2004.9.28.発行 vol.190.5 [臨時増刊号]

■■-----------------------------------------------------------------
■■  [本]のメルマガ                             2004.09.28.発行
■■                                                   vol.190.5
■■-----------------------------------------------------------------
■■      臨時増刊号:『宇宙を叩く』発売記念インタビュー
■■「万物照応する火焔太鼓、その響きとデザイン――杉浦康平自著を語る」
■■-----------------------------------------------------------------

 ★「臨時増刊号のご挨拶」/ 五月
 →注目の新刊『宇宙を叩く』、関連イベント情報、関連新刊など。

 ★「万物照応する火焔太鼓、その響きとデザイン」/ 杉浦康平
 →火焔太鼓と曼荼羅との深い関連性、そこにアジア音楽の根本が見えてきた。

 ★「杉浦康平『宇宙を叩く』――編集後記」/ 田辺澄江
 →杉浦氏とは三十年以上の付き合いになる編集者の耳目が捉えた驚きとは。

---------------------------------------------------------------------
「[本]のメルマガ」は、出版人・書店人・著述家などを本業とする同人記者団
による、書評・論評・業界情報を配信する、無料メールマガジンです。創刊は
1999年5月10日、現在の読者数は6542名です。日本最大の配信サイト「まぐま
ぐ」において、「殿堂入りメールマガジン」のひとつに認定されています。
--------------------------------------------------------------------- 
■「臨時増刊号配信のご挨拶」/ 五月
---------------------------------------------------------------------
日本を代表するグラフィックデザイナーである杉浦康平氏による「万物照応劇
場」シリーズと言えば、華麗な造本とアジア図像への深い造詣で多くのファン
を魅了してきた名著揃いで有名だが、来たる十月十二日に工作舎よりシリーズ
第五弾となる『宇宙を叩く』がいよいよ刊行される。また、杉浦氏の多彩な仕
事の中でも特異な位置を占める雑誌デザインに焦点をしぼった初の展覧会「疾
風迅雷――杉浦康平・雑誌デザインの半世紀展」が、ギンザ・グラフィック・
ギャラリー(ggg)にて十月五日から三十日まで開催される。

◎『宇宙を叩く』http://www.kousakusha.co.jp/BOOK/ISBN4-87502-380-4.html

万物照応劇場『宇宙を叩く――火焔太鼓・曼荼羅・アジアの響き』杉浦康平=
著、工作舎、本体価格三六〇〇円、A5変型上製三四八頁(カラー十六頁)、
ISBN4-87502-380-4、十月十二日発売予定。

内容:宇宙山を模して聳えたつ「建鼓」。陰陽渦巻き、二つで一つの和を示す
「火焔太鼓」。アジアの宇宙観を写しとる二つの華麗な大太鼓を、エディトリ
アルデザインの第一人者が読み解く。 

本書をより深く、より楽しく味わうためのブックリストが工作舎のウェブサイ
トで公開されている。リストは杉浦氏の著作や造本、アジア図像、アジア音楽
に分類されているが、わけても「杉浦著作・造本リスト」は、膨大な作品の中
から入手可能な書籍を選んだもの。ほんの一部だが、華麗なる造本世界を知る
糸口になるだろう。http://www.kousakusha.co.jp/DTL/tataku.html#book

 ◎「「疾風迅雷」展 http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/gnext/gnext.html

「疾風迅雷――杉浦康平・雑誌デザインの半世紀展」会期:十月五日〜三十日、
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)、所在地:東京都中央区銀
座七-七-二DNP銀座ビル一階、電話:03-3571-5206。
http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/

内容:この半世紀近くに取り組んだ二千点余の中から『銀花』『SD』『都市
住宅』『エピステーメー』『遊』『噂の真相』『自然と文化』など、約五百点
を選び、独創性あふれる仕事の成果を一堂に集め、紹介する。展覧会にあわせ、
ギャラリートークの開催がある。

ギャラリートーク:[その一]十月八日(金)午後六時〜七時半、出演=杉浦
康平。[その二]十月二十二日(金)午後六時〜七時半、出演=杉浦康平+鈴
木一誌+赤崎正一+佐藤篤司。場所:DNP銀座ビル五階会議室。定員七十名、
入場無料。

また、展覧会と連動した作品集『疾風迅雷――杉浦康平・雑誌デザインの半世
紀』が十月初旬、トランスアートより刊行される。 

『疾風迅雷――杉浦康平・雑誌デザインの半世紀』トランスアート、本体四五
〇〇円、A4判一四四頁オールカラー。http://www.transart.co.jp/

内容:gggでの展覧会開催を機に、『銀花』『都市住宅』『エピステーメー』
『遊』『噂の真相』など雑誌約四百点を選び、独創性あふれる仕事の成果を一
挙掲載した垂涎の一冊。松岡正剛氏との対談や臼田捷治氏らの論考も収録し、
杉浦康平氏の造形思考を解き明かす。  

なお、この展覧会は、二〇〇五年一月十二日から二月七日まで大阪dddギャラ
リーでも開催され、同年四月には名古屋・国際デザインセンター、六月には福
岡アジア美術館へ巡回予定である。

こうした動向に呼応して、「杉浦フェア」を企画しているのが、本日二十九日
午後二時よりリバイバル&リニューアル・オープンする青山ブックンセンター
六本木店と、リブロ池袋店だ。

青山ブックセンター六本木店では、「杉浦康平の造本世界」フェアを開店初日
から十一月半ばまで開催する。杉浦氏のブックデザインを広く集めたフェアと
しては近年まれにみる大掛かりなフェアとなる。万物照応劇場シリーズはもち
ろん、写研『文字の宇宙』『文字の祝祭』、文化出版局『敦煌石窟』、平河出
版社『マンダラ蓮華』、国書刊行会『セリーヌの作品』、『世界幻想文学大系』、
ヴィジュアル・フォークロア『DOLMEN』など、貴重な書籍が多数そろう。また、
児童書装幀(『桃源郷ものがたり』福音館)など意外な側面も発見でき、幅広
い仕事ぶりをうかがえる。杉浦氏装幀として名高い『遊:第一期』『全宇宙誌』
(ともに工作舎)が見本として展示。幻の書籍だけに必見だ。

リブロ池袋店では、『宇宙を叩く』を中心に、三階の人文書コーナーではアジ
ア図像学関連、二階の芸術・音楽コーナーではアジアの音に関連したフェアを、
十月十日頃から同時開催の予定である。

ニュースはまだある。十月一日発売の月刊『ブレーン』第11号(宣伝会議)で
は、特別企画「誘惑するブックデザイン」において、デザイナーの原研哉氏に
よる杉浦氏へのロングインタビューが掲載される。杉浦氏は「雑誌とは、月ご
とのつむじ風、季節ごとの稲妻のようなもの。それほど大きい感動と物質性が
あるんです」と語る。作品掲載もあわせて八頁に渡る読みごたえ十分の濃い内
容だ。http://www.sendenkaigi.com/index2.html

また、十月中旬には、平河出版社より杉浦氏の最新装幀ビジュアル本『虹と雲』
が発売となる。

ブータン・チベット仏教文化叢書1『虹と雲――王妃の父が生きたブータン現
代史』ドルジ・ワンモ・ワンチュック(現ブータン王妃)=著、鈴木佐知子・
武田真理子=共訳、平河出版社、本体予価=五五〇〇円、B5判上製二二六頁、
写真五六頁、ISBN4-89203-327-8

内容:いちど訪れたひとは皆、ブータンの魅力の虜となる――神秘の国、ブー
タンのすべて。本書は、現ブータン王妃の父が語った一族の歴史、自らの半生、
時代の変遷を、娘である王妃が聞き書きし、まとめたものである。外まわりだ
けでなく中身のレイアウトも杉浦氏が手掛け、ビジュアルが満載!!  

このように十月から様々な話題を私たちは目にするようになるが、「[本]の
メルマガ」では、『宇宙を叩く』の発行元である工作舎の皆様の全面的協力を
得て、杉浦康平氏のインタビューを臨時増刊号としてこのたび配信することに
なった。杉浦氏と工作舎の皆様に厚く御礼申し上げたい。それでは早速ご覧い
ただこう。
---------------------------------------------------------------------
■「万物照応する火焔太鼓、その響きとデザイン」/ 杉浦康平
---------------------------------------------------------------------
グラフィックデザイナーの杉浦康平氏といえば、写植システムメーカーである
写研と共にタイポグラフィの実験を繰り広げる一方、曼荼羅を一対の本に仕立
てたり、また孔の空いた『人間人形時代』、天文学者と共に『立体で見る星の
本』を制作するなど、斬新な発想で日本のエディトリアル・デザインを牽引し
てきた第一人者である。

杉浦氏が力を注いできたテーマに「アジア」がある。造本のみならず、著者で
もある「万物照応劇場」シリーズは、一九九三年三省堂書店『日本のかたち・
アジアのカタチ』にはじまり、NHK出版『かたち誕生』、『生命の樹・花宇
宙』、講談社『宇宙を呑む』が刊行され、アジアの宇宙観を鮮やかに描き出し
ている。

版元を超えながら表紙デザインを統一し、あふれんばかりの図像が散りばめら
れ、デザインの可能性と豊かさを味わえる贅沢な造本。昨今のアジアの出版興
隆を背景に、韓国、台湾、中国にも翻訳進出を果たしている。

この「万物照応劇場」シリーズの最新刊『宇宙を叩く』が、十月に工作舎から
刊行される。杉浦氏にお話をうかがった。(聞き手:工作舎・出版営業部)

◎新刊『宇宙を叩く』について

Q 『宇宙を叩く』を執筆されたきっかけは?

若い頃に実際に見た火焔太鼓との出会い、その強烈な印象です。燃えあがる火
焔を模したその形、意匠は眼をうばうほどに素晴らしいものなのに、その音は
貧しい。音と形があまりにもかけ離れていることに驚き、なぜか……と考えこ
みました。

それ以来、この謎が絶えず私の意識の底にくすぶっていた。二十年前の夏に、
休みを利用して本書の元になった小論をまとめてみました。するとそれまでの
私のアジア体験が次つぎとかさなりあい、アジア音楽の本質が見えはじめまし
た。アジアを旅行するたびに楽器に触れ、資料を探し、火焔太鼓の源流を探し
続けていたからです。

その過程で、同じような賑やかな装飾をもつ中国の建鼓(けんこ)という太鼓
に出会う。この二つの太鼓を核にし、アジア古来の音楽に対する思考方法に思
いをはせて、一冊の本にまとめることができました。

Q 火焔太鼓の魅力とは?

楽器でありながら、その打音にあまり力点が置かれていない。むしろ、華やぐ
装飾をもつ存在そのものに意味があるということです。このような太鼓は、
ヨーロッパでは例をみない。ヨーロッパの音楽は音の美しさや卓越した技巧、
なによりも調和的な音階音楽を目指したので、濁りのある音や雑音を排除する。
それが今日の音楽の主流となっています。

しかしアジアでは、音程がゆらぎ、雑音を発する非機能的な楽器がいくつも生
まれ、今なお存在している。その代表が火焔太鼓であり、建鼓です。

火焔太鼓は、右方と左方の一対の大太鼓です。その意匠は、月と太陽、鳳凰と
龍、二つ巴と三つ巴……。いくつも対原理が潜んでいます。

舞楽の上演とともに火焔太鼓が叩かれる。神に捧げ、祖霊供養を目的とするた
め、必ず神の眼を楽しませる舞いがつきます。火焔太鼓はこの舞いの律動を刻
む打楽器として、ゆっくりとした、むしろ間のびのするようなリズムで叩かれ
ます。舞いは人のふるまいを超え、神への捧げものとなる。もはや音楽は聴く
ためのものではありません。

一方、建鼓は一本の柱に貫かれ「宙に浮く大太鼓」です。柱の先端には「鳥」
が羽ばたく。四方に伸びる「龍の首」から垂れ下がる「流蘇」は生命力を表わ
します。柱の足元は四頭の虎が取り囲み四方を睨んでいる。この建鼓を一撃す
る音は心柱を伝って天にもとどく、宇宙的な響きとなります。

火焔太鼓と建鼓、いずれも現代の私たちが音楽と考え、ただ楽しむ……という
ものと、音のあり方、そして舞いのあり方が、かなり遠いものになっているこ
とがわかると思います。

Q 太鼓を通してアジアの音楽観が見えて来る……?

そうなんです。アジアにおいて音楽は、単に民衆が楽しむためのものだけでは
ない。心を癒し、世界全体の活力を蘇らせようとする「楽」の意味が強い。

音楽を演奏する場所(方位)にも意味があり、奏でる音は天地自然をみたすさ
まざまな物質の響きの調和を目指し、四季の移ろいにも感応するもの。つきつ
めると、天地自然を充たしきる気(元気の気、インドではプラーナ)の動きに
結びつく。音を生み、音を響かせる源に気やプラーナがあると考えています。

音の響きは自然の活力を増大させる。聴き手が大自然の気の流れに溶けこみ、
一体化することが音楽の理想です。

つまり音を媒介にして天と地(人をふくむ)が響き合い、天と地が一体化する。
これを「天人照応」といい、あるいは「天人合一」という。アジアの国々、と
りわけインドや中国では、これが音楽の根本だと考えられていました。

この本は第1部の「天籟受器」で天籟(大自然の声)を聴くという楽器論、第
2部は中国と韓国に伝わる「建鼓」という風変りな大太鼓を紹介し、第3部は
日本が生んだ「火焔太鼓」について、その形と意味を考察しています。三つの
テーマの全体は「音楽を奏し眼をも楽しませる道具」としての楽器、神話性を
もつ楽の噐……という視点が貫きます。

耳に響く音を生みだし(楽)、眼をも捉えきるユニークな形(器)。耳と眼。
音と形……その意表をつく造形性に眼を向けて、西洋にない東アジアの音の響
き、音の形を考えてみました。

Q 執筆を終えられた感想は?

今回、一冊の本にまとめるにあたって一つ大きな「おまけ」がつきました。火
焔太鼓と曼荼羅を関係づけることができたことです。

これまでは曼荼羅は曼荼羅論、楽器は楽器論と、それぞれの分野が分化し、専
門化して出会うことがなかった。専門家は専門分野以外についての発言には慎
重にならざるをえない。私はより自由な立場にあるので、火焔太鼓と曼荼羅を、
私の眼でかさねてみた。

一対の曼荼羅は宇宙真理を解く図像であり、火焔太鼓がそれを音に変え、打ち
だしている……ということが見えてきました。

◎「万物照応劇場」について

Q 「万物照応劇場」シリーズは先生にとってどのような意味を持ちますか?

禅の思想家として知られる鈴木大拙が「開いた手と握った手」について語って
います。西洋文化は開いた手です。五本の指が分かれそれぞれの方向に伸びて
ゆくように、今日の科学や文化が人間の活動を個別に進化させ、その先端が行
方知らずのものになろうとしている。しかし、手の指は開くと同時に握ること
もできます。握ったときにはものを掴むことができるし、五本の指が溶け合っ
た一つの塊になる。現代でもっとも大事なことの一つは、分離して専門化した
分野がもう一度大きく溶け合うことだ……というんです。じつに巧みな比喩だ
と思います。

バラバラなものが相互に関係を持ちあい、網の目のように交差しあう大きな世
界がそこに顕われること。このシリーズに「万物照応劇場」という名前をつけ
たのは、こうした考えからです。

すべてのものは互いに、なにがしかの要素をかさねあうようにして存在してい
る。例えば、火焔太鼓は単なる楽器ではなく、曼荼羅原理をも語りうるもので
あり、曼荼羅は単なる図像ではなく、人間の左半身・右半身という身体原理と
結びつくものである。身体原理と結びつくことによって阿吽の呼吸にもかかわ
りをもち、阿吽の呼吸は音楽の世界でも間の問題として生かされている。ある
いは相撲のような身体技における立ち会いの意気込みになり、相撲における白
黒の勝負は陰陽という宇宙のダイナミズムを象る根本原理の顕われでもある。
気の作用にも結びつき、この気の働きは音楽を生み出す源になる……というよ
うに。

これはいま、思いつくままに連ねてみた一例ですが、大きな円環が生まれてい
る。この「万物照応劇場」シリーズは積みかさなれば積みかさなるほど、相互
に関係を持ちあういろいろなものが見えてくることになるはずなんですね。

実は火焔太鼓と曼荼羅の関係も、次作に準備している曼荼羅論を調べているう
ちに見いだしたことです。

Q 読者にいちばん読んでもらいたいところは?

日本が生みだした火焔太鼓の不思議について……。なぜまったく似かよった二
つの大太鼓が並ばなければならないのか? 目を凝らせば、いろいろな謎めい
た要素が見えてきます。

しかし、この謎を解くための文献がありません。火焔太鼓に関する文献は、た
とえば『楽家録』という江戸初期にまとめられた分厚い楽器論・音楽論などが
あるのですが、そこでもなぜこうした意匠をもたねばならぬのかは論じられて
いない。

日本の芸能は、その多くのものが口伝だからです。口から口へ伝えられて記録
に残らない。むしろ隠すべき秘儀であったのです。

そこで私は「なぜこのような大太鼓を生みださなければならなかったのか」と、
つくり上げた人の気持ちになって見直してみたんです。自分だったらどうする
か? なぜ龍や鳳凰が翔び立たなければならないのか。なぜ巴紋が渦巻くのか。
なぜ鼓面の縁に剣や巴の文様を並べることになったのか? 根本に立ちかえる
思考訓練をしたんですね。

『宇宙を叩く』は、資料ゼロのものに対する読み解きです。私は音楽学者でも
ないし、歴史家でもない。だからこそ、対象を新鮮な眼で見つめなおすことが
できたのではないかと思っています。謎を求め、発見する「眼の喜び」を、読
む人にも感じとってほしいと願っています。

◎展覧会&ブックデザイン論の試み

Q 十月五日からギンザ・グラフィク・ギャラリー(ggg)で先生の展覧会が始
まりますね?

私と私のスタッフが作ってきた、これまでの雑誌のデザインを集めたものです。
「遊」「エピステーメー」「SD」「都市住宅」「銀花」「噂の真相」……な
ど。古いので冊数がほとんど残っていないので、表紙だけを見てもらうことに
なります。表紙からデザインの変遷がうまく浮かび上がればいいのですが、皆
さんがどう感じてくださるか、予想がつきません。

私は、雑誌は社会に出たとき、刊行された瞬間がいちばんの旬だと考えていま
す。雑誌に限らず、およそデザインにはすべて旬がある。ポスターは、最初に
貼りだされた場所・時間での社会との関わりに意味がある……というのが私の
主張でした。過去の作品を集めて、果たしてどう見えるのか……。

そうした懸念もあって、今までは作品をまとめて展示することはしなかった。
本にまとめて出すことも、あまりしないでいました。だが考えなおして、これ
までの作品全体をふりかえってみると、私なりのその時どきの思考過程が見え
てくる。また数多い作品には、私だけでなく、スタッフ全員の若いエネルギー
も詰まっています。次の世代の人たちです。それを未整理・未発表のままで封
じてしまうのはいけないのではないか……と考えるようになりました。

そこでこれからは、分野ごとに整理がつき次第、展示していこうと考えていま
す。今回の雑誌の展示は、その第一回目になります。

Q 本ではブックデザインをまとめた『造本の宇宙(仮)』が、工作舎より準
備中ですが?

上下二分冊におよぶブックデザイン論です。これまでブックデザイン集はあっ
ても「論」となる本は少ないと思います。だがこの本は「論」として書きおろ
したのではなく、対話による「論」なので(聞き手は、装丁評論家の臼田捷治
氏と編集者の安達史人氏)、話題はあちこちに飛びがちですが、読みやすい展
開になるでしょう。

二冊の本を、それこそ火焔太鼓のように一対のものとしてデザインすることに
よって、それまで見えなかったデザインの面白さが見えてきたりします。次の
ような全部で十二ほどの切り口を用意して、私自身のブックデザイン論を展開
しています。

[白い紙は使わない]
[色紙を積層させる]
[小口(紙の堆積)に内容が滲みだす]
[ノイズのなかから生まれでる]
[自己組織化するノイズ]
[ざわめく色、きらめく箔]

[変幻自在の容器をつくる……]
[アジアの宇宙観・世界観を包みこむ……]
[ゆらぎ、うつろうデザイン……]
[銀花・エピステーメー。雑誌の貌をいろどる……]
[対をなすデザイン……]
[タイポグラフィ、エディトリアルについて……]

通常のハウツー的な発想とはかなり異なる語り口なので、意表をつかれること
も多いでしょう。

デザインにあたって私はいつも、より新しい座標軸に向かおうとしています。

○杉浦康平(すぎうら・こうへい)一九三二年、東京生まれ。グラフィックデ
ザイナー。主な著書:「万物照応劇場」シリーズとして、『日本のかたち・ア
ジアのカタチ』(三省堂、一九九四年)、『かたち誕生』(NHK出版、一九
九七年)、『宇宙を呑む』(講談社、一九九九年)、『生命の樹・花宇宙』
(NHK出版、二〇〇〇年)。シリーズ最新刊の『宇宙を叩く』の目次や書誌
情報は次のサイトをご参照。http://www.kousakusha.co.jp/DTL/tataku.html
---------------------------------------------------------------------
■「杉浦康平『宇宙を叩く』――編集後記」/ 田辺澄江
---------------------------------------------------------------------
◎ただいま、藍焼き

九月後半、印刷用のフィルムからの青焼き(杉浦さんは「アイヤキ」と言う)
を手にする。アオかアイか、たしかに青というより藍色だ。

杉浦さんは、東京芸大建築学科の出身(一九五五年卒)。思うに、当時の学生
が描きだす建築設計図面というのは端正で、個性豊かなものだったのではない
だろうか。また設計図の藍焼きからは、鮮やかなラインや整った文字とともに、
現像された感光紙の温度や湿り気、匂いが伝わり、その感触が手の中に残った
のではないだろうか。以前はもっとずっと藍色だった気がする。今、印刷プロ
セスからは、製版フィルムとともに藍焼きもなくなりつつある。

杉浦さんの万物照応劇場シリーズの五冊目、『宇宙を叩く』も、とうとう著者
やデザイナーや編集者の手を離れ、印刷・製本会社の技術に託すことになる。
届いたばかりの藍焼きを点検し、印刷前の最後の文字修正を印刷会社の人に伝
える。間違いのないようにFAXを送り、電話で確認。

「その二個所です」と言い、「わかりました」と返事を聞いたものの、すぐに
電話を切ることができない。まだ何か、見逃してはいないか。システム上の問
題が生じないとも限らない。

杉浦さんが火焔太鼓に出会ってから五十年、その意匠にこだわり、考察をまと
め、記しはじめてから二十年。杉浦事務所のデザイナー佐藤篤司さんたちが、
一冊の本に向かって組み立てたページを受けとった時点からの当方の一年とは
較べものにならない。

そうこうするうちに時は過ぎ、『宇宙を叩く』もいよいよ臨月。順調なら予定
日まであと二週間足らず、どうか無事に生まれますように。

万物照応劇場の名にふさわしく、多くの図像が三百ページ余の本文に舞い降り、
棲み込む。DTPソフト「インデザイン」を操作したのは、杉浦事務所の島田
薫さん。華奢な身体に無理はないのかと心配だったが、その指先を奇麗に彩る
ネイルを見ると、妙に安心してしまう。

◎混沌の渦中から

初めて杉浦さんにお会いしたのは、もう三十年以上も前のこと。当時の工作舎
で「遊」の編集長だった松岡正剛さんの「会ってきなさい」の言葉にポンと背
中を押されて、渋谷の杉浦事務所を訪ねた。「写真」を勉強し始めた、まだ半
分は学生の頃だった。

よく憶えているのは、『遊』九−十号(一九七六−七七年)の頃。杉浦さんに
よる表紙デザインのために、図像を集める担当だった。その図像というのは、
ピタゴラスからマンディアルグまで、この号の特集「存在と精神の系譜」の登
場人物の肖像画とか顔写真。それらが切り刻まれて、新たに顔がコラージュさ
れていく。右半分がエルンスト・マッハの顔で左半分はハイデガーなどといっ
た具合に、奇怪な顔がつぎつぎできあがる。

表紙イメージがじょじょに見えはじめたある日、「こんな髭があるといいんだ
けどね」と、杉浦さんから直接指示を聞いた。

ダリのように跳ねあがっているけれど、ダリのようではない。それでいてク
ルックスほど電気的じゃなく……、なんてことだったか、詳細は憶えていない
が、自分なりに理解すると広尾の都立図書館へまっしぐら。イメージする髭を
求めて膨大な蔵書を探索するのは、無鉄砲で際限がなく、だからこそ意外な発
見もあって、面白かった。

こんなふうに杉浦さんとの仕事では、いつも大草原に放りだされるような気が
した。今もそれは変わらない。ただ当時と較べると、大草原を走りまわるこち
らのスピードとか体力の低下はいなめず、そのあたりが我ながらふがいない。

「あの頃は、頭がマーボー豆腐みたいだったんじゃないか」と笑いながら杉浦
さんに言われたことがある。あの頃というのが「遊」の時代、無我夢中だった
十年間のことだ。

中国四千年の食文化には失礼かもしれないが、次から次へ未知のテーマに挑ん
だ徹夜の連続だった頭の中は、まさにマーボー豆腐のようにぐちゃぐちゃ、い
や混沌としていた。そして今はどうか、やっぱり今もしばしば混沌が訪れる。

◎目からウロコ

数年前、ある美術館の企画で曼荼羅をテーマに講演されたことがあった。杉浦
さんがブックデザインを手掛けられた『伝真言院両界曼荼羅』の二巻を示しな
がらの講演だった。終わって質問コーナーへ移り、しばらくした時だった。一
人のご婦人が、手を挙げてすっと立ち上がり言った。

「今日はとてもよいお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。帰り
道はきっときれいな星空を眺めながら歩くことができると思います」

杉浦さんの張りのある声や凛とした姿、準備された映像とともに展開する講演
内容は明解で興味深く、その充実度はピカイチ。それこそ目からウロコが落ち
る。

さっきのご婦人は、きょうは晴れて星空がきれいだからではなく、自分の目が
そのように夜空を見るでしょう、と言ったのだ。

『宇宙を叩く』は二〇〇三年に名古屋で開催された世界デザイン会議での基調
講演のテーマだった。本の出版とともに再び講演をとの依頼があるので、実現
すればさらに磨きがかかっているはず。

再開する青山ブックセンター六本木店では、「杉浦康平の造本世界」と題して
ブックフェアが組まれ、そこにピカピカの新刊として迎え入れてくれるという。
ギンザ・グラフィック・ギャラリー「疾風迅雷 杉浦康平 雑誌デザインの半
世紀展」(十月五日〜三十日)の開催とは、ほぼ同時期の発売となるため、こ
こでもお披露目いただけそう。

「いろいろ応援してもらえそうだし、一日でも早くできあがった方がいいから
ね」と杉浦さんの電話の声。その翌日、九月二十二日の朝、書店に平積みされ
た『宇宙を叩く』をイメージされたのだろう、いったんはマット箔としたもの
の、表紙のキラキラがより映えるようにと、「ツヤ箔」に変更することが決
まった。 

○田辺澄江(たなべ・すみえ):工作舎編集部所属。
---------------------------------------------------------------------
■編集同人備忘録
---------------------------------------------------------------------
眼が離せない驚きと、手に取る喜びと、頭脳を刺激される快感。杉浦康平さん
の造本はなぜかくも魅惑的なのだろう。かつて装幀家の恩地孝四郎氏はこう述
べた、本は文明の旗である。そしてその旗は、美しくあらねばならない、と。
その時、紙の束は物言わぬ単なるモノであることをやめる。神が細部に宿るな
らば、書物もまた細部に至る配慮によって神的なものを宿すのかもしれない。
はかなくも神々しい何か。それを魂と、霊とも呼ぶこともできようか。(五月)
=====================================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は編集同人「五月」まで biblia_hp@infoseek.jp
■ 掲示板もご利用ください http://6629.teacup.com/anjienji/bbs
■ HPアドレス http://www.aguni.com/hon/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
=====================================================================

▲トップページへ戻る