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2004.1.15.発行 vol.148 [しゃんしゃん新連載 号]
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■■ [書評]のメルマガ 2004.1.15 発行
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■ vol.148
■■ mailmagazine of book reviews [ しゃんしゃん新連載 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★近事雑報「南陀楼綾繁のホンのメド おかわり」
→本をめぐる情報+アルファの雑談です。ギャラリーネタを少々。
★新連載「下連雀しゃんしゃん日録」長谷川洋子
→巷で話題の古本屋「上々堂」の女店主が綴る細腕太腹繁盛記。
★「古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧」高野ひろし
→結婚、離婚、恋愛、不倫を繰り返した大女優・山田五十鈴の生涯。
★「オヤツのオトモ」大橋あかね
→アマいオヤツにゃ本が合う。本邦初の「食い合わせ」書評なのです。
★「林哲夫が選ぶこの一冊」
→JJおじさんは六本木ヒルズのTSUTAYA とスタバが好きだったかも。
★「全著快読 古山高麗雄を読む」荻原魚雷
→昨年亡くなった芥川賞作家の残した約50冊を丹念に読んでいきます。
*本文中の価格は、すべて税抜き(本体)価格です。
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■南陀楼綾繁のホンのメド おかわり
前号で載せ切れなかった情報を落穂ひろいしておきます
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【トピックス】
★「BOOKISH」第6号 発売
毎回興味深い特集を組んでいる書物雑誌「BOOKISH(ブッキッシュ)」。最新
号の特集は「戸板康二への招待」。50ページに及ぶボリュームで、戸板康二
のスケッチ帖を紹介したり、未亡人の当世子夫人にインタビューしたり、さら
には単行本未収録「酒中日記」(日記風エッセイ)の再録もあったりして、こ
こ数年の再評価への動きを一気に加速するであろう充実した内容だ。
寄稿は、矢野誠一、坪内祐三、日下三蔵のお三方は別格として、戸板康二を
追及するサイトをもつ藤田加奈子さん、「クイックジャパン」編集長でもある
森山裕之さん、サイト「本読みの快楽」主宰で書評のメルマガにも連載してい
る金子拓さんら、若手の文章がイイ。
とくに、未亡人インタビューの聞き手でもある、児玉竜一「戸板康二の歌舞
伎と演劇雑誌」という文章にはビックリ。この児玉さんの文章で、戸板のデビ
ュー作「車引殺人事件」にはその7年まえに同じ題の初期バージョンがあった
コトを知った。日本ミステリ史ではこんなこと、知られているのだろうか?
ぼくにとっては目から鱗が落ちるような衝撃だった。ついでに個人的なコトを
書くと、この児玉さん、ぼくの大学時代の知人なんです。当時から歌舞伎に狂
ってた方でしたが、若手の演劇史研究者として優れた活動をされているそうで
す。卒業以来ずっと会ってない児玉氏と、最近の知り合いである方々の名前を
誌面で見て、ちょっとフシギな感じだった。
700円。書肆アクセス、タコシェ、三月書房、恵文社ほかで販売。
なお、サイトもオープンしたようです。
http://www.sutv.zaq.ne.jp/ckabb202/
【ギャラリー・美術館】
★村山知義・映像往来
【会期】1月17日(土)〜2月29日(日) 10時半〜17時半(月曜休)
【会場】ギャラリーTOM(渋谷駅徒歩15分、井の頭線神泉駅徒歩7分)
村山知義と映画界との関わりを検証する展覧会。映画史研究家の田中眞澄氏
(「みすず」で古本屋歩きの連載を書いていたりする)が構成を担当し、村山
自ら監督した作品や多くの映画評論・シナリオ、また、「葵館」という映画館
のデザインなどを展示する。
1月17日(土)と2月8日(日)には、田中氏とゲストとの対談もあります。
http://www.gallerytom.co.jp/
★大橋あかね『ハラゴメおさんぽ展』
【会期】2月3日(火)〜15日(日) 12時〜20時(月曜休、日曜〜18時)
【会場】Tea & Gallery 花影抄(千代田線根津駅根津交差点口より徒歩1分)
お腹にお米の詰まったカエルのぬいぐるみ、ハラゴメカエルのけろの展示で
す。今回は「けろを連れてお散歩に行こう。」をテーマにけろを連れて歩く為
のフェルトバッグなどを展示します。併設のカフェではオマケ付『けろのお茶
セット』(限定20セット)の他、美味しいお茶とお菓子をお楽しみ頂けます。
http://www.haragome.com/event/osanpo.html
★「チェコの前衛2 ヤロスラフ・レスレルの写真」
茅場町・タグチファインアートにて、1月13日−2月7日まで。
http://www.taguchifineart.com/
【これから出る本】
★ヘンリー・ペトロスキー『本棚の歴史』白水社、1月下旬、3,000円
タイトル通りならめちゃくちゃ面白そうだが、さて?
【雑誌】
★「ふるほん福岡」創刊号
福岡市古書籍商組合が発行する古書目録+エッセイの雑誌。送られてきて、
まず表紙のデザインの良さにびっくり。クレジットを見ると、九州在住の装丁
家・毛利一枝さんの仕事であった。なるほど。エッセイは、佐木隆三、中野三
敏、西原和海、松村久(マツノ書店)など、福岡に縁の深い7人が寄稿してい
る。どれぐらいのペースで出すか書いてないけど、できれば年2、3回は出し
てほしい。コレを真似て、他の地域でも古本目録+エッセイ雑誌を創刊してく
れるとイイのですが。
定価300円。申し込みは天導書房まで。
http://www.kosho.ne.jp/~tendo/
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■下連雀しゃんしゃん日録 長谷川洋子(古書上々堂)
(1)おっかなびっくりの初買い取り
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★1月9日(金)晴れ
ドアが勢いよく開いて見覚えある年配女性が来店。「谷です。あなた、あと
2日で開店から2ヶ月になるわよ。で、差し入れ持ってきたの。」と大きな焼
き芋をくれる。この人は「上々堂」の買い取り第一号の御仁。開店前、まだ床
や棚のペンキ塗りをしていたとき、大きな紙袋2つ提げて「隆慶一郎」をぎっ
しり揃えて持って来てくれた記念すべき私の初買い取りの人。
おっかなびっくりの初買い取り。本来なら買い取りに慣れている共同経営者が
査定するのだが「文庫本なら私でも」と見よう見まねでベラボウに高く買い取
ってしまい、後で帰って来た共同経営者は苦笑い……。毎日笑い話にしたい様
なことばかりの「上々堂」細腕太腹繁盛記の始まり。
この日の差し入れは焼き芋。温かい三鷹の、東京の、私の故郷の沢山の人たち
に見守られて上々堂はヨチヨチ歩きを始めている。
古書上々堂(しゃんしゃんどう)は昨年11月14日(金)開店。JR三鷹駅南
口から中央通りひたすら歩いて15分。太宰治の眠る禅林寺が目印。店名は店主
である私の出身地鳥取しゃんしゃん祭りに由来する。大都会東京でも故郷を忘
れないようにと……。
私は15年の会社勤めから転身して古本屋店主に。共同経営者は西荻窪「ゴゴ
シマヤ」という古本屋の店主。私のむこうみずが様々な偶然を引き寄せ「君は
強運だ」といわれながらの開店。強運だったかどうかはまだ判断しかねるが、
とりあえず開店から2ヶ月経過。
毎日開店と同時に入ってきては西村京太郎を一冊買ってくれるおじちゃん。
100円均一の小説を買っては電光石火で読み終え、今度はその本を売りに来て
くれるおばさま。キャメルのコートに身を包み毎晩一冊絵本を買って帰る謎の
紳士。神保町事情に詳しい初版本買いの気のいいサラリーマン。
そして、つげ義春の漫画にも登場しているらしい(自称)元古本屋店主は、
来る度に古色蒼然たるいかにも高そうに(私には)見える書物を持ってきて、
「これあげるよ」。昨年末、奥さんから禁足令が出て最近お見限り。来店する
と1時間はおしゃべりだったからこのところはホッとしたような気が抜けたよ
うな。
「ここはくつろげるね」と言いながらまだ隙間の多い本棚の列をグルグルして
くれる男性は国分寺書店のオババにどなられたクチで「古本屋に叱られた記憶
しかない」と言ってたっけ。
上々堂は客を叱るどころか「こんなこと知らないのか」と私の方が叱られる
古本屋だ。あたってくだけてばかりの毎日。明日はどんな一日なのか、楽しみ
でしょうがない。
お客さんからの年賀状に「初心を忘れぬようご精進を」とあり、「初心」を心
に唱える間もなかった開店までのバタバタ騒動を今思い起こし、新年、改めて
丁寧に明るく元気よく、ちょっぴり賢く進んで行こうと誓ったことでした。
*古書上々堂 〒181-0013 三鷹市下連雀4-17-5
TEL 0422-46-2393
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■古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧 高野ひろし
(17)自分を追い込んで大きなものを掴みとる女優
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升本喜年『紫陽花や 山田五十鈴という女優』草思社、2003年12月、1900円
私、山田五十鈴の名作『たぬき』をフルバージョンで見られていないことは、
悔やんでも悔やみきれません。トークと抜粋で繋いだミニ版と、演奏部分だけ
の舞台しか、この目で確認出来ていないんですよ。『紫陽花や山田五十鈴とい
う女優』を読むにつけ、その後悔は大きくなるばかり。「居合わせることの大
切さ」を、しみじみ感じるのでした。
昭和5年に13歳で映画デビュー、しかもかの大河内伝次郎の相手役!
15歳で片岡千恵蔵主演映画のヒロインですからね。その頃には酒煙草に夜遊び
三昧、早熟というより空恐ろしい。後に巨匠と謳われる名監督の若き日の作品
に出まくる、恵まれた才能と環境。その一方で結婚、離婚、恋愛、不倫を繰り
返すスキャンダラスな私生活。山田五十鈴の怒濤の役者人生は、そのまま日本
の映画と演劇の昭和史です。
彼女の気を抜かない徹底した役作りは、その恋愛への激しい思いにも似てい
ます。愛する人に同化しようとするあまり、服から調度品から趣味、生活ぶり
の細部に至るまで変えてしまうんですよ。そりゃ、疲れますわ。その作品一本
のためじゃないんですからね。でも、そうせずにはいられない。異常とも言え
そうな執拗な努力こそが、「生まれながらの役者」の自己確認だったのかも知
れません。
自分を苛め、自分を追い込むことで、その先にある大きなものを掴み取れる。
それこそが役者魂、芸人魂じゃないですか。ひょっとしたらこの人、別れるこ
とを前提にして恋愛を繰り返しているんじゃないか? そう思いたくなりますね。
そんな彼女の来し方とオーバーラップするような女芸人・立花家橘之助を描
いた『たぬき』は、やっぱり見ておくべきでした。しかし齢90に近づこうとい
う大女優に、もうそんなリクエストは出来ません。映画界に育ち、演劇の道で
最高峰に上り詰めた唯一の人・山田五十鈴。本書巻末の出演作品群を見れば、
静かに暮らして下さいとしか言えませんや。
〈たかの・ひろし〉路上ペンギン写真家、東京生まれ。近頃お気に入りの楽し
みは、カモメとカモの餌やり。カモメは結構都会に進出しており、池之端、淺草、
日本橋、銀座、東大島、白髭、浅草橋等にも沢山いる。ハトやカラスは目の敵
でもカモメやカモは良いというのは、明らかな差別だ。ハト、カラスには申し
訳ないが、暫くは鳥類差別主義者でいる予定。
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■オヤツのオトモ 大橋あかね
(6)私の「江戸へようこそ」
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京須偕充編『志ん朝の落語』1〜4巻、筑摩書房 ちくま文庫、2003年、
各950円(※全6巻、以下続刊)
十の年まで置き家育ち、高校で落語と捕物帳にめざめ、大学で黄表紙を学ん
だ私は、江戸文化に通じているようで実は見事に半可通。「下町育ちのちゃき
ちゃきの江戸っ子」というような人に会うと、妙に肩身が狭くなる。
よって、下町で寄る喫茶店と言えば一軒位。根津の『Tea&Gallery花影抄』
だ。画廊併設の店内は、殊更に下町らしさ、江戸らしさを強調しているわけで
はないので、私でも緊張せずに素直に寛ぐことができる。それなのに、お茶を
飲みながら、江戸と地続きの下町の空気を感じてしまうのは何故だろう。
私の好む江戸文化は、歌舞く派手な江戸趣味ではなく、洒落っけがありなが
らも生活臭の漂う代物である。例えば、故・古今亭志ん朝の落語、然り。見事
な間合いと情感のこもったセリフ廻しが江戸の庶民の生活を再現し、志ん朝自
身からにじみ出る品性と通人らしさが、すっきりとしていっそ江戸前らしい。
現在刊行中の『志ん朝の落語』を読んでいると、活字の間からそんな名人の
声が聞こえ、姿が浮かんで来る。『大山詣り』の幇間の調子の良さと金への執
着。『百年目』で番頭の遊びをさらりと許す主人の大通ぶり。特に秀逸なのは
廓噺で、『三人起請』に見る、女郎の色気と可愛げが一転してふてぶてしさに
変わるところなど、そこには今はなき、そして今も続く江戸の空気がある。
以前、友人と「粋という代物は、粋と口にした途端に粋でなくなる」と話し
たことがある。粋とは空気のような物で、私の中の「江戸」もそれに近い。
花影抄で梅の花を象った練りきりと抹茶を前に志ん朝の本を開いてみたら、
そこには、同じ色を持つ江戸の空気があった。私の江戸へようこそ。
〈おおはし・あかね〉ハラゴメカエル作家。初めて真面目に書きました。実
は、2/3〜2/15に花影抄で個展『ハラゴメおさんぽ展』を開催するのです。
そりゃあ、真面目に書くってもんよ。よろしければ、どうぞ遊びにいらして
下さい。DMをご入用の方は info@haragome.comまで。
http://www.haragome.com/
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■林哲夫が選ぶこの一冊
(13)植草甚一、もう一人のシュールレアリスト
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植草甚一『ワンダー植草甚一ランド』晶文社、リクエスト復刊、2002年
日本にシュールレアリストがいったい何人いるのか、または、いたのか知ら
ないが、シュールレアリスムというものを、仮に「アンドレ・ブルトン」のよ
うな存在だと考えてみると、日本には少なくとも二人の重要なシュールレアリ
ストがいたことがはっきりするように思われる。
一人は、言うまでもなく、瀧口修造である。詩人として、理論家として、ま
たアーティストとして、プチ・ブルトン(プチブル)の代表であろう。近年だ
けでも「瀧口修造とその周辺」(国立国際美術館、1998)、「瀧口修造と武満徹
展」(世田谷文学館、1999)、「瀧口修造の造形的実験」(渋谷区松濤美術館、
2002)などの回顧展が開かれ、多角的な評価が進んでいる。
そしてもう一人の代表的シュールレアリストというのが、植草甚一なのであ
る。彼は晩年、若者たちにもてはやされ、ファンキーなおじさんなどと今もっ
て形容されているが、美術史的あるいは思想史的には、瀧口修造と並ぶ位置を
与えられなければならない人物なのではないだろうか。そう言う意味では、
JJ氏人気とは裏腹に、彼の真価は等閑視されていると言えなくもない。まあ、
その仕事自体がやや等閑な性質のものであるから、それでどうしたというわけ
でもない。ただ、その方角から眺めることによって植草の仕事が別種の輝きを
見せるような気がするだけである。
瀧口は明治三十六年(1903)生まれ。青春の蹉跌を経験した後、昭和六年
(1931)に慶応の英文学部を卒業、翌年PCL映画製作所に入所し、日本最
初のスクリプターとなる。植草は明治四十一年(1908)生まれ。早稲田大学
理工科建築学科に入学するも落第が続き、英語の翻訳業に手を染めたりなどし
て、昭和八年(1933)に除籍、九段下の映画館「銀映座」の主任助手となっ
た。PCLの『百万人の合唱』などがその時代にヒットしたそうだから、瀧口
の担当した映画もきっと植草の小屋でかかっていたにちがいない。
なお、今これを『植草甚一主義』(美術出版社、1978)の巻末年譜によって記
しているが、そこでは、昭和十年(1935)に銀映座が東宝の直営になり、植草
は《そのまま東宝入社》とされている。しかし「東宝」がPCL、東京宝塚劇
場など四社の合併によって成立したのは昭和十二年(1937)なのだから、年譜
の記述をどう解釈すべきか? 多少迷うのである。いずれにせよ、病気がちだ
った瀧口は昭和十一年(1936)にPCLを退社し、植草の方は昭和二十三年
(1948)まで東宝の禄を食んでいた。
カスッているか、ニヤミスかはともかく、重要なのは、二人がそろって映画
業界に身を投じたという事実であろう。「映画は二十世紀の叙事詩だ」という
アポリネール(ブルトンの師匠)の言葉をまつまでもなく、シュールレアリス
ムの現象形態が映画に最も近いということは、夢の万能性という一点において
も説得力を持つ。
《瀧口さんがやった最初のシュルレアリスム展、銀座の新橋寄りの二階にあ
った小さな画廊へ見に行ったことがあります。後になって、そのときのカタロ
グを瀧口さんは焼いちゃったというんで、ぼくの持っていたのを差し上げたら
喜んでいましたよ》(『植草甚一主義』57頁)
最初のシュルレアリスム展というのは昭和十二年(1937)の「海外超現実
主義作品展」(銀座、日本サロン)を指すのだろう(かつて《そのときのカタ
ログ》を筆者もある古書店で目にした記憶があるが、たしかペラ一枚の、文字
だけが並ぶ簡単な目録だった。ただしお値段は何万円だったか、相当なシロモ
ノだった)。この頃から瀧口はデカルコマニー(インクなどを紙に挿んで作る
一種の転写模様)の技法を紹介するとともに、自らその作品を発表し始めている。
植草はと言えば、それに先立つ昭和二年頃、村山知義の『構成派研究』(中
央美術社、1926)に影響されて、外国の機械のカタログを切り抜き、最初のコ
ラージュを制作していたという。さらに昭和五年(1930)にはエルンストの
『百頭女』(エディション・デュ・キャーフール、1929)を神保町の三才社で
購入したともいう。《それを見たときビックリしてしまい、高かったけれども、
別にしといてもらって無理して買いました》(『植草甚一主義』57頁)。これ
には驚く他ない。限定1000部の豪華本である。こんなものが発売直後に日本
に輸入されていたとは! それを植草は買っているのだ。彼のコラージュに
『百頭女』の影響が露わなはずである。
アンドレ・ブルトンは十六歳のとき、バック(大学入学資格試験)の合格祝
いにもらった小遣いで、初めてプリミティーフ彫刻を買った。以降、終生彼は
異形あるいは異貌のオブジェに惹きつけられ続ける。この点は瀧口も植草も全
く同じではないだろうか。瀧口は必ずしもオブジェからシュールレアリスムに
入ったのではないけれども、たとえば、雑誌『太陽』1993年4月号「瀧口修造
のミクロコスモス」特集を見ると、彼の書斎はガラクタの宝庫である。『植草甚
一主義』に掲載されている、植草が選んだ様々なオブジェに共通した、ある種
の「匂い」がそれらの品々に漂っているように感じられる。とにかくシュール
レアリストの価値観は常に視覚的でありフェティッシュなのだ。やはり1930年
代、神保町の三省堂に新しい洋書がよく入ってきた頃、植草甚一の目を撃った
ものはこれだった。
《ちょうどそのころ帯封というやつが、はじめて工夫されたんだろうと思う
が、ある日のこと、新入荷したタウフニッツ・エディションの表紙の活字が急
に太いゴヂック体になり、おまけに黄色い帯封がしてあったので、それがとて
もフレッシュな感じをあたえ、目がはなせなくなってしまった》(『ワンダー
植草甚一ランド』110頁)
あるいは後年、ジャニス・ジョプリンの死について書いた一文は、歌唱につ
いての回想や説明がほとんどなく、「ライフ」に掲載された《ながい髪をした
ジョプリンが、マイクをまえにしている写真》の強烈な印象を哀しみを込めて
語るだけである。それがまたいい。《そういう彼女の舞台写真は、いままで雑
誌でなんども見たけれど、この一枚だけは、いままでと違っていた。目が離せ
なくなってしまい、なんともいえないほど悲しい気持ちにさせたのである》
(『ワンダー植草甚一ランド』81頁)。ここでも「目」が離せなくなっている。
異形あるいは異貌への異常な関心・興味、ブルトンの場合は世界のプリミテ
ィーフ美術や人間の内面を描いた作品へと向かったわけだが、植草の場合、欧
米文化とくにその前衛が対象となったようである。たとえば「六本木界隈と新
宿界隈」(初出は1961年)という軽妙なエッセイに彼の嗜好がよく現れてい
る。六本木の誠志堂という古本屋を振り出しにしたある一昼夜を描いているの
だが、そこで買った洋雑誌を喫茶店で読みながら引き破り、中華料理の香妃園
で食事をしながら破いた記事を読み、ジミーの店というゲイ・バアで飲んでい
て隣りに座った二人のゲイ・ボーイに興味を持ち、《ちょっと一緒につれて歩
いてみたく》なり、彼らを連れて狸穴町の88というナイトクラブへ繰り出し
て黒人シンガーの歌を聴く。さらにそれから新宿へ向かい、結局、朝まで過ご
してしまうのだが、勘定はみんな二人のゲイ・ボーイが払ってくれる。《こん
ど会ったら奢ってあげようと思っているけれど、それっきり会っていない。だ
からときどき思いだしはじめる》(『ワンダー植草甚一ランド』189頁)。
こんな男だからこそニューヨークの水が合ったのだろう。そのありさまは
『植草甚一コラージュ日記2』(平凡社、2003)にいきいきと記録されている。
マイペースながらきわめて精力的に、新刊書、古本、キッチュな小物などを買
い漁る、まるで天国にいるような日々だった。
さきのゲイ・ボーイの話を収録したことについて弁解がましく愚痴りながら
自らの深部をさらけ出す『ワンダー植草甚一ランド』の「あとがき」がとてつ
もなくいい。《そんなことをなんで書いたかというと、やっぱりグレていたか
らだが、それがどうしてこの本のなかに入ってしまったのかと考えているうち
に、また変な気持ちになってくる。そうして死んだ姉が口癖に「おまえって、
ほんとうにイヤなやつだよ。ひとの感情を害することばかりやっていて」とい
ったのを、いくど思い出したことかしれない》……、シュールレアリストはこ
うでなきゃいけない。
六本木と言えば、ロッポンギ・ヒルズができて、人の流れがすっかり変わっ
てしまった。書店もいろいろできている。植草が生きていれば、この六本木の
変貌ぶりをどのように評したであろうか。やっぱり、TSUTAYAで洋雑誌を買い、
スタバのテーブルに座ってその雑誌を破りながらコーヒーを飲んでいるのだろ
うか。
〈はやし・てつお〉画家。
2月22日〜29日(23日月曜日は休み)、京都パラダイスで「sumusパラダイス展」
を開きます。編集人林哲夫のミニコミ歴と編集作法を初公開。周辺のミニコミも
とり集め内部資料も豊富に展示。京都パラダイスは山崎書店の二階です。
京都市左京区岡崎円勝寺町91-18 tel.075-762-0249
http://www.artbooks.jp/
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■全著快読 古山高麗雄を読む 荻原魚雷
(13)立派でも正しくもない兵士の試行錯誤
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『龍陵会戦』文春文庫、2003年3月刊/単行本は1985年11月、文藝春秋
戦争文学三部作の二作目。一作目と三作目は、架空の人物が主人公だけど、
この「龍陵会戦」の主人公は「私」である。
「戸石泰一が死んで、もうまる五年になる。戸石が死んで一年ほどたって、吉
田満さんが死んだ」
だめ兵士の「私」は、歩兵銃に「鼻毛ほどのゴミ」がついていたという理由
で「私刑」にかけられる。
「成績の上がらぬ遊廓の女郎は、水の入ったバケツを両手に一つずつ持たされ
て、きりなく立たされたりするのだという話を聞いたことがあるが、私も似た
ような目に会わされたのだった。私は、みんなに見物されながら、ボロボロ涙
を流して泣いた」
古山さんは戦争で悲惨な体験をした。それはまぎれもない事実である。しか
し、その事実によって誰かを告発しようとはしない。
「あのころ私は、無知であり、身勝手であった。立派でも正しくもなかった。
戦争嫌悪を口にする勇気もなく、ただうんざりしながら、諦めていただけだ」
この苦い自己認識が作品全体にしみわたっている。誰かを裁く前にまず自分
を裁く。自分を裁くことによって戦争の理不尽を浮び上がらせる。いや、ちが
う。他人を、そして時代を、理不尽な運命を、許しているのだ。古山さんの戦
争三部作はどれもこれも救いようのない話だけど、読み終わったあと気持が楽
になる。それは古山さんが自分の心のなかにこびりついている戦争にたいする
恨みや憎しみを浄化しながら書いているからだと思う。
……作中、『戦艦大和ノ最期』の著者吉田満のことを回想する部分がある。
「我々は一人残らず、召集を忌避して、死刑に処せられるべきだったのか。或
いは、極めて怠惰な、無為な兵士となり、自分の責任を放擲すべきであったの
か」(『戦艦大和ノ最期』初版あとがき)
故人の残した問いに、古山さんは答えようとする。
「下級兵士は人間であることを主張することができない。そんな社会でも、誇
りを失わない人がいるかも知れないが、私は失った」
『龍陵会戦』では、下級兵士、将校、その他多くの日本人の無念を描く。正し
かったとも間違っていたともいわない。いくら恨んでも憎んでも、戦争の傷は
癒やすことはできない。戦争三部作は、「救済の文学」だとわたしは思っている。
〈おぎはら・ぎょらい〉来月、ちくま文庫から吉行淳之介のエッセイ集が刊行
される予定です(全四巻/編者=わたし)。今年、没後10年。吉行ブーム来るか?
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■あとがき
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今回から、三鷹・上々堂の長谷川洋子さんによる「下連雀しゃんしゃん日
録」が始まりました。昨年開店した古本屋の中で、もっとも居心地よく、いい
本の見つかるお店です。どうぞご贔屓に。ちなみに、長谷川さんの出身地は南
陀楼のとワリに近く、「しゃんしゃん」という方言を使うところも同じです。
子どものとき、親から「しゃんしゃん(しっかり)しなさい!」とよく怒られ
たものです。
では、次回もしゃんしゃんと。
(南陀楼綾繁)
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