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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★読書日記2003「関西で飲み、買い、売った日々」佐藤健太
 →阿佐ヶ谷の某版元の企画営業担当者が出張のあいだに読んだ本は。
★新連載「食の本つまみぐい(1)」遠藤哲夫
 →〈大衆食堂の詩人〉エンテツが料理文化史の重要本を紹介します。
★「もっと知りたい異文化の本(16)」内澤旬子
 →今回は本じゃなくて映画ですが、まさしく異文化に触れる作品です。
★「中山亜弓が選ぶこの一冊(11)」
 →100年後にも人々に使われる文字を創ろうとした人々の物語です。
★「全著快読 古山高麗雄を読む(8)」荻原魚雷
 →昨年亡くなった芥川賞作家の残した約50冊を丹念に読んでいきます。
★「文庫解説目録雑記帳(2)」吉田勝栄
 →短期集中連載。岩波文庫『資本論』の出版をめぐる奇々怪々の事情とは。
★「今月ハマったアート本」平林享子
 →編集にトークショーにと多忙な平林さん、今回は休載です。
*本文中の価格は、すべて税抜き(本体)価格です。

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■読書日記2003 関西で飲み、買い、売った日々 佐藤健太
 『熊笹にかくれて』におけるハンセン病の描き方
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【某月某日】
 奈良の大学を営業して回り、夕方、大阪の書店へ。人文書の担当者と会って
店を出たら午後8時ちかく。迷惑な営業である。急いで南海なんば古書センタ
ーへ向かうも、シャッターが下りていた。昨日も阪急古書のまちへ着いたのが、
やはり8時過ぎ。当然閉まっていた。この時間では入れないのは重々承知して
いたけれど、もしかしたらお客がねばっていて開いているんじゃないか、とか
期待した私がばかでした。
 近くのブックオフに入る。山尾悠子『夢の棲む街/遠近法』(三一書房、
1982年)700円を見つけてしまい、他にもあるのではと店内をくまなく歩く
が、他には収穫なし。夕食後、今日泊亜蘭『光の塔』(ハヤカワ文庫、1975
年発行、1995年4刷)を読む。

【某月某日】
『光の塔』読了。再読なのだが、変わらず楽しめた。火星語とか東アーレス語
とか言語へのこだわりが好きだ。早射ちの竜四郎がいい味を出している。

【某月某日】
 大阪の大学営業終了後、阪急古書のまちへ駆け込む。やはり閉店間際だ。リ
ーチで絵葉書を漁る。「伊香保名勝」8枚、「草津温泉名勝絵葉書」1枚、「霊
場身延山ハガキ」7枚、合計1900円。いずれも年代不詳。太田書店で宮島俊
夫『癩夫婦』(保健同人社、昭和30年)800円。解説は阿部知二。
 その後、神戸春日野道へ。関西ホッピー委員会第1回会合へ乱入する。烏本
舗・川辺さんに誘っていただいたのである。海文堂書店さん、喜久屋書店さん、
幻堂出版さん、みずのわ出版さん……烏さんをのぞいて初めてお会いする人た
ちばかり。ホッピーで気持ちよく酔っぱらう。

【某月某日】
 神戸大学で開催された日本科学史学会へ。塚原東吾先生をはじめ久しぶりに
会員の方々と会う。書籍の販売などをして懇親会にも参加。
 畸人郷(http://www.portnet.ne.jp/~noraneko/)の野村恒彦さんから神戸の
古書店を教えてもらう。町へ出て二次会。へろへろになる。
 翌日も科学史学会。発表が始まってから、販売は学会のアルバイトさんへ任
せて海文堂書店へ営業に。仕事を終え、本を買う。ホッピーでハッピー党編
『ホッピーでハッピー読本』(アスペクト、2000年)1200円、西東三鬼『神戸
/続神戸/俳愚伝』(講談社文芸文庫、2000年)1300円など。
 元町駅へ出て賢明女子学院短期大学の蘭由岐子先生と会う。中華料理屋で昼
飯を食べながら、今度出す予定の著作の打ち合わせ。会場片付けのため、急い
で神戸大学へ戻る。打ち上げに参加、終電で京都へ。結局、神戸の古書店は一
店も訪ねることかなわず。車中、木々高太郎『熊笹にかくれて』(桃源社、昭
和35年)を読みはじめる。

【某月某日】
 京都の大学を営業して、三月書房へ。島田等『次の冬』(論楽社ブックレッ
ト6、1994年)1500円と小野十三郎『日は過ぎ去らず』(編集工房ノア、1983
年)1800円を購入。

【某月某日】
 書店回りをして、アスタルテ書房へ。マンションの2階という探しにくい場
所にあったが、幸い迷わずに到着。生田春月『霊魂の秋』(昭和8年発行、同16
年12刷)、同『感傷の春』(昭和9年発行、昭和16年12刷)2冊で600円。萬
字屋書店にて、近藤憲二『一無政府主義者の回想』(平凡社、昭和40年)1000
円を購入。

【某月某日】
 東京へ帰る新幹線の中で『熊笹にかくれて』読了。実際にあったハンセン病
者の冤罪事件・藤本事件を題材にしている。推理小説として物足りないだけで
なく、ハンセン病の描き方に当時の医学界の影響が大きく影を落とし、国家に
よる強制隔離政策の功罪を覆い隠してしまっている。ヒューマニズムとは遠い
地点で書かれた作品。「遺伝病ではない、りっぱに伝染病ではあるが、しかし断
種する、断種する必要がある」(「光明園にゆく」林髞名義の『世相の生理』読
売新書、昭和30年、所収)云々と書いているのを、帰宅してから確認した。

〈さとう・けんた〉1974年東京都生まれ。某出版社・営業企画部に勤務。営業
に行ったはずなのに、買った本が大荷物に。何をしに行ったのやら……。

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■食の本つまみぐい 遠藤哲夫
 (1)日本料理史上最大のお騒がせ本
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江原恵『庖丁文化論―日本料理の伝統と未来』講談社、1974年

 1972年、俺の築地市場出入り始まる。みな同じに見える男たち、濃い色の
腰腿まわりダボダボズボンのガニ股ごつい身体、計算喧嘩はやそうな尖がった
目つき野蛮が弾ける面構え、スケベそうな口元カワイイね。そんな無名の板前
だった江原恵45歳、73年当時のエッソスタンダード石油広報部発行『エナジ
ー』誌の懸賞論文募集に『庖丁文化論』で応募。審査を通り高田宏編集人の手
で翌74年2月エナジー叢書に、話題騒然10月には講談社から刊行。俺は詩人
長谷川龍生の紹介で江原と出会う。

 日本料理史上これほどのお騒がせ本はない。権威筋からすればタカガ庖丁一
本の渡り職人が「日本料理は敗北した。正確には、日本の、料理屋料理は敗北
した」と断言、「敗北を敗北と認めないやから」と内部告発さながらの過激な
言動。狼狽と激怒と喝采が渦巻く。

 すでに日本料理の退潮あらわ。その原因は、非日常趣味遊芸の料理屋料理が
日常実用の家庭料理を隷属させ、つまりは”料理文化”と”おかず文化”の亀
裂を深めてきた日本料理の構造にあると江原は指摘。頂点に立つ四條流を解剖
し懐石料理誕生の中世から遊芸化すすむ近世をたどり検証、「料理史以前」「草
創期」「完成期」「変革期」を位置づけた。江原以前も日本料理史らしきはあ
ったが食物史や風俗史としてのそれで断片的、ここに初めて荒削りながら文化
史技術史として正面から取り組んだ著作が生まれた。

 江原の主張は、食事文化は家庭料理の基本に立ち返るべきというアタリマエ
のこと。それが騒ぎになる状況があった。75年河出書房新社『まな板文化論』
生活料理学の提唱、槍玉にあげられたNHKは江原を招き、料理番組内容は手
直しなど、お騒がせは続く。一方、72年『文藝春秋』10月号から丸谷才一
『食通知ったかぶり』が始まっていた。で、コレが問題の次回のオタノシミ。

〈えんどう・てつお〉フリーライター。泥酔終電帰宅午前一時半の日々。還暦
のトシに暑さもあってキツイ。嫌いじゃないから毎日ソルマック飲んで頑張る。
ケド、ついにサイトの更新が遅れ気味。
「ザ大衆食」
http://homepage2.nifty.com/entetsu/
 
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■もっと知りたい異文化の本  内澤旬子
(16)映画編 こういう国際試合なら観にいきたい!
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『アザー・ファイナル もう一つの決勝戦』(2002年、オランダ=日本)
監督 : ヨハン・クレイマー
出演 : ブータンサッカーチーム/モントセラトサッカーチーム

 私はサッカーには全く興味がない。昨年のワールドカップの時はバリ島にい
たくらいだ。それでも決勝戦と同じ日に世界ランキング最下位戦が行われたこ
とは知っていた。開催場所は202位のヒマラヤの小国ブータン。対戦国は203位
のモントセラト。カリブ海の小さな島国だ。テレビの映像では、試合中、グラ
ウンドに犬が闖入した模様がコミカルな音楽つきで放映されていた。ほほえま
しく眺めたと思う。
 この最下位戦が行われるまでのドキュメンタリー映画が、今回紹介する『ア
ザー・ファイナル もう一つの決勝戦』だ。2002年に劇場公開され、ちょうど
今レンタルビデオ屋に新作扱いで並んでいる。

 この試合のオーガナイザーはオランダ人青年マタイアス・デイ・ヨング氏。
自分の国が予選敗退したことから、この企画を思いついたという。
 カメラは二つの国の人々とサッカーを巡る事情を交互に映し出す。モントセ
ラトは97年の火山噴火で競技場が厚さ一メートルの火山灰に覆われ、閉鎖さ
れていた。世界的ヒットになったソカ音楽HOT HOT HOTは火山噴火を歌ったも
のだ。今も、雨が降るたびに火山灰が目に入るため、練習を中断しなければな
らない。一方のブータンも選手たちは科学的なコーチを一度も受けたことがな
い。ただサッカーが好きで、子どものときからボールをけっていただけ。コー
トはでこぼこで、石灰を入れて線を引く器具すらない。両手で石灰を掬っては
土に落として線を引く。

 顔も風土も宗教もまったく違う二つの小国は、奇妙なくらい類似している。
教育、設備などなど、サッカー環境を整える予算がないこと。にもかかわらず
国中の人々がサッカーを非常に愛していることも。そして国民のほとんどが英
語を堪能に話すことも。
コーチの急死や辞任、審判の不在など、様々なアクシデントを経て、いよい
よモントセラトの選手団がブータンに向かう。その道のりがまたすさまじい。
飛行機の乗り換え回数なんと8回。しかもそんな長旅なのに、なぜかでかいキ
ーボードを持参。アムステルダム空港で全員息も絶え絶えにHOT HOT HOTを歌う。
ブータンについてからの歓迎バスの中でも歌う。選手歓迎会でも歌う。

 ブータンの町を歩く姿もリズミカル。ていうか、サングラスもかけてるし、
背もでかいし、貧乏でも洒落者。ニューヨークのダウンタウンあたりにいる不
良が肩で風切って歩いているように見えなくもない。ちょっぴりおびえつつも
歓迎するブータン人はといえば、背も小さいし、国民の9割がゴというどてら
のような民族衣装を着用。百年前と変わらない風俗を誇りを持って維持してい
る頑固者たち。ランキングが決めた組み合わせとはいえ、ものすごい対比だ。

 試合は無料。グラウンドの周りは椅子もないただの斜面だが、思い思いにフ
ェイスペイントをしたブータン人がびっしりと取り囲む。かたや本流の決勝戦
が行われる埼玉スタジアムは7万2千人収容、天蓋と芝生自動給水装置が付き、
椅子にはドリンクホルダーがついているというわけだ。やることは同じ、球蹴
りなのにね。
 結果は長旅の疲れで選手の何人かがウィルス感染したモントセラトが惜敗。
ヨング氏が真っ二つに割れた優勝カップを両チームに渡すと大歓声があがる。
こどもたちがモントセラトの選手を取り囲み、サインをねだる。「サインなん
て生まれて初めてだよ」と照れくさそうに笑う選手たち。スポーツは勝ち負け
ではないと、聞かされるたびに虫唾が走ったものだが、生まれて初めてスポー
ツを通じて分かち合えるものってのがあることを納得させられた。これぞまさ
に異文化交流。

 ブータン史上最大(!)の記者会見で、世界中のメディアを前にヨング氏は
言う。「この試合に、一流スポーツブランドメーカーにスポンサーを依頼した
が断られた。ワールドカップの決勝戦は、まるでナイキとアディタスの試合の
ようだ。彼らがサッカーの真の繁栄を望むなら、ブータンやモントセラトのよ
うな国をこそ援助するべきなのに」
 サッカーの良さは、ボールがひとつあれば済むことだと、サッカーファンは
したり顔で言う。だからどんなに貧しい国の子どもたちでも遊べるんだとも。
たしかにそうだけれど、この現状はなんなのかしらといいたくなる。試合に犬
が闖入するシーンだけを流して視聴者(私のことです)を無責任に笑わせてお
いて、ドイツーブラジル戦では、涙を浮かべて熱弁をふるったレポーターども
よ、本当にサッカーが好きならもっとマジメにこういう国々を取り上げても良
かったんじゃないのか??

*公式サイトを見たら、この映画のお陰でブータンのDruk Unitedチームに、
英国の企業から初めてのスポンサーのオファーがきたそうです。
http://www.theotherfinal.jp/

〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。9月7日にヨコハマのバー
「STOVES」で、掌サイズの豆本作りのワークショップをやります。中身もコ
ラージュなどで埋めてもらうので、一日がかりの作業になりますが、興味の
ある方はどうぞ。定員8名先着順。CYM01760@nifty.ne.jpまで

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■中山亜弓が選ぶこの一冊
(11)人の手を経て生れる文字の美しさ
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鈴木本制作委員会『鈴木勉の本』字游工房、非売品、1999年発行

 山口瞳の『礼儀作法入門』(新潮文庫)では、氏の経験に基づくビジネスマナ
ーが多く提案されている。その中で、地方に工場見学をした際のエピソードが
ある。現場であれこれ質問をしたところ、後で、上司が技術系の部下を連れて、
彼の宿泊先までやってきて、別室を確保してお茶と菓子でもてなしつつ、手際
よく質問事項に答えて帰って行った。氏はそのスマートさ、心遣いに感心する。

 フォントをデザインする会社・字游工房の社長・鳥海さんや部下の岡澤さん
とお会いしたときも同じような印象を受けた。私がときどき原稿を書いている
版元ドットコムというサイトの書評コーナーに岡澤さんも参加することになり、
他の執筆者や管理人が、この機会に岡澤さんの仕事場に押し掛けて、フォント
作りを見学させてもらおうと言い出したのだ。私は仕事があったのと、学生時
代の授業さえ聴いているうちに眠っていたのに、コンピュータの話にならさら
にチンプンカンプンだろうからと、仕事が終わってから会食に合流させていた
だくことにした。

 後から居酒屋に行くと、大きな声で楽しく場を盛り上げる鳥海さんと神妙な
顔でそれを聴いているようでいてときどきつっこみを入れる岡澤さんと見学者
の二人がいい雰囲気で飲み食いしている。
 ときどき「溝ひき」などという、その日、見せていただいた作業が話題にあ
がり(ふーん、そういう手作業で字を描いてたりするんだ…、なーんだ、だっ
たら見たかったなぁ)と、ちょっぴり後悔もした。

 鳥海さんは「お腹がすいてるだろうから、うどんをみんなで食べよう。ここ
のうどんは(食べたことないけど)きっとおいしいと思う!」といって、みん
なでうどんをいただく。お腹がいっぱいになるころ、岡澤さんがだまって席を
たち会計をして、終電や乗り継ぎが気にならない時間におひらき。駅で「今日
はわざわざありがとうございました」と並んで頭をさげる二人のたたずまいは
会社くささがなくて、どこかさわやかであった。

 そんなわけで、私は、「字游工房は社員教育がいいのか、それともみんなが
大人なのかなぁ」とか「文字のデザインって職人技みたいで面白そう」とか
「あ〜、わからなくても見学に参加しとけばよかった」などと、しばらくの間、
想いがめぐって、食事のとき話題にのぼった字游工房が出した『鈴木勉の本』
のことが気になった。

 この本は、鳥海さんたちと会社をおこした初代社長で、優れたタイプフェイ
スデザイナーであった鈴木勉さんの仕事と人を記録するために自費出版された
もの。文字デザインの第一線で活躍しながら98年に若くして病気で亡くなった
鈴木さんの業績や志を受け継ぐべく作られたもの。非売品で、生前の鈴木さん
を知る人や字游工房が御世話になった方を中心に配布された。その残部を岡澤
さんにお願いしてわけていただいた。
 その本文は、鈴木さんが病床でデザインし未完のまま遺した文字を字游工房
で仕上げたJK明朝体を試用し、平野甲賀氏が装丁を手がけている。

 第一章は鈴木さんが開発してきた書体の紹介。写真植字機研究所(写研)に
入社して間もなく、23才で石井賞創作タイプフェイスデザインコンテスト最優秀
賞を受賞したスーボというユニークな極太文字(太いと線が重なったり空きが
つぶれてしまうが、重なり部分やつぶれを “くい込み”というアウトラインを
白抜きにして立体的に見せる方法で解消した画期的文字)にはじまり、会社の
要請で開発した様々な文字や明治期の活字を現代的に復刻した文字、独立して
字游工房をおこしてから力を入れたヒラギノをはじめとする基本書体まで……。

 字体ごとにサンプルを出しながら、開発のいきさつや制作プロセス、苦心し
た点などの解説を読むと、ふだんは気にとめることのなかった文字のひとつひ
とつが人の手を経て生み出されたものだと改めて気づかされる。

 若き日にのびやかに才能を発揮して創った文字もあれば、会社員として様々
なニーに応えながら部下をとりまとめ納期に追われて苦心して作り上げた文字
もある。そんな苦い経験や意を異にする上からの注文さえも、鈴木さんの中で
消化されて文字作りや組織作りのノウハウとして蓄積されてゆく。
 早くに才能を評価されながら、鈴木さんは組織の一員あるいはまとめ役に徹
して匿名性の美学を重んじ、100年後にも広く人々に使われる文字を創りたい
という静かな情熱を高める。

 書体は約8000字で1セット、一人で全部をデザインしたら3年はかかるとさ
れるが、コンセプトを固め、できあがった文字を摺り合わせ修正しながらチー
ムで創りあげる。
 プロジェクトXな状況ではあるが、落盤事故やら大噴火といった派手な見せ
場はない。ただ斜字体を創っている間はテーブルに置かれたコップが斜めに見
える、というくらいに目や神経が酷使されるくらい、机上での静かな闘いが展
開される。

 しっかりしたコンセプトをもって創られながら目立たず目になじみ、どんな
組み合わせも違和感のない書体の創作。そう、それは飲み屋で受けた字游工房
の二人の印象に通じるように思う。
 古くからの職人技が減ってきたと嘆かれる一方で、タイプフェイスデザイン
という分野で職人的な精神と技が受け継がれようとしているのはすばらしいこ
とだと思う。そして、もうひとつ、フォントの見本を眺めながらつくづく思う
こと。それは、私たちのひら仮名ってこんなにも美しいものだったのか、と。

*鈴木勉の本については
 http://www.jiyu-kobo.co.jp/s_book/suzukibon.html

〈なかやま・あゆみ〉8/30(土)〜9/18(木)、中野・タコシェで、太田螢
一さんの展示・販売会『太田螢市場』を行います。詳しくは
http://www.tacoche.com/
京都・大阪にも巡回予定です!

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■全著快読 古山高麗雄を読む  荻原魚雷
(8)試行錯誤がうかがえる三つの小説
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『サインは薔薇の色』実業之日本社、1980年1月
『古里は街道筋』実業之日本社、1981年3月
『水蜜のある風景』実業之日本社、1984年6月

 古山さんは、寡作の作家と思われているけど、なんだかんだと50冊くらい著
作がある。50歳でデビューしたことを考えれば、かなり冊数だろう。
 というわけで、古山さんの作品のなかでいちばん「読まれていない小説」は
なんだろうか? と考えてみた。 

 まず思い浮かんだのは『サインは薔薇の色』。あと『古里は街道筋』と『水
蜜のある風景』か。いずれにせよ、古山文学においてこれらの作品が語られる
ことはあまりない。この三作の共通点は男と女、そして性をテーマにした風俗
小説で、そして『週刊小説』連載で版元が実業之日本社ということ。80年代の
実業之日本社の文芸書は売っていれば安いけど、けっこう入手しにくい。

 『サインは薔薇の色』は、元文壇バーのホステスで平凡な花屋と結婚したオ
リエ、校正で暮らす未亡人とその娘、さらにその周辺の男たちとの関係を描く。
 『古里は街道筋』は、銀座のホステスの母娘のドタバタ劇。母のパトロンが
背任横領でつかまり、娘はそのパトロンの息子と家出し、ホステスになる。
 『水蜜のある風景』は、作家の佐山のオジンとストリッパーの奇妙な交友の話。

 いずれも男女それぞれ登場人物の視点からの「私」とか「僕」とか「俺」の
独白によって物語がすすんでいく。語り手がシーンごとに変わり、それぞれ文
体もちがう。

 この時期の古山さんは、作家としての幅を広げようと試行錯誤していた。そ
してエンターテイメント路線を試み、ユーモア小説を何冊か書いた。
 でも結局、古山さんは「一人称小説」しか書けなかった。登場人物に密着し、
それぞれの人物に自分の考え方、感じ方を反映させるという書き方しかできな
かった。
 いわゆる神の視点で登場人物を動かすという書き方は苦手だったようである。

〈おぎはら・ぎょらい〉先日発売された、KAWADE夢ムック『文藝別冊 
総特集 山口瞳』は傑作! 古山さんの『日本競馬論序説』の書評も所収。
「しかし、私が『自己判定料』として馬券を買ったら、偽善になるし、私は、
欲をかきながら、競馬の面白い部分を同時に楽しめればいいと思う。(中略)
私は、たとえば、大金を投じる競馬ファンを蔑んだり、金儲けを一次的なもの
として競馬をする者を、ゼニゲバなどと言って貶めているところには辟易する」
 古山さんの正直さとおそろしさが実によくあらわれている名文だと思います。

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■文庫解説目録雑記帳  吉田勝栄
(2)『資本論』出版合戦顛末
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【1】岩波書店の奇襲
 東京朝日新聞の縮刷版(新聞広告の日付けはこれに従う。)によると、改造
社は、昭和2年9月18日付けで、改造社版『資本論』(高畠素之訳)の予約
募集を開始した。当初の予定では、改造社版は「毎月払1冊金1円、全払8冊
分7円50銭」であり、「世界第一の廉価版」をキャッチコピーにしていた。
この価格設定に改造社が強い自負を抱いていたことは、他版との比較として
「邦訳初版65円。改訳版25円50銭。独逸原本13円。英訳15円50銭。仏
訳(紙装)8円。本書は上製で一時払は7円50銭で読める。」と述べている
ことからも窺われる。

 わずか5日後の昭和2年9月23日付けの新聞広告で、岩波書店は、全巻定
価6円80銭の岩波文庫版(河上肇、宮川実訳。第1分冊は10月6日出来で、
34分冊の予定)の企画を発表する。「マルクスの名は世界に横行する怪物の
名である。或る者は彼を悪魔の如く呪ひ、他の者は彼を神の如くに慕ふ。」で
始まる宣伝文は、三木清の原案によるものである。

 小林勇が執筆した『岩波文庫略史』(昭和31年1月6日発行の『読書案内』
等に収録)、『風雪に耐えて』(小林勇文集第11巻所収)等によれば、もとも
と岩波文庫版『資本論』は、既存の高畠素之訳を収録する予定で、小林が高畠
と交渉を開始した。その過程で、高畠は、改造社から普及版が近く出版予定で
あることを小林に打ち明けた。岩波書店は、三木清を京都に派遣し、河上肇と
交渉させ、河上肇、宮川実訳を分冊の形式で発行することにし、秘密裡に出版
の計画を進めた。その間、小林は、校正等も見せて貰って、高畠訳出版の進行
状態をも探っていたという。

 小林は、『岩波文庫略史』では「当時の出版界はまさに乱世であって、互い
にそのくらいのことはしていたので、今日になって静にふり返ってみるのとは
自らそれに対する感覚が違うのである。」などと、当時の感覚ではあたかも正
当な行為であったかのように述べている。しかしながら、高畠は憤慨したとい
うから、当時の目から見ても、信義に悖る行為であったことはいうまでもない。
『風雪に耐えて』では、「昭和のはじめは出版界は乱世であったから、こんな
ことが行われたのだ。つまり岩波書店だけがそんなことをしたのではない。む
しろ他の出版社の方がこのようなやり方を多くしていたのである。」と改めて、
半ば非を認めているようであるが、具体例も指摘せずに、他社がヨリ多く同様
のことをしていたと述べるのは弁解としても説得力に乏しい。

【2】改造社の対抗策
 改造社は、昭和2年10月3日付けの新聞広告で、「急告!!」として、当初
の全8冊刊行予定から全5冊に、価格設定を「並製1冊80銭、一時払3円90
銭」「特製1冊1円、一時払4円90銭」に改めて、再び予約募集を開始した。
並製の一時払だと、岩波文庫版の半額になるように価格を設定したのである。
改造社の廉価至上主義的な傾向を如実に物語る対抗策である。

 岩波文庫版『資本論』は、34分冊の予定であったが、昭和2年10月6日よ
り昭和4年6月にわたって、わずかに5分冊を発行したにとどまった。これに
対し、改造社版『マルクス資本論』全3巻5分冊(1冊1円)は、昭和2年10
月3日付けで刊行を開始し、昭和3年4月に完結した。

【3】『マルクス・エンゲルス全集』出版合戦
 昭和3年5月12付けの新聞広告で、改造社は、『資本論』に続く企画とし
て、『マルクス・エンゲルス全集』の予約募集を開始した。これに対抗して岩
波書店、希望閣、同人社、弘文堂、叢文閣の5社が、聯盟版『マルクス・エン
ゲルス全集』を計画し、確実な刊行の見込みがないまま、同月23日付けの新
聞広告で予約募集を開始した。岩波文庫版『資本論』第1巻第4分冊(昭和3
年5月20日発行)挟み込み広告の「刊行の辞」によれば、聯盟版は、「河上博
士等名訳『資本論』と大原社会問題研究所の『剰余価値学説史』とを枢軸とし」
ていたが、結局一冊も刊行するに至らず頓挫した。これに対し、改造社版は順
調に刊行し、完結に至った。

【4】岩波文庫版『資本論』の廃刊
 改造社は、昭和6年5月、河上肇、宮川実訳『マルクス資本論』第1巻上冊
(定価3円50銭)を発売した。昭和6年5月23日付けの新聞広告では「改
訳決定版」と称している。
 岩波茂雄は、昭和6年5月27日付けの『岩波文庫「資本論」の読者に告ぐ』
(掲載は、28日付け。岩波文庫版『資本論』の刊行時期を「昭和二年十月より
昭和三年六月に亘つて」としているのは、誤りである。)により、河上肇、宮
川実訳『資本論』、河上肇訳『賃労働と資本』『労賃・価格および利潤』の廃
刊を宣言し、これらの店頭在庫品を即時回収し、約十万冊を廃棄したという。

 宮川実によれば、岩波文庫版『資本論』第1巻第1分冊の初刷は10万部で
あり(世界評論社版『回想の河上肇』所収の「学者としての河上先生」、『河
上肇全集月報』25号所収の「岩波文庫版『資本論』出版のころ」)、河上肇の
櫛田民蔵宛ての昭和3年5月17日付け書簡には「『資本論』の第三分冊は第
一分冊の五分の一に減じました。一分冊訳了して二百円にしかなりません。」
(全集24巻204頁。定価は1冊20銭で印税はその1割を2人の訳者で等分
であるから、第3分冊の発行部数は2万部と試算することができる。)という
から、『資本論』の既刊5冊の発行部数はせいぜい20数万冊ではないかと考
えられ、相当の部数が売れ残っていたということになる。

 そして、憶測を逞しくすれば、その際、河上の訳本も在庫本として掲載して
いる昭和5年11月現在の『岩波文庫目録』の残部も廃棄されて、昭和6年7
月現在の『岩波文庫目録』の作成に至ったのではないか。

【5】資本論の翻訳出版史について
 河上肇は、『自叙伝』において、資本論の翻訳という仕事に対する愛着は繰
り返し述べているが、岩波文庫版『資本論』の顛末については口を閉ざしてい
る(その理由について、山崎安雄『岩波文庫物語』や山之内靖「河上肇と岩波
茂雄」〔河上肇全集月報18号〕では、河上肇が岩波茂雄にすまなかったという
気持ちを抱いていたとの伝説に求めているが、私は多少疑問を抱いている。)。
ただし、全集24巻、25巻所収の書簡には、岩波文庫版『資本論』に関するも
のが多く含まれ、印税率の駆け引き等も生き生きと伝えている。また、高畠訳
と河上訳の訳文の優劣に関しては、青野末吉、三木清、石川準十郎、福田徳三
らの間で、応酬があった(三木清全集第20巻の桝田啓三郎の後記に詳しい記
述がある。)。さらに、戦後、岩波文庫からは向坂逸郎訳『資本論』が刊行さ
れたが、この訳本については、「下訳という名の代訳」であったという岡崎次
郎の『マルクスに凭れて六十年』(青土社)というめっぽう面白い本がある。

 本稿は、最初の『岩波文庫目録』が廃棄された可能性を指摘するために、河
上訳の出版経緯を略述するにとどめたが、だれか、きちんと資料の吟味をした
上で、資本論の翻訳出版史を読み物としてまとめて下さる人はいないだろうか。
                        (9月上旬号に続く)

〈よしだ・かつえい〉この4月、東京に転勤しました。前任地の福岡では、
『sumus』別冊所収の「よりみち日記」を書いてみました。東京にいる間に、
文庫出版史に関する仕事をいくつかまとめておく予定。

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■あとがき
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 本誌前号の「ホンのメド」で間に合わなかったので、ココでご紹介。本誌に
も「私のsome day本」を連載していただいた漫画家・うらたじゅんさんの
2冊目の作品集『眞夏の夜の二十面相』が今月上旬に刊行されます(北冬書房、
1800円)。童心とシュールさが同居するフシギなマンガをお試しあれ。うらた
さんのサイトで、内容が紹介されています。
http://www.ne.jp/asahi/jun/urata/
 刊行記念として著者提供の同書を1冊、プレゼントします。なんとサイン入
りだァ! メルマガへの感想をなんか一言と送り先を記入の上、下記までメー
ルください。抽選のうえ、当選者にお送りします。ご応募を。
kawakami@honco.net
 今月24日から、北京に取材に行くのだけど、それまでに終らせる仕事がま
だ半分も終ってない。果たして行けるのやら。では、次号。
                        (南陀楼綾繁)
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