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2000.3.25.発行 vol.28 [許せんのです。おいどんは号]
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■■ [本]のメルマガ 2000.3.25.発行
■■ vol.28
■■ mailmagazine of books [許せんのです。おいどんは号]
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■CONTENTS-----------------------------------------------------------
★トピックス
★「現代思想の最前線」/五月(ごがつ)
→期待の新鋭、デュットマンを紹介します
★「脱・書店員日記」/aguni(あぐに)
→書店と取次ぎの今後を考えます
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■トピックス
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■『批評空間』休刊!
現代思想をリードし続けてきた雑誌『批評空間』(太田出版)が、今月号を
以って休刊となります。柄谷行人氏が日本とアメリカの二重生活で時間が取
れなくなったからという理由などが取り沙汰されていますが、出版社内では
編集部も解散とのことです。またの復活を願わずにはいられません。
■オンライン書店「Book1」
新たな巨大ネット書店が設立されました。参加しているのは――
株式会社図書館流通センター(TRC)
株式会社日経BP(ご存知マイクロソフトと後親密なところ)
アスクル株式会社(文具の流通を主に行っているメーカー)
富士通株式会社
株式会社日本経済新聞社
株式会社電通
NTT-X(株式会社エヌ・ティ・ティエムイー情報流通)
特徴としては、東京や大阪では、当日配達を含む素早い配達を、アスクルの
流通網に乗せて行うとのこと(それ以外はヤマト運輸)
それと、大手出版社にはコミック(新刊も含む)も扱わせて欲しいと交渉中
とか。新刊配本がほとんどいかない書店がある中、それはできないと出版社
では断っているそうですが、今後の状況次第では予断を許さないようです
詳しくは――
http://www.trc.co.jp/book1/
■国立国会図書館のデータ―ベース
国立国会図書館がHPでのサービスを拡大し、下記のデーターがHPで検索
可能になった。
・国立国会図書館所蔵洋図書目録データベース
国立国会図書館が所蔵する昭和23年(1948)以降に受け入れた和図書
の書誌事項(タイトル・著編者名・発行者・出版年・ページ数等)を国立国会
図書館が編集したもの。
・国立国会図書館所蔵洋図書目録データベース
国立国会図書館が所蔵する昭和61年(1986)以降に受け入れた洋図書
の書誌事項(タイトル・著編者名・発行者・発行国・出版年・ページ数等)を国
立国会図書館が編集したもの。
(米国議会図書館が作成した書誌レコードを加工したものを含む。)
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■新鋭出版社さんから、注目の思想書新刊が出ました!
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★3/20新刊★ ポリロゴス1―特集:ミシェル・フーコー(中山元編)
○哲学サイト「ポリロゴス」http://nakayama.org/polylogos/ と連動
○翻訳:ブランショ・バタイユ・クロソウスキー
○A5判並製/288頁/定価:本体2400円+税/発行:京都・冬弓舎
※詳細は上記urlか http://www4.justnet.ne.jp/~tokyu/publish/ に
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■ 現代思想の最前線 /五月
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■ 第10回「デュットマン、グローバル化時代の寵児」
予告通りであれば今回はジョルジョ・アガンベン(1942-)紹介の第二弾である
はずだが、当のアガンベンの講義を聴講し、ご本人としばしばコンタクトを取
られている人物から紹介記事をいただくことができた。私の稚拙な読解は免除
され、氏の原稿が、来たる3月31日に配信する臨時増刊号「特集:バイオポ
リティクス」に掲載される。なお4月には更に1回ないし2回の臨時増刊号を
配信し、フーコーから受け継いだこの地平を模索する。この模索を開かれたも
のとするために、今さまざまな方々とコンタクトを取っている。読者であるあ
なたもそのお一人であるかもしれない。
今回取り上げるのは、1961年スペイン・バルセロナに生まれ、ドイツで学位を
取りフランスとアメリカで更に学び、オーストラリアやイギリスで教鞭を取っ
てきた新進気鋭の哲学者アレクサンダー・ガルシア・デュットマンである。彼
は先のアガンベンの英訳著書にも解説を書いており、エマニュエル・レヴィナ
ス(1906-1995)とジャック・デリダ(1930-)の後継者的存在の中では突出して
いる若手である。
私はおそらくここで、ガルシア・デュットマンと並んでサイモン・クリッチ
リー(1960-。イギリス・エセックス大学教授)も挙げるべきだろう。97年に
『非常に少ない…ほとんど無:死、哲学、文学』をラウトレッジから公刊し、
99年1月『倫理-政治-主体性:デリダ、レヴィナス、現代フランス思想につい
て』ヴァーソ、同年4月『脱構築の倫理[第2版]』エディンバラ大学出版(初版
は92年ブラックウェル)を刊行し、やはりポスト・デリディアンとして第1級
の地位を占めている。この場合、ポスト・デリディアンとは、デリダの思想に
依拠しつつもデリダ研究家としてとどまることなく、思い切ったその応用を展
開している、ほぼデリダの子息子女の世代である若い哲学者、というふうに私
は意味させているつもりなのだが。
アレクサンダー・ガルシア・デュットマン(1961-)はバルセロナに生まれ育
ち、ドイツ語学校に通った。名前から察するにドイツ系ではあるがスペイン人
との混血かもしれない。14,15歳の頃から10年間ドイツに移住し、フラン
クフルト・アム・マインのヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学で哲学博士号
を取得した。博士論文『思惟の記憶:ハイデガー、アドルノにかんする試論』
はホルクハイマー(1895-1973)とアドルノ(1903-1969)の弟子であり、日本
でもよく知られているアルフレート・シュミット教授(1931-)によって審査さ
れた。この博士論文は後の91年にズーアカンプから出版されている。
86年から92年まで彼はフランスに渡り、パリの国際哲学学院で教壇に立つ傍
ら、デリダの講義に通った。89年、28歳の折に、『贈与された言葉:記憶と契
約』をガリレーより公刊。デリダに捧げられた本書は、デリダ、サラ・コフマ
ン(1934-1994)、フィリップ・ラクー=ラバルト(1940-)、ジャン=リュック
・ナンシー(1940-)の責任編集による名シリーズ「フィロゾフィ・アン・エ
フェ(実際の哲学、とでも訳したらいいのか)」に収録されている。
92年、アメリカ・スタンフォード大学のメロン・フェローとなった彼はサンフ
ランシスコで2年間を過ごし、94年から96年まではイギリス・エセックス大学
の講師としてロンドンで暮らした。97年はオーストラリア・メルボルンに移っ
てモナシュ大学の教壇に立ち、98年以後はロンドンに帰って、ミドルセックス
大学の現代西欧哲学センターの研究教授として活躍している。いやはや、移動
距離の大きいこと。
こうした間にも彼はさまざまな専門誌に寄稿しながら、93年にはフランクフ
ルト・アム・マインの大手出版社フィッシャーから『エイズとの不和――ある
ウィルスについて熟考され語られたこと』、97年に同都市の老舗版元ズーア
カンプから『諸文化のはざまで――承認をめぐる闘争のさなかの緊迫』を刊
行。同書肆からは、デリダのドイツ語訳を立て続けに発表しており、88年に
は高名なハイデガー論『精神について』を、92年には『他の岬』と『法の
力』の翻訳出版した。90年にベルリン所在のブリンクマン&ボーゼから刊行
された『詩とは何か』の翻訳者も彼である。
また、96年にはおそらくスイスの版元であろうクラウス・ベーアから『この
世界のすべての言葉と沈黙において愛とは何か:ニーチェ・系譜学・偶然性』
という小著を刊行している。これはもともと93年の「アメリカン・イマー
ゴ」誌50-3号に掲載された論文である。
最近の動向。昨年秋にニューヨーク大学でアヴィタル・ロネルのもと、ドイツ
文学の講座で客員教授として教鞭を執り、アドルノ論を講じた。10月には
オーストラリア・ウィーンの気鋭の出版社トゥリア+カントから最新刊『友た
ちと敵たち。絶対的なるもの』を刊行。
来月からは著書の英訳版の刊行が続く。4月に『諸文化のはざまで』がヴァー
ソから、6月には主著『思惟の記憶』がアスローン(イギリス)より、8月に
は『贈与された言葉』が英題『言葉の贈与』として同じくアスローンで。そし
て最新情報では、今年の秋、ズーアカンプから近刊『芸術の終焉=目的』が予
定されている。
デュットマンが一貫して研究しつづけてきた西欧文明の批判的根源的解明の核
には一方にアドルノ、他方にデリダがいる。刊行時にラクー=ラバルトに捧げ
られた博士論文『思惟の記憶』はハイデガーとナチズム、アドルノとアウシュ
ヴィッツという糸を縒り合わせ、民族主義的絶対性と倫理主義的絶対性が交差
する地点を探求する。『贈与された言葉』においてはその二者にヴァルター・
ベンヤミン(1892-1940)とフランツ・ローゼンツヴァイク(1886-1929)が加わ
り、固有名、翻訳、身振り、メランコリア、といったキーワードが行き交い、
言語と歴史の深淵を問う。
そうした基礎に立ち、その後デュットマンはエイズや異なる文化間の軋轢を論
じつつ、他者を承認することとはいかなる事態であるかを執拗に探求してい
る。最新刊『友たちと敵たち。絶対的なるもの』と近刊『芸術の終焉=目的』
の内容について、彼自身につい最近取材できたので、以下に簡単に紹介する。
――昨年10月に刊行された『友たちと敵たち。絶対的なるもの』で読者に伝
えたかった主要なメッセージは何でしょうか。
AGD:友愛というのは、他者と意思の疎通ができるということの無条件性と
無限定さのうちに存在し、敵対というのは他者が私を迫害し抹殺しようとする
無条件性と無限定さのうちに存在します。ゆえに、いずれの場合も問題なのは
何かしら絶対的なものです。しかし、友愛の絶対性はいかにしてそれ自身の歴
史的側面、つまり友愛とは常に始まりがあり終わりがあるものであるという事
実と、どう関係しているのでしょうか。また、敵なるものはどれくらい私の認
識に依拠しているのでしょうか。つまり私が彼を敵として認識するという事実
に? これがメッセージです。
――今秋近刊予定の『芸術の終焉=目的』での企図を簡単に教えてくれません
か。
AGD:『芸術の終焉=目的Kunstende;The End of Art』は3つのパートから
成ります。まずはじめに私はendeという言葉における分裂について論究を試み
ます。終わること=目的目標にすることは、常に達成の可能性と挫折の可能性
とに引き裂かれている、ということについて。第2のパートでは、芸術の終焉
=目的と表象像の禁止との関係を探求します。第3部では芸術と公共空間の関
係性を論じます。
以上。多忙と言おうか世界を飛び回るのが好きなのだと言おうか、昨年末アメ
リカにまだ滞在するかと思いきやバルセロナに出向き、イギリスに戻ってしば
らくは連続する英訳版の校正に腰をすえるだろうと見ると、つい数日前には今
週は香港に行くとの答えだった。表題に掲げた「グローバル化時代の寵児」と
いうのはあくまでも凡庸なイメージにすぎない。すぎないが、もっともフラッ
トな意味で彼は時代の典型例なのだろう。
彼とコンタクトを取ることが出来たのは、フィンランド・ヘルシンキ大学のパ
ヌ・ミンキネン氏の仲介による。氏が編集している、法哲学と主権を主題にし
たウェブ学術誌「バシレウス」との出会いがすべてだ。先のサイモン・クリッ
チリーも編集顧問として名を連ねているこの「バシレウス」にナンシーと
デュットマンの往復書簡が連載で公開されていたのである。ミンキネン氏は日
本語は理解しないかもしれないけれど、氏には改めて大きな感謝の意を述べた
い。
さらにもともとデュットマンの処女刊行書である『贈与された言葉』に気づい
ていながら長いこと通り過ごしてしまった私の胸に、彼の名前を再度刻印した
のは、H.T.氏である。彼の月1回の講義に通年出席したことは私に膨大な情報
をもたらしたと思う。もっとも私はその膨大な情報のシャワーを浴びたにすぎ
ない。最近T夫人の著書であとがきの謝辞の文中に「彼の数々の助言…その多
くはわたしのキャパシティを上回っており、しばしばわたしを混乱に陥れた」
との一節が織り込まれていて微笑した。私から見て、おだやかなおふたりは理
想のカップルである。T氏からは淡々と「あ、そう」と返されそうだが、私は
氏と夫人にも大いに感謝している。
最後に気になるデュットマンの邦訳であるが、私は部分訳の存在を知らない
(たぶん、存在しない)けれど、著書の翻訳ないし翻訳企画が複数進行中なの
は知っている。いずれも難物だそうだ。しばらくは原書と英訳書とを行ったり
来たりしてみよう。いずれにせよガルシア・デュットマンへの注目度は今年か
ら世界的に高まるに違いないだろうから。[記:2000年3月24日]
・AGDの著書一覧(雑誌論文は未収録)
http://www.freepage.total.co.jp/anjienji/duttmann.html
・ バシレウス
http://www.helsinki.fi/~rpol_bas/
年2回発行とゆるやかなサイクルだが執筆陣は魅力的。
・ズーアカンプ:http://www.suhrkamp.de/index.htm
・フィッシャー:http://www.fischer-tb.de/ftv/home.htm
・スタンフォード:http://www.sup.org/
・SUNYプレス:http://www.sunypress.edu/
・ヴァーソ:http://www.versobooks.com
・サイモン・クリッチリー Simon Critchleyの主要著書
“Very little...almost nothing : Death,philosophy,literature”
1997,Routledge,isbn:0-415-12822-6,$22.99
“Ethics-politics-subjectivity : Essays on Derrida,Levinas and
contemporary French thought”1999,Verso,isbn:1-85984-246-1,$20.00
“The Ethics of deconstruction : Derrida and Levinas”Second
edition,1999,Edinburgh University Press,isbn:0-7486-1217-3,£16.95
・ ラウトレッジ:http://www.routledge.com/
・ エディンバラ:http://www.eup.ed.ac.uk/home.html
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■ 「脱書店員電脳日記」/aguni(あぐに)
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第十一回 出版業界は一体、ど〜なっているのだろうか?(怒涛篇)
前回は再販制の崩壊が業界の健全化につながるのではないか、という話だっ
た。今回は再販後の状態を出版社・書店・取次別に見てみよう。
出版社は書籍を発行することに対してかなりのリスクを背負うことになる。
すると当然、今までのように何でもいいから発行すればいい、という状況で
はなくなる。21世紀にも残っているであろう講談社、角川書店、集英社、小
学館といった大出版社はマーケティングや広告によって今でもある程度販売
数をコントロールしているようだが、それがもっと先鋭化した形で行われる
ようになるだろう。だいたいこれだけ広告が氾濫し、広告なしには商品の情
報も知り得ないような状況の中で、本だけが旧態不然とした体勢で生き残れ
るわけはないのである。
しかしこれは悪い話ばかりでもない。
リスクがあるということは、刊行点数が絞られるということになる。
刊行点数が減れば、うまくいけば本の寿命が伸びる。しっかりした本さえ作
れば長く売れる、というのなら問題はない。
ベストセラーはますますメガベストセラーになるだろう。
おそらく店頭で買うよりもネットなどの方が購買者は多いだろうから、中身
を確認する必要のない本が売れて行く道理だ。
刷り部数が多くなれば値段も安くすることができる。
かくして売れる本はますます売れる。
とりあえず「目利きのできる人材のいる出版社」なら問題はないだろう。
現行の再販制が崩壊すれば、まず打撃を受けるのは書店だ。
書店の在庫は一瞬にして価値を下げる。
定価1000円の本は制度に守られている限りは1000円と等価交換できる。が、
実際の市場価値は、古本屋の店頭で確かめることができる通りだ。
80cmの棚。定価1500円の本が50冊入るとして、棚1段で7.5万円。これが4
段あったとして、30万円。冊数にして200冊。
再販制が崩壊すれば、極端なことを言えばこれが一瞬にしてブックオフの
100円均一の棚になるわけだ。30万円が2万円。出版バブルの崩壊である。
一方、再販制崩壊以降の書店の最大のメリットとしては、
大量販売によって価格を下げることが可能になるということだ。
海外でアマゾンなどのネット書店が過剰在庫で困っているらしいが、
ネット書店のいいところは多品種少量販売にあるわけで、リアル書店はメガ
ベストセラーを大量に仕入れて安く売り、あるいは実用書などは内容のしっ
かりしたものを選んで安く仕入れ、大量に売ればいい。パターン配本がなく
なれば、これはもう実力の世界。ここに書店のチャンスがある。
そのためにはまず書店のチェーンは店舗数がまだまだ足りない。私がイメー
ジするのはマツモトキヨシ、あるいはラオックスやビックカメラなどの電機
屋だ。合併・フランチャイズ化によって店舗数を増やし、「安さ」を売りに
していかないとネット書店には勝てなくなる。ましてや日本一の書店チェー
ン、セブンイレブンには勝ち目もないだろう。
「大書店チェーンの構築」で期待したいのが取次だ。
現在の取次では「大手」偏重、「中小」軽視の傾向が強い。
大手書店と中小書店で掛け率を変えているのはもちろん、返品も中小の書店
や出版社からだけ手間賃をとっている。(ついでに言えば、支払いも大手は少
し待ったりするが、中小は即請求である。)
これを健全な体質に戻せないものだろうか?
中小書店を存続させるためには、取次による書店のフランチャイズ化、とい
う方法がある。つまり、現在行っている中小書店への指導やパターン配本の
力をそのまま本部に置き換えてしまうわけだ。トーハン堂。ニッパン堂。何
ならネット書店の受け取り場所という扱いにしてもいい。メガヒットと雑誌
を供給し、後は端末で注文する書店。コンビニ書店を見習うわけだ。
もちろん取次には情報の蓄積を武器に新ビジネスを展開し、中小書店を切る
という選択肢も残っている。ネット書店への進出やブックオンデマンド事業
など、模索は既に始まっているようだ。
ネット書店の勃興が、規制に守られた出版業界に対する客の不満ののろしで
あるとしたら、リアル書店側はそれに対して何らかの変革をしなければなら
ない。しかし再販制があるうちはその努力もできない。
出版業界が出版業界として生き残るためには、再販制を崩壊させる方向に向
かうべきだと思う。そこでビッグバンを起こすことで、生き延びるチャンス
があるように思うのだが、いかがなものだろう?
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■あとがき
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>出版関係者ってお酒が好きですよね?
>はあはあ
>ということで、今回は電車乗り過ごし自慢を(笑) 私のもと上司で、大
宮の自宅に帰ろうとして、気がついたら大船にいたという人がいますね。京
浜東北をぐーるぐる(笑)
>あ、人の話でいいんなら、岐阜から名古屋のホテルにもどろうとして、目
をさましたときには何故か新橋のリクルートの看板が見えていたという某出
版社営業マンの伝説のような話がありますね。
>そうそう、前の晩に埼玉の自宅に帰ったはずの上司から、朝、「いま、新
潟にいる。飛行機で出社するから」と電話がかかってきたという某出版社の
人の話も聞いた事ある(笑)
>みなさん、お気を付けを。いやどうせなら、ぜひ伝説になるような武勇伝
を残しましょう、かな(笑)
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