| 第18回 編集者に徹する大学教授ロトランジェの旺盛な活躍ぶり |
2001.1.25.
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シルヴェール・ロトランジェ(あるいはロトリンガー)と言えば、ニューヨークを拠点にした前衛的理論誌「セミオテクスト」の名編集者として知られている。ドゥルーズ+ガタリやフーコー、ボードリヤール、ヴィリリオ、ネグリらの著書やインタビュー集を共同編集者のジム・フレミングとともに数多く手がけた「フォーリン・エージェント・シリーズ」や「ダブル・エージェント・シリーズ」は、セミオテクストの名義で、新左翼系出版社オートノメディア(あ
るいはアウトノメディア)から出版されている。
http://www.autonomedia.org/
例えば「フォーリン〜」の中核となる一冊『純粋戦争』や『メタトロン』、またジム・フレミングがピーター・ランボーン・ウィルソンと共同編集する「ニュー・オートノミー・シリーズ」の『TAZ』はすでに日本語訳が存在する。『純粋戦争』はロトランジェが1982年にヴィリリオと交わした対談集であり、細川周平氏による歯切れのいい訳でUPUから1987年にGS叢書の一冊として刊行された。原書では1997年に「情報戦争」と題された15年ぶりの対談を後書
に加えた新版が刊行されている。ベルリンの壁が崩れ、ソ連が解体した後も、対談のアクチュアリティは失われておらず、「あれからいろいろなことが起こったけれど事態は良くなってないね」とヴィリリオも開口一番で述べている。
"Pure War" Revised Edition, 1997, Semiotext(e), Autonomedia,
ISBN:1-57027-078-3
ソル・ユーリックの名著『メタトロン』は晶文社から出ているし、ハキム・ベイの戦闘的社会理論書『TAZ』はインパクト出版会から刊行されている。一方ロトランジェの17歳年下の妻であり、ニュージーランド生まれの映像作家であるクリス・クラウス(あるいはクロース)は、同じセミオテクストのブランド内で「ネイティヴ・エージェント・シリーズ」の編集を受け持っており、キャシー・アッカーや自らの小説を刊行している。当初はシルヴェールと共同編集だったがその後単独で担当するようになった模様である。
クラウスの小説というのは、1997年10月に刊行された問題作『アイ・ラヴ・ディック』であり、夫シルヴェール公認の超妄想的浮気ラブレター集のことだ。世間からは「ホントにヤバい本」と評された問題作で、一方的に横恋慕され、理解不能な事態に当惑しつづけた当人であるディック・某氏はどうやら訴訟を起こしかけたようだが、その数200通を超えるラヴレター執筆にシルヴェール自らも積極的に荷担したのだから、確信犯というべきだろう。ちなみにこの小説は1999年の11月に1時間半の舞台としてレズリー・モーンによってニューヨークで演劇化されている。やれやれ。
"I Love Dick" 1997, Semiotext(e), Autonomedia, ISBN:1-57027-046-5
さて、そもそもシルヴェール・ロトランジェ(1943?-)はコロンビア大学のフランス語及びロマンス語言語学学部の教授であり、アメリカにフランスのポスト構造主義思潮を積極的に紹介してきた張本人である。現在は休暇中のようだが、比較文学の講座を担当しており、1980年代におけるフランス現代思想とアメリカ現代批評の関係性や、フランス現代思想とデュルケームやモースやタルドら社会学者たちの言説の関係性、フランス文学におけるファシズムの表象論やセリーヌ論を大学院生に教えている。同僚には文学理論家ミカエル・リファテールや、植民地文化研究者のマリーズ・コンデらがおり、リファテールとは第二次世界大戦以後のフランス作家について共同で講義したりしている。今月ラウトレッジから刊行された新刊も『アメリカにおけるフランス現代思想理論』
[サンド・コーエンと共編]というタイトルだった。
"French Theory in America" 2001, Routledge, ISBN: 0-415-92537-1
ロトランジェの動向は大学の学部ニュースで毎年一回は大要がわかるのだが、1999年11月には妻のクリスとともに「シモーヌ・ヴェイユ:真理への狂気」と題された国際会議を主催している。これはシモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』
を扱ったクリスの自称「失敗作」フィルムとも連動しており、クリスはヴェイユについてと、オンライン上のSM友達について(なんでこの二つが一つになるのかはお楽しみ)書いた、小説第二作となる『異人たちと食欲不振』を2000年に発表した。
"Aliens and Anorexia" 2000, Smart Art Press, Semiotext(e),
Autonomedia, ISBN 1-58435-001-6
ついクリス・クラウスの奇特さに引っ張られてしまうが、本稿で紹介したかったのは基本的にたった二つの情報だ。ひとつは、ロトランジェは編集者として長いことオートノメディアと付き合ってきたが、オートノメディアの経済状況
によるのかそれとも他の理由からか、「タブル・エージェント・シリーズ」のみがMITプレスに発売元を移動したということと、毎年それなりの数の論文
を発表しているにもかかわらず、編集者に徹することを信条としているのか、いまだに単独著は1988年にパンテオン・ブックスから出版した『露出過剰:アメリカにおける性的異常について』(現在絶版)だけである、ということだ。
"Overexposed : Treating Sexual Perversion in America" 1988,
Pantheon Books, ISBN:0-394-75731-9
まずは第一点目について。転機は1999年に訪れたようだ。ロトランジェはバタイユとクリステヴァのアブジェクシオン論を中心に編んだ論文集『モア・アンド・レス』をセミオテクストの一冊として刊行したが、どこのシリーズにも所属させていない。同年にヴィリリオの『最悪なものの政治学』(邦訳『電脳世界』産業図書1998年)と、リュス・イリガライの『なぜ違うの?』の、ふたつのインタビュー本を「フォーリン・エージェント・シリーズ」としてオートノメディアから発売した。翌年の2000年、スマート・アート・プレスとセミオテクスト「ネイティヴ・エージェント・シリーズ」の共同発行的扱いで、オートノメディアを発売元にクリス・クラウスの上述の小説第二作が出る。そして、長年予告されていたロトランジェ編集によるウィリアム・バロウズのインタビュー集が、1998年当時の320頁を大きく上回る675頁の大冊として、スマート・アート・プレスとセミオテクスト「ダブル・エージェント・シリーズ」の共同発行、MITプレスの発売で、2000年12月に刊行されるのである。
"Burroughs Live" 2000, Semiotex(e), Smart Art Press, MIT Press,
ISBN:1-58435-010-5
ややこしいがつまり、ロトランジェ夫妻は1999年にオートノメディアという拠点との関係に区切りをつけて、その後も現存のシリーズで継続的に付き合うことがあるにせよ、MITプレスへの発売元の引越を開始したのだ、と推測できる。現品の書籍すべてが手元に揃っているわけではないので、ウェブサイト上のあらゆる情報源を丸一日以上かけて検索して、錯綜し食い違う書誌データ群を何度もひっくり返しながらそういう暫定的結論に達した。明け方が迫り、もはやどうでもいいような気分になってくることにハタと気付くがもう遅い。
ロトランジェは今後、2001年5月以降にクリス・クラウスとの共同編集による『資本主義への憎悪:セミオテクスト・リーダー』や、ジル・ドゥルーズの1956年から1992年に至る、単行本未収録論文60本を集めた『マイナー・ワークス』、
訳者としてヴィリリオの『薄明の夜明け』を次々に刊行していく予定だ。アマゾン・コムでは版元が「Unknown」つまり不明となっているが、これは別の情報源によればMITプレスが発売元になることは間違いないようだ。発行元が
セミオテクストで、それぞれシリーズが『資本主義〜』は「ダブル・エージェント」、『ドゥルーズ』と『薄明の』は「フォーリン・エージェント」とされている。そうなると「ダブル」シリーズだけでなく、「フォーリン」も移動、つまりオートノメディアからは企画を引き上げるということか?
"Hatred of Capitalism: A Semiotext(e) Reader" ISBN:1-58435-012-1
"Gilles Deleuze: Minor Works" ISBN:1-58435-003-2
"Crepuscular Dawn" ISBN:1-58435-013-X
業界人ならすぐにわかるだろうが、ISBNがすでに13番目の書目まで決定しているということは、ここに紹介していない近刊にすでに番号が振り当てられてい
るということだ。残念ながら今はそれらの企画が何かを確認する気力がない。 ISBNの「計算方法」を知っている人は、10桁目のディジットを算出して、トライしてみるのもいいでしょうね。
最後にロトランジェの単独著書が本当に一冊しかないらしいことに言及しておく。彼の活躍ぶりはこの二年のことなら英文だが以下のサイトで分かる。
http://www.columbia.edu/cu/french/newsletter9900.htm
http://www.columbia.edu/cu/french/newsletter2000.html
できれば上記の情報を漏らさず紹介したかったが、もはや拙文は長い。アルトー論や、デュラス論、ジョン・ケージ論を発表したり、ドゥルーズ+ガタリをめぐる国際会議を開いたり、彼らの映像資料を編集したり、オランダへ行ったり、イスラエルへ飛んだりの活躍である。
彼の唯一の?著書『露出過剰』はUPUのGS叢書の一冊としてささやかながら1987年当時近刊予告されていた。しかし細川周平氏も目を通したその草稿は、
その後誰が翻訳作業に入ったのか関係者以外には不明だし、雑誌『GS』もやがて終刊し、都市デザイン研究所発行の季刊『都市』を経て、NTT出版の
『インターコミュニケーション』へ発展的に解消していく過程で、企画自体が流れてしまったらしい。今となっては原書も絶版で、オンラインの古本屋で探せばポツポツ見つかるが、この人は一生、編集が達者な大学教授として過ごすのだろうか。
上記の2000年のニュースレターで、ロトランジェは「1999年、東京のサピオ・プレスから刊行された『歴史の終わりと黙示録の世界、アサダ・アキラ』に収録されている「ヴァーティカル・コンティネント」」を、出版された著述の一つとして紹介しているのだが、これは言うまでもなく、1994年に小学館から刊
行された浅田彰氏の対談集『「歴史の終わり」と世紀末の世界』のことで、これは1999年に『「歴史の終わり」を超えて』と改題されて中公文庫になっている。この本の第9章に「アメリカは退屈で死に、日本は虚無をぬくぬくと生きる」と題されたシルヴェール・ロトランジェと浅田彰氏の対談がある。もともと雑誌『サピオ』に掲載されたから、サピオ・プレスとなったのだろうが、それとも小学館の海外ブランドにサピオ・プレスというのがあるのだろうか。関心が及ばず知らないけれども、いずれにせよ、ロトランジェの声に接するには、彼同様に一流の編集者教授である浅田彰氏の文庫のほかは、対談にせよ雑誌論文(例えばGS第2号「特集:ポリセクシュアル」所収の"defunkt
sex"。GSは第3号までは冬樹社より発行発売)にせよ、日本でも古本屋に当たるしかない。[2001年1月24日]
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