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第2回 スピヴァック極めつけの新著が満を持してついに出た!
1999.06.15.

先月早々にアマゾンで予約していた本が届く。『ポストコロニアル理性批判 −−〈消えゆく現在〉の歴史へむけて』、ガヤトリ・チャクラヴォーティ・スピヴァックの新著である。ハーヴァード大学出版局刊。短い序文を除き、 本文431頁の重量級で、細かく周到に配備された注が時には目の前を大きく占領して、読む者を威圧する。

1942年インドはカルカッタに生まれた彼女は、現在コロンビア大学教授であり、実力においてサイードとポストコロニアル研究の分野を、いやアメ リカ批評界を二分していると言って間違いない論客である。カルカッタ大学卒業後渡米、ポール・ド・マンの元に学ぶ(ちなみに今回紹介する新刊はド・マンに捧げられている)。1976年に、デリダの『グラマトロジーについて』の英訳を出版、長大な序論は今や伝説ですらある。

さほど多くない彼女の著書は、一作ごとに大きな注目を浴びてきた。 脱構築、マルクス主義、フェミニズム、サバルタン研究のこのハイブリッドは、次々に批評史を刷新していく恐るべき威力を発揮した。そして今ふたたび、とてつもない本が出た。出てしまった。同僚のチャタージーは「これぞ極めつけのスピヴァック」と絶賛し、ラディカル・フェミニズムの旗手ジュディス・バトラーは「現代においてずばぬけた存在」と口を極め、アルゼンチン出身の才媛サスキア・サッセンも、本書が著者スピヴァック自身にとって特段の進歩を示すものだと認めている。

『ポストコロニアル理性批判』は論文の寄せ集めではない、旧稿をほとんど改めた全編書き下ろしだと言っていい。4章から成り、それぞれ「哲学」 「文学」「歴史」「文化」と続く。「哲学」ではカント、ヘーゲル、そして マルクスが、原住民という存在をいかにとらえていたかを論じ、「文学」で はブロンテ、メアリー・シェリー、ボードレール、キプリング、マハスウェ ータ・デヴィ、ジャメイカ・キンケイド等における植民地主義とポストコロ ニアルの問題を研究。

「歴史」は本書の圧巻で、かの『サバルタンは語ることができるか』(みすず書房)を核としながら再説という以上の広がりを見せる。内容的にやや異質に見える「文化」の章では、ポストモダン・カルチャーとフェミニズムの 問題に触れている。なお、付録として「脱構築という作業にとりかかって」 と題された小論が加えられており、ディコンストラクショニズムの系譜が随分と図式的に説明されていた(と読めた)。

植民地主義的言説の研究から国際文化研究まで、スピヴァックは困難な挑戦を続ける。ベル・フックスやトリン・ミンハ、チャンドラ・モハンティやサーラ・スレーリ等を、問題意識においては「我知らず」同じ地平のもとにい る研究者=共闘者であるとして共鳴し、「本書はフェミニストの書物」であると断言している。また「ある人はいらいらしたり困惑するだろうが、ある人はこの挑戦を分かち合ってくれるだろう」とも序文で書いている。 スレーリとの年来のやりとりは特に重要だったようだ。しかしフェミニズムの敵へむけて組織された抵抗運動は、語る言葉をもたない人々を疎外し続けており、今もこの人々を知識人たちの「認可された無知」状態の下敷きにし続けているのだ。そう述べるところにも、植民地主義以後の理性を批判する スピヴァックの本領が見える。

自らを「不確かな学識」「学際的に博識であるには不十分」としながらも 「旧弊を打ち破る」と言ってのける本書に、文句を述べることなどできたも のではないが、日本人としてひとつ、興味深い記述が「文化」の章にある。 コム・デ・ギャルソンのデザイナー川久保玲を引き合いに出して、現代の欧米における日本像を論じた箇所である(338頁から347頁を参照)。

乱暴に要約し敷延すれば、スピヴァックの意見というのは次のように読めなくもない。つまり、アメリカのジャーナリストやフランスのロラン・バルトに顕著なように、西洋の目から見た日本像は、前世紀のインド像や中国像に等しいものであり、ポストモダニズムやポスト植民地主義のバイアスがかかっており、例えばコム・デ・ギャルソンもおフランス趣味の模型であり、西洋に取り込まれた「他者」なのだ、という風に。

「私は川久保氏を知らないし、彼女がいいとかよくないとか言われることに 興味がない」と述べつつ、川久保のインタビュー記事の片言隻句を引用したり、「この件については別の機会に研究したい」と書きつつ、ご丁寧にギャルソンの広報誌の『Six』まで中途半端に論評するというのはやや理解しがたい。

バルトの名著『表徴の帝国』が疑いもなくフランス人から見た日本像に過ぎないことは分かっている。また、スピヴァックが指摘するように、80年代 に国際的にもてはやされた日本人デザイナーは、日本人としてのアイデンティティと、そこから立ち出でることのゆらぎとのはざまに、あるいは心の底では動揺していたかもしれない。しかし何かがしっくりこない。80年代 に国際デビューした日本人クリエイターたちの中には少なくとも、日本的伝統や西洋的範疇のいずれにも与しない何らかの問題意識を抱えていた人々がいたと思えるからだ。

ハルトゥーニアンや竹内好を傍証に戦後日本の自我同一性の歪みを論じ、あるいは西川麦子や松井やよりの著書への参照で日本のフェミニズムへの好印象を語ろうと、スピヴァックの日本像も、やはりオリエンタリズムのひとつにとどまっていやしないか。川久保玲へのコメントにたくさんの保留をつけたところで、それは再び一辺倒に終わっている。

辛うじて「彼女の服には感銘を受けた」というようなことを書いても、それはスピヴァック特有の痛烈な皮肉に聞こえる。1986年のクリスマス時にギャルソンのニューヨーク・ブティックで販売されていたTシャツやYシャツの価格を引いてまで彼女は何を言おうとしたのか。かつて埴谷雄高から「着ている服はぼったくりブランド」と論難された吉本隆明や、年来ギャルソン・ファンの鷲田清一の両氏なら、スピヴァックのこの一節をどう読むだろうか。

更に疑問がある。注で「現在はどうなのか追跡していない」とことわるなら、 「日本の経済成長は自己犠牲的サムライ・スピリットにその秘密がある」と いうマスメディアの風説を引用する意図は不明確になるし、現在の日本経済 の混迷へ目配りするなら、アジア=太平洋地域の将来的な経済破綻について一言だけ予言めいたことを言うのではなく、もう少し突っ込んだ国際政治経済学的議論を薫発してもよかったはずだ。

おそらくスピヴァックにとっても日本はまだ本当は見果てぬ国なのかもしれない。343頁にある「社会の歴史的発展図」は、ウンベルト・メロッティ の『マルクスと第三世界』から転載したもので、マルクス理論の翻案だが、 そこではこう説明されている。まず原始的共同体があり、スラヴ共同体やア ジア的共同体、古典的共同体、ゲルマン共同体、その他に分かれ、それぞれロシア、エジプト、中国、インド、ヨーロッパ諸国になり、それらは発展の 差はあれ資本主義国家や集産主義官僚国家と呼ばれ、やがてはすべてが社会主義、そして共産主義社会へと発展していく、というように。

日本はどこに属しているか。日本は来たるべき社会主義や共産主義とひとつ になる前には、西洋と同じ、進歩した資本主義国家であり、その前は封建制社会である。そして、これが問題の発端なのだが、封建制の手前は「?」と記され、ぼんやりと原始的共同体から立ち上がってきた「何か」を起源とし ていることになっている。

スピヴァックがここまでうろんな図を参照した真意は知らない。しかしここ に彼女とともに考えるべき「何か」がかいまみえることも確かだろう。スピヴァックの日本像がどうであれ、本書『ポストコロニアル理性批判』のインパクトや重要性はけして薄れるものではない。一方で日本の著名な歴史家たちが国家の起源について迷信を払拭しようとしているこんにち、平行して、スピヴァックと議論するきっかけが生まれたのではないだろうか。
(99年6月13日)

スピヴァックの本
“A Critique of Postcolonial Reason : Toward a History of the vanish ing present”1999, Harvard University Press, $24.95, ISBN0-674-17764 -9 http://www.hup.harvard.edu

『文化としての他者』鈴木聡、大野雅子、鵜飼信光、片岡信=訳。 1990年12月、紀伊國屋書店、品切。ISBN4-314-00544-0 http://bookweb.kinokuniya.co.jp

『ポスト植民地主義の思想』清水和子、崎谷若菜=訳。 1992年12月、彩流社、本体2913円。ISBN4-88202-240-0

『サバルタンは語ることができるか』上村忠男=訳。 1998年12月、みすず書房、本体2300円。ISBN4-622-05031-5 http://www.msz.co.jp

・『文化としての他者』鈴木聡、大野雅子、鵜飼信光、片岡信=訳。1990年12月、紀伊國屋書店、品切(2000年5月現在、復刊されている)。 ISBN4-314-00544-0 http://bookweb.kinokuniya.co.jp

文責:五月


■関連リンク集

・Harvard University Press http://www.hup.harvard.edu

・紀伊國屋書店  http://bookweb.kinokuniya.co.jp

・みすず書房  http://www.msz.co.jp

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