| 第12回 ジジェク、アンダーグラウンドな思想家 |
2000.05.25.
|
通信網が地上を覆い、監視及び攻撃衛星が世界を嘗め尽くし、物理的に文化は等質化して、情況を記述する文法が普遍的になればなるほど、アンダーグラウンドは階級ならざる階級として醸しだされてくるだろう。常に背後の暗黒へと後退しながら「居場所」を切り開いていく、蜃気楼のような饒舌が、すでに私たちの身の回りに形成され始めている。世界観は崩壊する。錯覚から解き放たれた時、あなたの隣にいる人は、あらためてどんなふうに見える?
社会はどんなふうに動いている?
ちょうど一年前、本誌が創刊されたとき、私の連載第1回目はスラヴォイ・ジジェクの新刊が題目だった。偶然だが一巡した今回もジジェクを取り上げる。
またしてもジジェクがやった。先月(2000年4月)刊行された『はかない絶対者:あるいはなぜキリスト教の遺産は、勝ち取るに値するか』ヴァーソ社刊、である。コリント書の聖パウロから語り始め、原理主義に回収されないキリスト教のラディカルさを洗い出す。更にニューエイジの異教的スピリチュアリズムや脱構築的思考における擬似宗教感情等々のうわべだけ聖性を装った新たなる蒙昧に立ち向かうために、マルクス主義者はキリスト教と協働しなければならない、と説き及ぶのである。これを読んで、ぎょっとしない読者はいないのではないか。
"The Fragile Absolute : Or, Why the Christian Legacy is
Worth Fighting
For" by Slavoj Zizek April 2000, Verso Books, ISBN:1859847706
$23.00, Hardcover,192 pages, http://www.versobooks.com/
アジテイターとして? あるいは知的エンターテイナーとしてはジジェクは 一級であると言っておこう。そうした自覚があるようだが、それにしても彼の健筆ぶり、知の再編成を目論む旺盛心、強欲ぶりは一定の評価を与えられ
うるだろう。彼の志向性はけして学問的専門的誠実さのそれではない。むしろ戦略的につねに主要な思潮をひっくり返すよう心がけているように見える。逆転の発想を絶えず開いていくこと、ジジェクのその態度こそ「アンダーグラウンド」的と呼びたいものだ。
以下は絨毯爆撃のように繰り出されるジジェクの新刊及び近刊予定である。
"The Art of the Ridiculous Sublime : On David Lynch's Lost
Highway" (Occasional Papers (Walter Chapin Simpson Center
for the Humanities), 1.)
by Slavoj Zizek
15/05/2000, University of Washington Press,
ISBN:0295979259 $14.95, Paperback, 56 pages,
"An Utterly Dark Spot : Gaze and Body in Early Modern Philosophy"
(The Body, In Theory: Histories of Cultural Materialism)
by Miran Bozovic, foreword by Slavoj Zizek
June 2000, University of Michigan Press, ISBN:0-472-11140-X
$39.50, Hardcover, 152 pages, http://www.press.umich.edu/
"Contingency, Hegemony, Universality : Contemporary Dialogues
on the Left"
by Judith Butler, Slavoj Zizek, Ernesto Laclau
June 2000, Verso Books, ISBN:185984278X
$20.00, Paperback, 300 pages, http://www.versobooks.com/
"The Fright of Real Tears : The Uses and Misuses of Lacan
in Film Theory"
edited by Slavoj Zizek
June 2000, Indiana Univesty Press, ISBN:0-85170-755-6
$24.95, Paperback, http://www.indiana.edu/~iupress/
"In Defense of History and Class Consciousness"
by Georg Lukacs, translated by Esther Lesilie,
introduced by John Rees with a postface by Slavoj Zizek,
July 2000, Verso Books, ISBN:1-85984-747-1
$23.00, Hardcover, 160 pages, http://www.versobooks.com/
デイヴィッド・リンチをめぐる小さな映画論であったり、バトラーやラクラウとの共著であったり、ラカン派映画論の編者であったり、ルカーチの古典や同郷の学者ボジョヴィッチの解説者であったりとはいえ、この3ヶ月で5点を出そうというのだ(ただし4番目、5番目は昨年暮に刊行されるはずのものが遅延しているのだが)。びっくりするではないか。
そして更に来年初頭の最新書き下ろしまで予告が出ており、これが実質的な 『はかない絶対者』の次回作となろう。
"Did Someone Say Totalitarianism? : Four Interventions in
the Misuse of a Notion"
by Slavoj Zizek
January 2001, Verso Books, ISBN:1859847927
$22.00, Hardcover, 160 pages, http://www.versobooks.com/
アマゾン・コムの画面でこの本を検索すると、すでに書影が用意されている。ここに映っている、とある二人の横顔、それは…各自ご確認いただこう。
アンダーグラウンド、それは今日まで忘れられ、挫折し、廃棄された思惟たちの堆積の場でもある。豊潤な記憶の場でもありえるし、危険な武器庫であるともいえる。ジジェクはしばしば「誤用」という言葉を使っているが、彼もまたもっとも積極的な意味で思惟の遺産を活用してきた人物である。世界の思想的主潮流に対峙し、等質的に蔓延化しようとするイデオロギーに抗して、パルチザン的な言論活動を行っているその疾駆する横顔は、はたしてアンダーグラウンドの病理か、快活に突き抜けた啓示的理性なのか。結局のところ十全な評価を下せる批評家は日本には不在のように思える。
[2000年5月24日記す/2000年12月09日データ訂正]
|