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2000.5.15.発行 vol.33 [言葉を救う手立て 号]
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■■ [本]のメルマガ 2000.5.15.発行
■■ vol.33
■■ mailmagazine of books [言葉を救う手立て 号]
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■CONTENTS---------------------------------------------------------
★トピックス
★【新連載開始!】「全点報告 この店で買った本」/南陀楼綾繁
某有名雑誌の辣腕デスクがひと月分の、本の買い物を書きつづる新連載、堂
々連載開始!
<著者の自己紹介です>
なんだろうあやしげ ライター・編集者。ミニコミ・マッチラベル・日記な
どについて乱筆を揮う。オンラインでは、
「文化通信」(http://www.bookmall.co.jp/bunka/)、
「ICE TEA」(http://www.voyager.co.jp/T-Time/icetea/)などで連載中。
★「本の周りをうろついて・・」/湯川新一
→芸術、学術における不思議な共時性について取り上げます。
★「今日(こんにち)の芸術」/忘れっぽい天使
→筆者の独壇場! 若手詩人の紹介、今回は山田咲生さんです。
★「中国古典で浅学菲才が直る?」/掩耳(えんじ)
→宮台真司は、孔子にそっくりだった!? とっぴなようでいて読めば納得
の論考です。
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■トピックス
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■1周年御礼
[本]のメルマガも、今号をもちまして1周年を迎えることができました。ひ
とえに読者の皆様の暖かいご支持の賜物です。本当にありがとうございまし
た。これからもよろしくご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
それにともない、[本]のメルマガのHPがリニューアル致しました。リンク
集なども増設されましたので、ぜひぜひご覧下さいませ。
http://page.freett.com/anjienji/index.html
■『サン=テグジュペリ・コレクション』みすず書房より6月刊行開始!
今年は『星の王子さま』を生んだアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの
生誕100周年。彼の代表作と、晩年の苦渋と闘いの日々を伝える『戦時の記
録』を揃えた全7冊。1巻から4巻には『夜間飛行』をはじめ、飛行士として
の体験とその生活の中で培われた友情から生まれた4篇の小説に、作家と親
しい間柄にあった家族や友人によるサン=テグジュペリとの思い出を綴った
文章をそれぞれ付す。5巻から7巻は、サン=テグジュペリの書簡や覚書き、
関係者の証言によって、1944年に偵察飛行に出たまま還らなかった作家の全
体像と思想を伝える『戦時の記録』を初訳の資料や新資料も加え、日本語版
独自の編集で。山崎庸一郎訳。四六版。本体予価1800-2500円。
また、同社から刊行中の新刊『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャ−ド・パ
ワ−ズ著 柴田元幸訳が現在、大絶賛の書評などの後押しで、絶好調の売れ
行きとのことです。
■イーショッピング・ブックス、客注受付を開始
ソストバンク、トーハン、セブンイレブンなどの出資による大手ネット書店
「イーショピングブックス」は、今まで書籍取次ぎのトーハン在庫品だけを
出荷するという方針でしたが、この度、客注の受け付けを開始しました。1
日100件以上とかなりの盛況のようです。
■ペヨトル工房 廃業
京都の書店、三月書房さんの「三月書房販売速報」によりますと、出版社の
ペヨトル工房さんが廃業されたそうです。人文系、芸術系で個性的な本を多
数出されているところです、買い逃したものがあれば至急、書店へいくべし
三月書房さんのHP http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sangatu/
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■「全点報告 この店で買った本」/南陀楼綾繁
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第一回 サクラに誘われ四月はバカ買い
ぼくは毎月、自分が読むためと仕事用に、五〇冊以上(月刊誌などを入れれ
ば六、七0冊)の本を新刊書店で買っている。どうせ全冊は読めないに決ま
ってるが、買わなきゃいけないような気がして買ってしまうのだ。
購入する場所も、店もいろいろだ。買い方も一定ではなく、このタイプの新
刊はこの店でという「決め買い」もあれば、平台での並べ方に誘惑されて思
わず買っちゃう場合もある。
この連載では、ぼくがその月に買った本を全点リストアップし、都内各書店
のどの店で、ナニが気に入って購入したのか、売場の構成がどう魅力的なの
か、どんなフェアをやっていたかを、その店に行った一読者の立場からコメ
ントする。書店の現場にいる人たちには、「客は勝手なコト云うよな」と思
われそうだが、正直な感想なんだから仕方ない。
ぼく個人の本の買い方を記録しつつも、新刊書店の魅力が具体的に伝われば
いいと思ってます。
四月一日
◎ブックファースト(渋谷店)
小野耕世『ドナルド・ダックの世界像 ディズニーにみるアメリカの夢』
中公新書、840円(税別、以下同じ)
横田順彌『雑本展覧会』日本経済新聞社、2000円
宮田昇『戦後「翻訳」風雲録』本の雑誌社、2200円
【ひとこと】この店のイイところは、まず遅くまで開いていること。今日も
晩飯喰ってからでも、ゆっくり見て回れた。あと、平積みには、新刊だけで
なく、けっこう昔の本を選んで置いている。「本に関する本」の品揃えが良
い。『戦後「翻訳」風雲録』は今日発売。買ってから、クラシック喫茶〈ラ
イオン〉に入り、半分ぐらいむさぼり読む。
四月七日
◎ジュンク堂書店(池袋店)
真銅正宏『ベストセラーのゆくえ』翰林書房、4200円
北田暁大『広告の誕生』岩波書店、2500円
◎リブロ・ブックセンター(池袋店)
原卓也ほか編『翻訳百年』大修館書店、2300円
中山茂『20・21世紀科学史』NTT出版、2500円
木田元『哲学の余白』新書館、2200円
【ひとこと】仕事で使う本を買うときは、最近では、池袋でジュンク&リブ
ロの二店を回って集めることが多い。この二点で何冊も買い込むと、なーん
か、知の世界に触れて偉くなるような気がするのだ。まったく、気のせいだ
が。
四月十二日
◎八重洲ブックセンター(本店)
鶴見俊輔 『文化とは何だろうか』 鶴見俊輔 晶文社、3689円
荒俣宏『荒俣宏のデジタル新世界探検』日本経済新聞社、1600円
鶴見俊輔 『太夫才蔵伝』平凡社ライブラリー、1100円
【ひとこと】この店の人文書はやたら上の階にあるなァ。でも、歴史系・民
俗学系の本は相当昔の本まで置いてあるから、あなどれない。ただ、各階に
新刊が分散している分、一階の新刊コーナーがいまいち薄い感じがする。一
階はあれだけ文学関係(とくに海外文学はスゴイ)が充実しているのだから
、これ以上新刊コーナーを増やさないような気がするし。別に店員でもない
のに、限られたスペースでの配分を考えて困ってしまう。
◎日本図書館協会
『図書館概況』4冊 日本図書館協会、各300円
『近代日本図書館の歩み年表』 日本図書館協会、300円
小黒浩司『図書及び図書館史』日本図書館協会、1200円
『公共図書館のコンピュータ利用調査』 日本図書館協会、1500円
稲村徹元『索引の話』日本図書館協会、1000円
関千枝子『図書館の誕生』 日本図書館協会、980円
【ひとこと】書店ではなくて協会の売店。書店においてない本ばかりなので
、まとめ買いした。『図書館の誕生』は、別冊本の雑誌『図書館読本』で目
黒考二さんが激賞していた本。たしかにオモシロイ。
四月十五日
◎紀伊國屋書店(新宿本店)
西江雅之『ヒトかサルかと問われても』読売新聞社、1600円
【ひとこと】ハイブリット・ウェブサービス
(http://www.kinokuniya.co.jp/01f/hybrid/hybridwb.htm)を使うと、都
内は本店と新宿南店の在庫が検索できる。それはイイのだが、そこで発注す
ると在庫確認の時間が一日以上かかるのだ。それで最近は、検索して棚番号
をメモし、来店して自分で探している。これで見つからなけりゃ、売れたん
だと納得して帰ることができる。買えても買えなくても精神衛生上いいぞ。
棚番号の読み方も判ったし。
四月二十日
◎東京堂書店
ロス・キング『謎の蔵書票』早川書房、2500円
山崎浩一『複眼思考の独習帳』学陽書房、1600円
【ひとこと】この店の一階は書評で取り上げようかと思ってる本がたいてい
置いてあるので、助かる。POPがまったくないのに、この店では本が見つ
けやすいのはナゼだろう。波長が合うのか。
◎書肆アクセス
本多正一『彗星との日々 中井英夫との四年半』BeeBooks、2000円
小出昌洋編『森銑三遺珠』1、2 研文社、各2500円
『川崎ゆきおほのぼの傑作選』幻堂、1200円
『地域雑誌 谷中・根津・千駄木』61号、500円
【ひとこと】最近、アクセスでは、奥の棚をのぞいて、昔に出た小出版物を
発掘して買うのが楽しい。『森銑三遺珠』なんて、何度も棚を見ていたのに
、見逃してた。こんなに狭い店なのに、奥が深いぞ。
◎アジア文庫
仁科健一編『新韓国読本6 』社会評論社、2000円
【ひとこと】「韓国のマルチメディア事情」の資料を探すも、そういう観点
の出版物はほとんどなし。でも、この店で旅モノエッセイや食文化の本をパ
ラパラ眺めるのもいい。たまに来る客としては、二店体制をやめ一店になっ
てからの方が、使いやすい。
四月二十一日
◎三省堂書店(神田本店)
アンドリュー・クラヴァン『真夜中の死線』創元推理文庫、960円
伊藤俊治『新編ピンナップ・エイジ』ちくま学芸文庫、1000円
川本三郎編『荷風語録』岩波現代文庫、1000円
『日本文壇史総索引』講談社文芸文庫、1900円
金裕鴻『ハングル入門』講談社学術文庫、1200円
真樹日佐夫『兄貴 梶原一騎の夢の残骸』ちくま文庫、660円
ヨハン・ベックマン『西洋事物起原』2、3、4巻 岩波文庫、各900円
【ひとこと】この店は毎日のように一階をのぞくけど、二階に上がるのは一
月に一回ぐらい。その代わり、上がるときは必ず買いたい本があるときだ。
今回は前から買うツモリだった文庫を、まとめてカード買い。文庫とはいえ
、この冊数だと重いぜ。
四月二十二日
◎八重洲ブックセンター(本店)
岡泰正『身辺図像学入門 大黒からヴィーナスまで』朝日選書、1400円
篠田一士『読書三昧』晶文社、980円
トマス・ハリス『ハンニバル』上・下 新潮文庫、705円+743円
『菅原克己詩集』思潮社、1165円
【ひとこと】ちょっと興味があって、新刊書店の詩歌のコーナーを見るよう
にしているが、他のジャンルと違って旧刊書をよく揃えている店が多い。固
定購買層が厚いのだろう。この店の半地下は特に充実している。サラリーマ
ン・OLの客が多い。
四月二十五日
◎創文堂書店(駒込)
鹿島茂『衝動買い日記』文藝春秋、1600円
泉速之『銀幕の百怪 本朝怪奇映画大概』青土社、2800円
ロアルド・ダール『少年』ハヤカワ文庫、600円
【ひとこと】外観はいかにも街の本屋だが中に入ると、岩波書店の新刊がバ
ッチリ揃っているという素晴らしい書店。岩波以外もかなりシブイ人文書が
置いてあるので、つい買ってしまう。客注も速い。ウチの妻が注文したら、
その日の夕方に届いたことがある。
◎往来堂書店(千駄木)
ミステリー文学資料館編『幻の探偵雑誌2 「探偵趣味」傑作選』
光文社文庫、667円
佐々木徹雄『三分間の詐欺師 予告編人生』パンドラ・現代書館、2000円
鶴岡法斎『マンガロン』イーストプレス、1300円
『コミック・キュー』vol.8 イーストプレス、897円
卯月妙子『実録企画モノ』太田出版、952円
【ひとこと】創業店長の安藤哲也さんがヤメた直後なので、以前のテイスト
は受け継いでいながらも、細部ではだいぶ違った感じになっている。書店の
棚はヒトが作ってるんだなあと実感。でも、この新しい棚が悪いかというと
、そうでもない。安藤さんの棚作りは「文脈」を重視するが、こちらの気分
がその文脈に合わないときは、買いたい本がなくてけっこうシンドイことが
あった。いまの方があまり考えてない分(というと、店員さんに失礼だが)
、自分の目で棚をサーチして本が選べる。ココ数ヶ月のこの店では、今日が
一番まとめ買いしたのではないか。『三分間の詐欺師』は昨年末にチラシを
もらって注文していたもの。コレだけ期間がたつと、本当に客注が通じてい
るのか、不安になる。しかも、この本、予告とタイトルが変わっているのだ
四月二十七日
◎リブロ・ブックセンター(池袋店)
ロジェ・シャルチエ他編『読むことの歴史 ヨーロッパ読書史』大修館書店
6000円
金子明雄他編『ディスクールの帝国 明治三〇年代の文化研究』
新曜社、3500円
荒俣宏『アラマタ珍奇館』集英社、1800円
鵜飼正樹『見世物稼業 安田里美一代記』新宿書房、3000円
【ひとこと】リブロの人文書は、わざわざエスカレーターで昇らないといけ
ないので、たいてい、イルムス館B1の新刊コーナーを一回りしておしまい
にするのだが、今日はカタイ本ばかり(でもないが)なので、専門の売り場
へ。一万円以上カードで買って領収書を切ってもらったら、売り場のお姉さ
んに「書いてお持ちしますのでそちらで座ってお待ちください」と椅子を示
される。ちょっとブランド買いの成金のような気分。
◎ぽえむ・ぱろうる
『中井英夫全集11 薔薇幻視』創元ライブラリ、1900円
『クイック・ジャパン』vol.30、900円
【ひとこと】ある詩集を手にとって、買うか買わないか三分ぐらい悩むが、
買わず。たぶん今度来てもあるだろうと思わせるのは、店にとってソンか、
トクか。リピーターにはなっていると思うのだが。
四月二十九日
◎書泉グランデ(神保町)
平田順子『ナゴムの話 トンガッチャッタ奴らへの宣戦布告』
太田出版、1900円
『裏モノJAPAN』6月号、838円
【ひとこと】サブカル系新刊なら、まずココが早い。ブックマートでもイイ
んだけど、あそこは狭くて苦手だ(グランデも充分狭いが)。『ナゴムの話
』は書評とかにはあまり出ないだろうが、絶対売れる本だと思う。ナゴム・
レコードなんてインディーズ・レーベルがあったコトさえ知らない読者もひ
きつける面白さがあるんだがなあ。
今月の購入本 計59冊
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■「本の周りをうろついて・・」/湯川新一
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「つながり」のひとつ
新刊本屋をうろついて新刊をながめ新刊予定を手に入れペラペラ
めくりながら美術館や映画館に足を運んでいると、ごくまれに「つながり」
に気付くことがある。
今回は最近気づいた「つながり」のひとつについて書こうと思います。
まずは時系列的にその「つながり」と思う要件を挙げてみます。
@、Vol.27紹介しました現代美術館の企画展『シュポール/シュル
ファスの時代』ゴダール『中国女』の上映。2000年1月29日〜3月
30日開催。(S/Sは1960年代の終わりから1970年代にかけて
フランスで活動したモザイク的・前衛的なグループの名前で、ドゥヴァド
、ヴィアラ、カーヌ、パジェス、セトゥール等が主要なメンバーであった。
彼らは美術をとりまく機能的要素、物質的要素、形式的要素、制度的
要素を対象に解体/再構築を目指し、理論誌を発行し、論争を展開した。
この運動は六八年五月革命おいて頂点に達する1960年代のフランス
の政治的、知的、文化的風土を抜きにしては考えられなかった。
この運動が発展していく文脈を明らかにするような1967年の3月毛沢
東『毛沢東語録』フランス語訳出版、8月ゴダール『中国女』公開、10月
ギュイヨタ『50万の兵士のための墓碑』、11月ドゥボール『スペクタ
クルの社会』等々の「出来事」があった。
当時の『テル・ケル』の編集次長・評論家のマルスマン・プレネは「68年
前後の表現者たちは社会的、政治的背景と全く無関係でいることはでき
ないという考えの上に成り立った姿勢です」と語り、主要メンバーの
ドゥズーズは1969年8月の『ラ・プラス」紙で「まず自分の文化的
諸条件を忘れなくてはならない。我々は文化的しきたりの囚人であり、
そのしきたりは物事に対して負うべき責任を人から奪うものなのだ。
自分の態度に意識的になり、全く新しいやり方で物事との関係を見直さな
くてはならない」と語っている。
また、このS/S運動の理論となっていくものにとって決定的な影響を与
える3つのエッセイが1969年に発表された。それはデリダ『播種』、
クリステヴァ『セメイオティケー』、シェフェール『あるタブローのセノグ
ラフィー』であった。)
A、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』全6巻インハクト出版会
G=E・ドゥボール編集、木下誠監訳の完結。
1巻「状況の構築へーSIの創設」2巻「迷宮としての世界ー余暇と労働
をめぐる闘争」3巻「武装のための教育ー統一的都市計画」4巻「孤立の
技術ー日常生活のスペクタクル」5巻「スペクタクルの政治ー第三世界
の階級闘争」6巻「一つの時代の始まりー五月革命の権力」
(シチュアシオニスト・インターナショナルは1950年代後半から
1970年代初頭にかけて、フランス及びヨーロッパ各国で社会・政治・
文化・芸術の統一的実践を志向した集団であった。
その後、世界各国に広がったこの運動は大量消費を「スペクタクル」と
みなして徹底的に批判する立場であり、社会の諸領域にまたがる実践
を通じて、「スペクタクル」の対極にある「状況」を構築しようとした。
この運動の最もまとまった理論的成果が、運動の中心を担ったドゥボ
ールの『スペクタクルの社会』である。1967年発行(木下誠訳、
平凡社、1993・・現在は品切中)この本、テーマは体系的に布置されて
いるが、全体は221の断片(断章)の積み重ねで構成されている。
断片から断片へ文章が鏡のように反映し合い、互いが弁証法的な対話
を交わす。私たち読者はその空白を埋めなければならないような本であ
る。)
B、映画監督クリス・マルケルの日仏学院での4月期週末の連続上映。
一番有名なのは1962年の『ラ・ジュテ』であろうか。元モンティ・
パイソンのテリー・ギリアムが『12モンキーズ』としてリメイクしたこと
は有名である。この映画、ほとんど全ての映像が写真の連続、つまり静
止画で構成されている。ドゥボールの本『スペクタクルの社会』同様、
観客に断片の間を埋めることを要請している。思い出すのはヴェラ・
ヒティロヴァ1966年の作品『ひなぎく』(チェコスロバキア)とケン・
ローチ1969年の作品『ケス』である。
その他メジャー系でも60年代に公開された映画は今もって何と魅力的
なのだろう。
C、4月25日『現代思想』5月号発売。特集は「スペクタクルの社会」。
(ドゥボール「スペクタクルの社会についての註解」、アガンベン「『スベ
クタクルの社会についての註解』の余白に寄せる注釈」の訳出の他、
上野俊哉、木下誠、港千尋、酒井隆史、小倉利丸等々が執筆している)
D、ギー・ドゥボール『スペクタクル社会についての註解』が現代思潮社
から5月20日前後発売予定。94年の自殺の2年前に出版された本の
翻訳。(『現代思想』5月号に冒頭の一部分が訳出されています。)
E、5月20日、このメルマガで何度か紹介されたジョルジョ・アガンベン
の『人権の彼方にー政治哲学ノート』高桑和巳訳が以文社から発売さ
れる。(これについては、このメルマガVol.25の五月氏の記事と
Vol.28.5、29.5、32.5の訳者の高桑氏のバイオポリティク
スを参考にして下さい。また、この本には献辞として「ギー・ドゥボールの
憶い出に」と記されているという。)
ほぼ同時期に「場」こそ違うが私が「つながり」と感じる「こと」が起こっ
ている。「意義申し立て」の為に、ということでもよい。
「アートの世界」では90年代以降、身体は再び重要な主題とし
て表現を喚起する場となりつつある、という。その背景には昨今の遺
伝子工学、臓器移植、電子メディア等々の発達に反比例するように
ますます希薄になっていく私たちの身体の「生」の危機感からくるもので
あろう。危機に晒された身体が敢えて選ばれているようだ。
「アートの世界」だけでなく、それに多方面での対応が迫られていると
感じる。
何々に携わることなく、いかにして何々の世界や一般社会に反抗すべきか?
今日は蒸し暑かった。行きの満員電車の車内でサラリーマンが大声で
何やらもめていた。「労働」の1日が終わり、帰りの電車に乗ると車内
でまた何やらもめている。どうかしてるぜ、まったくもってうんざりだ。
それでは、また。
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■「今日(こんにち)の芸術」/忘れっぽい天使
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<空気>が書かせる言葉−山田咲生詩集「BALI」
浅黒い肌に澄んだ瞳 鼻筋は通っていて眉は黒い
誰もが、楽しいのだか疲れたのだか分からない笑みを浮かべて、照り返す光
の中、埃っぽい道の脇に群がっている
聞いたことのない言葉のつぶが交わされ、白い歯が笑う、その横で、ベニヤ
の小さな出店を影に、斑の犬が眠っている
群れにまぎれた日本の少女は、目つきがとろりと弛んでいる
− 「ランドスケイプ」より
山田咲生の第一詩集「BALI」(書肆山田刊 1800円)の詩編はこのよ
うに何の前置きもなく唐突に始まる。事後的に「解釈」されたあとの統一感
ある「バリ」像など微塵もない。ここに見られるのは、バリの風景の只中に
すとんとつまみ落とされた詩人の、左右に不安定に揺れる「視線」の動きと
落ち着かない「皮膚呼吸」のリズムだけだ。注意を向けられた対象たちは一
枚の風景の中に同居しているはずなのに、見慣れない光景に混乱気味の詩人
の心の
状態を反映してか互いに非連続的だ。白い歯は白い歯、斑の犬は斑の犬、日
本の少女は日本の少女。それぞれ別個のものとして存在し、生きた幻のよう
に詩人の心をわしづかみする。詩人は一言も言葉を発することができない。
その、発せられなかった言葉が、<今・ここ>に、詩集の白いページの中に黒
い活字として定着している。いくら見つめても動きはしない詩の活字が、読
む行為を通じて、どっくんどっくん脈打ち始めるのが、わかる。
この詩集は、作者が東京での会社生活に疲れ、3週間バリ島に観光旅行に
行った時の印象を基に作 ら れたものだ。 このたった3週間のバリ旅行が、
どうやら作者の運命を変えてしまったらしい。見るもの、聴くもの、触れる
もの、その全てが、東京の生活の中でほとんど部品化しかかっていた感性に
ショックを与え、ほぐし、生き生きと蘇らせた。気ままに自生するかのよう
なバリの自然や人間と、機能化された生活から脱出しようと願う日本の女性
との稀にみる出会い。彼女は文字どおり我を忘れて風物を味わうことに没頭
する。
それは自分に「身体」があることの発見でもあった。
人の寝静まった夜 青いタオルのすこし剥げた ビニールカーテンのある
バスルームに入る
めったに焼けない肌がやけている 赤を通りこして 黒く
違う人のもののようになった 白い布型のついた裸体が
湿気に曇った鏡の上で ぬるい温水に濡れ 魚の腹のように光っている
−「Mandi」全編
単純な直喩以外技法らしい技法も使われていないこの短い静かな詩は、に
もかかわらず強烈な印象を読む人の心に残すだろう。夜風呂に入った詩人は
、バリの動植物と同じ自然から与えられた贈物としての自分の肉体の存在に
驚いている。環境に適応してメラニン色素の濃くなった肉体は、東京の生活
の中で労働と消費生活によって奴隷化された肉体とは全く異なる。それはそ
れ自体の存在を悦ぶ「自生する身体」なのだ。
詩の言葉自体も、「そこにただ、ある」という以上の意味を決して背負お
うとしない身体の力強さに圧倒されているかのようだ。情景に一切の事後的
な意味を付与する余裕をなくし、ひたすら視覚と触覚の微細な動きをなぞっ
ている。詩人の感覚の野の上で、詩の言葉も「自生」しているのだ。
女主人の太い両腕で 髪は容赦なく切り取られる
島の女のように黒くはない肌も 今日はうっすら赤みがさす
髪はタイルを黒々と埋め やがて捨てられ 土になる
払ってもはらっても まとわりつく余分な生命
切り落とすことは こんなにもたやすい
−「熱帯理髪店」より
生命の余りな過剰ぶりは、詩人にその力の源泉について考えさせ、詩人は
いつのまにか「神」の存在に触れていく。もちろん特定の信仰の道に入った
訳ではない。 代用が可能な機能でなく、一つ一つの存在のかけがえのなさ
を瞬間瞬間のうちに人間に意識させる力。バリ島にはこの力が思いのほか強
く働いている。人を越えた、自然を越えたこの力を、「神」と呼ばずして何
と呼ぶのだろうか―。
ワヤンは神の子 いえ ワヤンは人の子
ワヤンは島の何処にでもいる
照り返る黒い土の肌
求められる眼差しを 結んではほどき 逃れては繋げる
その合間にも それぞれの祖父は死に 飽くこともなく子供は生まれる
土に呑まれるひそかな快楽
幾度も 幾度も 潜り抜けてきたこと
決して 怖れることはない
ワヤンは人の子 いえ ワヤンは神の子
−「影絵(ワヤン)」より
作者が書くのでなく、場の空気が作者に書かせる詩。
山田咲生の詩は、作者が世界に対して抱いている観念で積極的に空間を切り
裂くという質のものではない。辛抱強く自分を機能化された自分から解放し
てくれるものとの<出会い>を待ち、その<出会い>の場の空気が自分を「書く
行為」に突き動かしていくのをまた待つ。積極的な受け身、とでも言いたく
なるようなスタンス。奇抜な比喩などまるで使わない、そっけないスケッチ
のような叙述の裏には心と五感のアンテナがぴーんと張り詰めている。その
波長に乗ることができると、書かれてはいない葉のそよぎや鳥の鳴き声を不
意に感じてしまって読みながらはっとこちらも身を動かしてしまう。
恋愛やら犯罪やらの事件を文学的にでっちあげなくても、心のありかは充
分言葉で伝えられるのだ。大袈裟なドラマや事件の設定によって機能化され
、均質化され尽くされてしまった言葉を救う手だてを、山田咲生はこの詩集
を編むことによって見事に示していると言えるのではないだろうか。
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■ 中国古典で浅学菲才が直る?/掩耳(えんじ)
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最強の論客・宮台真司=現代の孔子
今回は、現代最強の論客として知られる、宮台真司氏が、なんと、保守系の
人があがめる孔子にそっくりということを論証していきたいと思います。
まず、『論語』の冒頭に、余りに有名なこの言葉があります。
・学びて時にこれを習う、また説(よろこ)ばしからずや
この冒頭の「学ぶ」、実は現代における勉強とは、意味がちょっと違います。
ここで学ぶものは、「礼」と「楽」なのです。つまり――
「礼」とは、婚礼、葬式などの儀礼、社会人としての応対辞令、朝廷におけ
る祭祀、行事などのしきたり、「楽」とは、音楽のことです。
先ほど「現代における勉強」と書きましたが、これは「自分の中により多く
の知識や考え方のノウハウを詰め込む」という意味合いになると思います。
一方、孔子の言う「学ぶ」とは、より実践的、関係性的なノウハウの習得
――今で言えば、社会常識、ビジネスノウハウ、音楽(砕いて言えば、これ
はカラオケでしょう)の習得になるのです。「礼」というのも、根本は人と
人(祖先ということにもなりますが)との応対であり、関係性をいかに円滑
にするかのノウハウなのです。そのノウハウをつんだ最終到達地は、人の上
に立って、国を安泰ならしめることです(「修身斉家治国平天下」『大学』
という言葉が典型的です。この中の斉家、つまり家を斉えるというのも、家
族関係を円満にするノウハウをつめ、ということに他なりません)
一方、宮台真司氏が、提示する目的地のひとつに、「いけてる奴」になる、
というのがあります。ここでの評価者は女子高生だったりしますが(笑)。
そこでいわれるのは、東大生はダサい、つまり構築的な知識は凄いけど、人
との関係性的なノウハウ(他人をあきさせない、愉しませるとか)が全然駄
目、というわけです。これって、目的こそ違え、孔子の重んじた、他者との
関係性のノウハウそのものではありませんか(笑)。いや、実は宮台先生の
目的は、ある意味で世直しであり、教育制度の改善について様々な提言を行
っています。その目的も(かたや国の安泰、かたや世直し)、目的のために
採る方法も(関係性のノウハウの習得)、さらに机上の論者に終わらず、ア
クティビストとして活動する姿勢も、実は両者はそっくりなのです。さらに、
世直しに真に役立つのはエリート(孔子による「士」の教育とは、今のエリ
ート養成のようなものです)、または官僚だとするところまで、似通ってい
ます。
ちなみに、冒頭にあげた『論語』の文、噛み砕いてしまえば、、
・カラオケボックスで覚えた新曲を、家で暇を見てはおさらいするのって、
楽しい
などとも言い換えられます。宮台先生が、カラオケするかどうか知りません
が(笑)、テレクラでナンパ→カラオケ→エッチという関係性のノウハウノ
積みまくった宮台先生ゆえに、構築的知識ばかりの保守系論客(孔子をあが
めてたりするのですが)を、論破し続けている――これはなんとも皮肉なこ
とです。いや、孔子をあがめるくらいなら、もうちょっと社会常識と関係性
のノウハウつまないと駄目じゃない? ということかもしれませんが。
さらに、宮台先生の考え方の前提に、「自己決定」というものがあります。
なんと、この考えかたも、孔子そっくりなのです。以下、次号に続きます。
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■あとがき
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>なんか、今回から凄い人の連載がはじまっちゃいましたね。
>そ、そうなんです。おろおろ、おろおろ
>なんか、編集人がうろたえてどうするんですか(笑)。そういうえば、先
号から、それぞれ編集者が変わりましたね。
>そうなんです。15日号だけ、昔と同じ、誤植まみれで発行しちゃう掩耳
担当なんで、なるべく暖かい目で見守ってください
>他の号が、優秀な編集人ばかりなんで、差が目立っちゃいますね・・
>ああ、それは言わないで(笑)
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