| 第1回 ジジェクの新著はアカデミズムへの全面戦争か?! |
1999.05.15.
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スロヴェニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクの最新刊が本年三月に刊行された。『やっかいな主体――政治的存在論の不在の中心』がそれだ。英米の先鋭的出版社ヴァーソで彼自身が選書しているシリーズ「それ(エス)のあったところに」に収められている。このシリーズにはジジェク本人の著書『快楽の転移』『仮想化しきれない残余』(邦訳はいずれも青土社)、『幻想の蔓延』(未邦訳)のほか、ミラン・ボジョヴィッチ編/解説によるベンサム
『パノプティコン論集』などがエントリーされており、近刊にはアラン・バディウの『倫理学』なる書名も見える。ジジェクの新刊は今やヴァーソが一手に押さえている、といった観がある。ちなみに最新刊は編集担当者ジリアン・ボーモントに奉げられており、彼女とのやりとりを冗談交じりに書いた序文のくだりは笑える。
今年五〇歳になるジジェクの健筆ぶりはこの『やっかいな主体』でも遺憾なく発揮されている。いや、それどころかいよいよ彼は新旧の西洋アカデミズムとの全面対決に入った、と言えそうだ。本書が探究するのは「デカルト的主体」の革命的可能性である。「デカルト的主体」はこんにちあらゆる方面
から批判されている。ジジェクは書く、ニューエイジ神秘主義、脱構築派、ポストモダニズム、ハーバーマス流のコミュニケーション理論、ハイデガー流の存在論、認知科学、ディープ・エコロジー、ポスト・マルクス主義、フェミニズム、これら相異なる潮流すべてが「デカルト的主体」を攻撃するこ とにおいては手を組んでいるのだ、と。名指しで槍玉にあげられているのは例えば、ラクラウやバリバール、ランシエールやバディウといったポスト・
アルチュセーリアンであったり、ラディカル・フェミニストのジュディス・バトラーであったり、アンソニー・ギデンスやウルリヒ・ベックといった社会学者の主体論である*1。
リベラルで擬似民主的な多文化主義をそのイデオロギー的補完者とする世界資本主義に抵抗するための政治的介入の再定式化はいかに可能か。その問いといい、カントとマルクスへの頻繁な言及といい、わが国の柄谷行人の志向
(『トランスクリティーク』講談社)とも響応的だと言えるかもしれない。 もっとも柄谷はヘーゲルとラカンというジジェクにとって不可欠のモメント
を省略してはいるが。相変わらずの辛らつなウィットや、三〇本近い新旧様様な映画を参照する彼のスタイルは(時としてその映画自体は陳腐極まりな
いものだったとしても)親しみを覚えさせる。
本の体裁にしても、カバーは透明感みなぎる極薄の藤色に繊細なタイポグラフィ、そこにワンポイントでふわりと小さな羽一つ、と思わずジャケ買いで
きる可憐さだし、ハードバックにしては値段をずいぶんと押さえている。ペーパーバックを待たずにぜひ衝動買いしておきたい本である。かつてジジェクはユーゴスラヴィア軍を反民主主義勢力の一つに数えたが、その彼なら昨今のコソボ空爆にどうコメントするか、想像しながら読んでみるのもいい。
(1999年5月10日。文責:五月)
http://www.versobooks.com/
Zizek, Slavoj “The ticklish subject : the absent centre of
political ontology” 1999, Verso, ISBN1-85984-894-X
追記。ジジェクはこの五月にヴァーソから刊行される新刊にも論文を寄せて いる。ベルギーのポスト・マルクス主義の旗手と目される才媛シャンタル・
ムフの手になるアンソロジー集で『カール・シュミットの挑戦』がそれだ。 ナチスの御用思想だと一部に非難されてきたシュミット政治学の再検討が試みられている。世界資本主義の包囲の只中において、単にオルタナティヴな
外部の視点を夢想するのではなく、内部から侵食し内部から解体していく方途はあるのか。スキャンダラスなコンテクストがないわけではない分、話題を呼びそうだ。
次回の紹介は五月最新刊、スピヴァックの「ポストコロニアル理性批判」。
現代思想(海外)の著者別ブックリスト、続々アップロード予定*2!
(伊)ジョルジョ・アガンベン、マッシモ・カッチャーリ、アントニオ・ネグリ、
パオロ・ヴィルノ、アウグスト・イルミナティなど
(仏)ジャン‐リュック・ナンシー、フィリップ・ラクー‐ラバルト、
モーリス・ブランショ、モニク・ダヴィド‐メナール、
マルク・フロマン‐ムーリス、ミケル・ボルク‐ジャコブセン、
ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ、
ポール・ヴィリリオ、ジャン‐フランソワ・リオタール、
ジャック・アタリなど
(独)アレクサンダー・ガルシア・デュットマン、
フリードリヒ・キットラー、ノルベルト・ボルツ、マンフレート・フランク
ピーター・スローターダイクなど
(米)ポール・ド・マン、エドワード・サイード、ガヤトリ・スピヴァック
レイ・チョウ、トリン・ミンハ、サーラ・スレーリ、ホミ・バーバ、
ヴェルナー・ハーマッハー、サミュエル・ウェーバー、
ベネディクト・アンダーソン、レオ・ベルサーニ、ロザリンド・クラウス
などなど順次紹介!
(1999.05.15.)
*1:論客たちを敵に回す、と言っても、ジジェクの場合は彼らに一定の評価を与えつつ、それらの理論的限界と、自身の論点との差異を示す、というスタイルである。ジジェ
クは現に、例えばラクラウやバトラーと親しくしているし、共著も刊行している。
"Contingency, Hegemony, Universality : Contemporary Dialogues on the Left"
by Judith Butler, Slavoj Zizek, Ernesto Laclau
June 2000, Verso Books, ISBN:185984278X
$20.00, Paperback, 300 pages, http://www.versobooks.com/
*2:続々アップロード!するはずが、果たせないでいることにかんして、読者の皆様に深くお詫び申し上げます。その語方向転換し、連載記事で取り上げた思想家の著作リストを、記事と連動して一部作成しリンクしています。思想家別ブックリストについては当時、松籟社編集部の竹中さんの仲介を通じ、エリック・アリエズ著『ブックマップ・現代
フランス哲学』1999年松籟社刊の訳者である毬藻充さんから、資料を無償でご提供いただいたのですが、私の怠慢から活用できておりません。アップするタイミングをはかっています(いまだに)。竹中さん、毬藻さん申し訳ございません。いつの日かアルシーヴを作れたら、との希望はまだ棄てておりません。
(以上、*1および*2は2000年12月09日に追記)
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