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2000.6.5.発行 vol.71 [ネコは偉大だ 号]
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■■ [本]のメルマガ 2001.6.5.発行
■■ vol.71
■■ mailmagazine of books [ネコは偉大だ 号]
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■CONTENTS-----------------------------------------------------------
★トピックス
→イベント、近刊情報など。
★「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
→ネコはわれわれに何を運んできたのか? ネコをめぐる冒険。
★「虚実皮膜の書評」/キウ
→私小説作家は幻想へと向かう。「私」をめぐる冒険。
★「一字千金の記」/グッドスピード
→またまた岩波新書登場。悩める読者はふたたび本屋へ。
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■トピックス
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■彫刻家・瀧口政満氏の初めての作品集『樹のなかの音』刊行
北海道・阿寒湖畔にくらす彫刻家の待望の作品集が出版社クレインから
刊行された(発売・平原社)。3歳の時に聴力を失って以来、想像を絶
する苦難のなかで、樹と対話するように彫刻の道を歩んできた瀧口氏の
自然と人への慈愛に満ちたやわらかな彫刻作品がこの作品集で堪能でき
る。阿寒湖畔の鶴雅美術館のオープン(5月)を機に刊行。実際の作品
がこの美術館に約30点ほど展示されている。
作品集の序文と編集は作家の黒川創氏。定価:本体1800円+税。
注文・お問い合わせは最寄の書店、または発行元のクレイン(電話03−
3358−5080/ファックス03−3358−5072)
■橋口譲二写真展「17歳の軌跡」
現代の若者や子どもに目を向け、精力的に活動している写真家の写真展
が開催中。
2001年7月1日(日)まで。10:00〜22:00
会場:青山ブックセンター本店内 ギャラリースペース
お問い合わせ先: 03-5485-5511(10:00〜22:00)
橋口譲二ホームページ
http://homepage2.nifty.com/mitropa/index.htm
■西和彦氏(マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員教授)講演会
「ITの未来を読む120分」
日経BP社『ITの未来を読む365冊+α』の刊行を記念して。
「コンピュータの歴史」や書斎術からIT産業界の「経営」「商品開発」
まで幅広く語る。
日時:2001年6月11日(月)19:00〜21:00
会場:青山ブックセンター本店 カルチャーサロン青山
お問い合わせ先: 03-5485-5511(10:00〜22:00)
参加方法・注意事項:要申込、定員100名、入場無料。
お申込みは青山ブックセンター本店まで(03-5485-5511/10:00〜22:00)
青山ブックセンターURL
http://www.aoyamabc.co.jp/
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★創刊二周年記念臨時増刊号予告★(1)編集同人がついに明かす[本]のメル
マガ誕生秘話!?と出版界への提言!(2)記者同人によるアンケート
「こんなブックフェア/本棚があったらいいな」。近日より連続発行予定!!
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■「マエストロ鏡玉のメディアジャーナル」/マエストロ鏡玉
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第26回 ネコを語れば未来が見える
最近、私の住むアパートのべランダに、生まれたばかりの子ネコが3匹
居ついてしまった。母ネコのコステとともに。とてもカワイイが、とても
マズイ。というのも、ネコにエサを与えるなという大家からの禁止令が、
我が家の留守番電話に入っていたからだ。たしかに元凶は我が家にある。
コステが前回5匹の子どもを産んだとき、おおっぴらにベランダでエサを
与えていたから。しかしアパートのほかの人たちも、みんなめいめい勝手
にエサをやっていたようで、ネコ嫌いのとなりの小池さん(仮名)にはそ
ういう状況が我慢ならず、大家に直談判したらしい。その後、禁止令が掲
示板にも貼りだされていた。まあ多いときには数十匹のネコが、アパート
周辺にウロウロしているのだから、気も狂わんばかりだと思う。が、彼ら
も注意されたようだ。小池さんの旦那さんは石でネコたちを追い、「ネコ
のバカヤロー、バカヤロー」という文字の書かれたボール紙のバリケード
が、彼らのベランダに築かれている。
数年前、神田貧乏町(仮称)の私が勤務する会社の周辺でも、増えるネ
コが問題化した。ネコの顔の絵と、その下に「憤慨」をもじってだろうか、
「糞害」と書かれたポスターが、そこらじゅうの電信柱に貼り付けられ、
ネコにエサをやるなというキャンペーンが行われた。このネコをめぐるや
りとりのなかで、貧乏町地域住民は驚くべき団結を見せ、ネコも住めない
町なんて滅びるだろうという私の意見なんぞ、「生活者」たる彼らにとっ
てはヨソ者の戯言以外の何でもなかったようだ。住民のこうした努力によ
り、2,3ヶ月の間にネコたちはいっせいに姿を消した。新たに電信柱に
は衛生局の「ネコを棄てないで」のパネルがはられていた。数匹の子猫た
ちだけは、篤志家のおすし屋さんによって、去勢なり、避妊手術をするこ
とを条件に飼い猫となったようだが。
アーシュラ・K・ル=グウィンの『空飛び猫』(講談社)を読み返す。
空飛び猫たちのお母さんは、自分の子どもたちの特殊性(羽が生えている)
を理解して、その特殊性によって、彼らに安全に生きていくの場所をみず
から探せと、ほうりだす。こんな危険な場所でも、私は新しい恋人と生き
ていくからだいじょうぶである、と言って。子どもたちもみずからの特殊
性を自覚して、母のもとを離れ飛び立っていく。窓の外を見やる。ウチの
ベランダの子ネコたちに羽は生えていないようだ。
そういえば『ねこに未来はない』(晶文社)のなかで、長田弘さんが、
一匹のネコも飼うことのできない、自分たち若い夫婦の無力さを嘆く場面
があったのを、思い出す。どうしてねこには未来がないのだろうか?、そ
れはネコには未来を知覚する能力がないからだと、奥さんはいう。
「でも、未来があるってことがそれだけ幸福なことかはわからないぜ」
ぼくの奥さんは、急に、くすくす笑い出すと、もういちど指パチンと
鳴らし、
「じゃあ、わたしたち、未来がないほうがいいっていうの?」
「いや、それは、やっぱり未来はあった方がいいさ、たとえどんな貧
しい未来でも」
「ほんとう?・・・・・・じゃ、いうわ・・・・・・子どもが生まれるのよ」
そしてこの物語は奥さんの次のようなことばで終わる。ここから新しい
物語は始まり、そこで示されるものは決して貧しいものではないと思う。
「子どもが生まれて一年経ったら、またねこを飼いましょうね。三人で
飼えば、文殊の知恵で、きっといまよりうまく飼えるようになると思う
わ。」
語りつづけること、未来はきっとそのなかにある。己がバリケードを壊
せ、語り続けよ。
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■「虚実皮膜の書評」/キウ
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『愛別外猫雑記』 笙野頼子 河出書房新社 01.3
私小説の極北、という言葉で言い表される作家は、幻想へと向かう。島尾
敏雄しかり、藤枝静男しかり。「私」などという訳の分からないものを突き
詰めていけば、その「私」が崩壊する。そこに立ち現れているものこそ、真
に「私」ではないか。いや「私」などというものを問えない地点にまで至れ
ばこそ極北と言いうるのだろう。私小説とはそのような極北へ至るための道
程に過ぎないが、そのような道程を経るからこそ極北に現れる風景は凄まじ
い。
笙野頼子の作品を私小説などと括ってしまうことは、おそらく著者本人か
らも反撥を買いそうだけれど、私はそのようにして読んでいる。著者の思念
や妄念で塗り固められたような小説を、それが「事実」であるとか「虚構」
であるとかに関係なく、「私」の小説として読む。夢、が「虚構」であった
り「事実」であったりするだろうか。「私」の見た夢ならば、それは「私」
の「事実」であろうし、しかも「虚構」と呼んでかまわない。小説の中で夢
とおぼしき幻想が描かれ主人公がそこから出てこないのばらば、それは「事
実」であろうし、もちろん「虚構」と呼ばれてもかまうまい。どちらでも同
じことだ。これらはすべて「私」の小説なのだ。
しかし『愛別外猫雑記』は普通の意味で私小説だ。ここには著者の得意と
する幻想が出てこない。時間軸が崩れたり(『二百回忌』新潮社)、ゾンビ
が出てきたり(『レストレス・ドリーム』河出書房新社)、マグロに恋した
り(『タイムスリップ・コンビナート』文藝春秋)、母が縮小したり発達し
たり大回転音頭を踊ったり(『母の発達』河出書房新社)はしない。
ストーリーは著者が冒頭一頁に簡潔にまとめている。
一九九九年秋から翌年の夏までほぼ八ヶ月間、他人がマンションのゴミ
置き場に捨てたり、居つかせたりした野良猫八匹の世話をするはめになっ
た。内訳は成雄三、成雌二、子猫三匹、ムム子猫全部と成雄一匹を里子に出
した。成雌と成雄四匹には避妊・去勢をした。その間里親の見付からぬも
のたちを一旦は地域猫にしようともした。が、計画は失敗し一匹が失踪し
た。(中略)
翌年七月、長年の飼い猫、野良出身のドーラに貰い手のなかった三匹を
加えて、結局私が飼う事にしたのである。彼ら四匹のために、愛する東京
を離れ、未知なる千葉S倉に住む事になった。(P3)
地域住民の無理解。主人公は格闘する。無責任に餌を与え猫を居つかせ、
去勢手術も避妊手術も施さないから猫は増え続け、増えた猫について苦情を
言い保健所に渡し、毒を撒き、虐待をする。主人公が猫を捕らえて手術を施
し、里親を捜し、また地域猫として認めてもらおうと努力するのを、残酷だ
とか、猫好きがいて迷惑するとか、なにもしない人たちが暴言を吐き、それ
に切れる。
それではこれは動物愛護運動の話なのかというとそんなことは全然ない。
はじめに猫たちを居つかせた無責任な「元の飼い主」から「全部の子猫を助
けられればいいけど」と皮肉を言われ、こう考える。長文だが引用する。
私はしかし運動などしてなかった。運動という言葉には猫全体というイ
メージや世界観があるが私にあったのは「友情」だけだ。
ギドウ(注、著者のつけた猫の名前)達の「元の飼い主」はただ子猫好
きなのだ。高い珍しい子猫が三万でも五万でも相場より安ければ買ってし
まう。東京では「贅沢品」だけは地方よりも安く手に入るのだ。無責任な
猫好きと病的な猫嫌いは、私にとっては同じ存在だった。どちらも猫につ
いて種としてしか見ない。そして猫に対する当事者意識はなく猫がどうな
るかという事を突き詰めて考えない。それぞれマスコミも使わないような
あさはかな言葉で物事をまとめ嘘をつき逃げようとする。無責任に増やす
事と毒を撒いて殺す事は表裏一体。好きも嫌いもない。嘘つきかどうか、
インチキかどうかそれだけの事だ。
猫好きとか猫嫌いという言い方に私はそのまま素直にはついて行けない。
知り合ったものが人間であれ動物であれ妖怪であれ、「親友は出来れば助
けたいものだ」それだけである。通りすがりの猫に私は冷たい。辛くとも
冷たくしてドーラとの生活を守ってきた。ただ縁が出来たものやその一族
郎党は見捨てられない。それでも元からいる家族は不幸に出来ない。「全
部の子猫を助けられればいいけど」という言葉は彼女の口から出た時、
世界で一番醜悪な言葉になった。猫好き作家と言われるたび猫知らず一家
で育った私は必ず訂正した。「私は決して猫が好きなのではありません今
まで好きになった相手がたまたま猫だっただけそれをたとえ何回繰り返し
たところで猫好き、と友達を種類で纏められるおぼえはない」。ドーラの
扱いだって未だに不器用だ。(P32-33)
思えば「レストレス・ドリーム」でスプラッタシティを徘徊するゾンビと
して描かれた男女は、社会内で流通する男・女というイメージに絡め取られ
それに操られるように生きている者たちだった。そのような社会が押しつけ
てくるイメージに対して戦いを挑むのが笙野頼子の作品の特徴と言える。
猫を通しても同じことだ。大事なのはドーラでありギドウでありルウルウ
でありモイラでありハンスであり坊ちゃんでありカノコでありフミコであり
リュウノスケであるのだ(みんな猫の名前)。猫、ではなく、それら固有名
を持った「私」の「親友」が大事なのだ。
このような固有性を社会に対して突きつけること、それが私小説なのだし
純文学なのだと思う。
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■「一字千金の記」/グッドスピード
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「岩波新書の憂鬱」
読者の目はふしあなではない。読者をあなどってはいけない。またもや岩
波新書でミスを発見してしまった。以前、岩波新書の河合隼雄著『未来への
記憶ーー自伝の試み』(上下)で誤植はミスを見つけて指摘したが、今度は
新刊の西垣通著『IT革命ーーネット社会のゆくえ』だ。その前に内容に問題
があるわけではないことだけはきちんと言っておきたい。前者同様、内容に
関しては、なかなかに面白いのだ。だからこそミスが目立ってしまうのかも
しれない。
前作『マルチメディア』(岩波新書)は、コンピュータ、インターネット
の歴史を踏まえながら、その思想的背景とそれがもたらす現実社会への問題
について鋭く追究した本で実に面白かった。本書はその続編として位置付け
られ、「IT」という言葉が世の中に蔓延しているいま、その意味と未来に向
けた展望を語っている。もうITには食傷気味だったが、著者が西垣氏という
こともあり手に取った次第。たしかにもう新鮮味はないものの、しっかりと
した認識を踏まえた展望は興味深い。内容に関しては読んでいただくとして、
さて、なにがミスなのか?
人は出版社で本を選ばないとはいえ、伝統があり、実績のある出版社の出
版物には暗黙の信頼を置いているのではないだろうか。私もそうした「偏見」
を少なからず持っている者の一人だ。だからこそあの「岩波新書」とあろう
ものがと思ってしまう。まー、だいたい誤植などあるはずもないのだから。
ところがである。悲しいかな見つけてしまった。勢いよく読んでしまった本
書だから詳細に見ると他にも何か見つかるかもしれないが、とりあえず気に
なった箇所はーー。
6ページの最終行。行頭に「々」の字がきている。こりゃ、ちょっとまず
いだろう。「トイレのなかですら携帯電話をかけまくっている人々――彼ら
ですら、……」。ふつうは「々」の字が行頭に来たときは略さない。つまり
「人人」となる。ところが、おそらく原稿のデジタルデータをそのまま流し
込んだ結果、こうなってしまったのだろう。初校で見つけた場合は直しやす
いが、著者校正、再校などで文字が挿入・削除され結局見逃してしまうとい
うことがままある。
一箇所なら、大目に見よう。だがーー。
11ページの7行目。ここにも行頭に「々」の字が。「……システムを通
じて一般の人々に情報を伝達する。」うーん。こちらが悩んでしまう。校正
者や編集者はあえてこうしたのか。あるいは2箇所のミスなのか。はたまた
違う理由があるのか。私のようなひねくれ読者はこうした場面に出くわすと
集中して本が読めなくなったりする。そうした本に安心感を持つことができ
なくなってくる。だが、それは私の思い過ごしで、「岩波新書」は21世紀に
入り、「新しく」生まれ変わったのかもしれない。あー岩波新書だから悩む
んだぜ。この答えは担当者に直接尋ねるか、第2版をチェックするかのどち
らかだろう。こうしてまた本屋に足を運ぶのであった。
(第21回・了)
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■あとがき
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日刊ゲンダイとか夕刊フジといった夕刊紙のスタンスは大新聞やテレビなど
のマスコミ批判である。最近の政治報道を見ていると、一番構造改革が必要
なのはそうしたマスコミだと思わずにはいられない。そういう意味で、夕刊
紙を応援したくなるのは仕方がないのかもしれないが、ところで夕刊紙、じ
ゃあんたらはリトルマガジンならぬリトルペーパーなの? 骨のあるメディ
アはいまいずこ。(グ)
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