2000.6.25.発行 vol.37  [書店の真の力は 号]

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■■  [本]のメルマガ                              2000.6.25.発行
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■■       mailmagazine of books         [書店の真の力は 号]
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■CONTENTS--------------------------------------------------------- 
★トピックス

★「脱・書店員日記」/aguni(あぐに)
→ネット書店に再就職した筆者が書店業界のIT戦略について一言。

★特別掲載「技法から越境へ」後編
→東大出版会編集子への独占辛口インタビュー、さらに火を噴く完結編。

★「現代思想の最前線」/五月(ごがつ)
→休載。Z・バウマンとD・ライアンの新著及び「イクスピアリ」論を準備中。
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■トピックス
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■法政大学出版局・特選新刊情報
大型チェーン書店に行っても探せないことがしばしばある法政さんの最近の新
刊を一部紹介します。HPはhttp://www.terra.dti.ne.jp/~hosei-up/

『ル・ゴフ自伝:歴史家の生活』ジャック・ル・ゴフ=著、鎌田博夫=訳。本
体3200円、ISBN:4-588-00665-7。フランス・アナール学派第三世代の旗手に
よる自伝。対話形式で、自らの研究の道のりのみならず、世界大戦や五月革命
についても語っている。貴重な歴史的証言。

『贈与の謎』モーリス・ゴドリエ=著、山内昶=訳。本体4000円、ISBN:4-588
-00674-6。著者はフランスの高名な経済人類学者。モース『贈与論』とレヴィ
‐ストロースのモース批判をふまえ、社会における贈与の役割を再検討。国家
や貨幣の「共同幻想」と自由主義を超える原理をさぐる好著。

『ベルクソン講義録U:美学講義/道徳学・心理学・形而上学講義』アンリ・
ベルクソン=著、合田正人+谷口博史=訳。本体7800円、ISBN:4-588-12092
-1。『物質と記憶』の前段階をなす1887-1893年の講義群を収録。以後2000年
9月に第V巻:近代哲学氏講義/霊魂論講義、2001年9月に第W巻:プロティノ
ス講義/ギリシャ哲学講義。

『ロマン派の手紙:美的主観性の成立』カール‐ハインツ・ボーラー=著、高
木葉子=訳。本体3800円、ISBN4-588-00671-1。現代ドイツの文学研究家、批
評家による著書の待望の本邦初訳。クライスト、ブレンターノ、ギュテローデ
等の書簡に言及しつつ、美的現象の瞬間性を問う。

『カオスとシミュレーション』ノルベルト・ボルツ=著、山本尤=訳。本体
2500円、ISBN:4-588-00679-1。ポスト・ハーバーマスの代表格、ボルツの著
書は最近ひんぱんに出てます。大型書店さんではそろそろ現代思想の棚にこの
世代の思想家の本をまとめて欲しい。マンフレート・フランク、スローターダ
イク、キットラー、テーヴェライト、マンフレート・リーデル、上記のボーラ
ー、チェコだけどヴィレム・フルッサー等。

■藤原書店の新シリーズが七月からスタート
ピエール・ブルデュー監修「シリーズ〈社会批判〉」の第一弾が七月に二点同
時発売! 四六変型・約190頁、各1800円平均。「豊富な資料と緻密な論証に
裏付けられて、具体的な情況をラディカルに問い返すこのコンパクトな書物群
は、やがて〈民衆のための国際的エンサイクロペディア〉を構成することにな
るだろう」とのこと。期待大、です。http://www.fujiwara-shoten.co.jp/

1『メディア批判』ブルデュー=著、桜本陽一=訳・解説
レジス・ドブレ著作集(NTT出版)や、フィスク『テレヴィジョン・カルチ
ャー』梓出版社、マクルーハンの本などと一緒に併売併読したいですね。

2『市場独裁主義批判』ブルデュー=著、加藤晴久=訳・解説
超国家レベルの現実的な運動体、個人が生活の場でなしうる抵抗戦術を提示す
る、と宣伝文に。ビジネス街の書店で商社マンに「バカ売れ」してほしいね。

■レヴィ-ストロースの幻の大著、新訳が進行中(青弓社)
『親族の基本構造』クロード・レヴィ-ストロース=著、福井和美=訳。A5判
上製864頁。本体14000円、2000年11月中旬刊行予定。かつて番町書房から上
下二巻本(1977,1978年)で出版され、現在は古書店で二万円以上の値がつく
幻の名著がついに新訳で刊行される。原著は1949年、文化人類学者レヴィ-ス
トロースのキャリアの出発点となる国家博士論文である。旧訳はたしか7、8
人がかりのものでなかったかと記憶するが、福井氏の力業と青弓社の見識に心
からの拍手を送りたい。http://www.seikyusha.co.jp/
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■ 「脱書店員電脳日記」/aguni(あぐに)
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第十四回 街の本屋さんIT化計画

 ABC(青山ブックセンター)さんの情報はよくこのメルマガでも紹介して
いる。講演会などのイベントをやっている数少ない書店である、ということも
あるが、もっと私が個人的に感心しているのが書店員が自分用のメルアドをお
持ちになっていることだ。即ち、name@.aoyamabc.co.jpなどというものだ。も
ちろんバイトまで持っているわけではないだろうが、サイトを持っている以上、
当たり前のことだとも言える。

 しかしこんな書店はめずらしいのではないだろうか。社員数の少ない書店で
ないとまずできないだろうし、何より担当をころころ変えることを当たり前だ
と思っているところでは意味がない。

 かつて私のいた書店では店長クラスですら、メルアドを持ってはいなかった。
しかも実際に彼らにメールが使用できたのかといえば、かなり疑問ではある。

 ちなみにABCではイベントを告知する「ABCイベント情報メール無料配
信サービス」というものまでやっている。

青山ブックセンター
http://www.aoyamabc.co.jp/

 書店のメルマガといえばかつての往来堂書店店主、安藤さんによる「往来堂
SENSE」だが、これは店主の安藤さんがbk1に移ったために中断してい
る。しかし安藤さんは独自に「AND SENSE」を出しており、また、往
来堂ではコーナーがなくなってしまったが、いずれ復活を望みたいものだ。
(とはいえ、もともと安藤さんの個人誌的な色彩が強かったのだが。)

往来堂書店
http://www.ohraido.com/

AND SENSE
http://www.bunmyaku.com/

 翻って出版社はといえば、これもまあ、ほとんどの出版社の担当者はメール
を持っている。しかし中にはそのメルアドを名刺に刷り込まない奥ゆかしい
(?)ところもある。さらにはホームページはあるのになぜかメルアドは個人
アドレスであったりして、理解に苦しむところもある。

 実際問題、名刺にメルアドを刷り込みでもしたら、全国2万件の書店担当者
からメールが入って大変なことになるだろう、と思うが、実際にはそんなこと
はないようだ。あいかわらず書店の営業ツールはFAXと注文短冊、そして電
話と対面販売のようだ。

 出版社が自社の情報をメルマガのような形で配信しているところはまだ少な
い。
 新潮社の「新刊情報メールマガジン」などのような情報のみのもの、新曜社
の「◎新曜社<新刊の御案内>」のような記事中心のものがある。もっとこう
した試みは増えてもいいように思えるし、また、増えていくだろう。
 このほど正式にOPENした未来社のサイトでは近刊の情報を書籍別に
もらえる。便利なのかはわからないが、面白い試みだ。

web新潮
http://www.webshincho.com/
新曜社
http://www.shin-yo-sha.co.jp/
未来社
http://www.miraisha.co.jp/

 しかしメールという媒体のすごいところ(というか、これは当たり前のこと
なのだが、)人と人がダイレクトにつながることができる、ということだ。
 ネットに対応した時代には、こうしたメルマガやホームページから情報を得
て、いかに活用できるかが、書店員の腕の見せ所となる。

 大手じゃなきゃできない、などという泣き言は通用しないはずだ。必要なの
はパソコンとメールアカウントだけなのだから。
 ホームページを開設することがITではない。今や携帯でメールが送れる時
代だ。まずはメールを活用するところから始めるべきだろう。

 例えば小さな本屋さん。あるイベントに出たときに、あるいは神保町のブッ
クフェスティバルのブースでもいい。出版社の営業の人と名刺交換ができたと
しよう。メールでやりとりを始めたとしよう。するとそこに取次にコントロー
ルされない情報の流れが生まれる。
 それ以降はそのお店の販売力と、その人の交渉能力にかかっている。

 街の本屋さんが地域のお客さんだけに向けたメルマガを発行する、というの
も一つの方法だ。内容はなんでもいい。店主が面白かった本の紹介をするだけ
でもいい。とにかく窓口を開けば、メールで本を注文してくれる人も出てくる
かもしれない。それに対応できるかどうかはお店の問題なのだろうが、ともか
く、今までにない販促ツールが手に入る。

 泣き言を言う時代はもはや終わっているのだ。お客さんが来なくてレジがヒ
マだ? ならお客さんにメールを打とう。こんな本が刊行されたことをもしか
してご存知ないのではないですか? それが街の本屋さんの復権にもつながる。
(あまりやりすぎるとジャンクメールだけれども。)出版社のホームページを
見よう。取次にはじかれている本は一体どれだろう。客注ということで注文し
てしまえ・・・。こうして書店はロボトミー状態から解放されるだろう。

 往来堂の安藤さんがオンラインブックストアに行った。そしてまた、私もと
あるオンラインブックストアに就職した。これは書店業界の、IT革命の遅過
ぎたのろしだと思っている。(「私がなぜオンライン書店に就職したのか」に
ついてはリクエストがあれば次回に掲載予定。)

 そう、それは書店と書籍の世界に、今、やっと起こっている革命なのである。
問題は、その波に乗れるか、乗れないか、であり、他に選択肢はないというの
が私の考えである。
 ここには大小は関係ない。「街の本屋さん」こそ小回りが効く分、対応しや
すいだろう。生き延びるためのパソコン。決して高くはないと思うのだが、い
かがなものだろう?
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■ 特別掲載:「技法」から「越境」へ――
   シリーズ「越境する知」の誕生 [後編] /東大出版会・後藤健介×啓児
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★東京大学出版会の新シリーズ「越境する知」全六巻は、七月上旬、第1巻か
ら刊行、各2600円。以下毎月続刊。「1・身体:よみがえる」「2・語り:つ
むぎだす」というパフォーマティブな次元から、「3・言説:切り裂く」「4
・装置:壊し築く」といういわゆる物象化の問題を経て、「5・文化の市場:
交通する」「6・知の植民地:越境する」という他者のいる問題の空間へと展
開する巻の構成になっている。

啓児:一ヶ月半ぶりの掲載になるそうで、若干解説しますと、東大出版会の新
シリーズのスタートにあたって、編集者の後藤さんに企画の趣旨と成立事情を
ざっくばらんに伺ってみようというものだったわけです。特に「知の三部作」
との認識論的切断について聞きたかった。その問いについてはあらまし答えて
いただきました。
http://page.freett.com/anjienji/back/todai/01.html
そこで今回はもっとドギツク訊きますが、この新シリーズに名を連ねている執
筆陣を見渡すと、地引網で海底までさらいつくしたような「豪華さ」です。か
えって統一感が保てるのかな、と心配してしまうのですが。

後藤:今回のシリーズは、よく「一体なんのシリーズなのか」と尋ねられます。
シリーズ全体の狙いを話し出すと、背景だけでも前回のように長くなりますの
で、かわりに各巻の目次をお見せして、「いま日本で一番イキのいいものを書
く人を集めた、“新しいタイプの現代思想講座”ですよ」といってごまかして
います。各巻に9〜10人の方が、それぞれ50枚前後の文章を寄せてくださって
いますが、ご指摘の通り非常に豪華な執筆陣です。最近の思想界で話題になっ
ている人はかなり網羅しているので、このシリーズを揃えておけば、まあたい
ていの場面で知ったかぶりができるかな、と言えなくもない。

啓児:そこで訊きたいのですが、このシリーズが前回の話のように“東大をま
きこんだ知の再政治化”を背景にもつ本だとして、それがどうしてこうした6
巻のシリーズ本でなければならないのか、という疑問がありうると思う。「現
代思想講座」なんていう括りは、後藤さんの本心とはズレがあるね。現代の思
想の状況が「講座」という形態で体系的に啓蒙できるなんてことはあるわけが
ないし、それなのに敢えて数人の論者を一定の容器にパッケージしようという
なら、それはただのいろんな文章が並置されているだけのショウ・ケースでし
かありえなくなるでしょう。

後藤:実際、執筆者の中で、「こんなシリーズ、『思想』『現代思想』と、プ
ラスせいぜい『大航海』の読者に面白がられて終わるのが関の山ではないか」
という懸念を、堂々と私たち編集部のまえで口になさった方もいます。舞台裏
をお話すれば、企画発足時「ワークショップ」をしまして、執筆者を招いて編
者がプレゼンテーションしたのです。そのさい、私たち編集部は総攻撃を食ら
いました。あの段階では、編者と執筆者が互いに異者同士で、「和気藹々」と
か「もりあがり」からはほど遠い雰囲気でした。「“現場性”といいながら、
思弁的すぎる」「こんな遅れ馳せの“脱構築”になんの意味がある」とかの発
言があいつぎ、傍で聞いていて私は泣き出したい気分になったぐらいです。

啓児:それが3、4年前のスタート時点の話だね……

後藤:けれども、そこで分解しなかった。面白いのは、これらの“意地悪”を
おっしゃった方が、企画から降りることなく、しかもかなり気合いの入った論
文を書いてくださったことです。「もう一度ワークショップやろう」という方
もいたりして。これは決して「ワークショップを通じて思想の統一を実現した」
エピソードではないのです。逆に、この時点で、私たちは、むしろ企画立案時
よりもはっきりと、“兼ね合わなさ”が重合する“場”としてのシリーズのイ
メージを描くことができました。

啓児:知と生の政治的布置、関係性の様態そのものを問うというわけですね。
いや「問う」などというより、そうした関係性の場そのものを本にするといっ
たほうが正確だろうか。

後藤:たとえば、このシリーズが常に横目で見ている「ポスト・コロニアル」
とか、「ディアスポラ」という概念があります。いわずと知れた流行語ですが、
こうした知の政治的な布置を扱う概念には、その人称性をめぐって、大雑把に
二つの方向があるとおもうのです。
 一つは、“国民国家の一般国民”にも根底にはディアスポラ性があって、そ
れが近代を通じてネイションとディアスポラの二項対立に至った、というもの。
これは、みんな心がけ次第でまたディアスポラになれるぞ、ということです。
するとここでは、本当にディアスポラの知が必要な人の固有性・人称性が段々
無化されていってしまう。
 逆にもう一方は、ディアスポラは個人の選択の問題ではなく、その身に被る
ものであり、その身の固有性、人称性にとって不可避な知の在り方そのものな
のだ、という考え方です。ディアスポラな人は“ディアスポラに縛られている”
のであって、それは国民が国家に縛り付けられているのと一緒だ、という極論
もありえます。しかし、そうするとお互い兼ね合わない同士、疎遠なままでし
かありえない、ということになるでしょう。

啓児:これらの概念を”開く”と”閉じる”の二つの方向性は、パラドクスの
ように見えて実はそうでない。もともとこれは関係の概念、他者の問題でこそ
あれ、所謂各人の本質という意味での“アイデンティティ”の問題ではない。
知の政治の布置を、こうしたアイデンティティ・ポリティクスの布置だと考え
てしまうと、もう変化も生成もない不毛な闘争でしょう。どうも最近こちらの
傾向が鼻について嫌なのだけれど。

後藤:知の政治的布置といっても、将棋盤にアイデンティティの駒が並んでい
るように捉えてはいけない。知の現場を問うにあたっては、“非決定”“非領
有”の他者を呼び込む工夫が必要です。現在の自分を作りあげるまえの“非決
定の関係性”に、もう一度飛び込まなければいけない。これが、このシリーズ
を複数著のシリーズとして構想する最大の理由ですね。一人であるいは仲間う
ちで「自分だけは超越したぞポーズ」を取ってはいられない。
 
啓児:むろん、他者は私が領有していないから他者なのであって、それゆえに
このシリーズを整然と構成することは、最初から不可能です。出来てみて、バ
ラバラな仕上がりだといえるかしれない。それが、編者ないしは編集者に起因
する、力量の不足の問題とどう区別するかは、大変微妙な問題ですけれど。

後藤:章と章のあいだで矛盾するどころか対立するものもある。たとえば1巻
で、荒川修作さんのいう「身体」と佐々木正人さんがいう「身体」はケンカ寸
前です。立岩真也さん(5巻)の「福祉装置観」と大阪ボランティア協会の早
瀬昇さん(4巻)のそれはまったく違うし、その横で『生の技法』でも知られ
る安積遊歩さんが(1巻)「福祉をする/される」の二分法を非常にシビアに
みている。先ほどの「ポスト・コロニアル」でいえば、“?外テキストの逆毛
読み”の西成彦さん、“偽アイデンティティの肯定”をいうテッサ・モリス-
鈴木さんと、“受難としてのクレオール”をいう中村和恵さんの3人では、と
ても同じ概念について語っているとは思えない。

啓児:シリーズというのはそうした差異を内在的に克服していなければならな
い、という向きも編集者としては考えるのではないか?

後藤:「講座」であれば、この差異を解決するか、あるいはあるヴァリエーシ
ョンの濃淡として整理しなければならないでしょう。私たちはそれをやめまし
た。というより、人選とテーマ、各巻の構成をした時点で、この混沌は意図的
に仕組まれたものです。もちろん、リライトの要請を編集部からしたものもあ
りますよ。でも「分かりやすくしてくれ」とお願いしたことは、一度もありま
せん。結果、編集部としては、自分が仕掛けた仕組みに自分の足を取られた始
末となりました。だから、このシリーズは分かりやすいかというと、決してそ
うではない。

啓児:難解路線は古き良き「ニューアカ」で死滅したのでは?

後藤:そうしたニュアンスで言えば「難解」ではない。どの章にも“「分かっ
た」とは言えないけれど、なんだか気になる言葉が一つ二つ、魚の小骨みたい
に喉に引っかかってくる”という読後感がある。いままでの話からすると、こ
の痛さは、自分が領有していない他者と出くわした痛みであり、そうした他者
に出会わざるを得ない生の政治の場がもたらすものだというわけですね。

啓児:そうするといわば、東大の知が被った痛さを、どうもそのまま読者の皆
さんにおわけするみたいな。高飛車な感じがするみたい。

後藤:同じ痛みが東大という制度にも、編者自身にも、ボディー・ブローとし
て効いてゆくでしょう。編者たちは東大をはじめとする知の制度から自由だと
はいいませんが、“居心地悪く居座る”ことになるでしょう。この態度はいつ
か編者と大学の双方に、クリティカルな変化をもたらします。

啓児:「なんか分からんなあ」といいながらでも読んでもらうことで、現代の
知が直面している当惑や、痛さを自分のものとして知っもらえれば、というこ
とだろうか。そうしてはじめてこの「越境」のプロジェクトは目的を達成する
と?

後藤:知の「越境」の先には多分調和はなくて、むしろ論争がまっているのか
もしれない。しかもそれは、単に言葉の戦いではなくて、各々が自分の生の場
所を巡って争うアリーナなのかもしれない。けれども、他者の言葉、他者の生
の場所の方へ、自分を“越境させよう”という姿勢を選択するということ、こ
のことが“生の政治の場”における最高の知の身振りなのではないですか。
 自己を先に確立しなきゃとか、自己を充足するために他者や異物を排除しよ
うという、硬直したありかたが、悲しいことに現在の日本の“生の政治の場”
における身振りの大勢です。しかし“いま自分が領有している自分”なんて所
詮まやかしではないか。このシリーズを通じて、他者から被るもの、はじめは
「痛み」のように感じられるものがもつ意味を、思考実践のひとつの主題とし
て、ぜひあらゆる生の現場に立つ方々に、考えていただけたらなとおもいます。

啓児:なるほどね。編集子としてはたくさんの人に届いてほしい?

後藤:まずは、このシリーズ0巻『内破する知』を書店で手に取ってしまって、
で、取ったはいいが、“なんか痛そうな予感がしてイヤかも”、と思われた方
に、ためらいながらも、まず買ってほしいですね。でなければ商売あがったり
で。冗談はさておき、真面目な話、読み手である方が「痛そうな予感」をおぼ
えてくださること、もうその時点で、「越境」のプロジェクトは始まっていま
す。

●後藤健介(ごとう・けんすけ):1969年生まれ。東京大学出版会編集部。
主に心理学・教育学・語学書担当。自分の作った本をいつも自分の妻に行商さ
せているらしい噂があるが本当は恐妻家?
●啓児(けいじ):フリーライター。後藤氏とは、氏が東大出版会入社以来の
知人。氏の細君にはプライヴェートを知られており、ともどもに恐れている。
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