| 第8回 許されざる虐殺、『スペシャリスト』と『共産主義黒書』
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2000.01.25.
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「焚書」は有史以来どの文明においてももっともイデオロギー的な蹂躙の形態のひとつであった。しかし数量的に限定して言えば、すべての焚書の罪をはるかに凌駕する「書物の廃棄」がこんにちの資本主義社会において
は実現されている。出版社にとって売行の芳しくない書物は、課税の対象としてカウントされないように、つまり「決算」のために断裁され、文字通り抹消されていく。さまざまな情報を担って誕生しつづけるこれらの書物たちは、いったい何のために生まれたのか。
戦争と爆発的人口増加と科学技術の急激な進歩の時代、としての20世紀を見直すために、今回はその一断面である「大虐殺」問題について再考を促す、いくつかの書物と映画を取り上げたい。そして虐殺をめぐる問いが、暴力的に無数の書物を蕩尽するという現代の、意外に真相を見極めにくい文明病、おぞましき終わりなき消費への欲望を考え直すヒントにできればと、個人的に考えているのだが。
当メルマガでも複数の書き手が何度か取り上げた、映画『スペシャリスト:自覚なき殺戮者』の監督エイアル・シヴァンと脚本担当のロニー・ブ
ローマンが今月18日に来日した。19日に赤坂東急ホテルでひらかれた記者会見では用意された50席がたちまち満席になったという。翌20日
には東京日仏学院で『スペシャリスト』の上映と、両氏によるティーチ・インが行われた。ここでも100席を越える場内は満席。マスコミだけで
なく一般からも寄せられつつある関心の高さが窺えた。
ティーチ・インでは、映画作成にあたってのいくつかの技術的課題についての質問があったほか、映画『ショアー』との対比、「悪の凡庸さ」、官僚主義、68年5月革命と不服従などをめぐるやり取りがあった。終始に
こやかにコメントするシヴァンとブローマンは、来日してしばしば『ショアー』について意見を求められることが多いらしく、やや食傷気味とも聞
いた。日本での『ショアー』公開(95年)がやはり当時大きな関心を呼んだことから、それは避けがたい事態だったろう。
なお、『ショアー』のテキスト版は作品社から、映画のビデオは図書館流通センターからそれぞれ発売されている。ビデオ全4巻本体価格88,000円
は図書館向けに販売されており、今後一般向けに販売されることもあるかもしれないとのこと。問い合わせは図書館流通センターのAV推進室が応対してくれている(電話:代表03‐3943‐2221)。
作品社 http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/
図書館流通センター http://www.trc.co.jp/
シヴァン、ブローマン両氏が滞在中に受けたいくつかの取材は『世界』(岩波書店)や『週刊金曜日』等に掲載されるとのこと。NHKもテレビで取り上げるようだ。イスラエル反体制派のシヴァンは死刑反対派でもあ
る等々、興味深いエピソードが公開されるだろう。さらに、映画『スペシャリスト』が提起した問題の背景と深化を凝縮した1冊『不服従を讃えて:「スペシャリスト」アイヒマンと現代』が産業図書から本日25日に刊行発売された。
本書ではアイヒマン裁判が示唆するさまざまな難問がさらに追究されているだけでなく、映画のスクリプトも収録されており、必携必読の1冊であ
る。映画および本書の出発点となったアーレントの『イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房)もタイミング良く重版されているので、この機会
にぜひ併読したい。また、東京駅前の八重洲ブックセンター本店4階では『スペシャリスト』と証言をめぐるブックフェア「沈黙を超えて:ユダヤ
人絶滅の証言」が開催されており、類書を一望できる。会期は定休日2月6日を除く2月12日(土)まで。
産業図書 http://www.san-to.co.jp/
みすず書房 http://www.msz.co.jp/
八重洲BC http://www.yaesu-book.co.jp/
映画『スペシャリスト』の一般公開は2月から東京中野区のBOX東中野(電話03−5389−6780)にてスタートする。JR中央線の東中
野駅西口前。11:30、2:00、4:30、7:00の一日四回上映で、前売券1400円税込が絶賛発売中である。何度でも見直したい、見
直すべき映画だ。配給会社であるセテラ・インターナショナルの皆さんの奔走にも心からの賛同の拍手を送りたい。
さらに、3月3日(金)19:00〜21:00には青山ブックセンター本店カルチャーサロンで、映画の監修者であり『不服従を讃えて』の翻訳者でもある高橋哲哉さんが講演「『スペシャリスト』解読」を予定してい
る。参加無料、要予約(電話03−5485−5513)。氏が昨年末刊行した『戦後責任論』(講談社)を予習しておけば、いっそう興味深いも
のになるだろう。なお、関係者の粋な計らいで、講演会に参加希望の先着20組40名に映画『スペシャリスト』のチケットがプレゼントされるこ
とになっている。
青山BC http://www.aoyamabc.co.jp/
講談社 http://www.kodansha.co.jp/
映画でも重要な場面で取り上げられているものに、イスラエル国家警察がアイヒマンを取り調べた折の膨大な「尋問調書」がある。この調書の抄訳
は『アイヒマンの告白:裁きの日の前に』として72年に番町書房から刊行されていたが、現在は残念ながら品切。大久保和郎氏訳の本書は、ピエール・ジョッフロワとカリン・ケーニヒゼーダーの編集でフランスのグラッセ社から刊行されたもの。現在入手可能な「調書」編集本には、最新のものではヨッヘン・フォン・ランクとクラウス・シビルによる以下のタ
イトルがある。
"Eichman Interrogated : Transcripts from the Archives of the
Israel Police" 1999, Da Capo Press, ISBN:0306809168, $15.95-
ファシズムによるユダヤ人虐殺ほどには知られていないようだが、共産主義諸国家による人民虐殺の問題はある種いっそう暗い影を投げかける事実である。97年11月にフランスで刊行された800頁を越える大著『共産主義黒書』はコミュニズム政権がいかに数多くの人々を隔離しあるいは
「処理」してきたかを追究した、血も凍る詳細なレポートである。すでに17万部以上を本国で売り上げ、各国語訳も続々登場している。昨年ハーヴァード大学出版局から英訳版が刊行され、日本では恵雅堂出版から邦訳刊行される予定。
すでに海外では論争の渦が巻き起こっているのだが、日本ではどのように 受け止められるだろうか。昨年4月に新創刊された『アステイオン』誌
(TBSブリタニカ)51号の特集「共産主義はファシズムか」では、 『黒書』論争を中心にレビューしており、大変興味深い。収録されているのは、フランス国立科学研究センターと共産主義社会歴史研究所の両方の
所長を務める歴史学者ステファン・クルトワによる『黒書』の序文、英国 のマルクス主義歴史家ホブズボームとフランスの近代史家フランソワ・
フュレの間でかわされた論争、そしてイタリアの政治哲学者ノルベルト ボッビオの周辺で沸き起こった論争の記事などである。
TBSブリタニカ http://www.tbsb.co.jp/
ナチズムとコミュニズムについて論じている興味深い書籍には次のような タイトルもある。『20世紀を問う:革命と情念のエクリール』慶応義塾大学出版会、96年刊。フランソワ・フュレによる「20世紀における革命の情念」のほか、ピエール・アスネル、ハンス=クリストフ・クラウス、アラン・ブザンソン、アルバート・ハーシュマンらの論文が収録されている。
日本でマルクスの再読解を試みている高名な知識人の中には、スターリニズムやマオイズム、ポル・ポト政権等を「真の共産主義」ではないと発言
して諸問題を短絡させかねない人々がいる。常に来たるべきものとして前方にあるコミュニズム。よろしい、確かにその通り。問題は真実や理想と
いったものが虚実や悪とほどよくまぎらわしくブレンドされていること だ。すれすれのモラル。
ありとあらゆる混同とはぐらかしの巣窟から決別し、耐え難い知識人階級主義の結界を突破すること、しかしその道しるべを大焚書時代のこんにち、情報の星雲の内に見いだすことは難しい。それでも大衆自身が自らの
知性を「洗い直す」ことなしには、道が伸びていくことはないのである。
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