| 第6回 「かわいいもの」という神−横谷福子展(小林孝子構成)
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1999.10.15.
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「かわいいもの」は今や生活のあらゆる部分に浸透しているかに見える。 巷に溢れる看板や広告、ふと手に取る文房具に至るまで、女の子の感性を基
準にしたデザイン感覚が圧倒的な力を誇っている。ムサ苦しい男子たるぼく も女の子の感性に追随するのでなければ満足な日常生活を営むことができな
い。だいたいインターネット上に開かれたホームページの数々を見てみなさ い。多かれ少なかれ、「かわいらしさ」を感じさせるデザインが施されてい
るではありませんか! 大の大人の男性が、視覚的要素で勝負しようとする と途端に、感性の面で部分的にでも女の子にならなくてはサマにならないな
んて、うーん、面白い時代。まだまだ男性優位社会の現代だが、ことデザイ ン面に限っては断然に女性優位ということが言えるのではないだろうか。
この「かわいいもの」への嗜好は、いわゆる「生産」だの「建設的」だの といった、前向きというより前しか向かない概念に対し、無言で反抗の意志
を露わにしているように思える。ある行為に対し、利益をあげるという均一 的な目的を掲げることを拒否し、行為に対してあくまで個人の精神的な満足
だけを対応させようとする試みが、「かわいいもの」への嗜好に結集してい るように思えるのだ。
それでもこの「かわいいもの」という文化は「生産」側に目をつけられ、 ともするとあっさり「大量消費」という形に変質させられ、骨抜きにされて
しまう。個人が個人に即した感性のあり様を追求しきる試みには、「かわ いい」外見とは裏腹な困難が付き纏うのだろう。
今回ご紹介する横谷福子展(mole 10/11〜16)は「かわいいもの」 に主体性の確立を賭けた人間の記録ということが言えるかもしれない。
横谷福子は昨年28歳で拒食症と闘った末亡くなった工芸作家である。彼 女と高校以来の友人である写真家・小林孝子がこの展覧会を構成した。
ギャラリーで販売されたポストカードセット(1000円 ものすごくよ くできています)の付録についている略歴によると、幼少の頃に受けたイジ
メの体験や人間関係のしこりなどから中学生頃から拒食症気味となり、生涯 にわたって入退院を繰り返しながら創作活動に励んでいたということだ。残
された僅かな体力を使って作られた様々な小物・人形の類は、「手作り」と いう言葉をそのまま形にしたような、細やかで動きに富んだ表情に満ちてい
る。幸せそうなウサギのお雛様、飛び出す絵本の登場人物のような七福神、 最初期の作品と言われるドールハウス(頭の中にある理想宮を具現化したよ
うだ)。それらは皆、細かい部分にこそ濃密な愛情と時間がかけられている ことがわかる繊細極まりない品物で、味わい尽くすのに長い長い時間をかけ
なければならない「反・大量消費財」の見本のようなものばかりである。社 会生活からはみ出してしまった自分を回復するために−こういう言い方は嫌
いなのだが彼女の作品に対しては正直にそう思う−自分の嗜好する「かわい いもの」という概念を信仰の対象のように捕らえ、神の似姿として、金太郎
の紙細工やお団子のオブジェなどを作り続けた、そのような印象を持たされ た。
もちろん、横谷福子の作品に彼女が彼女の人生に感じていたであろうよう な悲壮感などは微塵もない。鑑賞者は純粋に楽しめばよいだけだ。その作品
を見ながら横谷福子という人も、下手に生活の自立・社会人としての自立な どというお題目に頭を悩ませず、好きなことを当座続ける手立てだけ持って
人生を楽しむことだけを考えればよかったのに、と思わざるを得ない。「自 立」なんていうのは、「生産」中心型社会が押し付けてくる妄想に過ぎない
よ。君が信じる「かわいいもの」という神様の教えてくれるものだけを大事 にして生きていけば良かったんだよ。君が他人と真の「社会的関係」を結び
たかったら、社会からはみ出さないようにするのでなく、はみ出してしまっ た部分を突き出すようにして堂々とするのが良かったんだよ、などと言いた
い気分になるが、本人を知らないぼくとしては口を慎むしかないところ。
この展覧会で、横谷作品を撮影した小林孝子の精度の高い写真作品のこと を忘れてはならない(忘れてはならないどころではない)。小林孝子はポラ
ロイド写真を中心に創作活動を続けてきた俊英である。ぼくは今まで彼女の 個展を3回見ているが、遊園地や自室のお気に入りグッズなどを対象に「か
わいいもの」を渇望する自分の心の情動を追求しており、見るたびに強い刺 激を受けた。今回の作品群も、裸眼では見えない横谷福子の工芸品に宿った
「かわいいもの」という神の表情を捉え切っている。小林孝子自身が、身も 心も横谷ワールドの一員になりきっているようだ(特に狐の人形のこちらを
向く視線)。
横谷福子と違って、ゴハンをパクパク食べる健康と自分を他人に見せつけ るという点でずぶとい神経を持つであろうと思われる(?)この写真家が、
横谷福子の遺志を継いで「かわいいもの」教の教えを広めていかれることを 心より願う次第である。
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