2000.6.5.発行 vol.35  [2年目もがんばるぞ 号]

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■■  [本]のメルマガ                               2000.6.5.発行
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■■       mailmagazine of books       [2年目もがんばるぞ 号]
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■CONTENTS--------------------------------------------------------- 
★トピックス(注目!)
→【メルマガ1周年特別企画!】のお知らせがあります。

★「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
→メディアに規定される現代社会を生きるわたしって?

★「私小説的書店員」/キウ
→池澤夏樹の7年ぶりの書き下ろし長編はイチ押し!

★「一字千金の記」/グッドスピード
→誤植ネタが届きました!ご紹介します。

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■トピックス
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【メルマガ1周年特別企画!】
G・アガンベン『人権の彼方に−−政治哲学ノート』5/20以文社刊を
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「交流用マルチ変換プラグ:アガンベン使用法」(翻訳者の高桑和巳さん
作成)も無料でお付けいたします。

以下のアドレスにお名前、住所、電話番号ご記入の上お申込み下さい。
申込み、問い合せアドレス  mikio-m@po.jah.ne.jp
代金は2,520円(本体価格2400円+税120円)です。商品お受
け取り後、同封の郵便振替にて代金をお振込みいただきます。

書影、書誌データは以下で確認できます
http://page.freett.com/anjienji/index.html

関連記事
アガンベン、来たるべき政治哲学(五月)
http://page.freett.com/anjienji/back/gogatu/09.html
「収容所時代」の生政治を問う ジョルジョ・アガンベンの政治哲学(高桑)
http://page.freett.com/anjienji/back/takakuwa/index.html
ジョルジョ・アガンベンの政治的思考『人権の彼方に』から出発して(高桑)
http://www.inscript.co.jp/agamben/takakuwa.html

■[書評]のメルマガ 新創刊!
[本]のメルマガの兄弟誌、「[書評]のメルマガ」が6月10日に新創刊され
ます。月3回発行で、10日号は、出版業界人に聞く「私、この本で徹夜し
ました」。20日号は、「暗記しちゃうほど、繰り返し読んだ本」。月末号
は、新聞記者、出版編集者、書評家の3人による連載の予定です。まさに、
プロたちの語る必読書のカタログ、ぜひご購読下さい。
HPのアドレス http://page.freett.com/anjienji/review/
まぐまぐID 0000036518     http://www.mag2.com/

■新カルチャー雑誌「Z−KAN(ゼットカン)」
5月11日にカルチャー雑誌「Z−KAN」新創刊され、話題になっている。
宮台真司氏が、自己の学問を習得して行った道筋と、その道中ではまった本
(中沢新一氏を浅田彰氏よりも高く評価したりしている)が語られる特集や、
香山リカの対談など、つぼを外していない。連載も、小沼純一氏や山形浩生
氏など気鋭の執筆人が集結。これは必読。800円。増進会出版社(Z会で
すな)

■DPSのオンデマンド出版、オープン
(株)デジタルパブリッシングサービスのオンデマンド出版が、5月25日
からサービス開始。「入手困難良書」がオンデマンド出版で手に入れること
ができるようになった。草思社、東京書籍、飛鳥新社、学陽書房等、11社
が参加し、計70点のラインナップ。なかでも、鶴見俊輔『絵葉書の余白
に』とか宮本啓一『日本奇僧伝』とか亀井千歩子『塩の民俗学』とか、しぶ
くておもしろそうな本が上がっている。定価はいずれも2000円前後。
http://www.d-pub.co.jp/

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■「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
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第13回 メディアのなかのわたし

 えーっと、調べものをしていたらこんな巨大なBBSにつきあたりました。
「多くの虚論・妄論・正論が行き交う空間」が実現していて、2年も維
持できていることにただただ感心してしまう。まわりにふれまわると知
らないのは私ぐらいなものでしたが、とりあえず紹介。

2ちゃんねる  http://2ch.net/

 それといつだかとりあげたモーリー・ロバートソンさんのHPができま
した。
今後に期待しましょう(笑)
http://www.vjtokio.com/radio/

 犯罪報道について
いかに魅力的な犯罪報道ができるかどうかは、報道側の利益にかかわる
ことだから、そのことで人権派弁護士だかなんだかと裁判で争うのは当
然のことと思えます。それを私憤だ公憤だとたてまえを言うなといいた
い。知る権利? 報道の自由? 法人が個人に対してそれを主張したら、
個人は人たまりもない。同情するにしろ、敵にするにしろ、市井の個人
にむけるには、みずからの力があまりにも強大であることを、新聞・出
版社、テレビといった大マスコミはどれだけ認識しているのだろうか。
自分も被害者に、あるいは加害者になる可能性があるという認識のない、
彼らの犯罪報道は、特異な事件に関する不安感を駆り立て、復讐を肯定
し、じきに日本中のあらゆる地域に「自警団」を産出していく方向にか
ならずなるだろう。私、どうも近頃居心地が悪くて仕様がない。
とはいっても「異常な」事件が多い。ここまでくると、暴力をフツーの
人でない「狂人」や「少年・少女」のものとして処理しようとしても無
理があるのではないだろうか。もはや暴力が人間生活の基底にあること
を肯定したほうがいいのではないか。万人の万人にたいする暴力。そこ
を前提にしてこそ、暴力批判が力をもったものとなると思う。

 メディア・スタディーズ
メディア・ジャーナルを名のる以上、この本をとりあげないわけにはい
きません。『メディア・スタディーズ』(吉見俊哉編・せりか書房・
2500円・2000年4月・ISBN4-7967-0224-5)がそれです。

国内外の15の論文で構成された本書は、テレビ、ビデオ、マンガ・アニ
メ、TVゲーム、インターネットと充実・氾濫する私たちのメディア環
境の成り立ちについての、実証的・批判的研究です。
 ひとつひとつひろいあげたいところですが、ここでは「反映理論」に
言及している二つの論文をとりあげてみます。「メディア文化研究にお
けるジェンダー」(石田佐恵子)、「マンガを語ることの<現在>」
(瓜生吉則)です。題名をみれば分かるように、前者の主眼はジェンダ
ー研究、後者はマンガ研究です(笑)。そこから反映理論の記述をとり
だすのはすごく乱暴なのですが、メディアに骨がらみになっている私た
ちが、どのような社会をそれぞれ制作しているのか、考える手がかりが
ほしいのだ。
 
 社会は紅一点
メディアにおける暴力表現と社会における暴力事件が関連づけられて論
じられるとき、例えば罪を犯した人間を指して「ヤツは趣味の悪いビデ
オばかり見ていたからな」といういい方です。ここには単純な反映理論
に基づく仮説が顕著なかたちで現れています。社会的現実が文化をつく
り、文化は社会的現実を反映する。反映理論は、両者の間に鏡のような
関係があると仮定するものです。そのとき、その対応関係がどういった
ときに成り立つのか、どのように反映されるのかという問いがない場合、
非常に単純なものとなってしまいます。
 石田論文の冒頭では、アニメ、特撮もの、伝記小説などのポップ・メ
ディアを分析し、「世界は<たくさんの男性と少しの女性>でできてい
る」と述べた斎藤美奈子さんのことばと、その分析の受け手の感想、
「(斎藤氏の)分析は面白いが、そこに新しい発見や驚きはない。なぜ
なら現代メディアに慣れ親しんできた私たちは、とっくの昔から世界が
そのようであることを知っていたからだ」ということばをひいて反映理
論について言及しています。

 斎藤美奈子さんの分析は、実際生活はたくさんの男性とたくさんの女
性によって営まれているのに、メディアの世界では<紅一点>として描
かれるというステレオタイプ化した見方をとりだして論じているのにた
いして、受け手の感想から読みとれるのは、メディアの世界と現実世界
をイコールとする単純な対応関係であり、彼女はそう信じている。これ
は重要なことで、単純な反映理論も妥当性があると読むべきなのだろう
か。現実の世界が<たくさんの男性と少しの女性>からできていること
を知っていてそう言ったのであれば、それはシニカルな態度というべき
ものなのでしょうが。
  
 マンガを読むわたしはどこにいるのか
「マンガを語ることの<現在>」における「反映論」は、作品と現実と
の関係において触れられます。『風の谷のナウシカ』とオウム信者の世
界観が似ているとか、『寄生獣』は社会の未来像を表現しているという
のが反映論とすれば、そんなかたちでマンガを使わないでほしい、そん
なかたちにマンガを押し込めないでほしいという部分をすくいあげてい
るのが、この論考だと思います。

「もともとマンガ表現論という私のスタンスは、マンガを時代・社会的変
化の単純な鏡のように扱う、単脈的反映論への批判を含んでいた。本当
ならマンガに時代を読む手続きは、もっと緻密な表現分析を土台にすべ
きだという思いがある。ただ、今、あえて反映論をとった背景には、私
自身の今の日本に感じる閉塞感と、それを戦後史のなかでみなおしてみ
たいという個人的欲求があったことはたしかである」
(『マンガと「戦争」』講談社現代新書、1997)

 夏目房之介氏のこんなことばをひきつつ、瓜生氏はこの夏目の弁明と
も思える発言に、それは夏目の限界ではなくマンガ表現論がもつ限界を
みて、表現論と反映論の関係を石子順三・鶴見俊輔、夏目房之介・四方
田犬彦、村上知彦のマンガ論をたどりつつ、マンガをマンガたらしめる
「わたし」の存在をとらえようとする理論的な格闘をここにみることが
できます。
(脱線しますが、NHK衛星の「マンガ夜話」はマンガ家によるマンガ
表現論を知ることができて、とても面白い。例えば、高野文子のマンガ
における不安定な遠近法だとか、彼女のタッチの系譜だとか、いしかわ
じゅんさん、夏目房之介さんの分析のレベルはまぎれもない専門家のも
のだ。だがその分析が、一般の視聴者(読者)も共有できてしまうとこ
ろに、日本のマンガ文化の層の厚さがあると思う。映画ではこうはいか
ない。)
第16回につづく

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■「私小説的書店員」/キウ
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本当の小説の愉しみ方――池澤夏樹『花を運ぶ妹』(文藝春秋 2000.4)

 『マシアス・ギリの失脚』(新潮社)以来、七年ぶりの書き下ろし長編・
新作。ともかく物語の構造、展開してゆく技術、ともにすばらしい。本当の
小説の愉しみ方を教えてくれるような作品。著者が意識しているかどうかは
分からないが、父・福永武彦の小説の巧みさを思わせる。そのような高度な
技術が、ただ「上手い」というにとどまらず、小説の面白さに結びついてゆ
くところもまた共通する。

 画家の哲郎はアジアを旅しながら絵を描いているが、タイで知り合ったド
イツの女性にヘロインを勧められ、のめり込んでしまう。どうにか断って、
バリ島へ入国したが、再び売人から少量買い求め、手を着けてしまう。それ
が手柄を立てて出世したいと目論むバリ島の警察署長の罠で、即座に逮捕さ
れ、売買のために多量のヘロインを持ち込んだ運び屋に仕立て上げられてし
まう。裁判次第では死刑か終身刑。妹のカヲルは西洋や中東を中心に通訳の
仕事などをしている。兄が逮捕されたことを聞き、バリ島へ駆けつけるが、
裁判は不正を極め、カヲルの持つ常識はまったく通用しない。日本の領事館
はまったく役に立たない。再び日本に戻り、知り合いの紹介でインドネシア
通の人物と面会してインドネシアでの人脈を生かして弁護士や通訳を得て、
法廷での戦いが始まる。

 もともとストーリーの面白さは抜群の作家だけれど、それだけではない。
小説の構造が巧みで、それがいっそう物語の面白みを高めている。物語は兄
「哲郎」と妹「カヲル」の二つの視点から描かれた章を、交互に配置して進
められる。視点が違うだけでなく、表現方法もひねってある。「カヲル」の
章は、報告調の単純な一人称。「哲郎」の章は自分自身を「おまえ」と呼び、
過去の自分の言動を外から見つめる形を取っている。時間の流れも「カヲ
ル」の章は時系列になっているが、「哲郎」の章は時間を遡るようにして自
身のまわりに起こった事件を徐々に明らかにしてゆく。二人がバリ島で再会
する辺りから、「哲郎」の章は時間を急速に遡り始める。舞台進行役を「カ
ヲル」に任せて「哲郎」の内世界へと遡行してゆく。

 描写が美しい。これは特に「カヲル」の章に多いだろう。最初の章で、フ
ランスで知り合った奇妙な牧師から受けた洗礼。夜、川の中に牧師に頭を押
さえつけられて、水中に沈み込まされてしまうときの描写。またバリ島で、
裁判の進行がかなり厳しい状況の中で、海に突き出した断崖から、波の押し
寄せて砕け、退く有様を眺めているときの描写。どちらも水にまつわる描写
で、また極めて映像的でありながら、霊的なものに触れている。物語の転換
点にもなる位置に置かれてもいる。この霊的なもの、祈り、ということがテ
ーマになる。バリ島という特別な地が、小説の舞台に据えられている意味も
ある。

 インドネシアはイスラム教徒の多い国であるというが、バリ島はヒンドゥ
ー教。それらの教えが具体的にどう違ってくるのかは、詳しくは知らない。
作中でバロン・ダンスという伝統舞踊の話で、このような説明がある。

 「あらゆるものに意味がある。それも二重三重になっている。島全体が神
話の網の中にあって、聖と俗、清いものと汚れたもの、善と悪、生と死、す
べてが対になっている。くるくる回り、入れ替わり、セットで機能する。」
(P365)

 「ここでは善は決定的な善ではないし、悪もただひたすら排除されるべき
ものではない。善と悪、美と醜、過剰と不足、ぜんぶセットなんだよ。そし
て、このセットという考え方が、バリではすべてに行き渡っているんだ。こ
こでは人はいい物だけを集めるわけにはいかない。それではことがうまく運
ばない。」(P370)

 それにしてはこの物語の軸は基本的に悪役・警察署長の策謀とその失脚と
いう動きの中で展開しているが、「哲郎」と「カヲル」という対が交互に話
を進める構造や、哲郎の絵画への情熱、ヘロイン中毒、そのきっかけを作っ
た子どもの水死事故を防げなかったことに対する自責など、「哲郎」の章の
中でも善と悪はくるくると入れ替わるかのよう。「カヲル」の章でも、バリ
に対する印象がくるっと回転したときに物語の展望も明るいものとなってく
る。

 この作品を、若い人たちに読んでもらいたい、などと年寄り臭く思ってし
まった。「ここでは人はいい物だけを集めるわけにはいかない」ということ
を、こういう良質な物語を通して知るということはとても大事なことなのだ
ろう。今の日本社会はいろいろなものを排除し過ぎるし、排除されたことに
多くの人たちがいらいらしている。それでは「ことがうまく運ばない」だろ
う。

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■「一字千金の記」/グッドスピード
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「1周年記念の誤植」

本誌創刊1周年を迎えたのをお祝いしてくださったのか、このコーナーに、
「誤植」のネタが読者の方々から数通寄せられた。これまでこういうことは
それほどないことだったので、本当にうれしいことである。
これを勝手に“ご祝儀”として受けとらせていただき、御礼かたがた、早速
ご紹介しよう。

まずは『ただいま この本 品切です』(鈴木廉也著、ミオシン出版)。
43ページに「……寝技、足技、間接技、凶器攻撃何でもありの、……」と
いうくだりが出てくる。
誤りは「間接技」。正しくは「関節技」である。この種の誤植はワープロ・
パソコンが広く普及した現代においては日常茶飯事である。でもだからこそ
校正が重要になってくるとも言える。「技」が「枝」になっていない分まし
だ、などと言ってはいけない。「間接技」とはどんな「技」なのか教えてく
れ!「カンセツ」といえば、すっぱい記憶の「間接キッス」という言葉もあ
ったなあと思いつつ、これが逆に「関節キッス」だったら怖い、というか不
気味だ。

さて、この誤植のネタを寄せてくれた方に、紹介の承諾のための連絡を申し
上げたら、さらに耳よりな!?情報を教えてくれた(しかもこの情報を紙面
の画像データで送ってくれたのだ。涙がでるほどの感激)。
「新文化」という出版業界紙に載っていた投稿記事である(99年12月9
日付)。題して「余りにひどい誤り」。これは久源太郎著『本の世界のホン
トの話』(ローカス発行・角川書店発売)という本にある誤植を指摘した投
稿で「告発」に近い調子で書かれている。「アラ探しで読んだわけではない」
といいながらも、この本には誤植が24箇所もあることを「告発」している。

その誤植をいくつか紹介すると、読売週間(読書週間)、文庫・親書(新書)、
曲面(局面)、梅図かずお(楳図かずお)、チャタレイ婦人の恋人(夫人)
などなどである。( )内が正しい表記。これらも初歩的なミスだが、その
まま出版してしまうのは本当にお粗末。初校ゲラ段階ならともかく、信じ難
い話である。しかもこの本には「校正ってなに?」という項目まであるとい
うから笑える。投稿者は誤植だけでなく、内容も杜撰、とぼろくそに評して
いて「一般読者の手に渡るまえに、業界人が買い占めて重版を待つか、回収
が必要な出版物である。」とまで書いているのだ。でも買い占めては相手の
思うつぼだよね。まあ、この本は『本の世界のホントの話』ならぬ『本の世
界のヒドイ話』でしょう。
というわけで、読者よりいただいたネタは今後も随時ご紹介していきます。
(ネタをお寄せいただいだみなさん、ありがとう。今後もどしどし!)
(第10回・了)

●活字版VOWのネタを募集しています。本や雑誌などで見つけた面白い
誤植(誤字)を下記のアドレスまでお知らせ下さい。
ryuz@cf6.so-net.ne.jp(グッドスピード)

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■あとがき
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仕事場へいく途中に釣堀がある。このところ仕事でへとへとになりながら、
朝、仕事場へいくときにふとみると、平日の午前中なのにそこそこ釣びと
(お客)がいる。15、6人くらいはいる。朦朧とした頭でしばらく眺めたり
していると、どうも釣れているひとはいないようである。都会の中の釣堀
で、真剣に魚を釣ろうという輩などいないのかもしれないが、釣堀の釣び
とたちは釣糸を垂らしながら、無為と思索の時間を楽しんでいる。うらや
ましいことこのうえないが、釣りの魅力もそこにあるのではないかと、や
はり朦朧とした頭で思うのであった。         グッドスピード
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