2003.10.13.発行 vol.136 [ピントがボケる 号]

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■■ [書評]のメルマガ                        2003.10.13 発行  
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■                                               vol.136
■■     mailmagazine of book reviews  [ ピントがボケる 号] 
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★読書日記2003「ネイチャー系日記」大竹美緒
 →ミニコミ「Juicy Fruits」で注目のヒトがこの夏に読んだ本は。
★読者投稿「子どもたちは〈物語〉を求めている」永見優子
 →子どもの本は子どもの側にたって読み、考えていくべきなのだ。
★「食の本つまみぐい(2)」遠藤哲夫
 →〈大衆食堂の詩人〉エンテツが料理文化史の重要本を紹介します。
★「もっと知りたい異文化の本(17)」内澤旬子
 →旅人のままでは、インドのホンネにはなかなかたどり着けない。
★「今月ハマったアート本(11)」平林享子
 →ストックホルム市立図書館の内観を表紙にした雑誌「HOME」。
★「林哲夫が選ぶこの一冊(12)」
 →書きバカ・絵バカの日本代表、黒田征太郎を詰めこんだ34ミリ。
★「全著快読 古山高麗雄を読む(10)」荻原魚雷
 →昨年亡くなった芥川賞作家の残した約50冊を丹念に読んでいきます。
*本文中の価格は、すべて税抜き(本体)価格です。

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■はじめに
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前回、「ホンのメド」に間に合わなかった情報を2つばかり。

★リブロ池袋で「トムズボックス」フェア【開催中】
 10月末日まで、リブロ池袋店の児童書売場にて、吉祥寺のユニークな子
どもの本の店&出版社である「トムズボックス」フェアを開催中。茂田井武、
武井武雄、初山滋といった1920年代から戦後にかけて活躍した作家たちの絵
文庫や、商業ベースにのらない自由な作品をあつめた「メリーさんの絵本シリ
ーズ」など100点のほかに、荒井良二、たむらしげる、酒井駒子ら人気絵本作
家のオリジナルピンバッジ(税込み一つ600円)を期間限定で発売。
さらに、トムズボックス主宰者で、フリーの絵本編集者でもある、土井章史
さんが選んだ「絵本作家になりたい人のための15冊」も同時展開しております。
この中で注目なのが、かつて土井さんが編集した、 ほるぷ出版イメージの森
シリーズ。すでに絶版になっているタイトル (「いとしのロベルタ」佐々木
マキ/「旅」和田誠 ほか数点)を土井さんのご好意により、特別に販売して
おります。部数に限りがございますので、お早めにどうぞ。

問い合わせ先
リブロ池袋本店 児童書売場(03-5949-2945)まで

トムズボックスhttp://www.clipcraft.or.jp/tomsbox/

★大阪の書店員は集まれ!
 ついに閉店までカウントダウンがはじまった大阪・西天満のブックセラーア
ムズで「書店員ナイト!」というイベントが開催されます。
「書店関係者の交流を深める、というような偉そうなものではなく『他の本屋
さんの店員さんと仲良くなりたい!』というイベントです。大型書店から手作
り古本屋さんまでご参加お待ちしています。京阪神エルマガジン編集部の竹内
厚さん司会による自己紹介タイムあり。もちろん書店員以外の方も大歓迎」
(サイトより)日時:10月25日(土) 午後8時より 予約不要 
料金:1000円(1drink付)
書店・出版関係者は名刺持参でチャージ半額だとか。
http://www.interform.co.jp/amus/

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■読書日記2003  ネイチャー系日記 大竹美緒
 暖かい日射しと世間の冷たい視線を浴びて「無能の人」となる
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 7月は北海道知床半島、初秋に秋田で後生掛・ふけの湯温泉を楽しみ、八幡
平をトレッキングしてきました。 今シーズンのテーマは「ネイチャー系」。
セレブの気取るエコから、ゴミ減量、野外での性行為まで、自然と名のつくも
のに敏感に過ごしています。

【9月8日】
 井上章一『愛の空間』(角川選書)を読む。
 性愛を「部屋」の誕生で読み解く本。戦後の一般カップルの性行為が野外で
行われていたことなどに驚く。ネイチャー系は外で恋愛! 北海道旅行で、外
で愛し合う動物の幸福がわかったような気がします。

【9月14日】
 物語構成の勉強として、民話を読んでいます。『アイルランドの怪奇民話(世
界の怪奇民話8)』『ドイツの怪奇民話(世界の怪奇民話2)』(評論社)、
『世界の民話(北欧)』(ぎょうせい)、チャールズ・G・リーランド『ジプ
シーの魔術と占い』(国文社)、秋田昌美『アナル・バロック』(青弓社)な
ど。『アナル・バロック』の中間ページに大きなシミ。これはお茶なのかそれ
とも?
 昨日は中学の同窓生、OLとバンドギャルの3人で御岳山登山。山の風景よ
り、喋った内容しか覚えていません……。クラス一の暴力少女が官僚になった
話など、日本の将来が危ぶまれます。今日は図書館で本を借り、河原で読書し
ました。 毎日ダンベル体操をしていますが、体力強化のためにヨガと自転車
こぎ体操なども今日から加えてみました。

【9月22日】
 ニューヨーク発ファッション・カルチャー雑誌「NYLON」の日本版(発
行/カエルム)。躍動する色やレイアウトは創刊号ならでは。
 夕方、NEKONOKOさんが参加している原宿のLAPNETでの展覧会「Banana 
Cafe」へ行くと、作家である高校の先輩に会いました。原宿の若者に向か
って「自然は与えてくれる……死なない程度にな(黒板五郎)」と心の中で呟
く。中学受験誌「進学レーダー」の付録マンガが完成に近い。教育的でない教
育マンガで、11月初旬に出る予定。

【10月3日】
 文庫本を古本屋に売る。ネイチャー系の基本はリサイクル!ということもあ
りますが、風水で「紙ゴミを溜めると運気が下がる」と書いてあったので。運
気以前に部屋が片づいて気分良し。しかし、友人数名に「山に登ろうよ!」と
メールしたところ全員に却下されました。

【10月5日】
 5日連続で河原で読書や散歩にいそしむ日々。暖かい日射しとは反対に世間
の冷たい視線を浴びて「ネイチャー系無能の人」の気分です。谷中アートリン
クに参加している友人・村山華子さんに会う。「ぶつぶつ堂」という豆本のワ
ークショップを開催中。今日は日曜日。人々が尾瀬を歩いていることを思うと、
私の胸は嫉妬でいっぱいになります。
http://blog.neoteny.com/hanako/ 

【10月8日】
 ロンドンみやげに頂いた雑誌「TaNK」。ダイアナ妃風のファッション写真が
気に入りました。10月3日から8日まで高円寺でグループ展に参加。ミニコ
ミに加え、大きなイラスト作品を「ネイチャー系」の集大成として制作しまし
た。自然派を気取る人間を「聖・俗」「都会・地方」に分類するチャート「ネ
イチャート」です。ネイチャー系クリエイターを目指して、これからもがんば
ります。

〈おおたけ・みを〉ミニコミ「Juicy Fruits」発行を中心に、イラストやマン
ガを描いています。フリー宣言をしてもフリーターと後ろ指を指される肩身の
狭い日々を送っています。だからこそ自然の包容力を求めるのかもしれません。
http://www.juicyfruits.net/

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■読者投稿
 子どもたちは〈物語〉を求めている  永見優子
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野上暁+グループM3『ファンタジービジネスのしかけかた』講談社+α新書、
2003年7月、880円

「あのハリー・ポッターがなぜ売れた」という副題がついているとおり『ハリ
ー・ポッター』(以下「ハリポタ」)の内容についてはもちろん、その周辺の
状況が具体的な数字や資料とともにあきらかにされている。「ハリポタ」を読
んだことのない人でも、それがどのような作品(商品といっていいのかもしれ
ない)であるのかが、わかりやすく、親切に(あるいはしつこく)書かれて
いる。

「ポケモン」や「ドラゴンボール」のように海外でヒットした日本のアニメ・
マンガ作品は多く「千と千尋の神隠し」のように欧米で高い評価を受けた作品
もある。そして子どもの本の世界では「ハリポタ」に引っぱられるようにして
「ネオ・ファンタジー」といわれる翻訳作品があふれ出ている。著者は、そこ
に日本の児童文学のチャンスがあると期待する。児童文学に対する深い愛情と
激励が読み取れる一冊だ。

 けれども、私が関心を持ったのは「ファンタジーとネオ・ファンタジー」の
区別であったり、マンガ・アニメ・ゲームなどを指して使われる「サブカルチ
ャー」という「文学」と区別される言葉だった。そしてそこに優劣の意識が感
じられてしかたなかった。ちなみに「ハリポタ」は「ネオ・ファンタジー」や
「サブカルチャー」と関係づけられている。本を読まなくなったといわれてい
る子どもたちを魅了した理由がそこにあると語られる。

 子どもが本を読まなくなったと大人は言う。そうだろうか? 読まないのは
大人が薦める「文学」であって、ネオ・ファンタジーやサブカルチャーの本を
読んでいる子は意外と多い。けれども「文学」こそが「本」と認める人にすれ
ば、確かに「本」を読む子、「本」が読める子は少ないと思う。そのような人
たちが「ハリポタ」を入り口として、文学に到達する子どもが増えることに期
待するのもわかるような気がする。ところが、どうもそううまくはいかなかっ
たようだ。

 子どもたちが求めているのは「文学」だろうか。私は「物語」だと思う。そ
れが活字メディアであろうとなかろうと関係がない。そしてその「物語」は身
近な友だちと共有できるものでなければならないし、幸せを感じさせてくれる
ものがいい。

「ハリポタ」は“「現実逃避の文学」に近いもので、読んでいるときにだけ一
時的に現実を忘れされてくれる力しかもたない”というアメリカの大学講師の
発言が紹介されている。そしてそれに対するのは「現実を説き明かす文学」だ
と。一時的だろうと現実を忘れさせてくれる力を持っているとしたら、その物
語は魅力的だと思う。「ハリポタ」はたくさんの大人にも読まれている。現実
を説き明かすことを求めるのではなく、それを忘れて幸せを感じたいと思うの
は子どもも大人も同じ。そして「ハリポタ」にはその力があったということに
なる。ただ、児童文学を愛する大人にとっては複雑なのだと思う。読書するこ
とで子どもに教えたいのは「現実から逃げること」ではないのだから。「ハリ
ポタ」への拒否反応もよくわかる。

 その昔、読書は喜びをもたらしてくれたと、私は母から聞いている。けれど
も私が子どもの頃にそうだったが、本(=文学)を読まなければならないとい
う教育的指導のもとでの読書には苦い思い出ばかりが残る。読後には何かしら
のコメント(感想)を求められ、本を読むことで変化(成長)することを望ま
れてきた。それが大人が良しとする子どもの読書の姿であると期待し続けるの
なら、「文学」はもっと遠ざかっていくと思う。

 今では「読み聞かせ」の効果とその必要性を語る各種メディアの脅迫によっ
て、絵本も読ませなければならないものになってしまっている。そして子ども
に絵本を読んで聞かせようとする場で、大人は子どもの態度にも期待する。そ
の期待が強制となり、絵本が子どもに苦痛を与えるものにならないようにと思
うことさえあるのだ。
 
 子どもの本だからといって軽く流す人もいるが、読んでみると深く、面白い
ものに出会う。ときには、作り手である大人のエゴが透けてみえるものにまで
出会い、オソロシクなることもある。そんな子どもの本を「文学」として評価
し、読者である子どもを置き忘れて読むのではなく、子どもの側にたって読み、
考えていきたい。そして出会った本のことを、だれかれとなく話してみたい。
今、そんな場所を探している。

※著者名の「グループM3」は3乗を表わす3です。

〈ながみ・ゆうこ〉メルマガやミニコミで絵本・子どもの本の紹介を続けてき
ましたが、ワケあって活動停止。三鷹市の「りとる」でときどき店番やってます。

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(2)たった2、3行で歴史に残る一冊に
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丸谷才一『食通知ったかぶり』文藝春秋、1975年

 大雑把な話、1970年代は、60年代に没落する「食通の時代」から80年代に
騒然する「グルメの時代」への転換期だった。おっ、フツーの男が白昼堂々食
べ物の話をするようになっちゃった。そこでは家庭料理の確かな積み重ねの歴
史より、文士と学者の食談義、進化するオフセットカラー印刷のプロ料理が大
受け大賑わい。料理より紙を食べる俄中流意識グルメが胎動す。で、出せば売
れる。出版社は名のある文士に食談義を書かせ、文士は出版社の経費で高級料
理店に出入りしていたし、お付き合いもあって書かないわけにはいかなかった
らしい。それでかどうか丸谷才一の『食通知ったかぶり』、文藝春秋72年10月
号から75年5月号まで掲載の16本をまとめて75年秋に単行本。

 あとがきで丸谷はタイトルが決まる経緯を述べ、「『食通知ったかぶり』は何
よりもまづ文章の練習として書かれた」と。フーン、文章のことは知らないが、
文壇交遊録と諸国味めぐりと文学的博識披露の3点セット型どおり。いやはや
「文学」はあっても「食学」なんてないけど「食学」的には、どうってことな
い内容。がっ、丸谷才一といえばスゴイ影響力だったのだ。たった2、3行で、
この本は食文化本の歴史からはずせない一冊になった。

 つまり文藝春秋72年10月号「神戸の街で和漢洋食」、括弧でくくり付け足し
のように書いた「戦後の日本で食べもののことを書いた本を三冊選ぶとすれば」
が威光を放ち一人歩きした。やっ、75年には三冊とも中公文庫。邱永漢『食は
広州に在り』、檀一雄『檀流クッキング』、吉田健一『私の食物誌』である。
厨房に入るべからずの男子は簡単に料理に目覚め(?)、77年「男子厨房に入
ろう会」発足、男の料理ブーム。79年『食通知ったかぶり』文春文庫に。仕方
がない、次は一応この三冊だろうか。

〈えんどう・てつお〉先月60回目の誕生日、ボケ進めど老人力低し、北浦和
駅そば赤提灯「志げる」でホッピーを飲み文庫本を読み野心を研ぐ。
「ザ大衆食」 
http://homepage2.nifty.com/entetsu/

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■もっと知りたい異文化の本  内澤旬子
(17)旅行者としてでなくインドに滞在するということ
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上田恭子『バナーラスの赤い花環』木犀社、2003年、2100円

 中東あたりからフラフラ旅をはじめた私にとって、インドはバックパッカーの
ハワイのようなもんに映った。人々はそこそこお節介で、たちのわるいのもい
るけれど、底無しの悪人ではない。土産物屋や見所が多いから退屈もしない。
英語も通じる。
 なにより中東などで感じる疎外感がない。女性が1人で歩きまわるなど、「西
洋式」の価値観、習慣で行動していても、「外国人だから」ということで、寛
容に受け入れられる。それでいて人々は十分にエキゾチックさを残している。
こんなに気楽で楽しいことはない。若者が殺到するわけだ。

 しかし、それはつまり、インドという国全体が外国人用のタテマエと、観光
客になぞ決して見せずに固持しているホンネの二つを完璧に使い分けているこ
とに他ならない。いくらインドに長逗留して、本人はわかった気になっても、
旅人のままではインドのホンネにはなかなかたどり着けない。案外オープンな
ようでいて閉鎖的な国なんである。

 前置きが長くなりましたが、今回紹介する『バナーラスの赤い花環』は、イ
ンドのミニアチュール絵画を研究するために、インドのバナーラス(ベナレス)
に私費留学で滞在した著者のエッセイ集です。なんだよくある留学体験記かと、
思う方も多いでしょうが、著者が留学したときの年齢は48歳。もともと存在し
ないようなものだった私費留学のクラスをたくさんのインド人を味方につけて、
根気強く作ってしまう交渉力と意志力にまず圧倒されるものの、二十代から三
十代の留学生が放つ「これで人生変えてやる、やらいでか」というせっぱ詰ま
った野心によるものとは少し異なる。もっと純粋なミニアチュール絵画への好
奇心と、インドへの関心が、大人の知性とゆとりをもって描かれている。

 ミニアチュール絵画はどうかわからないけれど、このテの美術史(私の場合
は18世紀ごろの中東の製本)を手っ取り早く見るには、イギリスやアメリカ
などの図書館や大学に行った方が良いと言われる。ブツも研究者も揃っている
し、研究機関もシステマチックだからだ。だけど、それでいいんだろうか。絵
画も工芸品も、作者個人だけでなく、その土地や風土が影響する部分は大きい。
その土地の空気を吸い、人々の仕草を見てはじめて、ああ、それでこんな風合
いや曲線がでてくるのかと、納得することが沢山あるのだ。それがなにより大
切なことだと思うのだが。

 この本のあちこちででてくるミニアチュール絵画の解読には、インドの歴史
や神話だけでなく、著者が積み重ねてきたインド人たちとの交流や、ふとした
時に視た光景、光の量、湿度、服の色、味、そんなものがふんだんに使われて
いる。読み手は口絵のミニアチュール絵画(カラー)を見ながら、バナーラス
の人々や風景に思いをはせることができるというわけだ。現在のバナーラスの
写真を一切載せていないのがまた想像力をかき立てる。
 それからもう一点。おそらく中流階級、それ以上だろうけれど、著者がつき
合っている年輩のインド人女性たちの生き様が興味深い。なにしろ中流以上の
女性は基本的に家にこもっているらしい。旅行者が接するのが圧倒的に男性で
あるのもそういうわけだ。そこで見いだすシアワセもあるわけで。なかなか想
像できない分、新鮮だった。

 もっともデリケートなインドのホンネの部分、端的に言ってしまえばカース
トのことなども、なるべく西洋的な価値観だけで断じないようにしながら触れ
られている。私としてはもう少し具体的に教えて欲しい部分ではあるけれど、
あまりにも大きな問題であるし、著者の専門からずれるわけで、触れて下さっ
ただけで満足すべきなのかもしれない。予想はしていたけれど、する側もされ
る側もそれを差別と思わない社会のなかで、それぞれが満足し、ヒンズー教徒
であることにシアワセを感じているそうで。こりゃあ我々にホンネを見せられ
ないわけである。見せたところでぱっと納得しようがないもの。

 ともあれ、巷にあふれる若造のインド冒険貧乏旅行記に飽き飽きしているひ
と、インドに旅行者としてでなく滞在したいひとにはオススメの一冊でありま
す。

〈うちざわ・じゅんこ〉毎週通ってる芝浦屠場でいよいよナイフ研ぎ出し体験。
マイナイフで残毛を切り取ったときの快感といった……。だんだん取材である
ことを忘れつつあります。

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■今月ハマったアート本  平林享子
(11)北欧関係出版物ラッシュ。その中でいちばんトキメいたのはコレ!
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「HOME」2003年10月号
「北欧モダン建築の原点 グルナール・アスプルンド」 
エクスナレッジ発行、1200円 

 アメリカのミッド・センチュリーに続き北欧デザインがずっとブームですが、
10月8日から18日まで都内各所で「スウェーデンスタイル2003」(詳細
はこちら。http://www.swedishstyle.net/style/JP/index.cfm?category=244)
が開催中ということもあり、デザイン系の書店では北欧デザインの本や雑誌が
ズラリと並んでいます。


 この機会にそれらをまとめて見てみたのですが、私がいちばんグッときたの
が雑誌「HOME」2003年10月号の特集「北欧モダン建築の原点 グルナー
ル・アスプルンド」でした。「HOME」は前から好きな雑誌なんですが、と
にかく、この特集の表紙にズドン!とやられました。表紙の写真はストックホ
ルム市立図書館の内観です(撮影/アンダース・エドストローム)。傘を逆さ
まにしたような照明器具の向こうに、巨大な壁一面に並んだ本の背が見えます。
この光景がなんとも美しいんです! 北欧の本が、表紙に使う色数を2、3色
に抑え、小さくスッキリとタイトルが入っているから、こんなふうに引きで見
たときに統一感が出るのでしょう。よく北欧インテリアの特徴として「トータ
ル・コーディネート」ということが言われますが、空間全体の調和を大切にす
る意識は本の背表紙にも行きとどいていることをこの1枚の写真で思い知りま
した。

 雑誌の中面を見てまたシビれました。この図書館はすでにいろんな雑誌で紹
介されているので存在は知ってましたが、「HOME」では、図書館の内部の空
間を体感できるような写真が載っています。そしてアスプルンドが設計した「森
の礼拝堂」やサマーハウスへと写真は続きます。

「HOME」がいいのは、写真がいいのはもちろんなんですが、その写真がこ
ちらの気持ちにスッと入ってくるところなんです。その場所に自分もいるよう
な感覚になる。「HOME」のアート・ディレクターの角田純一さんは、『グ
ラフィック・デザイナーの仕事』(平凡社)という私が編集した本の中で、ど
んなことを考えて「HOME」をデザインしているか語ってくれました。あ、
でも、角田さんから話を聞いたからこの雑誌を贔屓しているのではありません!
建築デザイン系の雑誌をちょっと見比べてみれば、この雑誌のよさ、とくに建
築の空間内部を体感できるような写真の使い方にすぐ気づくはずです。

〈ひらばやし・きょうこ〉アート系ミニコミ「アートマニア」第2号「池松江
美(辛酸なめ子)特集」は11月3日発売。ご注文はクローバー・ブックスへ。
http://www.cloverbooks.com/
11月3日の「文学フリマ」にも出店します。
http://bungaku.webin.jp/

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■林哲夫が選ぶこの一冊
(12)彼らの飢餓感には底が見えない
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『黒田征太郎KAKIBAKA描く男』求龍堂、2003年9月、2200円

 ピカソが死んだとき(1973年4月8日)、枕元にクレヨン(パステルだった
か?)が散らばっていた、そういう記事を読んだ記憶がある。ピカソは直前ま
で衰えることを知らない旺盛な制作を続けていた。しばしの休息を取るつもり
が、そのまま目覚めのない眠りに入った、そういうことらしい。91年間の生涯
に8万点もの作品を残し(誰がどうやって数えたのかは知らないが)、そのうち
3万点を超える作品が未発表のまま各地の住居やアトリエに保存されていたと
いう。

「絵バカ」という言葉がある。美術商などからときおり耳にするのだが、敬意
と憐憫を含んだ微妙な表現になっていると思う。さしずめピカソなど「絵バカ」
の代表みたいなものだろう。質的にはともかく、量的には間違いなく20世紀最
大の画家に数えられるはずである。ピカソは絵と女にしか興味がなかった(男
にも多少はあったかも)。人並みはずれて精力的にそれら二つの主題に挑み、
掌中に納めようと励みながら一生を費やした。

 黒田征太郎(以下黒征)の作品集であるこの本にも「絵バカ」の親戚のような
「KAKIBAKA」というタイトルがついている。《モノクロページのイラストは、黒田
征太郎が絵を描いている以外の日々の暮らしのなか、電話しながらや食事中な
どに無意識のうちに手が動いて、身近にある紙切れなどに描き残していたもの》
(奥付より)で、カラーページに印刷されているタブローや水彩画などを含め、
およそ6000点の作品が掲載されているらしい。総頁数は……と思うと、この本
にはノンブルがない。必要ないのだ、どこが初めということも終わりというこ
ともないから。ツカ(本の厚味)は34ミリである(A5判)。
 34ミリの紙束はもちろん表紙・見返し・ジャケットにもギッシリ詰め込まれ
た黒征の線画、これがめっぽう面白い。心臓が拍動するように途切れることな
く線が紡ぎ出される。人、人らしきもの、鳥、獣、船、非具象的な形……じっ
くり眺めても、パラパラ流しても楽しめて飽きない。色刷り作品の方は、基本
的にはネオ・エキスプレッショニズムと言っていいのだろう。とにかく日本の
作家としては例外的に色彩が美しい。そのため、激しい色遣いにもかかわらず
全体の印象は繊細かつ優美である。巻末「黒田征太郎略年譜」として付されて
いる幅広い活動・制作記録を眺めていると、黒征こそ書きバカ・絵バカの日本
代表ではないだろうか、とさえ思えてくるのである。

 ところで、「アトム世代」――自己流にこういう世代のくくり方を考えるこ
とがある。決して「鉄腕アトム」を見て育った世代という意味ではない。そう
ではなく、アトムのような境遇で生まれ戦後を生きてきた一団の人々(むろん
特定の集団を指しているのではないが)を勝手にそう呼んでみるのだ。
 アトムは天馬博士によって、失われた愛息トビオの代替品として産み出され
たものの、トビオではないという明白な理由から父に捨てられ、ロボット・サ
ーカスへ売られてしまう。暗黒の日々のなかから、お茶の水博士によって拾い
出された後は、超人的な(ロボットだから当たり前)能力でもって世のため人
のために働き、作られた家族を与えられ、学校に通う……。アトムに瓜二つの
人生をたどった人たちが、現実の社会にもいるのである。

 例えばカキバカ黒征だ。本書所収の自筆履歴書によると、黒征は1939年大阪
道頓堀生まれ、西宮に転居の後、6歳で滋賀県へ疎開している。1955年に高校
を退学、横浜から船に乗って東南アジアを経巡った。翌年帰国、1961年に早川
良雄デザイン事務所へ入るまで、足かけ六年間の「漂流時代」を過ごし、社会
秩序から少々逸脱した生活を送ったという。22歳にしてグラフィックデザイン
の世界に活路を見出し、1968年のアメリカ放浪を経た後、69年に長友啓典と
ともにK2を設立する。長友も39年大阪生まれ、デザイン界に入ったのも同じ
61年である。それ以来K2は発展的に継続しているわけだが、とくに70年代
〜80年代、さまざまなメディアで幅広く仕事をこなしながらも(オールナイト
ニッポン司会、11PMレポーター、広告モデルなどなど、略年譜参照)、彼ら
は中途半端でなく酒浸りの日々を送っていたそうである。

 黒征は敗戦の翌年、七歳で父を亡くしている。《父の死をキッカケに自閉シ
ョウ児的な日々を送る》、これがアトム世代の条件のひとつである。征太郎と
いう名前について《「征太郎」などど、まんま戦時中の名前をかぶせられた僕
はそんな戦争屋の宴会マスコットだった》と発言しているが、トビオ時代のア
トムのような黒征の姿が目に浮かぶようだ。戦時中の黒征に課せられた期待は
名前の通りの兵士である。敗戦に続く父の死によって、その薔薇色(菊色?)
の期待・未来はあっけなく潰え、ままならぬ生活を送ることを余儀なくされた。
 60年安保について「デモに行くやつはみんな豚だ」というセリフを寺山修司
(やはり戦争で父を失ったアトム、黒征より3歳ほど年長)が書いていた頃、
黒征は《店の前(水商売)で水をまいてたら沢山の人々のデモが通った。アン
ポだったがなんのことか知らなかった》。そういう世間に対する無関心、捨て
られた結果からくる無力感、自分に価値を見いだせない、拠り所を持てない衰
弱からアトムを救うのがお茶の水博士である。黒征の場合はそれを早川良雄と
考えてもいいのだが、あるいは彼らの父たちをうち負かしたアメリカ、安保の
アメリカ、そして実体験としてのアメリカこそが本当のお茶の水博士の役割を
黒征の上に果たしたのかもしれない。

 以降、まさしく疲れを知らないアトムのように黒征はメチャクチャに仕事を
こなした。世のため人のために(仮に本人たちがそう意識していなくとも、ア
ンガージュマンを強く求めたことは明らかだ)。野坂昭如とは『ゲリラの群』
(角川文庫、1968)のジャケット以来(略年譜による)、最近の戦争童話集に
いたるまで親密な関係が続いている。父に捨てられるという点では野坂もやは
りアトム世代の一人。目立ちたがりのうえに、破滅的に働き、そして遊ぶ。彼
らの飢餓感には底が見えない。

 《水彩絵具セットを買い注文でもない絵を描きはじめる》
 自筆年譜を読んでいて最も興味引かれたのは1988年のこの記述である。黒
征49歳。グラフィックデザインの世界に入ってこの年齢まで「注文でもない
絵」を描いたことがなかった、のだろうか。絵を仕事にしてしまうと、案外そ
ういうものなのかもしれない。「五十而知天命」というが、遅まきながら世の
ため人のためではなく、自分自身のため、欲するままに描き出す。それ以来カ
キバカの本領を発揮し続けて15年、その片鱗が本書に詰まっている。壁画やラ
イブペインティングの数量からすればきわめてささやかな一冊だが、この小さ
な鱗から龍の巨体が想像されるではないか。
 ほぼ見開きごとに黒征の名言が太ゴチで挿入されている(やや蛇足の感あり)。
なかでは、次の言葉がいちばん好きだ。《黒田のイラストなんか誰にでも描け
るよと言われる。僕はその誰にでも描けるものを描き続けたいのよね》……間
違いなく彼はピカソのようにオサラバする間際まで描き続けるだろう。

 ところで、鉄腕アトムの作者、同じ作品を何度も何度も描き直す手塚治虫も
超のつくカキバカだった。カキバカの壁はぶ厚い。

〈はやし・てつお〉画家。11月20日〜30日、ギャラリー柳井(六本木
6-17-2、電話03-5414-7233 )にて水彩画展「モランディ頌」を開催しま
す。岡崎武志『古本極楽ガイド』(ちくま文庫)には小生の挿絵も入ってま
すので、ぜひ。

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■全著快読 古山高麗雄を読む  荻原魚雷
(10)はじめから袋小路をめざす思考
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『日本好戦詩集』(新潮社)  1980年11月刊

『日本好戦詩集』は、賛成と反対の二者択一をせまられたときの困惑、考えれ
ば考えるほどわからなくなっていくことへの戸惑い、そういうあいまいでわり
きれない気持をじっくり文章にしている短篇集だ。
 古山さんの思考は、はじめから袋小路とか渾沌をめざしているようなところ
がある。古山さんの小説が売れない理由の半分くらいはそのせいかもしれない。

 古山さんが書こうとしているものは、自分の実感に基づいた立場であり、さ
らに自分の実感を疑いぬいた後に残るやりきれなさである。読み手も古山さん
とおなじくらい考えようとしなければ、そのやりきれなさはわからない。

「自分の部屋に帰って来て、ひとりでぼんやりしている。外に出ると、一刻も
早くその状態にもどろうとする。こういうのも出不精のひとつのかたちなのだ
ろう。自分で自分が腐ってしまうような日常をつくっている」(日本好戦詩集)

 わたしはこういう文章に「共感」してしまう。おそらく古山さんの愛読者は、
古山さんのこういうつぶやきが好きなのだと思う。いい忘れたけど、この短編
集におさめられた作品はいずれも私小説である。

「そのような私は、勇ましくなかった。私のこのようなものの言い方は、しば
しば開き直ったような印象を与えるようだ。しかし、自分としては、誤謬と偏
見の多い、怯懦かも知れない自分を、できるだけ率直に語ろうとしているつも
りなのである」(子守り)
 その率直さこそが古山さんのすごみだろう。

 古山さんの『真吾の恋人』(新潮社)の中の「三年」は、「『日本好戦詩集』
という短篇を書いてから三年たった」という一文ではじまる。この短篇で、古
山さんは反核運動にたいし、「核兵器よりも私は、家人の病気のほうが怖い」
という。そしてこんなことを書くと、糾弾されそうで怖いともいう。
 わたしはそんな古山さんが好きなのです。

〈おぎはら・ぎょらい〉わたしとほぼ同じころライターの仕事をはじめた友人
の小郷永顕の『スタジアムライフ』(フィールドワイ、1500円)という単行本
が出ました。いうなれば、サッカー版の『草競馬流浪記』という本。もし書店
で見かけたら、手にとってみてください。サッカー好きはもちろん、サッカー
に興味がなくてもおもしろいと思います。ついでに拙著『借家と古本』(スム
ース文庫)もよろしく。

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■あとがき
 大阪から帰ってきたら、オンライン書店で注文しておいた安田謙一『ピント
がボケる音 OUT OF FOCUS,OUT OF SOUND』(国書刊行会、2800円)が届いて
いた。安田氏のことは、関西のミニコミ・マイナー音楽シーンのあちこちに
顔を出すヒトとして知ってはいたが、きちんと文章を読んだコトがなかった。
 読み出して驚いた。自分が好きな音楽のすごさを知らないヒトにも言葉で伝
えるために、最大限の努力が費やされている。そして、10年間にわたりさまざ
まな場所で書いてきた短い文章が一冊になったとき、「ピントがボケる音」が
ナンなのかが、おぼろげながら(読み手の妄想も刺激して)見えてくる。
 先週は三日間、この本をずっと持ち歩き、興奮しながら読んでいた。だけど、
どう書けばこの本のすごさを伝えることができるのか。何度か読み直し、何度
も書いていくしかないだろうが。では、来月。
                        (南陀楼綾繁)
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