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2001.5.10.発行 vol.34 [GW明けは眠い号]
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■■ [書評]のメルマガ 2001.5.10.発行
■■ vol.34
■■ mailmagazine of book reviews [GW明けは眠い号]
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[CONTENTS]-----------------------------------------------------------
★お知らせ
→10日号がリニューアル第二弾。今回も、新しい執筆者が登場します。
★「日本の外から見た日本(1)」ペク・ソンス
→ソウル育ち、日本在住のメディア学者が俗流「日本論」を斬る。
★「古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧(1)」高野ひろし
→芸の現場に立ち会うヨロコビ。臨場感を伝える本を紹介します。
★「中山亜弓が選ぶこの一冊(1)」
→三人が毎月交代で一冊の魅力を語る。今回は「タコシェ」の中山さん。
★「全著快読 山田稔を読む(2)」柳瀬徹
→山田稔の全作を徹底紹介。今回は『幸福へのパスポート』。復刊望む。
★「マンガのようなホントのような(1)」南陀楼綾繁
→体験や歴史を元ネタとして描かれたマンガを紹介していきます。
★「書評サイト探検隊(1)」グッドスピード
→書評のサイトの辛口批評です。今回は「勝手な書評」を勝手に批評。
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■お知らせ
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リニューアルした4月10日号は、思いのほか好評でした。林哲夫さんの
『梶井基次郎全集別巻』(筑摩書房)書評には、担当編集者からメールが
寄せられました。また、紹介された本を買ってみます、という声もありま
した。嬉しいです。
一方で、スペースや改行が少なくて読みにくいというご意見もいただき
ました。メールマガジンという形態は、紙の雑誌と違ってレイアウト上の
細工がしにくいのですが、どうやったら一号全部を快適に読んでもらえる
かを、試行錯誤しながら探っていきたいです。(10日号編集・南陀楼綾繁)
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■日本の外から見た日本 ペク・ソンス
(1)孔子「直系子孫」が説く日本人と中国人の国民性
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孔健『日本人は永遠に中国人を理解できない』講談社+α文庫、1999年
親愛なる孔健様へ
私はあなた様がお書きになった『日本人は永遠に中国人を理解できない』と
いう本を大変興味深く拝見、自分が今までぶち当たっていた「壁」の正体をつ
い突止めることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。
あなたが東洋において最も偉大なる「孔子」様の第75直系子孫であり、数多
くの著作やご活動があることも知らずに、『朝の通勤60分で読む本』というキ
ャッチフレースに心を動かされ、つい本を買ってしまった私の不遜をお許しく
ださい。
自己紹介が遅れましたが、私は名前は白盛?と言い、私の先祖は、中国の何
とか皇帝の16世ソンウルビョンの後孫の宇経であるとなっていまして、彼が780
年に新羅の官職に就いたことで、現在の韓国の白氏の繁栄に至ったというわけ
でございます。
それがどうした? と言われればそれまでの話でございますが、「孔子」の
子孫であるあなた様には「始皇帝」の子孫でないととても太刀打ちできないな
と思ったまでの話です。
私は今まで「韓国人が書いた日本論」や「日本人が書いた韓国論」を読んで、
正体不明の怒りやイライラを感じたし、「この手の本がかえって、両国のステ
レオタイプ的な印象を作り出す」のではないかと心配してきましたが、「なぜ
そうなるのか」とか「どうすればいいのか」には何の答えも出せないまま、悩
んでまいりました。
このようなことは、韓国人と日本人だけではなく、中国人や台湾人について
も「ステレオタイプ的な印象」が作られ、消費されているのですよね。でもあ
なたのご著書を読んで、私の悩みは解消しました。
なぜならばあなた様のおかげで、「日本人がケチで、目が死んでいて、付き
合いが気の毒なくらい下手で、短気で、真面目・勤勉で、高慢で、エッチ」な
のは、日本人が「農耕民族・島国人」だという単純な理由からだったことがわ
かったからです。そして「中国人がなぜ金に執着し、目玉が動き、派閥のケン
カをし、人の足を引っ張り、自尊心が強く、復讐心が強くて、人を騙す」のを
理解するためには、「騎馬民族・狩猟民族」、「乱世・貧困」、「社会主義・人
治主義」という3つのキーワードが、必要だったのですね。
さすがの「孔子」様の「直系子孫」様のおかげで、愚かなワタクシも60分で
ここまで悟りを得ました。ついでに、中国人と違って、韓国人が「昔のことを
水に流そう」と思えないのは、韓国人が「農耕民族」で「半島人」からでござ
いましょうか。「大人」である中国人として寛大な教えを一つ伺えればと願う
だけでございます。
『日本人は永遠に中国人を理解できない』640円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4062563185&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈ぺく・そんす〉1963生まれ。1985年に来日し、東京大学・大学院社会学研究
科修士・博士課程を終了。現在、神田外語大学・国際コミュニケーション学科
の専任講師。小学2年の息子が一人いる。今年は花粉症があまりにもひどく、
連休にはどこかの「南の島」ですごしたいと思っていたが、結局近所の田んぼ
でオタマジャクシやカエル、トカゲなどを取ってすごしました。田植え真っ最
中の日本の里山も本当にいいもんだなとしみじみ思いました。
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■古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧 高野ひろし
(1)貴重な図像でたどる角兵衛獅子の歴史
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阿久根巖『逆立ちする子供たち 角兵衛獅子の軽業を見る、聞く、読む』小学
館、2001年
ライブハウスや歌舞伎座や寄席をぐるぐる巡るのは、町を歩くのと同じよう
に楽しい。芸の現場に立ち会う喜びの万分の一でも活字で味わえたらと、ペー
ジをめくるんです。
よく落語のマクラで「江戸時代の一般人は走れなかった」って言うんですけ
ど、あながち嘘じゃないかもと思うんです。もしかすると武士以外、運動する
とか身体能力を高めようとする概念はなかったかも知れませんよ。お芝居のケ
レンや立ち回りへの驚き、パワフルな力士への畏敬は、私らの想像以上のもの
があったんでしょう。だからこそデフォルメされた浮世絵や錦絵に、ドッサリ
残っているんじゃないですかね。
ちょっとしたアクロバチックな演技にもビックリした江戸ッ子達の気持ちが、
こんなに多くの角兵衛獅子や軽業の絵を残させたのかなぁ。『逆立ちする子供
たち』に収められた絵画や写真を眺めて、そんなことを考えちゃいました。
角兵衛獅子っていうと先ず鞍馬天狗に出てくる杉作とか、さらってきた子を
こき使う悪徳稼業を思い出しますよねぇ。いずれにしろイメージは哀しく暗い。
確かに本書に登場する写真から窺う子供等に、表情は殆ど無いんですね。
でもそれは写真に慣れない時代にありがちな無表情かも知れません。だって
他のおもちゃ絵や絵ビラに見られる角兵衛獅子の生き生きとしたこと! ちょ
っとしたポーズにも洒落た名前が付いていて、それらは正にプロフェッショナ
ルな芸ですよ。親方の口上も伝承された立派な話芸になっていました。
新潟県西蒲原郡月潟村で生まれた角兵衛獅子という芸が、当時の人々にどう
受け入れられ、どう変化していったか? これまで余り目に触れられなかった
貴重な図像達を手がかりに教えてくれるんです。やがてその子供のアクロバッ
トをたたき台として、大人による軽業、さらにその向こうにはサーカスが見え
隠れするような……いつの世も子供の芸能は世間の目を引き、もてはやされる
もんです。だけどその演技を「可愛い」と思うか「かわいそう」と思うか、そ
れとも「こまっちゃくれた」と思うか?
時代を経る毎に目が濁ってくる僕等に、江戸の人々の真の気持ちは分からな
いのかも知れませんねぇ。
『逆立ちする子供たち』2,300円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=409386067x&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈たかの・ひろし〉東京生まれ・町歩き人&路上ペンギン写真家・ウクレレブ
ラザース主席ウクレレ弾き・靱帯損傷歴2回・リハビリ完了間近
「銀の輔旅日記」http://www.page.sannet.ne.jp/yamazo/ginnosuke/
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■中山亜弓が選ぶこの一冊
(1)40年がかりで行き着いた「野鳥愛護」の思想
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中西悟堂『愛鳥自伝』上・下、平凡社ライブラリー、1993年
知っていました? 近ごろ、ゴミ集積場を荒らすことで悪評の高いハシブト
カラス、この鳥は本来、森林性で、われわれ人間とは完璧に棲み分けができて
いたんですって。ところが、森林が減少する一方で、都市がビルやマンション
でジャングルと化し、人間が残飯を決まった日の決まった場所にきちんきちん
と出したりするものだから、すっかり都市の鳥になってしまったわけですね。
ゴミが収集される前にしっかりお勤めを終え満腹になったカラスは、余暇を
都市生活を楽しむことにあて、公園でスベリ台をしたり電線を鉄棒代わりに遊
んでいるといった姿も目撃されているそうです。
カラスと同様にやはり森林性で人里では見られなかったヒヨドリもマンショ
ンの植え込みなどでチャッカリ営巣しているし、切り立った岩場に巣を作るイ
ワツバメもビルの増加ですっかり勢力を増しています。しかし、その一方で、
道路の舗装で巣材となる泥や昔ながらの日本家屋が減ったことで、長らく身近
な存在であったコシアカツバメが減るなど、当たり前にいた鳥たちが姿を消し
はじめています。
どうやら鳥の世界では、人類でいうところのゲルマン民族大移動などに匹敵
するすごい変動が起こっているようです。
過日の千葉県知事選挙でも、野鳥の宝庫として知られる三番瀬の開発の全面
見直しを公約のひとつに掲げた堂本さんが当選しましたが、環境問題はそうし
た残された自然や聖域と切り離せないのはもちろんのこと、前述のカラスのよ
うに、例えばあなたの家の前のゴミ集積所といった身近な生活も含めた問題と
いえましょう。
そんな今日の状況を予見してかせずにか、今から65年も前に〈日本野鳥の会〉
をおこし、自然保護に半生を捧げたのが、この本の著者、中西悟堂なのです。
といっても、この人、その人徳や教養から尊敬を集める一方で、生前は変人奇
人のほまれ高く、〈野鳥の会〉をはじめる前は木食生活と称して、田園にこも
り水でこねた蕎麦粉と生の大根と塩もみした野草のみを食べて3年近くを過ご
してみたり、野鳥観察の途中でも池を見ると裸になって泳ぎ出したなどと、数
々のエピソードを残しているのです。
しかし、この本で本当に面白いのはそうした奇人ぶりではなく、幼い頃から
の仏門修行〜断食しながら連日滝に打たれるなど〜、若き日の失明体験(その
後、視力は回復)、木食生活などの彼独自の体験がその身体を形成してゆくの
と同時に思想をも形成してゆくダイナミズムにあるのです。
虚弱体質で4歳までまともに立てなかった中西は、父親の思い切った療法で、
幼くして山寺に預けられ、粗食や断食をしながらひたすら座禅を組んだり、滝
に打たれるのですが、そんなことを続けるうちに遠くの出来事が見えたり聞こ
えるようになったり(実際に、修行を積んだ密教の高僧などにあらわれる現象
で、かつて空海が唐に渡ったとき、師の恵果は昔からこれを予見しており「ず
っと待っていた」と言って迎えたと言います)、各人が身体の自発的な動きを
引き出す身体訓練法や高速歩行法を編み出して当時の文化人たちに伝授したり、
五穀を断った木食生活をしたりと、まるで道教の仙人修行みたいな内容を誰に
教わるともなく実践しているのです。
およそ、今日の健康法や栄養学の常識からはずれたかのように見える生活を
続けながら、彼は仏門に学んだ後、文学を志すも、高邁な理想と現実のギャッ
プを感じずにはいられないプロレタリア文学運動をはじめとした当時の文壇の
いずれの潮流にも属さず属せず、ついに武蔵野の田園で木食生活を開始。そう
した中で市井の昆虫観察家などに出会い、アカデミズムとは一線を画した動植
物の観察や研究をしながら、当時のガンジーやタゴールの非暴力思想に触発さ
れ社会への復帰を果たしてゆくのです。
といえば何やら崇高な気もしますが、30半ばにもなろうという大の男が、蛇
たちと暮らしたり、ミジンコ大量捕獲のために瓶を持って野良着で東京中をさ
まよったり、先輩アマチュア観察家の言に従ってハチの観察の際にたとえハチ
にその姿を見つかってしまっても集中攻撃を避けるために微動だにしてはなら
ないという教えをまもりハチの群の中でやせ我慢する様などはユーモラスです。
そんな中で、中西はウグイス、ツグミなどを捕まえて飼ったり、種類によっ
ては食料にすることも一般的だった当時にあって、「鳥は野にいて美しい」と
謳い、野鳥という造語を打ち出し、鳥を本来の生態の中で愛でる自然観察と保
護の運動を開始するわけです。
およそ生産性と結びつかない、この活動は協賛者を増やしながらも、それ以
上に圧倒的多数の不理解にさらされているのではないかと思います。
しかし、今日、当たり前のように言われる「自然を大切に」「環境保全のた
めに高い意識を」という言葉にどこか、所詮人間が自分たちに必要な自然資源
や環境を確保せねばというご都合主義を感じずにいられない私が、中西氏が
〈野鳥の会〉をおこすにいたる心身の彷徨に触れると、何か安らぎを覚えるの
です。今日の環境保護の声がビルの中のオフィスからあがっているとすれば、
中西氏のそれは涼しい木陰や野原やせせらぎのそばから生まれたもののように
思えるのです。
環境保全の声が高まりともすれば掛け声ばかりが先行する今、60年以上も前
に、草を食み独自の身体訓練法を実践しつつ自然と文学を愛し、40年がかりで
行き着いた自然保護の思想と運動を振り返るとき、中西悟堂が蓄積したものの
偉大さとともに、私たちが失ったものの大きさも同時に知ることになるのです。
『愛鳥自伝』各1,456円(本体)
(上巻)http://www.gozans.com/bk/?b=4582760287&s=shohyo
(下巻)http://www.gozans.com/bk/?b=4582760295&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈なかやま・あゆみ〉中野の特殊書店タコシェに勤務。様々な健康法に凝りつつ、
漫画家・東陽片岡氏のお見合いのプロデュースを手掛ける今日この頃。
「タコシェ」http://www2.pot.co.jp/tacoche/
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■全著快読 山田稔を読む 柳瀬徹
(2)恢復のために編まれる言葉
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『幸福へのパスポート』河出書房新社、1969年(講談社文庫版、1981年)
退屈きわまりない団体旅行で訪れたSという小さな村での、「わたし」と
「びっこ」をひいた少年との交流を描いた中編「フランソワ」。誰の目にも明
らかな少年の身体的特徴に「わたし」はどういうわけか気づかず、そのことが
微笑ましいはずの出会いに消しがたい負い目を残すことになる。
人と人とのあいだに開いた傷口が消えることはない。おもねりや慰撫でそこ
を蔽ってみたところで、知らないうちに化膿してしまうだけだ。「わたし」は
そのことをじゅうぶんに承知している。であればこそ、その愚を犯すことを避
けることができない。
「わたし」のなかに芽生えた友情は奇妙な強迫をともなって、パリでの日常
に戻った後も捩れたまま育ち続ける。「フランソワに再会できれば、私の生活
は安定をとりもどし、以後はすべてがうまくいく」そんな思いに憑かれるがま
ま少年の残した住所を頼りに彼の住むNという町へ向かう。
思いきって呼鈴を押した「わたし」の前に、中年の女の訝しげな顔がのぞく。
「わたし」は「何度も頭のなかで反復練習してきたフランス語の文句」を、ど
うにかしてドアの閉まる前にいわねばと躍起になるが、どうしても音がでてこ
ない。悪夢のような失語の末に口をついてでたのは、あろうことかまるで粗悪
な語学教材の例文のような日本語だった。
フランソワはいますか。わたしはこのまえSでフランソワと知りあった日本
人です。
私は彼に会いにパリからやってきました。フランソワはいますか? フラン
ソワは、フランソワは、フランソワは……
本書の「あとがき」には36歳の山田稔が、「言語的禁欲」のなかで必要に迫
られて日本語の文章を書き始めた経緯が生々しく刻みこまれている。恢復のた
めにいったん編まれた言葉は、歳月を経てもけっして色褪せることがない。
『幸福へのパスポート』は、現在どちらも新刊で入手不能。復刊を望む。
〈やなせ・とおる〉1972年生まれ。伊豆大島出身。青山ブックセンター本店勤
務。人文・思想書等を担当。むつかしい本をろくに読まない人間がむつかしい
本を売るのは、やっぱりむつかしい、と感じる日々。
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■マンガのようなホントのような 南陀楼綾繁
(1)業界初(笑)、7000万投資の「一戸建て」体験マンガ
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伊藤理佐『やっちまったよ!一戸建て』全2巻、双葉社(アクションコミック
ス)、2001年
この連載では、個人的な体験や歴史的事実を元ネタに描かれたマンガを紹介
していきます。「体験」や「歴史」をマンガにするときには、自分と対象との距
離感、フィクションとノンフィクションとのバランスが問われるのですが、マ
ンガの場合、小説や映画よりも、その辺のテクが絶妙な作品が多いという気が
するのです。
「エッセイマンガ」っていうジャンル(?)がありますね。おもに女性マン
ガ家による結婚や子育ての体験をマンガにしましたっていう、アレです。たい
して珍しくもない体験を特権化して、「わたしって◎◎なんです」と手放しで
自分をホメる作品ばかりで、大体どれもオモシロくない。
ところが一方で、自分の体験をベースにしながら、感傷的にならず、見事に
オモシロイ作品に仕立てているマンガ家もいます。伊藤理佐の『やっちまった
よ!一戸建て』は、その好例です。
30歳・バツイチ・一人暮らしのマンガ家の伊藤理佐は、ある日突然、現在住
んでいるマンションを売って、一軒家を新築するコトを決意します。しかし、
家を建てるといっても、ナンにも知らずに勢いだけで決意したもんだから、そ
れからがタイヘン。マンションや一軒家を買ったりするのと違い、家を建てる
ためには、間取り・材料・内装など、すべてを自分で決めなければならないの
です。
このマンガは、「土地にこだわる田舎者」で、「いつもブラウスを買いにい
って安いスーツを買ってくる」ような貧乏性(この辺り、ぼくも耳が痛いけど)
の伊藤理佐が、家を建てることを決意してから、不動産会社の営業、設計士、
大工といった人たちに呆れられながらも、完成にこぎつけるまでのドキュメン
トです。ナンにも知らない伊藤理佐と、周りのプロフェッショナルの人たち
(人間的にはちょっとヘン)の掛け合いが絶妙で、さんざっぱら笑いました。
やっと自分がどんなウチに住みたいかに気づき、「なんにでも手が届く」
「8−10畳の空間が好き」「台所・居間・仕事場は近いほうがいい」という条
件を出したら、いまのところ男もおらず一人で住む予定なので、「居間が三
階で、一階があまってて、壁がナナメで、二階のトイレがふきぬけ」という、
前代未聞の「一人用一軒家」ができあがってしまいましたとさ。
なるほど、家を建てると、自分の生活習慣や財政状況や人間関係が見えてく
るんですね。そんなのに向き合うのは、とってもシンドい体験だと思うんだけ
ど、伊藤理佐はあたふたしながらも、一年かけてきっちりとその試練を乗り越
え、しかもリアルタイムでこのマンガを連載したのです。転んでも笑いはきっ
ちり取るマンガ家。スゲエなあ。
ちなみに、お客の注文を受ける建築会社の側からのマンガ作品としては、ロ
ドリゲス井之介『係長ブルース ダイスイハウス工事課日誌』(日本文芸社、
現在4巻まで)があります。こちらも作者の体験がたっぷり盛り込まれて、主
人公のあまりのイジメられっぷりに胃が痛くなってくるような笑いを提供して
くれます。
『やっちまったよ!一戸建て』各714円
(第1巻)http://www.gozans.com/bk/?b=4575937282&s=shohyo
(第2巻)http://www.gozans.com/bk/?b=4575937290&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈なんだろう・あやしげ〉1967年生まれ。ミニコミライター。共著『ミニ
コミ魂』(晶文社)。古書店・月の輪書林の目録(寺島珠雄特集)500ペー
ジを、到着直後に2時間掛けて完読、即注文。近頃メッタにないスリリン
グな読書。
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■書評サイト探検隊 グッドスピード
(2)町医者は勝手である
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「勝手な書評」http://www.jomon.ne.jp/~ysawada/0A_syohyou/
書評はそもそも「勝手」に書かれるものだと思うが、どれほどの勝手さなの
か興味をひかれてアクセスを試みた。出てきたページに「勝手な書評」の看板
があり、書評リストが掲載されている。書名、著者名と、その本の個人評価が
5つ星で表されていて、書名をクリックすると1冊につき200字あまりの「勝
手な書評」が載っている。お世辞にも「書評」とはいえないが、読書感想の一
口メモというか、読書案内の体裁で読みやすい。このシンプルさはいいぞ。
取り上げられている本は、池田清彦『臓器移植 我、せずされず』(小学館文
庫)、李啓充『アメリカ医療の光と影』(医学書院)、中野次郎『名医発見』
(集英社)など、医療関係書が多いけれど、なかには大江健三郎『取り替え子』
(講談社)、渡辺淳一『男というもの』(中央公論新社)、松本健一『「日の丸・
君が代」の話』(PHP新書)といった本もある。
何が「勝手」なのかさらに探りを入れる。すると不思議なものを発見した。
最初に出てきたページの右上に「沢田内科医院」という看板がある。そこをク
リックすると、医院の案内が出てきた(そのうえ、弘前公園の満開の桜の写真
も。クリックすると大写しになる)。ここがこのウェブサイトの「ホーム」な
のだ。どうも弘前市内にある開業医の院長がこの「勝手な書評」を書いている
ようなのである。医院のサイトに書評。いやー、ずいぶんと勝手だ。
そう思って書評を読み返してみると、その文体がなんだか患者への処方せん
のように感じてしまう。この本はこれこれに効きますよ、と。
最近のイチ押しの本は、奈良信雄『地獄の沙汰も医者しだい』(集英社)。
星6つだそうです。書評とは別に「雑記帳」というページがあり、そこにある
「太っていいのは相撲とブタ」という文章は「勝手な書評」よりも勝手で格段
に面白い。ご一読を。
(2000年12月10日公開。現在までのアクセス数1,680。書評本数50)
〈ぐっど・すぴーど〉1968年生まれ。本を読むより、本を撫でたり眺めたり作
ったりするのが好きな男。書評サイト探検隊隊長(自称)。「本」のメルマガ
(毎月5日号)で「一字千金の記」を連載中。
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■あとがき
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10年前、15年前によく読んでいた本を無性に読み返したくなるコトってあり
ませんか? ぼくは連休中に、北杜夫の新刊を読んで、中学生のときに読んだ
小説やエッセイが懐かしくなってねえ。当時買った本は実家に置きっぱなしだ
し、図書館も休館中なので、とりあえず古本屋に駆け込んで、数冊手に入れま
した。ゴキブリが人間の家庭を観察する『高みの見物』(新潮文庫)を読み返
したら、ナカにいまぼくが集めているマッチラベルについての短いエピソード
があるのを発見。初読のときにはそんな趣味はないから、まるで読み飛ばして
いたのですが。本にしても映画にしても、時間をおいての再読・再見には新た
な発見が多いので、オススメです。
次回、6月10日号のロング書評は、詩人の渡辺洋さん。コレで10日号の全
メンバーが登場済みとなります。連載は偶数月なので、平林享子さん、内澤旬
子さんのお二人です。なお、次号の発行日には、プラハにいる予定。海外から
の配信なるか。正直云って心配です。 (南)
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■ 発行部数 2057部
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