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2001.4.10.発行 vol.31 [新連載山盛り号]
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■■ [書評]のメルマガ 2001.4.10.発行
■■ vol.31
■■ mailmagazine of book reviews [新連載山盛り号]
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[CONTENTS]-----------------------------------------------------------
★お知らせ
→毎月10日号が大リニューアル。毎月、新しい執筆者が登場します。
★「今月ハマったアート本(1)」平林享子
→気鋭の美術ライターが紹介する、こんなに楽しい!アート本の世界。
★「もっと知りたい異文化の本(1)」内澤旬子
→異文化を知ることは自国の文化を知ること。出国前に読んでおこう。
★「林哲夫が選ぶこの一冊(1)」
→三人が毎月交代で一冊の魅力を語る。まずは『sumus』の林さん。
★「全著快読 山田稔を読む(1)」柳瀬徹
→ひとりの作家の全作をひとりで徹底紹介。最初の一年は山田稔の本。
★「出版史のヨコ道(1)」南陀楼綾繁
→出版に関わるひとびとの刺激的なエピソード満載の本を紹介します。
★「書評サイト探検隊(1)」グッドスピード
→書評のサイト、本についてのサイトの辛口批評です。さて、今回は?
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■お知らせ
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「書評」って読むのも、書くのも、ちょっととっつきにくいカンジがありま
せんか? 自分がおもしろく読んだ本の内容をきちんと伝えるのは難しいし、
読者の方も書評を情報として使いこなすのが難しい。でも、「[書評]のメル
マガ」を名乗るからには、一冊でも多く、その本を手に取ってくれる読者を
増やしたい。だから、今月から毎月10日号は、それぞれにテーマや字数を設
定し、少しでも読みやすくしていきます。また、執筆者の一部は、毎月交代し
ます。それでは、行ってみよう。 (10日号編集・南陀楼綾繁)
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■今月ハマったアート本 平林享子
(1)作家の思いがこもった自家製アート本
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オノデラユキ『真珠のつくり方 HOW TO MAKE A PEARL』2000年
32ページ、オリジナル・プリント2点(表紙・裏表紙)、100部限定。
サイン、エディション・ナンバー入り。
「最近は画集や写真集を出すのが難しい」。知り合いの画家や写真家と話し
ていると、よくそういう世知辛い話になります。印刷費のかさむアート本は、
よほど売れる見込みのある人気作家じゃなければ出版社もなかなかウンとは言
わない。シブイねえ。なんてついついボヤキ口調になってしまいがちですが、
最近、そんな逆境を逆手にとった、カッコよくてソウルフルなアート本を見つ
けてうれしくなりました。パリ在住の写真家オノデラユキさんの写真集『真珠
のつくり方 HOW TO MAKE A PEARL』です。写真集を出したくても出版社は
出してくれない。ならば自分で作って販売しようと、オノデラさんが自らデ
ザインして手作りで造本した写真集。これぞまさしくアーティスト・ブック
ですよね。
先日開かれた個展「真珠のつくり方」に合わせて制作されたもの。この新作
写真がまた新鮮な感動を与えてくれました。モノクロ写真の上方に白い光の玉
が浮かび、その周辺には黒い影が広がる。実はカメラのなかにガラス玉を入れ
て撮影したもの。貝のなかに異物が混入することで美しい真珠ができるのと同
様、カメラのなかに異物を混入することででき上がった写真なのです。
で、そういう写真が収録された写真集なのですが、表紙と裏表紙にオリジナ
ルのプリントを使用し、なかにはデジタルプリント30点が収録されています。
装幀もセンスがよく、造本もしっかりしている。値段は25,000円とちと高い
が、オリジナル・プリント2点が含まれていることを考えればリーズナブル。
出版社の力を借りずともその気になれば立派な作品集は作れる、といういい
見本。むしろアーティスト本人の意向がそのまま反映されているので、ファン
にとってはうれしい。私も注文しました。でき上がるのは何ヶ月か先ですが、
待つ間も楽しいもの。こうしたアーティストの産地直売、質の高い自家製アー
ト本が増えてくれることを期待しています。
『真珠のつくり方 HOW TO MAKE A PEARL』25,000円(本体)
問い合わせ/ツァイト・フォト・サロン(日本橋)TEL 03-3246-1370、
イルテンポ(高円寺)TEL 03-3312-2575
この2つのギャラリーに見本があります。
〈ひらばやし・きょうこ〉美術系の編集者・ライター。現在は滝本誠氏の評
論集『きれいな猟奇 映画のアウトサイド』(平凡社、7月刊行)の編集に全
力投球。ほかには、本のONLINEセレクトショップ「CLOVERBOOKS」
(http://www.ifnet.or.jp/~kyoko.hi/)をやっています。
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■もっと知りたい異文化の本 内澤旬子
(1)グアテマラ編 リアルかつシビアなマヤのシャーマニズム
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実松克義『マヤ文明 聖なる時間の書』現代書林、2000年
マヤ文明は何世紀も前に消滅したものと思いこんでいる人は多い。独自の複
雑な暦を持ち、自分たちが滅びる時期を予言していたとか、謎めいた説も横行
している。
けれども『マヤ文明 聖なる時間の書』を読むと、グアテマラには、古代マ
ヤ文明の伝統を受け継ぐマヤ民族が、なんと全人口の六割、七百万人も存在す
ることがわかる。彼らはスペイン人のもたらしたキリスト教を信仰しながら、
同時に現在も古いマヤの宗教を信じているのだ。何か困ったことがあればマヤ
のシャーマン、「サセルドーテ・マヤ」に頼む。シャーマンはマヤ暦を使って
相談者の状況を判断し、様々な助言や治療を施す。
著者の実松克義氏は、生きたマヤの伝統に触れたいという一心で、十人もの
シャーマンに会い、実際に祈祷を受ける。夜を徹して樹脂で燻されたり、ヘア・
トニックとコーラを顔に吹きかけられたり、身体からガラスのかけらを吸い出
されたりもする。お金のやりとりもリアルかつシビアに描かれる。実松氏はそ
んな呪術的な体験を、時には笑いを噛みしめ、時には心底びっくり呆然としな
がら丹念に重ね、行為の奥にある意味をずるずると聞き出していく。
この祈祷体験だけでも十分おもしろいのだけれど、著者がもっとも力を注い
だのは後半部分、特に最後に登場するシャーマンで哲学者でもある老人との問
答だろう。これまでのマヤ文明にまつわる通説俗説をけとばし、壮大なマヤの
時間と調和にまつわる精神哲学を描く。
膨大な書物を読みこなす研究者でありながら「ニセモノ」臭い(?)シャー
マンにヘアトニックをぶっかけられても律儀に祈祷料を支払う(しかも半信半
疑)。そんな著者だからこそ、頭でっかちの研究者や単なる馬鹿で物好きな凡
百の冒険家が逆立ちしてもかないっこないスリリングな本ができたのだろう。
的確で詳細な註、索引、地図、図表によって中南米初心者にもわかりやすい
のも嬉しい。
『マヤ文明 聖なる時間の書』2,800円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4774502049&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。碧鱗堂製本主人。共著に
『アジア路地裏紀行』(下川裕二編、徳間文庫)、『東方見便録』(斉藤政喜
文、文春文庫)など。オンラインマガジン『ビジバジ』(http://www.bzbz.org/)
で製本ワークショップを展開する。
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■林哲夫が選ぶこの一冊
(1)うるわしい文章に満ちた回想集
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『梶井基次郎全集別巻』筑摩書房、2000年
昨今、筑摩書房がことのほか文学全集の発行に熱心である。梶井の他にも、
井伏鱒二、太宰治、上林暁、中野重治、坂口安吾、深沢七郎、八木重吉、山
川方夫、フローベール、ネルヴァル、空海、牧野信一……。案外、手堅い商
品なのかもしれないとは思うものの、こう目白押しではどうしても心配にな
ってくる(前歴もあることだし)。創業者古田晃の個人的ファンなので、お
かしくなって欲しくない出版社なのだ。また一方で、極端に縮小した平凡社
でさえ白川静にこだわって全集別巻に着手しているのを知ると、全集出版は
よほど出版社みょうりに尽きる事業に違いない、などと得心したりもする。
ただ、先日ある平凡社関係者から届いた私信に「別巻完結まで、3年半、
こりゃ確実に平凡社が一番先につぶれます」とあった。これを単なる諧謔と
笑ってやり過ごせないところが深刻だ。まあ、要らぬ心配をしてやきもきす
るくらいなら、1冊でも多くそれらの版元の本を買えばいいわけだが、それ
はまた別の話になる。
個人全集はその著者の作家的価値を確立する。漱石全集(岩波書店)の場
合など、作家そのものだけでなく、版元をも確立させ、ひいては近代作家に
おける「全集」というスタイルさえも確立させた。その基盤となったのが大
正期に急増したサラリーマン層である。彼らのなかに新しい読者を「全集」
は見い出した。
例えば、この別巻に収録されている兄梶井謙一の回想など、もっとも良
い例のひとつだろう。すなわち《基次郎の読んだ漱石の本は、いまでも私の
手もとに何冊かあります。私が最初の月給で買った「漱石全集」を読んでい
ました》というのである。初月給で全集を買う、そんな一団の若者たちが現
れた。ちなみに、漱石全集は大正6年12月に第一次が出始め、8年11月の完
結に引き続いて同12月から第二次刊行が始まった。梶井謙一が大阪工業学校
を卒業後、住友電線製造所に入社するのが大正8年4月だから、初月給で買
ったのは第一次版ということになる。こう書いてみて、別巻所収の「梶井基
次郎年譜」に改めて感心する。兄の就職まで克明に記録してあるというのは、
できそうで、できないことではないだろうか。
梶井基次郎(1901-1932)は全集によって不滅の輝きを得た作家の典型で
ある。生前には創作集『檸檬』(武蔵野書院、1931)の一冊が、31歳で早
逝するその前年に、友人たちの努力によってようやく実現されたにすぎない。
全集の方もやはり、淀野隆三、三好達治そして中谷孝雄らの奔走でもって、
まず六峰書房から昭和9年に発行された。上下2巻、各限定500部。3年後
の昭和11年、作品社の小野松二が『梶井基次郎小説全集』上下を刊行した。
これは上を1,500、下を1,200刷り、すべて売り切ったと淀野は記憶してい
る(「四つの全集のことなど」)。さらに戦後、京都の高桐書院が三巻本(ま
たは四巻)を企画した。しかし、昭和22年に第二巻、翌年第一巻を出しただ
けで倒産。淀野によれば、このときには各5,000刷って2,000ずつ売れたそ
うだが、残りは税務署に差し押さえられてしまったという。ずっと編集の中
心だった淀野が"決定版"刊行という念願を叶えるのは昭和34年の筑摩書
房版によってである(昭和41年に増補再刊)。梶井の評価もここに定まった。
要するに全集の歴史が梶井文学認知の歩みとなっているのである。
1999年版全集は筑摩再刊本から数えて33年振りの改訂ということになる。
この度の編集者は鈴木貞美(国際日本文化センター)である。《埋もれてい
た数かずの草稿や断片を翻刻し、執筆年代をすべて推定しなおし、作品の校
訂をあらたにし、要するに編集を改めた》そうだが、本巻がどう変わってい
るのか、まだ確認していないので何とも言えない。ただ、この別巻について
は、脱帽のほかはなく、よくぞここまで、と思わせるものがある。
内容構成は「回想の梶井基次郎」「同時代」「反響と殘映――資料編」
「年譜・書誌・人名索引ほか」となっており、それぞれ綿密な資料調査の結
果が示されている。とくに回想集は印象的だ。梶井の人柄を反映してか、じ
つにうらやましいような、うるわしい文章に満ちている。弔辞の達人川端康
成は《梶井基次郎君はいい手紙を書く。》(「梶井基次郎」)から始まる追
悼文を残しているが、さすがにうまい。名文というべきだろう。梶井の手紙
に関しては廣津和郎らも印象深く語っている。当時小学三年生だった湯ヶ島
の旅館湯川屋(梶井が保養していた宿)の安藤公夫も《梶井さんはよく手紙
を書いた。それを登校の時、郵便局へ持って行くのも私の仕事だった。》と
憶えている。微笑ましい逸話である。
概して、文士以外の回想記に読むべきところが多いようだ。なかでも、梶
井の母、久による「臨終まで」は鋭く心を打つ一篇。ミニマリズムとでも呼
びたいような「看護日誌」とともに、梶井における母の存在の大きさという
ことを考えさせられた。
詳細な年譜、書誌、参考文献目録も大変に重宝。ただ、完璧とするにはわ
ずかに不足がある。本稿をしたためているうちに、ささいな疑問点を発見し
たので、蛇足ながら付記しておく。
梶井基次郎年譜の493ページ上段、昭和8年3月の項に六峰書房版全集に
ついて《上・下二巻(限定五三〇部)が刊行された》とあるが、書誌の方で
は《限定五百部(内三十部寄贈本)》となっており、明らかに食い違ってい
る。同じく年譜の昭和22年に《淀野隆三経営の高桐書院より》と記されてい
るが、書誌では高桐書院版全集の発行人は《馬場新二》である。
もうひとつ、資料編に《高桐書院版全集内容見本》から初出の文章が2篇
収録されているにもかかわらず、参考文献目録を見ると、《『決定版 梶井基
次郎全集』月報》とだけあって「高桐書院版全集内容見本」は採られていな
い。同一のものなのか? はっきりしない。
最後に、梶井基次郎自身の筆跡による題字を含め、紙質、色調、文字レイ
アウトともに好ましく仕上がっていることを付け加えておく(装幀=中山銀士)。
『梶井基次郎全集別巻』7,200円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4480704140&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈はやし・てつお〉1955年生まれ。武蔵野美術大学卒業。画家。現在、本好き
8人が作る雑誌『sumus』の制作を担当しています。画家としても本等をリア
ルに描くことに努めており、ウエッブ上でも公開されていますので探して見て
ください。
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■全著快読 山田稔を読む 柳瀬徹
(1)書き手と現実との距離が要請するもの
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『コーマルタン界隈』河出書房新社、1981年(みすず書房版、1999年)
「エッセイ」や「私小説」などといった腑分けでは、どうも居心地悪そうに映
る文章というのがそれほど多くはなくとも存在していて、最近では「純文章」
などという呼称もある評論家によって生み出されたが、定着するには至ってい
ない。
ロジェ・グルニエなどフランス現代作家の翻訳でも知られる山田稔の、彼自
身の諸作品に相応しいのは、やはり「散文」という言葉の、どこか軽みや羞恥
を感じさせる字面と響きではないだろうか。自らの存在を訴える厚かましさも
なければ、ひたすら身辺雑記を書き散らすような自慰的な開き直りもない。消
去法でしか浮かび上がってこないジャンルの、もっとも優れた達成のひとつが
山田稔の諸作なのであり、同時に、世代を超えた他の優れた書き手たちへの誘
いも、そこには用意されている。
処女作『幸福へのパスポート』(1969年)の「あとがき」には、66年から
67年のフランス体験のなかで、山田稔がなぜ日本語の文章を書かなければな
らなかったのかが述べられている。同書に関しては回を改めて触れなければ
ならないが、題材を同じくした本書とのあいだに二十余年の時間が流れてい
るという事実に、この「距離の作家」とでも呼ぶべき散文作家の特質が、す
でに見え隠れしている。
パリとはなによりもまず、底冷えのする街なのだろう。
街中の「商業の中心であると同時に、性産業の中心」でもあるような猥雑
な場所に、仮の住まいをさだめた「私」の日々に常にあるのは、周囲との距
離である。目の前に現れては消えていく人々との間に持つのは、およそ交わ
りとさえ呼べないようなかすかなやりとりだけだ。
たとえば、自分の部屋の向かいにある共同便所から毎朝聞こえてくる咳や
「朝一番の新鮮な生命力を凝縮したような」いきみの音から、見知らぬ隣人
の姿や来し方を事細かに想像しながらも、実際に遭遇しそうになると慌てて
逃げる「私」。あるいは、ひとりの食事の寂しさを紛らわせるために、レス
トランのボーイとのやりとりをフランス語で真似てみる「私」。《勘定をたの
みます――かしこまりました》。しばしば語り手の身を縮みあがらせるパリ
の寒さとは、気候によるそれだけではない。
万事においてそのような姿勢で臨む「私」は、孤独な人間なのだろうか。
そうかも知れない。しかし、心を閉ざした人間の姿はそこにはない。ある距
離のなかにしか立ち現れてはこないものを、「私」は懸命につかもうとし、
そのさまを山田稔は卓抜なユーモアを交えながら言葉に定着させようとする。
ユーモアの裏側に張り付いてるのは、生きることの苦さと、好悪を超えた対
象への優しさだ。優しさが、距離を要請する。虚構としての言葉とは、書き
手と現実との距離が要請するものにほかならない。
長らく絶版となっていたこの名作は、新たに「オートゥイユ、仮の栖」の
一篇と、堀江敏幸による見事な解説を添えて、1999年に復刊された。
本を閉じると、知るはずもない底冷えの日々がたまらなく恋しくなってく
る。ふたたび頁を操ると、冷気が躯を這いあがってきて、懐かしさに胸が締
めつけられる。
『コーマルタン界隈』みすずライブラリー版、2,400円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4622050420&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈やなせ・とおる〉1972年生まれ。伊豆大島出身。青山ブックセンター本
店勤務。人文・思想書等を担当。むつかしい本をろくに読まない人間がむつ
かしい本を売るのは、やっぱりむつかしい、と感じる日々。
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■出版史のヨコ道 南陀楼綾繁
(1)張り扇の音響きわたる戦後〈中間小説〉銘々伝
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大村彦次郎『文壇栄華物語――中間小説とその時代』筑摩書房、1998年
本書は、講談社で『小説現代』の編集長をつとめた著者が、編集者の側から
見た戦後文壇史を軸として、その周辺と時代の流れをたどろうとしたものだ。
1945年、敗戦の直後に、文藝春秋の永井龍男は雑誌『文藝春秋』復刊号を編
集する。永井はのちに作家として立つことになるが、戦前は菊池寛・佐々木茂
索に認められた辣腕編集者だった。長い歴史をもつ文藝春秋は、多くの作家を
抱え、『文藝春秋』『オール読物』ともに発展していく。戦前からあった芥川
賞と直木賞の権威も増し、文壇への通行切符となった。
一方で、戦後のどさくさに、既成の出版社以外から、数々の小説雑誌が生まれ
る。最初は、本を出せば飛ぶように売れたが、シロウト商売のせいで維持でき
ずにツブレていく。そんな雑誌のひとつに、林芙美子や坂口安吾が連載した
『日本小説』がある。戦前からの編集者である和田芳恵が、理想とする小説雑
誌を自分の手でつくろうとしたものだ。しかし、資金繰りに苦しんで廃刊。和
田は高利の利息が払えずに失踪する。
混乱のなかから、松本清張、源氏鶏太、伊藤整、司馬遼太郎といった新しい
タイプの小説家が登場した。彼らの作品は、純文学と大衆小説の間にある文学
だとして〈中間小説〉と呼ばれた。この名称は、「戦前の総合雑誌の目次では、
右頁の巻頭に社会科学などの学術的論文が並び、左頁の巻末には大家中堅の創
作が置かれた。その間を埋め合わせる随筆やルポのように肩の凝らない読物が、
つまり中間読物である」ということに由来している。
〈中間小説〉の書き手たちは、自己のテーマを追求しながらも、マスメディア
や一般読者ともうまく付き合っていく。その結果、多くの国民的ベストセラー
を生みだし、戦後の出版産業を支えていくのだ。
なお、和田芳恵は長年にわたる失意の日々を経て、樋口一葉研究の総決算
として、1956年に『一葉の日記』を刊行する。「もうマラソン・レースが終
わった頃に、遅れて姿を見せる最終ランナー」は、こうしてようやく、文学の
世界に戻ってきたのである。
前著『文壇うたかた物語』(筑摩書房、1995年)が、著者自身が直接見聞き
した作家たちの風貌を描いたものなのに対して、本書での著者はすっと舞台裏
に退き、目線を遠く保って作家や編集者を観察している。そこがいい。
「もちろん正統にして実証的な文学史にはほど遠く、巷間の逸聞を私なりにま
とめた文壇インサイド読物の類に過ぎない」と断っているが、講談師が張り扇
を鳴らすかのように、テンポよく積み重ねられるエピソードによって、戦後
〈中間小説〉群像が力強く描き出されている。
この続編で、第三部にあたる『文壇挽歌物語』が『ちくま』に連載され、今
年3月号で完結した。おそらく近いウチに単行本化されるハズ。楽しみだ。
『文壇栄華物語』2,900円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4480823395&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈なんだろう・あやしげ〉1967年生まれ。ミニコミライター。共著『ミニコ
ミ魂』(晶文社)。定有堂、往来堂、烏書房など、ナゼか書店のサイトでばか
り連載しています。
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■書評サイト探検隊 グッドスピード
(1)読んだ本は意地でも褒める
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「八方美人な書評ページ」http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/
個人でホームページを作るとき、定番のコンテンツは日記か書評と相場が決
まっている。星の数ほどのサイトを逍遥してそう感じるのは私だけではない
だろう。そこで、「玉石混交」の書評サイトを探検して、そのなかからめぼ
しいものを取り上げて評してしまおうという暴挙に出ることにした。
「めぼしい」ものの規準は、ない。
そもそも「書評」って何なのか、といった思索や薀蓄はおいおい語らせてい
ただくとして、まず今回はタイトルで気になった「八方美人な書評ページ」
を探検。「八方美人男」と名乗るさして美しくもなさそうな人が個人で運営
している書評サイトである。そのタイトルどおり「読んだ本は意地でも褒め
る」がモットー(「八方美人宣言」は必読。これは美しい宣言です)。そんな
ふざけた試みが面白そうだが、書評を読んでみるといたって真面目である。
最近取り上げられている本は、遠藤周作『深い河』(講談社)、浅田次郎
『プリズンホテル』(徳間書店)、田口ランディ『アンテナ』(幻冬舎)など。
いずれもしっかりと読んだうえでの書評であることが生真面目過ぎる文章か
らうかがえるし、決して皮肉まじりの褒め殺しではない。世にあふれる安易
な罵倒より、生真面目に褒める行為は、読まずにいた本に対して世評とは違
った角度から出会わせるという点で評価できる。
しかし「意地でも褒める」の意地が書評からいまいち感じられない。
「つまらない、駄目だ」という世評に対する反論を説得力をもって語ること
ができれば、読者はその本がどういう本なのかよくわかるのだ。もっと肩の
力を抜いて褒めていいんじゃないかしら。そうすればもっと面白い書評にな
ると思うんだけど。
ちなみに「この本を褒めてみろ!」というリクエストも受けつけているの
で、ぜひリクエストしてみたい。でも、そんな本を探すのはひと苦労だろうな。
(1999年1月公開。現在までのアクセス数30,598。書評本数291)
〈ぐっど・すぴーど〉1968年生まれ。本を読むより、本を撫でたり眺めたり
作ったりするのが好きな男。書評サイト探検隊隊長(自称)。「本」のメルマ
ガ(毎月5日号)で「一字千金の記」を連載中。
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■あとがき
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本日読んだ本は、森達也『スプーン 超能力者の日常と憂鬱』(飛鳥新社、
1700円)。三人の超能力者の生活と意見を執拗に描く。読み終わって、次に
ソニーのエスパー研究室について取材した斎藤貴男の『カルト資本主義』
(文春文庫)を読んでみようか、それとも、森の方法論にも影響を与えた
と思われるドキュメンタリー映画監督の原一男の『踏み越えるキャメラ』
(フィルムアート社)を再読しようかと迷う。日々の読書は、こうしてつ
ながっていく。
次回、5月10日号でも、高野ひろし、中山亜弓、ペク・ソンスといった強
力な新顔が登場します。乞うご期待。 (南)
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