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1999.12.25.発行 vol.19 [おいしい商売 号]
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■■ [本]のメルマガ 1999.12.25.発行
■■ vol.19
■■ mailmagazine of books [おいしい商売 号]
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■CONTENTS-----------------------------------------------------------
★トピックス
★「現代思想の最前線」/五月(ごがつ)
→謎に満ちたブランショを取り上げます
★「乾季」/タウ
→大好評、即返品本第二段! 千年の謎を1冊でわからせてしまう本とは
★「脱・書店員日記」/aguni(あぐに)
→新潮流、ブック・オン・デマンドに迫ります
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■トピックス
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■ 注目の新刊(=!)、期待の近刊(=#)
!F・キットラー+S・バンツ『キットラー 対話』三元社、発売中
ハーバーマス以後のドイツ現代思想を代表する哲学者(美学者)自身によ
る格好の「キットラー思想」入門。対話者のシュテファン・バンツはスイ
ス現代美術のアーティスト。現代アートとメディア論と哲学を結ぶ気鋭の
思想家を知る上で必読。日本語版への序文あり。訳=前田良三+原克。A5
判上製112頁、ISBN4-88303-062-8、本体価2000円
http://www.yarne.funabashi.chiba.jp/B02Tango/B03YARNE/a06m001
/SangenSha.html
※ フリードリヒ・キットラー(1943‐。ベルリン・フンボルト大学教
授)の本
『ドラキュラの遺言』産業図書、98年、本体3400円
訳=原克+大宮勘一郎+副島博彦、46判上製378頁、
ISBN4-7828-0116-5
http://www.san-to.co.jp/
『グラモフォン・フィルム・タイプライター』筑摩書房、99年、本体5800
円
訳=石光泰夫+石光輝子、A5判上製455頁、ISBN4-480-84706-5
※ ハーバーマス以後のドイツ語圏現代思想は要チェック。既訳がある著
者の中でも、キットラーをはじめ、マンフレート・フランク、ノルベルト
・ボルツ、クラウス・テーヴェライト、ペーター・スローターダイク、
ヴィレム・フルッサー(チェコ)等、近年続々翻訳されており、まとめて
これらの本を置く大型書店が出てくるだろう。
#アラン『プロポ(1)』みすず書房、1月下旬
ノルマンディー地方紙に今世紀初頭連載されていた、著名なアラン語録を
全二巻で完全邦訳。筋骨逞しいユマニスムの虹が甦る。訳=山崎庸一郎。
46判、ISBN4-622-03086-1、本体予価4400円。
http://www.msz.co.jp/
#ドゥルーズ『経験論と主体性』河出書房新社、1月下旬
ドゥルーズ初期の代表作。かつて木田元との共訳で朝日出版社から刊行さ
れていた『ヒュームあるいは人間的自然』の改訳版。訳=財津理。
46判、ISBN4-309-24223-5、本体予価2800円
http://www.kawade.co.jp/
#前田英樹『在るものの魅惑』現代思潮社、1月中旬
丸山圭三郎以後もっとも重要なソシュール学のエキスパートの一人であ
り、すぐれた映画評論家でもある著者の待望の最新評論集。厳密で官能的
な美学と批評の到達点。
46判、ISBN4-329-01007-0、本体予価2800円
#エドマンド・ホワイト『燃える図書館』河出書房新社、1月中旬
現代アメリカにおける最も優れたゲイ作家の初エッセイ集。七〇年代から
九〇年代に書かれたものの中から選りすぐってまとめた。訳=柿沼暎子。
46判、ISBN4-309-20333-7、本体予価3800円
#高橋巌『神秘学入門』ちくまプリマーブックス、1月中旬
第一人者による書下ろし入門書。ギリシア哲学からシュタイナーまで。
B6判、ISBN4-480-04235-0、本体予価1200円
#サイモン・シン『フェルマーの最終定理』新潮社、1月末
数学における最大の難問のひとつである17世紀の学者フェルマーの最終定
理。これを近年解決したワイルズ教授がたどった道筋を紹介する。全英ベ
ストセラー。訳=青木薫。
46変型判、ISBN4-10-539301-4、本体予価2200円
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■ 現代思想の最前線 /五月
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■現代思想の最前線
第7回:来たるべきブランショ
いわゆるボツ企画というものがある。現在流通している書籍は幸いにも生
を授けられた幸福な(幸福でないものもあるけれど)子供であるが、実現
しなかった幻の書物たちは、譬えるなら、氷山の水面下の部分という以上
に、氷山を漂わせる大海原そのものだ。
現に存在する書物たちは偶然の産物と言えなくもない。綿密に導かれた偶
然か、密度の淡い偶然か。往々にして作品そのものに対する合評会である
というより、序列や人間関係の争いの場である編集会議がいざなう偶然で
ある(皮肉にすぎるだろうか)。
ちょっと大袈裟に言ってしまったが、つまりボツになってしまった企画に
ついて愚痴を言おうというだけの話だ。今世紀のフランスを代表する作家
であるモーリス・ブランショが94年に刊行した短編『私の死の瞬間
(L'instant de ma mort)』と、それを論じたジャック・デリダの98年の
著書『すみか(Demeure)』を邦訳して1冊にまとめて出版できたらという
企画を数年来、上司に打診してきたのだが、あえなくボツの宣告が下っ
た。
そうこうするうちに英訳版でズバリそのものの合本が近刊予定であること
を知り、更に日本でもちょうど一年前ほど、やはりズバリ合本の企画とし
て某社が版権を取得したのだ。
驚愕と落胆は大きかった。いや正確に言えば、驚愕ではなく「やっぱり誰
でも思いつく企画だよな」という納得と、「先を越された」というささい
で低レベルの嫉妬である。伝聞に過ぎないが、合本の意向は原著者ないし
原著版元の示唆でもあったようだ。
モーリス・ブランショは1907年生まれ。90歳を慶賀する集いが2年
前本国でも開かれたが、本人は出席しなかった(デリダは参加してい
る)。有名すぎる話だが、レヴィナスが所有していた若き日の写真と、近
年の盗撮以外、いっさいその姿は人目に触れられていない。その彼の恐ら
く最後の作品と言えるであろう、小説とも自伝とも評論ともつかない『私
の死の瞬間』はわずか本文十三頁ではあるが、彼の後輩たちにとっては大
きな事件だった。
例えばフィリップ・ラクー=ラバルトは、97年7月にスリージー・ラ・
サールで開催された、デリダの仕事をめぐる合宿討論会の席上で、「忠実
さ(Fidelites)」と題された発表を行い、そのほとんど全編でブランショ
に言及しつつ、『私の死の瞬間』を「並々ならぬ衝撃的な」作品であると
評している。("L'animal autobiographique"1999,Galilee,pp215)
ラクー=ラバルトは先月来日した折りも、やはりブランショのこの作品に
ついて論じていたと、後日知人から聞いた。私は来日を知ってはいたもの
の、東大駒場や早稲田大学でも講演会があるとは知らず、この貴重な機会
を見事に逸した。大間抜けとはこのことだ。東大駒場では97年にブラン
ショへのオマージュとして発表された論文「宗教の死に際L’agonie de
la religion」をもとに講演したとのこと。
デリダの『すみか』は86年の『帯域(Parages)』から数えて実に十二年
ぶりのブランショ論である。正確に言えば、『帯域』は70年代に書か
れ、あるいは講演されたものを集めた書物だし、『すみか』は95年7月
にルーヴァン・カトリック大学で講演された原稿を元にしている。いずれ
にせよ、デリダという哲学者の中でブランショが占める位置はきわめて重
要でありつづけた。
たぶん自らの体験を重ね合わせながら、ブランショは第2次世界大戦で死
に臨んだある若者の内面に仮託しつつ文学と証言の極限を描く(ああ何て
つまらない、誤りに満ちた解説!)。デリダは、死を証言するという不可
能性に着目して、歴史記述の問題や、西欧の知識人と戦争とのかかわりを
論じる(ああ!以下同文)。
来年2月にスタンフォード大学出版局から刊行予定の英訳合本『私の死の
瞬間/すみか:虚構と証言』の表題に付された「虚構と証言」とは『すみ
か』の冒頭の言葉でもある。訳者はエリザベス・ロッテンバーグ。プロ
フィールは未詳。
先ほど私は94年の『私の死の瞬間』が最後の作品、と書いた。実はその
後ブランショの新刊は3冊刊行されている。しかしいずれも『私の死の瞬
間』の前に書かれた小論の単行本化なのである。そのうち96年の2点に
は邦訳がある。
"Les intellectuels en question : Ebauche d'une reflexion"1996,
Fourbis,isbn:2-84217-006-7,F75(品切)
「問われる知識人」訳=西谷修、『ユリイカ』1985年4月号「特集:
モーリス・ブランショ」100頁〜121頁、青土社、品切。
もともとは『デバ』誌84年3月号に掲載されたもの。先に挙げたラクー
=ラバルトの「忠実さ」という論文でも最後に引用されている。
なお『ユリイカ』特集号には蓮實重彦と清水徹の両氏による「徹底討議:
現代史を生きた謎の文学者の遍歴」という対談が掲載されており、その中
で蓮實氏は上記論文のことを「なぜ書いたのかまるっきりわからない」と
おっしゃっている。東大総長になり、『知性のために』を岩波書店から刊
行した今はお解りになったろうか。更にこの号には、デリダの『帯域』第
2章として後に収められた論文の先行英訳テクスト(79年)からの邦訳
「境界を生きる:物語とは何か」が掲載されている。
"Pour l'amitie"1996,Fourbis,isbn:2-84217-007-5,F40
「友愛のために」訳=清水徹、『みすず』1998年1月号・第442
号、82頁〜114頁、みすず書房、雑誌コード08431-1、本体300円。
推測するに、ブランショは『私の死の瞬間』を94年に発刊してから後、
96年にはまだ生きていたのだろう。そして今一度、彼が生きているかも
しれない痕跡を読者は今年の10月になって発見する。それが以下の新刊
である、
"Henri Michaux ou le refus de l'enfermement"
par Maurice Blanchot,
avec quatre dessins d'Henri Michaux,
1999,Farrago,isbn:2-84490-018-6,F89
この新刊を使いつけのインターネット書店で発見した時には心底驚いた。
まさか新刊が出るなんて! しかもミショー論らしい。さっそく速達便で
購入の申し込み。ほどなくして現物が届いて、感激するとともに少しだけ
がっかり。収録されていた4本の評論はすべて雑誌にかつて掲載されたも
のだったからだ。40年代に『デバ』誌に載ったものが3本と、50年代
に『新NRF』誌に載ったものが1本。
"L'ange du bizarre"1941
"Au pays de la magie"1942
"L'experience magique d'Henri Michaux"1944
"L'infini et l'infini"1958
表4に印刷されている、「M.B.」の署名のあるディスクリプションは、第
3論文のものだった。つまり、タイトルの『アンリ・ミショーあるいは閉
塞の拒否』以外にブランショが付け加えたものはないわけだ。いや、この
タイトルもあるいは出版社によるものかもしれないけれど。
版元のファラーゴはトゥールに所在しており、ISBNや書物に記載されてい
る情報から察するに創立からまだ日の浅い出版社で、かのベル・レットル
社の子会社のようである。商標はアンドレ・マッソンの手になるデッサン
がしようされている。
第1論文「奇異の天使」はブランショの第1評論集である『踏みはずし』
に収録されており、日本語でも読むことができる。
『踏みはずし』訳=粟津則雄、1987年、303頁〜309頁、筑摩書
房、品切。
『踏みはずし』訳=神戸仁彦、1978年初版、1982年新装版、
286頁〜291頁「奇妙な天使」、村松書館、品切。
私は96年以後、ひょっとしてブランショは死んでしまったのではないか
と疑った。「顔のない作家」を貫いてきた彼のことだ、死後数年間は公表
しないこと、という遺言だってあり得るのではないか。しかし97年9月
22日に彼の90歳を祝う会合は催され、98年9月30日にはフランス
国営テレビが特集番組を放映し、今年また新刊を見た。だがやはり彼の実
在とその生死は、ここ日本では遠く、確認ができない謎のように思える。
それにしてもなぜミショー論が今まとめられたのか? 鈍感な私にはまだ
軽率な推測すら見えていない。
ミシェル・フーコーはかつてブランショのことを、ヘーゲルが哲学史にお
いて成したことを現代の文学において成し遂げた希有な存在だと、たしか
そんなふうに讃えた。言葉なり何なりで何ごとかを表現しようと思い立つ
時、私たちは誰しもブランショが確言した熱情と孤独と死の領域のうちに
たたずんでいる。ブランショは到来する。到来し続ける。彼の中に永劫が
あるように、私たちは幾度となくこの顔のない作家の立ち会いを予感し、
思わずその近さに身震いをするのだ。
豊崎光一氏が亡くなって以来、途絶した観のある、ブランショの長大な後
期重要評論集の数々の翻訳企画(筑摩書房)がぜひ今一度活気づくこと
と、『私の死の瞬間』と『すみか』のカップリングが一日も早く邦訳され
ることを祈ってやまない。私は個人的にはラクー=ラバルトの論文「忠実
さ」もこのカップリングに補遺として併録されるべきだと思うけれど。
[99年12月24日ああイブなのに文責:五月]
※取り上げた文献で文中以外に明示したほかは以下の通り。
"L'instant de ma mort"
par Maurice Blanchot,
1994,Fata Morgana,isbn:2-85194-370-7,F
"Demeure : Maurice Blanchot"
par Jacques Derrida,
1998,Galilee,isbn:2-7186-0497-2,F140
"The instant of my death / Demeure : Fiction and testimony"
by Maurice Blanchot and Jacques Derrida,
translated by Elizabeth Rottenberg,
2000,Stanford University Press,isbn:0-8047-3326-0,$12.95
"L'animal autobiographique : Autour de Jacques Derrida"
sous la direction de Marie-Louise Mallet,
1999,Galilee,isbn:2-7186-0511-1,F215
"Parages"
par Jacques Derrida,
1986,Galilee,isbn:2-7186-0295-3,F120
"Deconstruction & criticism"
by Harold Bloom, Paul de Man, Jacques Derrida, Geoffrey Hartman
and J.Hillis Miller,
1979,Continuum,isbn:0-8264-0010-8,$14.95(Reprint,1994)
[『帯域』第2章"Survivre"の先行英訳テクスト"Living on : border
lines"が75頁〜176頁に掲載されている]
なお、国内でブランショについて取り上げている好感度のサイトを見つけ
た。http://www.geocities.co.jp/Berkeley/4761/detruire.htm
また、昨年9月にフランス国営テレビで放映されたブランショ特番に関す
る情報は、http://www.france3.fr/fr3/ecrivain/blanchot.html
どちらもぜひご覧になってください。
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■「乾季」/ タウ
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ナウ、レディーズ、アンド、ジェントルメン。今月の即返品本の時間がやっ
てまいりました。忘れないうちに前回のお詫びと訂正をして置かなければな
りません。読者の方から前回の原稿の中で使用した「おっとり刀で」の使い
方に誤りがあるとのご指摘。僕はてっきり“のんびりゆっくり”という意味
だとばかり思いこんでおりましたが、“取るものもとりあえず”という意味
なのですね。今後気をつけますのでご容赦を。
さあ今回の即返品本一冊目はこれ。
「本当のことがホントにわかる! 図解 哲学のことが面白いほどわかる本」
浜田正著 中経出版刊 1400円 ISBN4‐8061‐1312‐3
いわゆる実用書にケチをつける野暮を重々承知の上で書くのですが、“本当
のことがホントにわかる”“面白いほどわかる”って、そんなことはあり得
ません。本当のことって何?それ、あるの?ってな主題で千年以上議論して
いるのが哲学の世界でしょうに。そもそも、これ一冊でわかられちゃあ人文
書売場の担当者は明日からおまんまの食い上げでしょう。
まあ、この手の本は売れるところではある程度売れたりするのだろうし、で
あるがゆえに時折思い出したかのようにパターン配本に乗ってくるんでしょ
うが。しかし僕の勤める書店では売れたためしがありません。
次。
「もう、ムダ金はつかわせない! キャバクラ嬢徹底攻略講座」
CRE(キャバクラ研究編集委員会)編 ケイエスエス刊 950円
ISBN4‐87709‐273‐0
サブカルチャーのコーナーというのがどこの本屋にも見られるようになって
ずいぶん経ちますが、実際にはサブカルチャーは終わっているというのが僕
自身の実感です。サブカルチャーの対抗軸たるハイカルチャー自体が弱体化
しているという事情もあるでしょうし、いわゆるマスカルチャーなどとの境
界がここ数年で急激に曖昧になってきているという事情もあると思います。
しかし僕の考えるに、一番の問題はサブカルチャーを主体的に組織するべき
表現者(著者)や出版社たちがなんら自分達の活動に対して自覚を持たず、
“猟奇殺人”だの“死体”だの“バッドテイスト”だのという五、六年前に
流行ったキーワードに乗っかって安易な商品の濫発に走ったことなのではな
いか。そのくせこの間起こったオウムのような重要な問題には一部の出版物
をのぞいてはほとんど意味のあるムーブメントを起こすことができませんで
したね。もしサブカルチャーの言論が正常に機能していたなら(というとき
僕がイメージするのは、例えば版型を変える前の「宝島」なのですが。つま
り十代から三十代あたりに広範囲に読まれ、支持され得る作りを備えた、カ
ウンターカルチャーとしての思想的内実を持った雑誌です。そういう意味で
はかなりそのポジションを奪取し得るところにいたと思われるロッキングオ
ンの編集能力がこの間かなり下がっている、特に「ロッキングオン」本誌な
んか単なるファンジン同然のところまで落ちている気がするのは本当に惜し
まれます。まあ本誌は昔っからのファンがいるから変えられないって言い分
なんでしょうが…)「小林よしのりと自由主義研究会」やら「ライフスペー
ス」やらの騒ぎは、日本社会においてもう少し相対的に捉えられていたので
はないかという気がします。あるいは相対的に決してレベルが高いとは思え
ない「SPA」の1人勝ち時代はなかったのではないでしょうか。「宝島30」
亡き今、太田出版の一層の奮起を期待します。…ああ、そうだった。「キャ
バクラ嬢〜」の話ね。このような本はかつては「週刊実話」とか夕刊紙がそ
の役割を果たしていたんだと思うんですが、いわゆる“サブカル”コーナー
の無前提な拡張に従って、なんというか“居場所が出来た”んですね。最近
アダルトビデオの借り出しがぐっと少なくなったという話もあって、という
のは最近は金銭的な面で風俗が急激に手軽になったという理由があるらしい
んですが、このあたりの変化もこういった風俗情報本の普及の前提になって
いるようです。まあいいや。要するにこの手の本を適当に並べとけばサブカ
ルコーナーになるという発想自体ダメダメであると。「ジョジョの奇妙な冒
険」風にいうと「無駄無駄無駄無駄ァ」であると。そういうことです。
続いてはテレビもの二点です。
「ブルームオブユース ラストツアー」
撮影:宮澤正明 ぶんか社刊 2000円 ISBN4‐8211‐0692‐2
「氷の世界」
野沢尚著 幻冬舎刊 1400円 ISBN4‐87728‐350‐1
僕にとって民放番組のつまらなさはもはや筆舌に尽くし難いレベルに達して
いて、もう一分たりとも民放の画面を見ていたくない気持ちで一杯なのです
が、そのことはさておき、これら民放の番組から発生した書籍はおおむね「
猿岩石」で終わっているわけです。前者は、この歌手の二人のファンってお
そらく中学生までの子供が多いんじゃないかと思うんですが、その子達に20
00円は高いでしょう。僕の勤務する書店では売れない、と判断しました。後
者はごく初期の「愛していると言ってくれ」のヒットを別にすればただでさ
え売れないドラマ関連の企画本の、しかもシナリオ集。僕の勤務する書店で
は売れない、と判断しました。ちなみにこれらテレビの本もよく“サブカル
”コーナーにありがちですが、お手本にしたいような、センス良く並べてい
る書店さんてありませんねー。
さて。
今回はこのへんでお終いにします。本当は叶恭子の「蜜の味 ミレニアム・
ミューズ」について少し書いてみたかったのですが、紙面が尽きました。も
ちろんこの本を即返品はしていません。ミス・ミナコサイトウを彷彿とさせ
るとはよく聞く評言ですが、僕は少し違った形の感想を持っています。僕が
この本を読んでみて、真っ先に思い出したのは…「ツイン・ピークス」が流
行ったとき山のように出た謎解き本でしょうか。女性週刊誌を持つ出版社さ
んは、叶さんにまつわるあれこれをぺらぺらと剥がそうなどと考えてはいけ
ない、むしろ謎が謎を呼ぶような形に盛り上げてこそ初めておいしい商売が
出来るのだとどうして思わないのでしょうか?僕、ふしぎ。
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■ 「脱書店員電脳日記」/aguni(あぐに)
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第8回「ブック・オン・デマンド」
先日、「ブック・オン・デマンド」関係のシンポジウムに参加させていた
だいたのだが、これがなかなか面白かった。そこで今回はこの話題を取り上
げることにする。
ブックオンデマンド、という言葉をご存知だろうか。オンデマンドとは
On Demand。英語で「要求に応じて」というぐらいの意味である。ブックオ
ンデマンドは現在のところ、大きく分けて2つの潮流にわけられる。
まず1つは「プリント・オン・デマンド」と言われるもので、今回、私が
参加させていただいたシンポジウムはこちらのものであった。日販の「ブ
ッキング」、紀伊国屋書店の「電写本」、凸版印刷とトーハンの「デジタ
ル・パブリッシング・サービス」に代表されるもので、出版業界で「ブッ
クオンデマンド」というと現在のところこちらが代表である。どういうも
のか簡単に言えば、「客からの注文に応じて本を印刷する」というもの。
ポイントはこちらはあくまでも紙の書籍という形にこだわっている、とい
うところだ。
オンデマンド出版はコンピュータと印刷が直結して始めて成立する。現在
主流となっているものはコピー機やコンピュータプリンタが進化して大量に
刷ることができる、というもの。実働するオンデマンド印刷機として現在、
独壇場なのがゼロックスのDOCUTECH。日本に現在1500台普及しており、1時
間に8000枚刷ることができる。しかしあくまでもこれコピー機であるため、
同じものを大量に刷ることによる恩恵は受けない。あくまで少部数対応であ
り、大部数には不向きである。だいたい50部〜200部ぐらいが採算ラインだ
という。しかし技術の革新が進めば21世紀初頭には1000部くらいまではオン
デマンド出版で行うことができるのではないか、ということだ。他の利点と
しては短納期、デジタルデータとの親和性大、ということ。例えばデータベ
ースさえあれば1冊ずつ違うものを印刷することもできる。
オンデマンドの欠点としてはいくつかあるが、やはり結局はコピー機なの
でどうしてもその限界がもある。まずは値段だ。並製で5000円〜6000円もす
る。先行しているアメリカでは、本を買うのは中身の情報のためだという意
識があるので売れているのだが、日本には上製本に対する妙な信仰があるの
でなかなか難しい。しかし現在のところ、上製の製本は手作業でやらなけれ
ばならないのでまた価格が上がる。
また、部数が少し多くなる、などのときに対応できない。200部刷るつも
りだったけど1000部で、などという注文は高価についてしまう。
経年変化の危険性もある。油に墨を混ぜた現行の活版印刷は500年は持つ
ことが実証されている。しかし、まだ誕生して間もないオンデマンド印刷が
どのくらいの耐久性があるのかは疑問が残るという。ちなみにコピーはだい
たい10年経てば薄くなる、と言われている。そのほか、熱や圧力によるトナ
ーの剥離などもないとは言えない。
しかしこれらの欠点は技術的なものであり、21世紀初頭には解決するので
はないか、という。
動きはまず紀伊国屋書店が9月に立ち上げたサービスによる。学術資料の
オンデマンド出版サービス「電写本」を始めると発表したのだ。まず協力出
版社が販売対象となる原本を紀伊国屋書店に送り、紀伊国屋が研究者向け専
用のオンライン書店「ブックウェブ・プロ」に情報を登録。注文があればそ
の時点で印刷・製本し、購入者に送る。コンテンツは「学術資料」に限定し
高価であっても小部数で確実に市場が見こめるものを扱っていくという。た
とえば「郵便報知新聞」などのようなものだ。資料的価値があるので欲しい
人は確かに買おうとするだろう。紀伊国屋書店では並行してKinokuniya On
Demand Seriesサービスを展開。こちらは注文があって始めて印刷する新刊
を取り扱う。こちらは書店兼出版社の紀伊国屋書店らしい妥協の産物、とい
う気がしないでもない。あくまで基本は出版社の紀伊国屋がこれまで行って
きた学術系良書発行の延長にあるものなのだろう。値段はかなり高い。
日販の「Book-ing」(ブッキング)である。10月1日サービス開始。資本
金5000万円のうち、 49%を小学館・学研・二見書房が出資、さらに岩波書
店、角川書店など出版社23社の出資決まる。プリントオンデマンド・簡易
製本によって少部数出版物や絶版本を一冊からでも受注する。日販は1980
年代の末から、書籍流通の効率化を目指して150億円にもなる資金を投入し
て自動で流通が可能になるシステムを構築してきた。しかし注文品のうち
で日販に在庫のないもののうち、およそ半分が出庫不可能な商品だったと
いう。つまりは出版社の品切商品であり、絶版商品であった。これではい
くら機械化でスピードを上げても流通は改善しない。その流れから生まれ
たのがブッキングのプリントオンデマンドなわけだ。シンポジウムで説明
されていた左右田さんは、「本ではない本」の創造、ということもおっし
ゃっていた。出版社が売れる本を作れないのなら取次はつぶれてしまう。
だから「本」を作るところから始めるのだ、そういう意思表明のようにも
思えた。お客さんからの引き合いは500種以上。しかし参加してくれる出
版社の数はまだまだ少なく、絶版本とはつまり売れない本なのだから、売
れないを売るという仕事の難しさが偲ばれる。
一方、トーハンと凸版印刷がプリントオンデマンドを行う合弁会社デジ
タル・パブリッシング・サービスの方は、印刷と取次の組み合わせだ。早
い話がこちらが目指すのは書店と出版社の中抜き、ということになる。印
刷屋がかかわる、ということはつまり本の原版を押さえやすいということ
を意味するわけで、12月には一冊1000円から、1万アイテムでスタートす
る、と発表していた。しかし現在のところ、そこまでの展開にはなってい
ないようだ。
ブック・オン・デマンドのもう一つの潮流がいわゆる「電子書籍」という
ものだ。
JR西日本が実験的に行っていたのが「デジタルキオスク」である。大
阪駅に11台、新大阪駅に6台、京都駅に7台、三ノ宮駅に4台、神戸駅に2台
設置されている。JR西日本が企画・実施するデジタルコンテンツの販売
実験で、期間は12月26日までとなっている。PCカード・コンパクトフラ
ッシュ・スマートメディア媒体で様々なコンテンツが購入できるというも
の。価格帯は100円〜5000円程度。ジャンルはニュース、エリア情報、時
刻表、ツール、学習、ゲーム、音楽、本Book、ザウルス文庫(光文社
電子書店)、ザウルスとなっていて、後半2種はシャープのザウルス用の
コンテンツだ。 本Bookを見ると、私の好きな「Yの悲劇」が500円。
ちょっと高い気もしないでもない。
「電子書籍コンソーシアム」は11月から協力読者(モニター)1500人の
参加によって実証実験を行っている。専用のリーダーを書店などに持って
行ってダウンロードする、というものだ。お金はどのときに払う。昔あっ
て、今はすっかり絶滅してしまったファミコンのディスクシステムの書き
換えをイメージしてもらえばわかりやすいだろう。私も早速新宿の青山ブ
ックセンターに立ち寄り、触らせてもらった。しかし、機械は重いし、ダ
ウンロードは遅いし、ページ内を移動するだけでも時間かかるしで、おお
よそ金を取ってどうこうしようというものとも思えなかった。その理由は
明らかで、書籍のページそのものを画像で取り込んでいるからだ。おまけ
に操作中にフリーズしてしまった。これなら普通の本の方がいい。歴史は
繰り返す。
「eNOVELS」は我孫子武丸・井上夢人・笠井潔氏らによるインターネッ
トでの小説販売のために作家自身が立ち上げたサイト。曰く、どうせ印税
が1割なら、始めからその値段で読者に提供しよう、というもの。発想と
しては面白いが、編集者がいないところでどのくらい成功するのかと思っ
ていたのだが、アスキーとアスキーECが販売に協力を始めた。値段はそ
こそこ。(しかし立ち上げの文章は名文である。泣ける。)
かと思えば、文庫出版社8社がオンライン販売でモール「電子文庫パブ
リ」を来春スタートすると発表した。文庫のデータをテキストデータでダ
ウンロード販売する。
ボイジャーと大日本印刷はインターネット上のコンテンツを縦書きで表
示するプラグインソフトとWebサーバー用変換システムを共同開発した、
という記事を見た。「DNPたて書きプラグイン」というもので、読売新聞
社の記事配信サイト「ヨミウリ・オンライン」 で来年1月より縦書き記
事の配信を開始するという。これはかなり期待できそうだ。
「電子書籍」によるオンデマンドももうまもなく現実のものとなるわけだ。
シンポジウムで基調講演を行った、中西印刷株式会社専務取締役にして
「活字が消えた日−コンピュータと印刷−」(晶文社)などの著作もある
中西秀彦さんは、「紙」にする必要性のあるものだけ印刷、ほんとうに必
要な人に必要なだけ届けるようになるのではないか、との希望的観測を述
べられていた。現在、学術系出版物も娯楽系の出版物と同じように流通に
乗せられていることこそが「問題」なのだと氏は語った。
もちろん上に上げた三社も電子書籍への展開は考慮済みだろう。しかし
現状ではとても黒字とは言えない三社の挑戦。それはデジタルという巨大
な革命に対して挑むドン・キホーテ的な滑稽さがないとも言えない。
あくまで「本」という不自由な形にこだわろうとする「プリント・オン
・デマンド」サービスは、どこまで行けるのだろうか?
紀伊国屋書店
http://www.kinokuniya.co.jp/
ブッキング
http://www.book-ing.co.jp/
デジタル・パブリッシング・サービス
http://www.d-pub.co.jp/
e-NOVELS
http://www.e-novels.net/
電子書籍コンソーシアム
http://www.ebj.gr.jp/
デジタルキオスク
http://www.digitalkiosk.gr.jp
TSUTAYAonline
http://www.tsutaya.co.jp/
ヨミウリ・オンライン
http://www.yomiuri.co.jp/
中西秀彦さんのサイト
http://www.nacos.com/hidehiko/
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■あとがき
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>新しい千年って、いつから始まるんでしょうね?
>ええ、今さら何言ってんの
>だって、21世紀はさ来年からですよね。なんで、来年が新たな千年とか
、みんな言ってるんでしょうね。始めの1歩がこんなファジーでいいのかい
ね、という疑問が・・・
>ああ、なるほど。来年は世紀末なんだか始めの1歩なんだか、これじゃわ
からんと。
>そう、それに来年は、うるう年に暦上はなっているけど、実は違うと言う
説もあったりするし。
>ああ、100年という区切りに当たる場合は、うるう年にしないという規
則ですね。
>もう、暦くらい素人にもわかるようにはっきりさせて欲しいですな・・・
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