| 第14回 ポストフェミニズムの星アンサルドゥーアの生き方 |
2000.09.25.
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グロリア・エバンヘリーナ・アンサルドゥーアは1942年9月26日、メキシコ
からの移民の子として、アメリカの南テキサスのリオ・グランデ・ヴァレー
に生まれた。チカーナ(メキシコ系アメリカ人)にしてダイク(レズビアン)
のフェミニストであり、作家、詩人、文化理論家である。
現在サンタクルスに在住している彼女の著述は、アメリカにおけるフェミニ
ズム、カルチュラル・スタディーズ、メキシコ系移民の問題、文学、民族研
究、クィア理論、ポストコロニアル理論などに幅広い影響を与えつづけてい
る。編著者多数。女性研究誌「サインズ」の共同編集者を務めるほか、チカ
ーノ研究およびフェミニズム研究をテキサス大学で教え、カリフォルニア大
学サンタクルス校やノーウィッチ大学ヴァーモント校などで、講演等も活発
に行ってきた。
こんにちまで数々の賞を受賞しており、NEA(記者の勘違いでなければ、今
年で創立143周年を迎える、ワシントンDC所在の非営利的教育機関National
Education Associationのことではないかと思う)のフィクション賞をはじ
め、91年にはレズ人権賞、92年にはサッフォー栄誉賞を受けている。日本人
にはいずれもあまりなじみのない賞かもしれないが、彼女の名声はすでに確
立されていると考えていい。
代表作『ボーダーランズ:新たなメスティーサ』は1987年Aunt Lute社から
刊行された。リテラリー・ジャーナル誌から当時のベストセラーの一冊とし
て選ばれている本書は、様々な要素の混合からなるもので、スペイン語/英
語、詩/散文、神話/自伝、過去/現在、回想/歴史分析が溶け合い、チカ
ーナのハイブリディティを闡明するものとして絶賛された。それは一種の存
在論的宣言であり、自己の固定的アイデンティティとそのポジショニングを
問い直す作業である。ふたつの異なる場所、文化、言語、現実において同時
に生きる経験を元に、どちらにも安住できない居場所の不確かさがある一方
で、西洋近代文明における二元論の無効とオルタナティヴな境界人の豊かさ
が表現されている。
アンサルドゥーアの境界とは、人種(チカーナであること)、ジェンダー
(女性であること)、階級(富裕ではなかったが、近隣で唯一大学に進学し
た)、セクシャリティ(レズビアンであること)、地域(アメリカ南西部と
メキシコとのボーダー)にまつわるものだ。世間一般のおおかたとは違って
いる人々、ふたつの異なる文化の狭間で生きねばならない人々が、新たな価
値空間を創造する様を描いた『ボーダーランズ』は、心理的/物理的な諸境
界の祝福と呪詛を示しつつ、共同体の成員であり同時に永久のアウトサイダ
ーでもある生の創造性を見つめている。
特に彼女のセクシャリティの表明は、80年代後半から90年代前半にかけての
フェミニズム理論にインパクトを与えた。アメリカの従来のフェミニズムで
は実に、アングロサクソンでヘテロなプロテスタントの白人女性が暗黙の主
体となっており、有色人種の女性がいかに無視されつづけてきたかが明らか
になっていったのだ。
この代表作は1999年の5月に、『境界上のフェミニズム』の著者ソニア・サ
ルディバル-ウルの序言と、アンサルドゥーアの新しいインタビューを加え
た第二版が刊行されている。このほかアメリカ白人社会に生きる有色人女性
の声を広く集めた画期的論集や、民話に触発された子供向けの創作童話まで
様々に印象的な執筆活動を続けている。
彼女の著作の大きな特徴になっているのは、人種とセクシャリティの特異さ
がかならずある種のスピリチュアリティと土着的な神秘性を伴っていること
だと言える。境界人のヴィジョンは世界の分断を癒すことができる。それが
彼女の執筆の源泉である。
アンサルドゥーアのその源泉をつぶさにみることができるのが、2000年の6月
に刊行された『インタビュー集』である。1961年生まれのアナ-ルイーズ・キ
ーティングの編纂になるもので、1982年から1999年までの10のインタビュー
を収録している。これが非常に面白い。編者自身も自覚しているように、イ
ンタビューはアンサルドゥーアの著書を何冊も束ねたような膨大な情報量を
蔵している。いや、著書以上に多くのことを含んでいると言えよう。つまり
本書は格好のアンサルドゥーア入門であると同時に、自伝であり創作ノート
であり大全とも言うべき豊穣さを備えている。
セクシャリティとスピリチュアリティとの関連とは何か。例えば彼女はオル
ガズムを他者との合一であると同時に自他以上の何かとの合一でもあると捉
えている(37頁以下参照)。ここだけを抽出すると彼女の言いたいことの半
分以上を見誤る可能性があるので注意したい。彼女が重視しているのは、越
境の精神性であって、呪術的な神秘主義ではない。
現実の社会運動において、彼女は繰り返し、男性との共闘や異なる共同体間
の同盟は可能だと主張し、一人ひとりがその掛け橋(bridge)となりうるこ
とを語ってやまない。ネオ・トライバリズムの台頭についてイネス・エルナ
ンデス-アビラと交わす対話は、本書でも読んでいて胸を詰まらせる、非常
に緊張感のある一節だが、それでも彼女の「掛け橋」としての熱情は尽きる
ことがない。
ボーダーランズ、境界という言葉はまたたくまに人口に膾炙し、ポストモダ
ン社会を占う便利な概念として様々な場面で活用され始めたが、彼女は今、
かつての境界(Frontera)という言葉に代えてNepantlaというタームを使っ
ている。このNepantlaも境界を意味するのだが、ここではより濃く精神性の
次元が強調されている(編者による解説も参照。5頁以後)。
「私がもともと意味させているより限られた定義で『境界』というメタファ
ーを使う人たちがいるので、精神的で情念的な側面をより強調しようと思っ
て、nepantlaという言葉を使い始めたのです。この言葉によって、精神的な
世界との紐帯、死後の世界や心霊的空間との紐帯はより鮮明になりました。
この言葉はよりスピリチュアルでサイキック、超自然的で、土着的な共鳴を
意味しているのです」(『インタビュー集』176頁)
彼女の言うスピリチュアリティは、繰り返すがいわゆる現代的オカルト(思
えばこのオカルトという言葉もラテン語時代に比べてずいぶん脚色されたも
のだが)ではない。アンサルドゥーアのキータームにconocimientos、叡智
とでも訳すべき言葉があるが、その叡智と対極の概念としてdesconocimiento
というのがある。これは「知らないこと、知ることを拒絶すること、無視で
あり、害を与え、交流を取り返しがたく失敗させ、信用を裏切り、破壊する
もの」である。ゆえに現代の人間的生活における諸悪であるとされる(178
頁参照)。
この激越な言葉は、越境し結び合おうとする人間にとっての原初的な力ある
いは場(それがスピリチュアルなもの=魂であるわけだが)を阻むものへの
怒りから来ている。アンサルドゥーアのスピリチュアリティとは、境界を越
えて未知の一人ひとりの「あなた」と結びつきあう力を言うのだと思う。
キーティングとの対話の末尾近くに、「あなたの怒りの質は変わってきたの
ですか」という問いかけがある。アンサルドゥーアは答える、「ええ、もっ
と和らいできました。怒りが込み上げてくるとすぐに考えるのです、まてよ、
自分がしていることをよく見なきゃ! この怒りは何かの役に立つかしら、
私は怒りを感じる相手より素晴らしい人間かしら、この世界をより良くして
いく助けになるかしらってね」(288頁参照)。彼女はけして態度を軟化さ
せたわけではない。日本という国でまともに怒ることすらできない私たちが
更に彼女のこの自然体と観察眼に共鳴できるまでには、まだはるかに時間が
かかるのだろう。
アンサルドゥーアの自覚=魂は次の通りである、
「私の役割は、教師であり癒し手であり、(文化の)翻訳者であり瞑想する
者です。それが私の作家としての仕事です」(200頁参照)。
彼女が「旅人よ、掛け渡す橋はもともとあるのではない。人が歩み、橋がつ
くられるのだ」と書くとき、私は魯迅の次の言葉を思い出す、「希望とは、
もともとあるものだとも言えぬし、ないものだとも言えない。それは地上の
道のようなものである。もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、
それが道になるのだ」(『故郷』竹内好=訳より)。この素朴で力強い言葉
を前にして書き継ぐ言葉はない。ただ、掛け渡すために誰かに会いに行くこ
と、それだけだ。[2000年9月25日]
参考文献
Gloria E. Anzaldua "Interviews / Entrevistas" Routledge, 2000,
isbn:0-415-92504-5, $18.95-
http://www.routledge-ny.com/
"Borderlands / La Frontera : The New Mestiza" 2nd edition,
Aunt Lute, 1999, isbn:1-879960-56-7, $13.95-, Introduction by
Sonia Saldivar-Hull
http://www.auntlute.com/anzaldua.htm
Afterwords : Tommorow is her birthday. I, just an unknown reader
in Japan, would sincerely say to Gloria, Happy Birthday to you!!
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