|
2000.10.5.発行 vol.47 [なんとかしなくちゃ 号]
|
■■-----------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ 2000.10.5.発行
■■ vol.47
■■ mailmagazine of books [なんとかしなくちゃ 号]
■■-----------------------------------------------------------------
■CONTENTS-----------------------------------------------------------
★トピックス
★「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
→旅に必要なものはガイドブック?それともガイドブックに必要なのが旅?
★「虚実皮膜の書評」/キウ
→「内向の世代」が描く社会の空気。奇妙な読後感のその訳は?
★「一字千金の記」/グッドスピード
→シドニー・オリンピックで発せられたおかしな言葉について。
★読者の方からの投稿/朝日山さん
→一部で(?)大好評の「なぜこれが売れない?読者の怨念」シリーズ。
---------------------------------------------------------------------
■トピックス
---------------------------------------------------------------------
■ペヨトル工房の書籍大量断裁をなんとか救済できないか
小誌でも何度か取り上げてきたペヨトル工房の解散情報が、メールマガジンと
して読めるようになった。今野裕一社長が自らが筆を執っている「au revoir!
PEYOTL」がそれだ。曰く「景気の悪くなった出版社というのは一般に、読者の
知らないところで「倒産」したり「自己破産」したり、「合併吸収」されたり
「買収」されてなくなるようだが、ペヨトルは「解散」という手続きを選んだ
ので、まだ存在し続けている。もちろん取次に出荷はできない。しかし、解散
終了までは、利益をあげることもできる。ペヨトルの「解散」について、実状
は知られていないので、これが読者に直接告知する手段にもなると思う」と。
ご購読は「まぐまぐ」http://www.mag2.com/まで。マガジンIDは0000046406。
更に注目! 仏文翻訳者の黒木實さん主催による「ペヨトルファン・メーリン
グリスト」が立ち上がっており、在庫7万冊のうちの6万冊が断裁されざるを
えない現状のペヨトル工房の書籍・雑誌を「1冊でも救おう!」という運動が
展開されている。昨日2000年10月04日には以下の通りの緊急アピールも配信さ
れた。今野社長自身も含まれるメーリングリスト参加者の中にはすでにペヨト
ル本を2坪分ひきとった古書店主もいらっしゃるという。少々長くなるが、ア
ピールの抜粋を以下に紹介する。黒木さんお知らせありがとうございます、改
行等、こちらの都合で圧縮させていただきましたことご了承ください。
******************************************************************
件名:緊急アピール、断裁断固阻止!
黒木です。
> >> 7万人の人々が1冊づつ在庫を預かれば、解決することでもあると。
> >そうなんですよね・・・
この点については、ペヨトルと読者ができるだけ負担にならない形での「保護」
を画策中なので、ちょっと待って。しかしそれをここ2,3日で組織しろ、と
いわれても到底無理です。あとひと月ください。できればふた月。つまり年内。
今野さんは今月末までに在庫7万のうちの6万を「切る」つもりですね。この
期限を年内待ってもらえませんか? 12月まで倉庫を持ちつづけたら、費用は
いくらかかる? これを工面できたら、待ってもらえるの?
> 有効な具体性、そして有効な行動、それが今、ペヨトル工房の本を救ってい
> るのです。
って、あなたが書いている通り、ペヨトルファンとそしてインターネットの力
をもう少し信じてください。私は「あべの古書店」の鈴木さんを足ではなく、
手(キーボード)で探し出し、それをインターネットが繋いでくれました。鈴
木さんとはいち面識もなく、住まいも静岡‐京都と離れているのに、話してみ
ると共通の知人が幾人かでてきました。これを鈴木さんは「因縁力」と名づけ
ました。
鈴木さんいわく:インターネットは「因縁のメディア」ですね。キーワードの
共有でリンクを生成するのが検索エンジンの「力」だと思っています。散在す
る見えない因縁を、見えるようにさせているんですね。
今野さん:
> この何ヶ月かのHPを通じての様々な支援によって充分、ペヨトル工房の本は
> 救われています。精神的にも物理的にもそれで充分、OKだとは言いませんが
> 本当にペヨトル工房の本は幸せだと思います。
こんな、すでに終わったようないい方しないでよ。とにかく断裁待って!!!
*******************************************************************
「だから、いろいろ感想や意見などぜひ聞かせてください。それは、本当の意
味でペヨトルの終結になる」と解散メルマガに今野社長も書いてらっしゃる。
読者諸姉兄、あなたなら、どうする?(記者/五月:kleinwald@hotmail.com)
ペヨトル工房HP:http://www.tctv.ne.jp/members/peyotl/index.html
書籍販売:http://www.peyotl.co.jp/peyotl/bookshop/bookshop.html
メーリングリスト:http://www.egroups.co.jp/group/peyotl
■「本の学校」が東京で開催。締切間近。
本の学校・神保町シンポジウム2000
日時:2000年10月28日(土)13:00〜20:30[受付開始12:00]
会場:お茶の水スクエア・C館(JR東日本・中央線御茶ノ水駅下車徒歩5分)
参加費:第一部+第二部=1000円、第三部(懇親パーティ)5000円
※参加費は当日受付にて支払い。
主催:本の学校「大山緑陰シンポジウムin東京」実行委員会
趣旨:出版社、書店、図書館、著者、読者が集って、本や読書などをめぐる催
事を行う一大イベント。1995年から五年間、鳥取県大山山麓で催されたが、今
年は秋の読書週間に行われる「神保町ブックフェスティバル」と連動。出版バ
ブル崩壊後の「新世界」はどこにあるのか。寄る辺なき時代の文化の行方を模
索する。
タイム・スケジュール
13:00 開会
13:15 第一部:基調講演・重松清氏「子供を書店に放り込め!」3Fホール
14:30 第二部:パネル・ディスカッション「読者・街・書店」3Fホール
司会=永江朗、パネリスト=世良與志雄(広島・フタバ図書)、
福嶋聡(ジュンク堂書店池袋店)、荒田哲史(建築図書・南洋堂)、
高橋小織(国分寺・隆文堂)
同時進行:第一分科会「年一回神保町に集まろう地方出版」3F・8号館
第二分科会「作家はどのようにつくられ、読者はどのようにつくら
れたか?」3F・14号室(資料費別途500円)
18:00 第三部:懇親パーティ A館11F・オニックスルーム
司会=安藤哲也(bk1) 一般読者の参加も大歓迎とのこと
20:30 終了
http://www.hon-no-gakkou.com
参加希望者はEメールb-schule@imaibooks.co.jpかFax0859-31-9231まで申込
んでください。名前住所電話番号を添えて。締め切りは10月7日(土)。
■読んでますか? [書評]のメルマガ
[本]のメルマガの姉妹誌で、本好き業界人の徹夜した本、辣腕新聞記者、
編集者、へなちょこフリーライタ―による書評など、読みどころ満載。
ぜひ御購読ください。もちろん無料。まぐまぐ IDナンバー0000036518
HPアドレスhttp://page.freett.com/anjienji/review/
---------------------------------------------------------------------
■「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
---------------------------------------------------------------------
第16回 旅にはガイドブックを
観光旅行をするさいに、もっとも欠かすことができないもの。それはガ
イドブックです。私はこれなしにはどこにも行けない。さすがマニュアル
世代とでもいうべきでしょうか。ほとんどのガイドブックが、県の観光案
内所のパンフレットなどで情報を収集し、ライターが「風味」をつけくわ
えて構成していて、実地に調査するのはおすすめの食事どころぐらいだろ
うか。この構成や「風味」がガイドブックの個性である。
国内の場合、JTB発行の「ひとり歩きの・・・・・・」シリーズを多
く私はもっていて、雑誌ビジュアル系として「年度版るるぶ情報版」を多
く購入している。より地域に密着した情報(詳しい地図)を掲載」した沖
縄・奄美方面は「沖縄・離島情報」(創栄出版)、「北海道おもしろ情報」
(林檎プロモーション)といったものも多い。「ひとり歩きの・・・・・
・」シリーズは、各名所・観光地についての書き込みが多く、ページあた
りの情報量でお買い得度を判断する私にとってはお気に入りのシリーズで
す。強いて欠点をいうならば食事処に関する情報が少ないことぐらいでし
ょう(それをはしょって、本としての長い寿命をねらっているのかと想像
する)。旅行中の空腹とお金のなさに何度も自分の無能さと無力さを思い
知らされたせいか、どうも食い意地がはってしまう。この本のすごいとこ
ろは、まず行く場所の「情報を集める」というところから始まり、観光文
化図書館や、地方・小出版流通センターでの情報収集をすすめて、最後は
「一番の情報源は人」であるとガイドがガイドでしかないことを自ら告白
しているのが並ではない。
とはいえ郷土史といった、本格的なかたちではなく気軽に「歴史」ふれ
られるのが、ガイドブックのよいところである。上高地にでも行きましょ
うか。大正池から河童橋、ウォルター・ウェストンの碑があります。「ウ
ォルター・ウェストン:イギリス人牧師で登山家、明治時代に3度来日し、
わが国で本格的な登山が始まる前に、多くの山を踏破した。明治29年、
ロンドンで『日本アルプスの登山と探検』を出版し、日本の山岳を世界に
広め、日本の近代登山の父と呼ばれる」(『ひとり歩きの信州』206ペ
ージ)。そうか、日本アルプスは未踏の、探検されるべき地だったのだな。
調子にのって、ガイドブックに見る「教科書にはない日本近代」をひろっ
てみましょう。
「明治維新で時代が大きく変わり、混乱の中で数多くの政治犯や犯罪者
が発生し、全国の刑務所では収容しきれない時期があった。そのとき、北
方からのロシアに備えるために、急遽、開拓中だった北海道に囚人たちを
送りこむ一石二鳥の計画が実行された。明治10年ごろ、北海道の監獄は
4000人程度の収容しかなかったが、8000人もの囚人が送られたと
いう。彼らは急務とされた道路開削にかり出され、遠隔極寒の山中で外役
所や休泊所という粗末な仮小屋に収容されながら過酷な労働を強いられた。
現在の国道39号の旭川−網走間はまさに囚人道路と呼ばれたところ。1
200人の囚人が2人ずつ鎖でつながれ、160キロの工事をわずか7ヶ
月で完了、212人の犠牲者を出したという事からも、その過酷さがうか
がえる」(「囚人たち過酷な労働力によって開かれた道」『ひとり歩きの
北海道』)。映画『北の蛍』の世界です。つぎは南方へ。
「沖縄で唯一の炭鉱がある島の西部各地では、採掘がはじめられていた。
石炭の存在は、はるか以前から「燃える石」として島の人々に知られてい
たが、大資本による試掘が行われた1885年(明治18年)から本格的
な炭鉱開発が始まり、約60年間後の1945年(昭和20年)、敗戦に
よって幕を閉じた。中心となったのは今は無人島となった内離島であった。
炭鉱には日本各地や台湾などから数多くの労働者が送り込まれた。巧みな
甘言で集められた彼らを待っていたのは、マラリアが猛威を振るう劣悪な
環境と、24時間監視下の過酷な労働だった。地獄のような状況の中、留
まる者も、逃亡を試みる者も、次々と命を落としたという」(『ひとり歩
きの沖縄・奄美』276ページ)。『沖縄・西表炭鉱史』(三木健著・日
本経済評論者刊)に詳しく書かれている世界です。うーむ引用に私の悪意
が感じられて、これではガイドブックの楽しさが伝わらない(笑)。
昨年だったか、静岡の由比町に、ただうどんを食べることと退屈するこ
とが目的の観光散歩をしに行った。蒲原駅で降りて、由比町まで歩く。由
比町のキーワードはもちろん由比正雪です。この地には正雪の生家といわ
れている紺屋がある。幟や旗をつくるのが本業で、手ぬぐいなどがみやげ
物になっているのだが、あいにく休みで、その真向かいにある広重美術館
も休み。あー、なんて予定通りのいい旅なんだと歩いていると、よりによ
ってこんな日に観光にきた、哀れな人間を気の毒に思ってでしょうか、一
人のおじさんが「家に寄ってきなさい」と声をかけてきました。人の善意
には甘えない私は、丁重にお断り申し上げると、
「美術館にきて、美術館があいてなかったら来た意味がないじゃないか」
とおっしゃる。そう、地元の人にとってわざわざここに来るのは美術館に
来ることなのだ。ちょっと面白かったので、おじゃますることにした。そ
の夫妻はいろいろな「資料」をお持ちの方で、興味深い話をいくつもして
くれた。かの「由比正雪の乱」のあと、この由比藩の藩主が、幕府からか
なり「共謀」を疑われ、責められたという話はその一つで、というのも由
比藩主の奥さんが薩摩藩・島津公ゆかりのもの(姪だかなんだか)だった
のが疑われる大きな理由だったということを、島津公から由比藩主への迷
惑をかけたとの手紙(巻物)を前に語ってくれたのだった。
「由比のいいところを知ってほしくて」とおっしゃったおじさん、どう
もありがとうございました。私のなかで由比の町は、正雪や桜えびの町で
はなく、あなたがたのいる町として、記憶されるでしょう。また、お会い
できる日を楽しみにしております。
---------------------------------------------------------------------
■「虚実皮膜の書評」/キウ
---------------------------------------------------------------------
『聖耳』 古井由吉 講談社 00.9
連作短編集。といっても人物によって一貫されているわけではなく、「連
作」と呼びうる連続性は、頻出するいくつかのイメージ、「聾唖感」「明聴
感」それと空襲の描写。
主人公(?)とおぼしき男は、網膜に穴があくという病いを患っていて、
入退院を繰り返している。各短編はその男が主人公なわけではなく、むしろ
その男の周辺の人間が語り聞かせたこと、またその男の記憶の底から浮かび
上がってきたことを中心に、際限なく描写を膨らませてゆく。ときには犬の
視点が入り込んだりさえする。
いわゆる小説、という形態は壊れている。時間の流れ、描写の視点、すべ
て混濁している。現実と幻想、自己と他者、生者と死者、それらの境目が読
み進むほどに曖昧になってくる。注意深く読まないと、なにについて書かれ
ているのか分からなくなるほどだ。そして、そのような混沌の中から立ち現
れてくるものはなんなのか。
どれか一編を取り上げて紹介してみたいのだけれど、ストーリーとして紹
介することの困難、無意味さを感じる。正直、多くの断片があり、それらの
断片がどのような文脈でどの短編に入っていたのか、読み終えた直後である
にもかかわらず、見出しにくい。この連作に横溢する混濁が、そのまま読み
手の脳に入り込んできているかのようなのだ。
最初の一編「夜明けまで」。出だしはどうやら飛行機の中で葬儀帰りの男
たちの会話を背後に聞いている。しかしそれは夢であり、実は網膜の手術を
終えて目を下にした状態で病院のベッドの上で、うつぶせに寝ている。目を
下に向けていなければいけない状態で、何日間かを入院しているのだ。立っ
て歩くときもうつむいて移動する。そんな入院生活が「淡々と」描かれるわ
けではない。何事もない入院生活は、むしろ、想念のレベルで、読み手に騒
がしくさえ感じられる。
明け方、ひとり喫煙所で煙草を吸っている。停電が起こる。変圧器の切換
えのため、朝十分間だけ電気を停める、ということを、男は知っていた。
目の前から昼間の天井灯が一斉に消えて、壁の両側に沿って赤い非常灯が
点り、廊下はひとすじに静まり返った。(中略)緊急必要のものを除いて
、空調も冷蔵庫も、日常絶えぬ機械音がすべて止む、その静まりには底知
れぬような深さがあり、刻々とまさった。(中略)消えた音を求めて目を
瞠った。阿鼻叫喚のおさまったのにひとしい。
人心地がつくとは、さしあたり、これほどに荒涼としたものか、とやが
て思った。隅々まで鮮明に張った廊下の空間を前にして、その廊下も自身
もひとつに解けて失せていく、すでにその跡のような沈黙に、さらに目を
凝らした。見ようとしても見て取れるものではない、と無力感がひろがっ
た。
しかし聴覚が新らたに萌すような、明けるような、予感はあった。風が
渡った。(P28-29)
ラスト・シーンの長い引用になったが、この連作の全編に渡るイメージが
端的に現れている部分である。音がおさまる、そうすると反転するかのよう
にそれまでの日常の何気ない音が阿鼻叫喚のようによみがえってくる。
何編かに描出される、戦時中の空襲シーンでも、爆撃のさなか、音が消え
ている。記憶において、音が落ちてしまうのか。「しかし焼夷弾の落ちた音
は記憶にまるでない。音がまともに残ったなら、少年は後から気が触れてい
たかもしれない。」(P63)
音が消えて阿鼻叫喚のような音がよみがえる、逆にまさに阿鼻叫喚である
はずの音が抜け落ちる。作者はこれを「聾唖感」「明聴感」とい言い表す。
この混濁、錯綜、反転はなんなのか。
聞くこと・聞き取ることの意識は、状況を反映する。聴覚という人間に備
わる能力を介して、社会が、その人の生きてきた社会の変遷が、立ち上がっ
てくる。そのことが、あまりにも見事に表現されている。
故・小田切秀雄は古井由吉ら作家世代を社会的関心のない「内向の世代」
と命名して批判した。しかし皮肉なことに古井由吉が描く作品世界は、どれ
も微妙な社会的空気を表現し得ている。個々の人間にとって、社会とは、た
とえば聴覚という能力を媒体として表現し得るような、いま、ここ、の空気
に他ならなくないだろうか。社会構造や動向を描くことばかりが、作家の
「社会的な」仕事ではない。
---------------------------------------------------------------------
■「一字千金の記」/グッドスピード
---------------------------------------------------------------------
「トカトントン」
シドニー・オリンピックの話をすると、顰蹙をかうかもしれないけれど、
ちょっと気になったことがあった。ここで、感動した場面がなんだったのか
とか、そんな話をするつもりはない。
気になったのは、今回のオリンピックから新しい競技として行なわれたテ
コンドー女子での話。その67キロ級で、日本の岡本依子が銅メダルを獲得し
たが、その時のコメントで「メダルとか取れてうれしい」といった発言があ
った。うれしいのはわかるし、すごいのもわかる。でも、「メダルとか」っ
て何だ? 「メダルを(が)取れてうれしい」ならよくわかる。
日本人なら正しい日本語を使え、とは死んでもいわないけれど、彼女の発
言は、今回のオリンピックでもっとも気になったことなのである。
「とか」は助詞。ある辞書によれば、1並立助詞。語句を並べて例を示す。
○○とか、◇◇とか、というように。また、反対の語を二つ並べてどちらと
もはっきり定まらない意を表す、とある。たとえば、好きだとか嫌いだとか、
というように。
とにかく、「とか」の意味するところは、「他にも何かがある」ことであ
る。少なくとも「何かがある」ことを前提としている。
じゃーこの場合、他に何があるというのか?
そう、何かがあるのである。それは視聴者やサポーターにはわからないの
だ。岡本選手にとって、銅メダルは「とか」で表現されてしまうものなので
ある。つまり「うれしい」のは、銅メダルが取れたからだけではない。他に
も何かが取れたのだ。それは、技のポイントが取れてうれしいのかも知れな
いし、オリンピックという晴れ舞台に出場できたという夢を獲得できたから
うれしいのかもしれない。いや、彼女の言動からすると、単にテレビに映れ
たからうれしいのかもしれない。
いずれにせよ、メダルを取ることが一番の目標ではなかったことが、この
うれしさに溢れた発言で露呈してしまった。
そんな場では普通は使わない「とか」は、言葉の誤用といってもいいはず
だが、実は彼女、したたかに、わざと、「とか」を使ったのかもしれない。
そんな彼女に私はメダルをあげたい気持ちになったのである。なぜなら、
それが究極のアマチュア精神だから。
欲を言えば、金メダルを取ってああいう発言をしたらもっとよかったのに
と思う。そのとき、「とか」が黄金のように光り輝くことだろう。
(第14回・了)
このところ、誤植などのネタの応募がありません。ちょっと寂しいです。
遠慮無くご応募ください。誤訳でもいいですし、気になった言い回しなどで
もかまいません。それがあなたにとって気になるものでしたら。
そのセンス、お待ちしてます。
●活字版VOWのネタを募集しています。本や雑誌などで見つけた面白い
誤植(誤字)を下記のアドレスまでお知らせ下さい。
ryuz@cf6.so-net.ne.jp(グッドスピード)
----------------------------------------------------------------------
■読者の方からの投稿/朝日山さん
----------------------------------------------------------------------
なぜこれが売れない? 読者の怨念6
農文協『原点からの農薬論』平野千里
世の中の常識というものは、往々にして呆けたものであることが多い。典型
的なのが煙草の害。日本では主として国立がんセンターの平山雄が出している
煙草が健康を害するという実験データは確かにある。煙草を吸うと吸わない人
よりN倍ガンになるとか、旦那が吸うと奥さんは二倍肺ガンになって奥さんも
吸うと四倍になるとか言うデータは確かに意味のある数字である。だがこれら
を根拠に煙草の害を高らかに主張する人たちは、平山の出したデータをちゃん
と見ているとは思えない。だってこれらの統計は十万人あたり二ケタ、多くと
も三ケタの範囲の変化に過ぎないからです。言い換えると、ガンになる確率は
喫煙をしようがしまいが交通事故で死ぬ確率よりも高いものの、けがをする確
率よりは低い範囲内に収まるということです。コンマ1パーセントがコンマ4
パーセントになるから四倍だとか言っているだけなんです。ガンになる確率は
交通事故に遭う確率とほぼ同じくらいと言っても通る程度の差しかない。なの
に自動車をやめようなんて言う人がいないのはなぜ?
平山にも問題がある。books.or.jpで平山雄の著者名で検索してみると、八
十年代半ばくらいまでは真面目な学者であったろうと思える本のタイトルが並
んでいるが、それ以降の彼の本のタイトルを見て、彼を偉い学者だという人は、
たぶん健康番組が好きな人だけでしょう。
煙草を吸おうが吸うまいが、死亡率自体が1パーセント以下と非常に低い。
にもかかわらず日本人の死因にガンなどが増えてきているのは、他の病気が医
療の進歩で死なない病気になっているからじゃないですか?天然痘が撲滅され、
赤痢や結核もほとんどなく、たまに既に死にかけている年寄りがインフルエン
ザにかかって死ぬくらい。きょうび普通の人が死ぬと言ったらガンか脳卒中な
どの循環器疾病か、事故か老衰か、要するに今の医療で治癒させることができ
ないものが上位に来るのはあたりまえ。それに最近の統計では煙草の消費量は
横ばいなのに肺ガンの死亡者数だったか、率だったかはどんどん一直線に増え
てきています。これは喫煙人口が減って一人当たりの喫煙本数が増えている
か、または煙草以外のパラメーターの存在を示唆していると見るのが自然で
す。なのにこんなデータを記したグラフを振りかざして、だから煙草をやめま
しょうとは非科学的です。似たようなことは農薬にもあるはずと思っている
と、こんな本が見つかりました。
『原点からの農薬論』は農薬に対する「常識」をこてんぱんに粉砕します。著
者は性フェロモンと草食昆虫の寄主選択が専門の化学者です。植物は進化の過
程で捕食者対策にさまざまな能力を身に付けてきた。その中には毒物(著者は
これを化学兵器と呼ぶ)の開発・使用も含まれていた。これが農薬の原点だと
著者は考えます。もちろん捕食者だってただ毒物を前にしてすごすご引き下が
るだけではありません。そうしたイタチごっこの末登場した人間は、植物を栽
培して食べることを思いつきました。さらに人間は植物を自分好みに変えてい
くこともやってのけました。その結果、栄養豊かでおいしく、毒をもたない食
べ物を人間は手にすることができました。しかし、一般に農作物と呼ばれるこ
れらの植物は、栄養豊かでおいしく、そして本来持っていた毒という武装手段
を外された形で自然界に根を張ります。人間の作った生態系、すなわち農地は
自然が本来持っている多様性をなくします。そのため一部の昆虫に天敵がいな
くて、かつおいしいものがいっぱいあるという環境を提供します。だから一部
の昆虫はやりたい放題、植物は「武装解除」されているからなす術もない。だ
から人間が農薬を撒かなきゃならないんだという論理です。
そうした農薬観の上に立ち、著者は我々のもつ一般常識をいろいろと覆して
いってくれます。農薬業界の太鼓持ちでもなく、単純な無農薬信仰に与するわ
けでもなく、安全なところは安全、危険なところは危険と明確に主張します。
その骨子は、今現在、日本に流通している農薬に関しては一般の人が食べる分
には安全だが、農業従事者、あるいは自然生態系には危険なものも残ってい
る。無害、あるいはそれに近い農薬の開発も一部では達成されている。人と自
然にやさしい農薬の開発は、これからも続くというものです。
著者自身後書きに書いていますが、農薬と言っても著者の専門の範囲内のこ
としか書ききれていない面が欠点といえば欠点です。が、まず無害と言ってい
い農薬である性フェロモン研究に長年従事してきた筆者は、問題はまだ残って
いるとはいえ、一方的に農薬が悪者扱いされることに対していろいろ言いたい
ことがあったのです。これだけは言って死にたかったとまでは書いてありませ
んが、農薬に対する偏見や誤解を少しでも解きたかったのでしょう。化学を専
門とする人の本なので亀の子などがたくさん出てきますが、一般の人向けに意
識して書かれているので決して難しくありません。真の学者のもつ熱意は読者
にも通じると思います。
こんな本は、ふつう農業書のコーナーに置いてあるんでしょうけど、ぜひ健
康コーナーにも置いて欲しいですね。そして東洋経済が出している良書とまで
は言わないが比較的まともな健康本「粗食のすすめ」と並べて置いて顧客の反
応を見てもらいたいと思います。それで売れるようなら、日本の健康大好き人
間達にも希望が持てるようになります。なにせ今のままじゃ健康オタクは周囲
の迷惑です。下手をすると彼らに僕たち若いのは殺されます。
え、言い過ぎだって?やかましいやい!オレはなぁ、こいつらのおかげで半
年ほど肉を食わせてもらえなくて栄養失調になりかかったんだい。殺されるっ
てのは誇張じゃないんだ。わかったかぁぁぁぁぁ……健康番組はジジイババア
の好き嫌いを正当化する理論武装の道具になっているんです。子供には何でも
食べろというくせに……ガキども、騙されるなよ!
---------------------------------------------------------------------
■あとがき
---------------------------------------------------------------------
数年前の日本橋東急や今回のそごうなど、皮肉なもので閉店セールでめちゃく
ちゃ売上が出るということがよくある。仕方のないことかもしれないが、小沢
書店の自己破産のニュースを聞くにつけ、どうせなら出版社もそういうことが
できればいいのにな、と思ったりする。山一証券の社長じゃないけれど、経営
者に罪はあっても、その出版物には罪はないはずだ。待ってる人がいるんだか
ら。ね。(グ)
---------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ
当メルマガでは広告を募集しています。一回につき購読者数(現在3007人)
×1円×3行以内の予定です。詳しくはメールでお問い合わせ下さい。
=====================================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問はこちらまで ryuz@cf6.so-net.ne.jp
■ HPアドレス http://www.aguni.com/hon/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を利用して発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
=====================================================================
|