとりひとりの声・言葉の重要性を示すように。
そして、ブツンと終わる。アイヒマンのその後については何も表わされては
いない。全編モノクロームの映像は法廷ではじまり、法廷で終わる。

『スペシャリストー自覚なき殺戮者ー』と『ショアー』は製作者の<解釈>の
違いによるアプローチの違いで、ナチス・ドイツ、ホロコーストに鋭く切り
込むとともに、私たちの現在で顕在化しつつも容易に手出しのできないもの
に触れ、考える機会を与えているように思う。

『スペシャリストー自覚なき殺戮者ー』は2000年2月BOX中野で公開
1999年フランス・ドイツ・ベルギー・オーストリア・イスラエル合作
1999年第49回ベルリン国際映画祭招待作品

関連図書
『イェルサレムのアイヒマンー悪の凡庸さについての報告』
          ハンナ・アーレント著、大久保和郎訳 みすず書房
『不服従を讃えて《スペシャリスト》アイヒマンと現代』
 ロニー・ブローマン/エイアル・シヴァン著、高橋哲哉・堀潤之訳
          産業図書 2000年1月刊行予定

今年の風邪も相当キツイ。皆様ご自愛ください。
vol.16号の「ネット書店」と「リアル書店」の私の懸念に対し、現場
に詳しい方からメールを頂きました。紀伊国屋の「ハイブリッド ウェブ 
サービス」は「リアル書店」にとって決してがんじがらめではなく、棚替も
担当者レベルで行なっているとのことです。
また、11月から立ち上げたのは梅田本店と新宿南店で、福岡本店は開店の
5月から実施しているとのことです。ありがとうございました。
紀伊国屋書店ファン、特に紀伊国屋「リアル書店」ファンの皆様、ご安心を。
そしてどこの本屋でもいいから本を買ってください。

それでは、また。
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■「今日(こんにち)の芸術」/忘れっぽい天使
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音たちの生活−近藤譲の音楽
                                
音楽に聞き入っている時程、我々が「音」そのものを聞いていない時はな
い、のではないだろうか。
  
作曲家が精魂込めて書きつける旋律、それは大抵の場合、作曲家の「魂
の叫び」であり、作曲家と彼(または彼女)を取り巻く自然とか社会とかと
の関係を比喩的に「表現」したもの、であることが多いだろう。音と人間と
の長い関わりの歴史によって、「音」は社会機能性の中に組み込まれ「音楽」
になった。一定の共同体内において、ある音の形式は共同体の成員のある情
動と結びつく、とされる。「音楽」は人と人を結ぶ絆だ。近代に入ると、個
人を核とした複雑な社会的関係を音によって暗示するような音楽が作られる
ようになり、それはどうかすると「反」社会性までも表現するようになって
いった(ロックンロールのように)。あるいは科学の発達と歩を合わせるよ
うに音と音との抽象的な関係の複雑さを競うかのような音楽が現れ、「音楽
大学」という準・国家権力に保護されながら人間の知性の「先端」を指し示
す機能を社会の中で持つようになっていった(現代音楽という奴だ)。

  その傾向が極点に来た時、「音」が「表現」する諸々の関係を読み解く
よりも、「音」自体の固有な存在性を聞き取りたいと考える作曲家が現れた。

近藤譲の音楽は、注意していないと外見上は「ただのゲンダイ音楽」−それ
もかなり地味なもの−に聞こえてしまうかもしれない。電子音・民族楽器等
を使うことは少ないし、特殊奏法を指定することも余りない。舞台演出に凝
ることもなく文学的な要素を持ちこむこともない。たいがいの曲は五線譜で
きちんと書かれ、人を驚かすようなグラフィックな譜面を採用することもな
い。「不確定性」と呼ばれるような前衛的?な手法を使うこともない。調性
と無調性の間を行ったり来たりするような旋律線と、バロックの舞曲を思わ
せるリズムの取り方がやや特徴的かな、と思わせるくらい。劇的な展開など
何もない。

しかし、こうした貧しさこそが、近藤譲の音楽が出発するための条件な
のである。音楽を作曲家の自己表現の手段とすることを避け、空間に放たれ
た「音」に自らの生命自体を楽しむ場を与えるために、彼は「曲」を音楽の
後方へ退けさせる。例えば初期の「スタンディング」という作品は、3種の
異なる楽器(楽器の指定は特にない)がたった一本の旋律線を少しずつ分け
合いながら演奏することで進んでいくという構造を取っている。充実したア
ンサンブルを響かせることを拒否し、3種の楽器が故意に非効率的に鳴るよ
うになっているわけだ(線の音楽、と近藤は呼んでいる)。そしてその旋律線
は「核音の発生し易い、そして同時にいくつもの核音の移ろいを感じ得る状
態」に設定された音階によって作られ、人は「ランダムな音の列なりの内に
核音を追う聴覚的旅」に出ることになる。

「私はグルーピングを聴き出すことが可能であるように、しかし特定の
グルーピングの安定した確立を妨げるように音を決定したのであって、「連
接」様態のすべてを確定したわけではない」「ここでの聴き手は単なる受け
手ではなく、自ら「聴く」行為によって音の列なりを音楽化しなければなら
ない」

近藤譲にとって作曲家の仕事とは、作曲家の存在を誇示する過度の構造を取
り払い、音と聴き手を直接向き合わせること、であろう。それは少し踏み込
んで解釈すると、音たちが独自に営む音たちだけの生活を覗く契機を聴き手
に与えるということではないだろうか。普通の音楽では、それがどんなにユ
ニークに聴こえようと、音は人間の意図の奴隷のようなものである。しかし、
近藤は音を人間の意図という檻から解放し、音に音だけの社会生活・家庭生
活を営ませることを良しとし、聞き手にはその様子を息を飲んで見守ること
だけを命じたのだ。音はもちろん人ではないから彼らの喋っている言葉の意
味はわからない。しかしそこには(我々人間には知らない種類の)音独自の
感情原理というものが明らかに存在するように、聴き入るうちに錯覚されて
くる。人間が作り人間が演奏し人間が聴く、だが人間を締め出した音の世界。
音というものを、人間に従属しない、自立した生命体のように考えているの
でなければ、このような音楽の設定は無理なような気がするのである。

その結果、近藤譲の音楽は、どこか童話的であり人形愛的なものとなる、
と結論づけてしまうのは少し早計だろうか。社会システムの細分化により、
個人が生活の中で万能感を感じることができにくくなった時代の身の処し方
(自己の不完全性を認識させられ、かつ「神」という超越者を拠り所にでき
なくなった人間が、フェティシズムに救いを求める)を表わすように思える
のである。
      * 引用は全て名著「線の音楽」(朝日出版社、絶版)より行いました
      *近藤氏の作品集のCDはコジマ録音より発売されています

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■ 中国古典で浅学菲才が直る?/掩耳(えんじ)
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時代と切り結ぶ道具としての古典思想

今回から、孔子、老荘、荀子、孟子、墨子、法家、などの中国古典思想を取
り上げます。具体的な道筋としては、これらの思想が、実は現在の論壇での
発言などに類似していることを明らかにし、人間が社会に対して思考すると
きの、この二千年間の変わらなさと、進歩の跡をたどってみたいと思います。

まず、初回は、個々の思想の核心部分を、比較という方法で浮かび上がらせ
て見たいと思います。まずは、孔子、荀子などの儒教と、老荘思想から――

この二者の違い、一言で言えば、<言葉を信じているか、否か>に尽きます。
要は――
儒教=言葉によって、人間や社会はよりよくなっていくものだ。言葉を正確
にする(=名を正す)ことによって社会は改善される。
老荘=言葉は、人間や社会を、実は堕落させるものではないか。言葉は不完
全な道具である。
という点により、鋭く対峙するのです。

実は、この二者は、それぞれに急所を突いた言葉です。例えば、儒教的な考
え方(=名を正す)で現代を斬ってみましょう。

例えば、<日本>という国名。これは儒教的に言えば不正確です。<日本王
国>、これがより正確な名称です。なぜなら、各種の本において、日本は立
憲君主国である旨が明記されているからです。
少し前に、君が代論争というのがあり、<君>とは国民のことだなどと馬鹿
なことを官房長官が発言していましたが(漢文の知識が少しでもあれば、君
が君主であることは疑いようがない)、日本が日本王国という、より事実に
即した名称を標榜していた場合、この論議は全く別のものになっていたのは
明らかです(ここでは、ことの是非は一切問いません)。
なぜなら、王国において、国歌が国王を称えるのはイギリス国歌を見ればわ
かるようにごく普通のことだからです。もし、それに意義を申し立てるなら
、現在の立憲君主国という制度そのものに対してでしょう。言葉によって、
今の日本がまるで民主主義共和国かのごとく振舞うことが、まず問題なので
す。そして<君>は天皇か国民かなどと問うこと自体、事の本質を見失った
議論であり、それに関わった識者は愚かであるということが、儒教的切り口
ではっきりしてしまうのです。(続)
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■「読者の方からの投稿」/ 朝日山さん
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なぜこれが売れない?読者の怨念2

早川書房 「1984年」ジョージ・オーウェル

ジョージ・オーウェルの「1984」は、なかなか息が長い本である。発表され
た1949年から傑作の誉れ高かったが、それでも消える本は消えていく。時代
が作品を追い抜くことがあるからだ。「1984」に出てくる洗脳の過程にもそ
んなところがあり、今日本で行われる洗脳がどんなものか知っているような
人なら、ストーリーの面白さはともかくとしてディーティルが古いという印
象を受けるだろう。それも仕方がない。1949年といえば、洗脳なんて言葉自
体できていたかなかったか……そんな時代にここまでの内容を書いたのだか
ら、やはりオーウェルはただ者ではない。
ところで最近、盗聴法関連で「1984」が引用されることが多い。どこもかし
こも盗聴器だらけの社会がどんなものかを語るうえで都合のよう作品だから
だろう。筆者はこの手の記事が大嫌いである。なぜだって?だって、みんな
本読んでないんだもん(笑)
「1984」を引用して書かれた記事はたいてい「あんたも盗聴されるよー、気
味悪いでしょー」みたいなことを書いてある。考えてみればいい。あなたの
通信を一日完全に傍受するにはいったい何人の人が必要ですか。家の電話は
盗聴できますね。NTTに人が張り付きます。あなたは出かけますね。携帯
電話をかけるとしましょう。携帯の電話会社にも人が張り付きます。公衆電
話からかけるとすると、尾行者も必要になりますね。最低三人は必要なわけ
です。二十四時間監視するには八時間交代で三倍の人が要ります。その上ト
ランシーバーやアマチュア無線や郵便や伝書鳩を使ったら……通信の傍受っ
て大変なんです。仮に警察が一万人を擁する空前の大盗聴部隊を作ったとし
ても、何人傍受できるか考えれば、オーウェルの世界の再現なんて絶対にあ
り得ない。じゃ、オーウェルはいい加減なプロットで小説を書いたのかと思
ったあなたはえらい。「1984」を読んでみましょう。「1984」の舞台、オセ
アニア国の住民のうち、何人が盗視聴機であるテレスクリーンに囲まれて暮
らしているのか読んで確かめてみましょう。人口のたった15%です。これな
らできないとは言えませんよね。実現可能性のある、ぎりぎりのところだと
思います。
要するに、「1984」の引用をして盗聴法反対なんて記事書いてる連中は、「
1984」を読んでいない。どこかで聞いた評判をうのみにして、あるいは誰か
頭のいかれたライターの書いた駄文で引用されているのを見て、文学からの
引用を入れるとかっこいいとでも思って真似してるだけなんですな。それは
本の世界のスターにも言えること。宮崎学あたりは無視する人も多いだろう
が、東浩紀でもそんなところがある。東浩紀は、筆者の見聞した限りでは、
唯一「1984」を読んでますね。「あんたも盗聴されるよー」はマンパワー的
に不可能だと断言してます。しかし、彼は学者として本当に一流だろうか。
そんな疑いを抱かせる論理で盗聴法反対を主張しているところがあるんです。

残念ながら。筆者がいかに雑誌を読んでないかばれてしまうけど再びMac
Power誌の東浩紀インタビュー「デジタル化社会と日本の位置」なる記
事を俎上に載せます。彼は通信傍受法が成立しても組織犯罪が一網打尽には
ならない。抜け道はいくらでもあると、宮崎学と同じ当たり前のことを指摘
したうえで、権力が通信の痕跡をため込むことで「検索型権力」を持つよう
になると言います。分かりやすく言うと、電子メールのデータなんかを一元
的に溜め込むサーバーなんかを警察が持つと、その場では何でもなくても、
半年後とか一年後などに検索されて個人の動きを把握されてしまう。リアル
タイムではないけど「タイムマシン効果」が出てくるというわけ。
「検索型権力」に対して、彼は従来の権力は「監視型権力」ととらえていま
す。そこで「1984」が出てくるんですけど、彼は「1984」の世界をこう評価
します。
「これは典型的なカメラによる監視です。読むとわかりますが、そこら中に
カメラがあって、ちょっと危ない話をしたりするときには壁の端に隠れたり
するわけです。しかし監視する側と監視される側が同じ時間を共有していれ
ば、逆にそれを出し抜くこともできるわけですね。カメラの死角になるとこ
ろに隠れたり、歩きながらしゃべったり。けれどもこっちと向こうで違う時
間が流れていたとすれば(監視型権力はリアルタイムに監視する。検索型権
力はタイムマシン効果を持つから我々とは別の時間が流れているということ
……筆者注)、そういう戦略はもう使えない」
彼は従来の「監視型権力」には抜け道はいっぱいあると言う。「検索型権力
」から逃れる術はないかのように言う。ほんまかいな?
たとえば朝日山が麻薬の売人やるとしますな。メールで注文とるとしましょ
うか。ヘロイン1/10グラム二万円なんてもちろん書かない。何かてきとーな
普通の商品、そうさな、中古パソコンの名前を使って商品リストを作ったり
するでしょうな。客はもちろん上野あたりで営業して見つけるんですよ。そ
したら客が警察に捕まったりしない限りまず大丈夫でしょう。検索したって
似たようなメールがいっぱい出てくるだけでしょうからね。一つくらい麻薬
メールが混じってたってわかりゃしませんよ。検索型権力だって抜け道はい
くらでもあるんです。反対意見に厳しく、自説に甘くじゃいけません。だい
たい監視型であれ検索型であれ、警察はあなたの動きなんて普段全く気にし
てません。見てもいません。その代りあなたが刑事犯罪を犯したと思ったら
、盗聴法があろうがなかろうが何十人、何百人もの捜査員を投入してあなた
の動きを把握しようとします。従来からの聞き込み捜査だけでもプライバシ
ーなんか丸裸にされますよ。なのになぜ盗聴法以前に聞き込み捜査は問題に
しないんですか?警察から見れば、盗聴法成立は捜査方法が一つ増えたに過
ぎません。
もっとおかしいのは、このくだりについている小見出し!「オーウェル型リ
アルタイム監視社会はむしろ牧歌的」とあります。編集の方で勝手につけた
だけかもしれないけども、「1984」を読んだら普通こんな印象持ちませんよ
。オーウェルの描いた、人間の尊厳を踏みにじる社会が牧歌的とは笑わせま
す。
もし、東浩紀が自分でインタビュー記事のチェックをやったうえでこの記事
が出ているなら、これは東浩紀が読者を舐めている……読者は「1984」を読
まないと踏んで情報操作をやっている……と言わざるを得ません。
ま、それはそれとして、原本を読まないで引用する記事を書く連中や、引用
先の文献を読者は読まないだろうと考えて手前勝手な解釈をした文章を書く
連中は他にもたくさんいるのでご注意を。今こそ「1984」を読んで盗聴法関
連の記事をお笑いとして読むのが通の読書家ではないでしょうか。というこ
とで、この本は今文庫のベストセラーリストに載るくらいは売れなきゃいけ
ません。そうじゃないとインチキ言論がまかり通ってしまいますから……。
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■あとがき
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>今年のインフルエンザはきついので、みなさんご養生下さい
>あれ、一言だけですか?
>いや、またバイト数がギリギリになっちゃって・・・トホホ
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