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2000.4.20.発行 vol.32 [園児の絵 号]
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■■ [書評]のメルマガ 2000.4.20.発行
■■ vol.32
■■ mailmagazine of book reviews [園児の絵 号]
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■トピックス
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■イーショッピング・ブックスに、五月下旬より出版社ページ登場
インターネット書店のイーショッピング・ブックスが、まず五十社を手始め
に、お薦め本やフェアなどを出版社さん自らがコンテンツ作成するというプ
ロジェクトを始めるそうです。五月末くらいからの立ち上げとのこと。出版
社さんごとの企画力の差も見えて、これは面白いかもしれませんね。
http://www.esbooks.co.jp
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■不定期特集「カリスマ書店員のテクニック」
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カリスマ書店員と呼ばれる方と話をしていると、ふっとそのテクニックの一
部をもらして頂ける瞬間があります。そんな、短い断章を不定期にご紹介し
ていきたいと思います。
今回は、地元密着店におけるテクニックです。
――僕が千葉にあった余り大きくない店の店長やってたときなんだけど、五
千円以上本をお買い上げのお客様には、「よろしければ〜」とご本人の承諾
を得て、住所と名前を書いて頂いたんですよ。それで、数百人のお得意様名
簿ができたんだけど、それで書中見舞いとかを一枚一枚手書きで書いたりし
たんだよね。結構大変でしたね。
他には……一番近い保育園に行って、園児の絵を飾らせてくれって頼んだ
こともありましたね。お店の中にそういうスペースがあったんですよ。それ
で、土日になるとお店に父兄がつめかけて、売上がグーンと上がるってこと
もありましたね。
「人文業界のヒーロー」「人文書版元で知らない人はもぐり」(某大手出版
社営業マン談)と言われるリブロブックセンター・町田店店長の小島昇さん
の言葉。
小島さんは、地域への積極的なちらし配布(チェーンの本屋さんでは、とて
も珍しいことですよね)なども行なっていたそうで、地域密着店もあたまを
ひねればやることはたくさん在るんだなーと痛感させられたノウハウでした。
(文責 守屋淳)
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■『ザ・ライフルズ』小林圭司
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『ザ・ライフルズ』 ウィリアム・T・ヴォルマン著 国書刊行会刊
10年くらい前は誰もが、「ウィリアム・T・ヴォルマンの小説が読んでみ
たい!」と思っていたはずだ。
トマス・ピンチョンとジョン・バースの潮流の申し子といえば、翻訳すら出
ていなかったにもかかわらず、デイヴィッド・フォスター・ウォレスとウィ
リアム・T・ヴォルマンで決まり、だったのだ。
ヴォルマンの処女作が出版されたのは87年だが、日本でデビュー(雑誌等
は除き、単行本で)したのは、96年。
ずいぶん待たされたおかげで『ハッピー・ガールズ、バッド・ガールズ』な
んてヘンな邦題をつけられても、異を唱えるのは躊躇われてしまうくらい
だった。
さて、この物語の舞台は北極。
19世紀英国のフランクリン遠征隊は、大西洋と太平洋を結ぶ「北西航路」
を探し、北極圏へ探検に出た。
隊員たちは飢餓のため、全員死亡。
一方で、20世紀半ばカナダ政府による統治権強化のため、北極圏に無理矢
理移住させられてきたイヌイットたちを、虐待と飢餓が襲う。
時間的に交わることなどあり得ないこの二つの運命は、「ライフル」という
道具を触媒とし、ヴォルマンによって繋ぎ合わされたとき、また新たな物語
を紡ぎ出す。
ヴォルマンの作品は、想像力というよりは妄想力の大きさがよいと勝手に
思っていたのだが、それだけでもないようだ。
この物語のベースになっているのは、二つの物語に加えて、ヴォルマン自身
による北極圏取材なのだ(巻末にはなんと装備一覧表までついている)。
そんな行動的な作家ではあるが、だからといって事実をリアリスティックに
描いていく、というような単純なものでもない。
現実と幻想、現在と過去が入り交じる2段組・500頁超の小説は、具体的
な事柄を捕まえることが困難なまま、流々と進展して行く。
とは言っても、決して読みにくいものではない。
ヴォルマンと、ヴォルマン自身が投影されている登場人物であるサブゼロ、
歴史上の人物であるフランクリン卿とのイメージの融合も、自然に受け入れ
ることができる。
訳が分からない小説の割には、没入しやすいとさえ言える。
山形浩生氏が『蝶の物語たち』のあとがきで書いていたような、ヴォルマン
作品独特の「居心地の悪さ」もあいかわらずで、そのあたりははっきりとリ
アルさをもって実感できる。
現実との折り合いの付け方などという、日常の中で忙殺されて忘れかけてい
たことまで思い出させてくれてしまう。
あとがきで訳者が「子供が生まれたことで他者との距離が縮まったような気
がする」というヴォルマンの言葉を、妙に切実に感じたと紹介しているが、
わかるような気がする。
この作品はヴォルマン自身が「七つの夢」と呼ぶ、北米大陸史を再発見する
全7巻の内の一作だそうだが、是非他の作品も読んでみたいものだ。
また、この翻訳が収められている国書刊行会の「文学の冒険」シリーズ〜翻
訳文学のシリーズとして質・量とも他の追随を許すことがない〜には、日頃
の感謝と今後の期待を込めてエールを送りたい。
(こちらの本は取次ぎさんで品切れだそうです(TT))
<小林圭司 出版社営業部員 32歳 年間読書量50冊(トホホ...) 好き
なジャンル 翻訳小説・サッカー>
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■
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『風の王 砂澤ビッキの世界』柴橋伴夫著
砂澤ビッキ、砂澤恒雄・彫刻家。
1931年に北海道、旭川(近文)に生まれる。
父はトアカンノ、母はベアモンコロ。
北海道の先住民、アイヌの血を引く。
すでに没して12年の歳月が流れる。
彼の特異な個性、心を揺さぶる造形の、根源的なものは何か。
本書はビッキの生と作品に真正面から向かい
このテーマを追求した労作である。
不思議な、樹の声が聞こえてきそうな彫刻。
円く、柔らかい、
何故か懐かしく感じる形。
ANIMAL、TENTACLE、
風の王、王妃のシリーズ。
ビッキの作品は
原始の時間を憶いださせようとするようだ。
優しく、そして悠久の大地を感じる。
ビッキとは、アイヌ語で蛙の意味である。
幼い頃の愛称である、このアイヌの言葉を
終生愛し、自分の分身としたビッキ。
「アイヌ人として社会的差別撤廃と自立を叫び、
アイヌの独立の旗をつくり、
メーデーにも参加し」全国の同胞とも連帯したビッキだが、
常に
「アイヌ人である符標を拒絶しつつ、
ひとりの人間として生きることを願」った。
個の立場で、全身全霊をかけ樹(木)と向き合い
永遠を、無限を求めて創作された作品群。
若い頃の差別体験、
60年代前後には、鎌倉に住み、
フランス文学者・澁澤龍彦らと交流。
あらゆるジャンルの日本の前衛の空気を浴び、
自らの感性を研ぎ澄まして行く。
そして、
何より「無垢な自然」が自分のテーマだと
「天北の木の聖地」音威子府に移住し
極北で大木を相手に、
無限を感じる精神性の高い作品を創り続けた。
本書の中で著者は、
ビッキの人生を辿り、創作を丹念に探り
いつもビッキとともに在ろうとする。
ビッキが感じた何かを
同じように感じ、あたかもビッキになろうとしている。
その誠実な試みは、
ぎこちなく、迷いながらも
本書で結実していると思う。
第5章の「風の神話」。
札幌芸術の森の野外に設置する
彫刻作品・四つの風について論じられる。
野外彫刻にもかかわらずビッキは木彫にこだわる。
その、樹に対する執着と、風というテーマ。
朽ちていくことの意味。
4本の矢の象徴するもの。
ビッキが交流したカナダの森の少数民族から教えられた
「目にみえないものと対話せよ、
(中略)真実の声が聞こえてくる」
という思想の先にある
「死(消滅)こそがもう一つの命のはじまり」
人の思念を越えた「もっと大きな世界」を
表現していると著者は言う。
ビッキの作品は、
在るだけで
みる人を圧倒する。
存在への敬虔を感じる。
本書により
著者という新たな「ことば」を持ち、
ビッキの造形は
語り継がれていくと思う。
響文社
札幌市豊平区美園11条4丁目2−20
?011−831−7146
『風の王』A5判・344頁・本体1800円・2001年3月20日刊
http://www.gozans.com/bk/?b=4877990054&s=shohyo
(↑こちらよりお買い上げ頂けます)
<畠中理恵子 書肆アクセス店長 神保町の看板娘、じゃなくて看板奥様>
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■『保坂和志の二作』キウ
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「 <私>という演算」 保坂和志 新書館 99.3
「世界を肯定する哲学」 保坂和志 ちくま新書 01.2
「 <私>という演算」の帯には「思考のかたちとしての九つの小説」と書
かれている。しかしこれは明らかに小説ではない。エッセイ集というのが一
番ふさわしいのだろうけれど、確かにそのような呼び方もしっくりこない。
あえて「小説」と呼ぶのだろう。
もっとも小説らしい、冒頭の掌編「写真の中の猫」を取り上げてみる。
まだ這い這いしていた頃の自分の写真がある。白黒。縁側で、隣に猫が写
っている。この猫のことを覚えていない。おそらく自分より先に生まれたの
であろう猫が、その後数年生きていれば、幼少期の頃のことをよく記憶して
いる「ぼく」が覚えていてもおかしくないはずだ、と考える。
ある日、百年前の日本を写した「シネマとグラフ」を見る。日本橋の繁華
街が写されていて、その隅を犬が歩いていた。
「ぼく」はこの猫や犬をすごくリアルに感じる。「自分が生まれるよりず
っと前に生きていた犬や猫がいた」(P14)という、当たり前のことに、驚
きを感じている。
写真の猫が、かつて生きていて、縁側に寝そべっていたり、赤ん坊と写真
を撮られたりする時間が、流れていた。しかしそれは消えてしまった。記憶
にも残っておらず、ただ写真だけが残されている。
「時間がこの世界に残らないで消えてしまう」(P24)。
「時間」という言葉を「猫」や「ぼく」や「人間」という言葉に置き換え
てもいい。そして、そのことのリアリティは観念的なものの中から出てきた
のではなくて、具体的な一枚の写真から生じている。
大体そういった話で、この感じ方が、二年後に出版された「世界を肯定す
る哲学」において、「私が生まれる前から世界はあり、私が死んだ後も世界
はありつづける」(P232)という表現へと進む。
すごく当たり前のことを言っているのだけれど、そのことのリアリティを
感じる努力を人間は怠ってきているのではないか、と著者は考える。
世界は人間の思考によってあるのではない。言語によって記述しきれるも
のでもない。それらに微差で先行して世界はある。そのようなズレから、リ
アリティというものが生まれる。
この二冊の本は、内容がとても似通っていて、断片として集めた先の一冊
を、さらに一本のまとまった試論として書き直したようだ。
しかしこのように二冊続けて読んでみると、「 <私>という演算」が、小
説集としてまとめてあることには、頷ける。やはりこの一冊は「小説」と名
乗ってもいい作品の集まりなのだ。そんなジャンル分けはどうでもいいのだ
が、「 <私>という演算」の方が、「世界を肯定する哲学」より、ずっと読
みやすいし、分かりやすい。というか、感じられやすい。「世界を肯定する
哲学」が著者の作品をかたち作る舞台裏のようなものであってみれば、その
成果はやはり作品において見出されるべきなのだろう。
『〈私〉という演算』1800円
http://www.gozans.com/bk/?b=4403210686&s=shohyo
(↑こちらよりお買い上げ頂けます。『世界を肯定する哲学』は取次ぎさん
で品切れだそうです(TT))
<キウ 元書店員 31歳 年間読書量60冊 好きなジャンル・文学>
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■あとがき
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>後継総裁に立候補した四人がいろいろ演説してるじゃないですか
>はあはあ
>小泉氏が、突然、首相公選制とか言うと、それに対して麻生氏が、今のよ
うに国家元首が曖昧なままではマズイので、もし首相公選にするなら天皇を
国家元首と銘記しなきゃ駄目だとか言ってますよね。要は、国民選挙で首相
選らんじゃうと、天皇と首相と、国家の代表か二人になりかねないという・
>小泉氏は、国民受けするけど粗忽、麻生氏は鋭いけど危ないってカンジで
すね(笑)
>思うんですけど、もう21世紀になったんだから、斬新な発想で臨んでは
いかがかなと・・
>と、言いますと?
>21世紀にふさわしく、コンピュータを元首に据えるというのは・・
>もしかして、赤と緑のランプがピコピコして、何でも答えてくれるとかい
う奴ですか(笑)
>そうそう、外交交渉用には、ホンダの二足歩行ロボット使えば大人気間違
いなし
>うむむ。ついでにアメリカン・ジョークもプログラムしておけば完璧かも
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