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第6回 イタリア帰還前後のネグリ
1999.11.25.

本誌編集長の掩耳さんに名付けていただいたものの、最前線のリポートだなんてはなはだ僭称もいいところだと我ながら思う。しかし、世界のあちこちに目を向けて、色々な著者をネット上でこまめに追いかけていれば、専業研究者でない私にも、注目すべき新刊や近刊が、毎月必ず見つけられるものらしい。このコーナーで取り上げられなかった現代思想の重要な新刊はまだまだ存在する。

例えば前回はサイード自伝をリポートしたけれど、ちょうど同月(九月)には同版元(クノップフ)から、かのノーベル賞経済学者アマルティア・センの新刊『自由としての発展』が出版されていた。問題含みの最重要書 であることは間違いないし、欧米で活躍しているインド出身の他の著名知識人の思想との対比を試みれば興味深い記事が書けそうだ。

エコフェミニズムのヴァンダナ・シヴァや、ポストコロニアル研究のスピヴァク、ホミ・バーバの言説を思い浮かべる時、そこにのっぴきならない諸問題がたちまち現れてくる気配がする。東洋文明と西洋文明、男性と女性、知識人と民衆、旧植民地と先進国といった複雑な関係性が、容易には解きがたい形で現れてくるだろう。

そんなわけで、このトピックは今後の課題としよう。来年にはシヴァの代表作(マリア・ミースとの共著『エコフェミニズム』新曜社)や、バーバの第一論文集(『文化の場所』法政大学出版局)の邦訳がそれぞれ出るようだし、スピヴァックの最新論文集『交通とアイデンティティ』が来年四月にラウトレッジから刊行される。おそらくセンの新刊も複数の出版社が版権取得に名乗りをあげているはずだ。

さて、今回取り上げるのは、近年再評価の機運が著しいイタリアの政治哲学者アントニオ・ネグリ(一九三三〜)のここ数年の動向である。七〇年代イタリアでは、民衆による反権力的自律運動(アウトノミア)がたいへん盛んだったが、しだいにテロも勃発するようになり、政府によって大統領制が敷かれた。運動の中心者の一人であった彼は冤罪に問われて、結果、国家的大弾圧を逃れ、約十四年間フランスに亡命したのである。彼はアルチュセールやドゥルーズ、ガタリほか多数の知的交流を結んだ。

そのネグリが自ら選んでイタリアに帰国したのは一九九七年七月一日。 ローマ空港に降り立つや否や即日、レビッビア刑務所に収監された。その後の彼はどうなったのか。

『構成的権力』(松籟社、九九年六月刊)の訳者あとがきの末尾には、「ネグリの環境は獄外で「監視つきの自由」を享受しうる状態に改善されたよう」だとある。これはネグリ本人からの情報によるもので、日付は九九年一月十五日となっていいる。推測するに、彼はまだ仮釈放はされてい ないものの、獄外労働の申請が裁判所に受け入れられつつあるのだろう。

実に三十年以上もの刑期は大幅に軽減されたものの、追加されたミラノの欠席裁判の判決を足して十三年(ある別の情報源には十二年とも書かれていたのだが)の刑期が、亡命中のネグリに突き付けられた。帰国後の現在 は、亡命前の四年半の収監を合わせ、ようやく刑期を半分終えようか、と いうところである。昨年一月の時点ではネグリの獄外労働の申請は却下されていた。逃亡の危険性がある、と判断されたのである。

刑期の半分を終えれば、監視つきではあるけれども週に数日間は獄外に出て生活することもできる。特別な混乱がなければついには仮釈放を勝ち取ることができるだろう。

ネグリが帰国したのは、いまだに二百名近い同志が牢獄に繋がれ、またほぼ同じ数の亡命者が帰国できないまま過ごしているという現状を打破したいがためである。フランスやアメリカ、日本ではネグリへの特赦を求める署名運動が展開されていたが、昨年に比べると本年はその勢いにやや物足 りないものがある。

以下に順を追って記述するのは、イタリア帰国前後にネグリが発表した論文や発言、邦訳や雑誌特集などに関する情報である。日本でネグリは今まで不当に等閑視されてきた一面があったが、帰国後ふたたび注目され、本年には待望の邦訳書も相次いでいる。一見、彼は私たちの目の前にその姿 を見せてくれているように思える。しかし本当のところ、私たちは再度ネグリを忘れようとしているのではあるまいか。実際すでに忘れ始めているのではなかろうか。

忘却は悪政への加担になりうる。私たちはいつでも、誰が加担しているのか、私たち自身はどうなのか、そして加担の構造とはどのようなものかを 見極める必要がある。

一九九七年五月、
二つの自著新刊『火刑の書』と『時間構成論序説』への序文をしたためる。

一九九七年六月、
ローマの出版社カステルヴェッキから『火刑の書』を刊行。「プロレタリアと国家」「支配とサボタージュ」など、七〇年代におけるネグリの運動 論の骨子となる五つの著書ないし論文をまとめて再刊したもの。冒頭には五月付けの序文「一九九七年:二十一年後」が添えられている。本書を収録したシリーズの名前であるデリーヴェ・アップローディは後に独立した書肆となった。
"I libri del rogo"1997,Castelvecchi,ISBN:88-8210-024-3,L.32.000

同年同月、
パリのフランス大学出版局から『構成的権力』の仏訳版が出版される。エティエンヌ・バリバールとフランソワ・マトゥロンの翻訳。注記や序文等 の断り書きがないものの、九二年にイタリアで刊行された原著に大幅な加筆と訂正が施されており、ネグリ本人の示唆によって、本書が日本語訳版の底本となっている。
:"Le pouvoir constituant : Essai sur les alternatives de la modernite"1997,
PUF,ISBN2-13-048121-3,FF220.00
http://www.puf.com/
"Il potere costituente:saggio sulle alternative del moderno"1992,
SugarCo,ISBN88-7198-179-0,Out of print(L.40.000)

同年同月二五日から三〇日まで、
マウリツィオ・ラツァラートとラファエレ・ヴェントゥーラによるインタビュー。後に『未来への帰還』と題されたドキュメンタリー・ヴィデオに抄録され、発表された。より長いヴァージョンは九八年二月に『亡命』と いう書名にて書籍として出版された。
"Retour vers le futur"L'Yeux ouverts(BP 624,92006 Nanterre CEDEX) FF250.00

一九九七年七月一日、
イタリアへ帰国。ローマ郊外のレビッビア刑務所に再収監。六四才の彼は空港で「イタリアの空が見たかった」と言い、収監後には「天国にいるようだよ」と語ったという。

一九九七年九月、
ローマの出版社マニフェストリブリから『時間構成論序説:資本の時計と共産主義的解放』を刊行。五月付けの序論。
"La costituzione del tempo.Prolegomeni:Orologi del capitale e
liberazione comunista"1997,
Manifestolibri,ISBN:88-7285-136-4,
L.24.000
http://www.manifestolibri.it/

同年同月、
ニューヨークの出版社オートノメディアから『社会工場』が刊行された。 訳者、内容等詳細は調査中。オートノメディアのHPでの検索は不具合のままだ。
"Social factory"1997,Autonomedia,Out of print
http://www.autonomedia.org/

一九九七年十一月、
自著新刊『[新版]マルクスを超えるマルクス』への序論をレビッビア刑務所にてしたためる。

一九九八年一月三十日、
東京・インパクト出版会の『インパクション』誌が106号の第二特集で「トニ・ネグリに自由を」を組む。九七年九月にヴェネツィアで開催されたとある会合にあてて書かれた手紙の邦訳、七九年四月にネグリが逮捕された際にジル・ドゥルーズが書いた「イタリアの判事への公開書簡」の邦訳、市田良彦の解説によるネグリ帰国のいきさつと特赦要求運動について、等々。
『インパクション』106号、1998年、インパクト出版会(発売=イザラ書房)、ISBN:4-7554-7112-5、本体価1200円
http://www.jca.ax.apc.org/~impact/

一九九八年二月、
フランスの版元、千一夜出版から『亡命』が刊行された。フランソワ・ロッソとアンヌ・ケリアンによる仏訳。ジョルジョ・アガンベンによる 「記憶と忘却の善用について」があとがきとして付されているほか、リベラシオン紙の記事なども併録。後に邦訳されている。
"Exile"1998,Mille et une nuits,ISBN:2-84205-198-X,FF10.00
http://www.1001nuits.com/

一九九八年三月、
ローマの出版社マニフェストリブリから『[新版]マルクスを超えるマルクス』を刊行。初版は七九年にフェルトゥリネッリから刊行されていた。フェルトゥリネッリはネグリの多くの著書を出版していたが、七二年五月に起きた社主の爆死以後、徐々に経営方針を変えていったと思われる。HPで社史を読むことができるが、左翼運動と密接に係わりあった過去はあまり多く語られていないように思える。
"Marx oltre Marx:Quaderno di lavoro sui Grundrisse"1998,
Manifestolibri,ISBN:88-7285-146-7,L.28.000
http://www.feltrinelli.it/

一九九八年三月、
東京・青土社の『現代思想』三月号で特集「ユーロ・ラディカリズム:ア ントニオ・ネグリの思想圏」が組まれる。『ディオニュソスの労働』(人 文書院、近刊、酒井隆史+長原豊+崎山政毅による邦訳)からの部分訳、 ネグリが仲間とフランスで主催していた『前未来』誌の掲載論文の邦訳な ど。
『現代思想』vol.26-3、1998年、青土社、ISBN:4-7917-1028-2、
本体価1238円
http://www.seidosha.co.jp/

一九九八年六月、
日本のジャーナリスト、西川恵がレビッビア獄中のネグリと面談、二時間に及ぶインタビューを行った。概要は九九年春に刊行された雑誌『プチ・モンド』二四号の西川氏の記事に伝えられているが、インタビューの詳細がどの媒体に使用されたかは現在調査中。読者の方で西川氏をご存じの方は当メルマガ編集部までご連絡を下さい!
「異邦の人々 11:二つの獄中会見」、『プチ・モンド』no.24、pp.24-25。 1999年春刊

一九九八年九月、
自著新刊『スピノザ』へのあとがき「いま終わろうとして:スピノザとポ ストモダン」をしたためる。

一九九八年十一月、
ローマの出版社デリーヴェ・アップローディから『スピノザ』を刊行。二つの前著と一つの論文を合本した、ネグリのスピノザ論の集大成。「野生の異例性」(八一年、フェルトゥリネッリ刊)「転覆者スピノザ」(九二年、ペリカーニ刊)、「スピノザにおける民主制と永遠性」(九五年論 文)が収録されている。「野生の異例性」は水声社から邦訳近刊予定、九五年論文は『現代思想』九六年十一月臨時増刊号「総特集:スピノザ」に仏語ヴァージョンの邦訳(水嶋一憲による翻訳)が掲載されている。
"Spinoza"1998,Derive Approdi,ISBN:88-87423-09-1,L.38.000
http://www.ecn.org/deriveapprodi/
『現代思想』九六年十一月臨時増刊号「総特集:スピノザ」pp.26-37、
「民主制と永遠性」、『現代思想』九六年十一月臨時増刊号「総特集:スピノザ」pp.26-37。
1996年、青土社、ISBN4-7917-1010-X、本体価1262円

一九九九年二月五日、
東京・岩波書店の『思想』誌にネグリの「価値と情動」の邦訳が掲載された。原文はイタリア語で九八年に執筆され(月日は未詳)、マイケル・ハートによる英訳に基づいて日本語訳された。論文末尾に添えられた『思想』編集部の注記によれば、ネグリはハートらとともに、現在五つの言語で準備されつつある多言語文化理論誌「Traces」の編集同人を勤め ることになっており、今回の寄稿は「Traces」の日本語版が『思想』と提携して刊行される予定であることに拠っている。
『思想』1999年第二号、pp4-15。1999年、岩波書店、ISSN:0386-2755、本 体価1143円
http://www.iwanami.co.jp/

一九九九年二月十日、
京都・とっても便利出版部が『マルクスの現在』を刊行。本書第二部には 九八年五月八日に行われた小倉利丸と崎山政毅による対談「マルクスから ネグリへ」と、九八年五月九日のリベラシオン紙に掲載された「ネグリ釈放要求」記事(箱田徹による邦訳)が収録されている。大学生によって作 られた本書は大都市圏で売上を伸ばし、次世代におけるマルクスおよびネグリの再評価の機運の高まりを印象づけた。
『マルクスの現在』1999年、とっても便利出版部、ISBN:4-925095-01-3、 本体価1600円

一九九九年六月十五日、
京都・松籟社が『構成的権力』の邦訳を刊行。杉村昌昭と斉藤悦則による翻訳。単行本としてはフェリックス・ガタリとの共著『自由の新たな空間』の邦訳(八六年、朝日出版社)以来であり、単独著としては実に本邦 初の出版であった。英訳に先駆けて邦訳が出たことといい、本書の出現は事件だった。底本には九七年のフランス語版が使用されているが、版権はミネソタ大学出版局と表記されており、フランス著作権事務所がエージェ ントとして仲介している。確証はできないが、さる筋の話では、ネグリが帰国する際にマイケル・ハートに著書の版権類の管理を委託したため、との説がある。
『構成的権力:近代のオルタナティブ』1999年、松籟社、
ISBN:4-87984-208-7、本体価4800円

一九九九年九月十五日、
ミネソタ大学出版局より『構成的権力』の英訳「反乱:構成的権力と近代国家」が刊行。マウリツィア・ボスカッリによる翻訳。マイケル・ハート やブライアン・マスミらの編集による名シリーズ「セオリー・アウト・オヴ・バウンズ」の第十五巻目として組み込まれたことはいいとしても、どうしてこのような英訳タイトルにしてしまったのか、理解に苦しむ。 "Insurgencies:Constituent power and the modern state"1999,
University of Minnesota Press,ISBN:0-8166-2275-2,$25.95
http://www.upress.umn.edu/

一九九九年十月三十一日、
東京・インパクト出版会が『未来への帰還』を刊行。本書は『亡命』の邦訳(杉村昌昭による翻訳)である。オビに宣伝されている通り、「ネグリ入門」として格好の読本。
『未来への帰還:ポスト資本主義への道』1999年、インパクト出版会、
ISBN:4-7554-0094-5、本体1500円

一九九九年十二月、
東京・現代企画室より『転覆の政治学』を刊行予定。原著は八九年にポライティ・プレスより刊行された英語圏独自の論文集で、ジェイムズ・ニューウェルによる英訳にネグリの盟友ヤン・ムーリエ=ブータンによる序論が付されている。小倉利丸による邦訳。
『転覆の政治学:21世紀へ向けての宣言』1999年、現代企画室、
ISBN:4-7738-9913-1、本体価3500円
http://www.shohyo.co.jp/gendai/
"The politics of subversion:A manifesto for the twenty first
century"1989,Polity Press,ISBN:0-7456-0601-6,$58.95

※上記原書をかつてジュンク堂書店池袋店の人文書コーナーが陳列したところ、高額にもかかわらず瞬く間に売れてしまった、とは元担当者Sさんの弁。同書店現代思想棚での洋書と和書のミックスには目を見張るものがある。
http://www.junkudo.co.jp/

二〇〇〇年一月、
ハーヴァード大学出版局よりネグリとマイケル・ハートの共著第二弾『帝国』が刊行される予定。大いに期待。
"Empire"2000,Harvard University Press,ISBN:0-674-2512-0,価格未定 http://www.hup.harvard.edu/

二〇〇五年、
ネグリの刑期が完了する予定。ネグリ釈放を求める活動の現状は以下のサイトで情報を得ることができる。
http://lists.village.virginia.edu/~forks/TNmain.htm

以上が今回で紹介できる情報のすべてだが、帰還前のネグリのプロフィールや書誌情報は『転覆の政治学』の刊行に合わせ、有志によって東京の書店の一部店頭に小冊子の形で無料配布されるかもしれない。
[99年11月23日文責:五月]

文責:五月


■関連リンク集

・PUF http://www.puf.com/

・Manifestolibri http://www.manifestolibri.it/

・Autonomedia http://www.autonomedia.org/

・インパクト出版会(発売=イザラ書房) http://www.jca.ax.apc.org/~impact/

・Mille et une nuits http://www.1001nuits.com/

・Manifestolibri http://www.feltrinelli.it/

・青土社 http://www.seidosha.co.jp/

・Derive Approdi http://www.ecn.org/deriveapprodi/

・岩波書店  http://www.iwanami.co.jp/

・University of Minnesota Press http://www.upress.umn.edu/

・現代企画室  http://www.shohyo.co.jp/gendai/

・ジュンク堂書店 http://www.junkudo.co.jp/

・Harvard University Press  http://www.hup.harvard.edu/

http://lists.village.virginia.edu/~forks/TNmain.htm

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