2000.6.10.発行 vol.37  [不思議本大集合 号]

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■■ [書評]のメルマガ                           2001.6.10.発行
■■                                                     vol.37
■■     mailmagazine of book reviews    [不思議本大集合 号]
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[CONTENTS]----------------------------------------------------------- 
★お知らせ
 →10日号リニューアル第三弾。今回も、新しい執筆者が登場です!
★「今月ハマったアート本(2)」平林享子
 →「いったいこれは、何なんだ!?」と言いたくなるアート本をご紹介。
★「もっと知りたい異文化の本(2)」内澤旬子
 →出国前に読んでおこう。今回はベジタリアン料理を食べ尽くす!
★「渡辺洋が選ぶこの一冊(1)」
 →三人が毎月交代で一冊の魅力を語る。三人目は詩人の渡辺洋さん。
★「全著快読 山田稔を読む(3)」柳瀬徹
 →ひとりの作家の全作をひとりで徹底紹介。最初の一年は山田稔の本。
★「出版史のヨコ道(2)」南陀楼綾繁
 →出版に関わるひとびとの刺激的なエピソード満載の本を紹介します。
★「書評サイト探検隊(3)」グッドスピード
 →書評のサイト、本についてのサイトの辛口批評です。さて、今回は?

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 ■お知らせ
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「[書評]のメルマガ」毎月10日号のリニューアルも、今回で3号目。今回
は、新刊に加え、書店に並ばないアート本、洋書、絶版本、マイナー雑誌が取
り上げられています。ことさらに、そういった本を集めたのではなく、「強烈
に紹介したい本を取り上げてください」と書き手にお願いしてだけなのですが。
 僭越にも望むなら、書評を読んで「この本を読んでみたい!」と強烈に思っ
た方は、ちょっと苦労をしてでも、いろんなルートを手繰ってその本を手にし
てください。新しい世界が開けるハズですぞ。(10日号編集・南陀楼綾繁)

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 ■今月ハマったアート本  平林享子
 (2)「何、これ!?」と興奮した不思議本のシリーズ
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『ガジェットブックス センスオブワンダー2 〔毒草の庭〕』2000年
『ガジェットブックス センスオブワンダー3 不思議な標本〔ヒツジノツ
ノ〕』2000年

 1ヶ月ほど前のこと、友人の家に遊びに行くと、「これ、知ってる?」と、
本のようなものを見せられました。しかし本のようで本じゃない!? 箱には
羊毛が詰まっており、その真ん中には羊のツノが!?

 小冊子がついていて、表紙には『不思議な標本〔ヒツジノツノ〕』というタ
イトルと「いったいこれは、何なんだ!?」というコピーが。「それはこちら
のセリフだわ」と思いながら小冊子をめくると、澁澤龍彦の『幻想博物誌』や
レオ・レオー二『平行植物』などの文章や図版が載っていたり、「ヒツジノツ
ノ」をめぐる植物学者からのメッセージがあったり。なんだかよくわからない
し、とぼけているが、おもしろい!

 この「ガジェットブックス」というシリーズは、名前のとおりガジェット
(モノ)と本が一つの箱に収まっている形式らしい。さっそくこれを作ってい
る出版社「エクスプランテ」のサイトを見てみました。すると、ありましたよ、
ヘンテコなものがいろいろと。そこで『ヒツジノツノ』に加え、『毒草の庭』
などいくつか私のハートをつかんだものをメールで注文しました。
『毒草の庭』なんてホーソーン『ラパチーニの娘』を連想させます。スタイル
としては、ミニカーに小冊子がついた「週刊デル・プラド カー コレクショ
ン」などと同じですが、同じマニア向けでも、こちらは博物学マニア、あるい
は「シブサワ」とか「ボルヘス」と聞いただけで手が伸びる幻想文学マニア向
けと言えましょう。

 はたして届いたのは期待にたがわずヘンテコでワクワクしました。『毒草の
庭』には、中井英夫の小説ほか毒草関連のテキストや図版を収めた小冊子、そ
してベラドンナなど毒草のタネ7種類や博物画(荒俣宏氏所蔵の複製)が箱に
入っています。

 次に興味が湧いたのは、こんな本を作っている奇特な出版社「エクスプラン
テ」とはいったい、何なんだ!? ということです。実は、平凡社の元社長の下
中弘さんが昨年はじめた出版社なのだそうです。私はこの7年くらい平凡社の
お仕事もやらせていただいていますが、元社長サマとは一度も会ったことも話
したこともなく(どこの出版社でもそうですが、私のような下層外部スタッフ
は社長サマと会う機会などございません)、義理も何もなく、ただ単に本が「け
ったい」(誉め言葉)だったので紹介したまでです、念のため。

 いまどきこんなに手の込んだ、かといって売れそうにもない本を続々と出す
なんて、とても素晴らしいことなので、頑張っていただきたいと応援していま
す。しかし、一つだけ苦言を呈するなら、一般書店の店頭には並んでいない本
なのですから、サイトで注文できるのはありがたいのですが、注文メールには
レスをください。まったく返事がなく、電話で何度か催促して、やっと送られ
てきました。まあビジネスライクじゃない、人間らしい出版社、と言えばそう
なのですが。

『ガジェットブックス センスオブワンダー2 〔毒草の庭〕』2400円(本体)
『ガジェットブックス センスオブワンダー3 不思議な標本〔ヒツジノツ
ノ〕』1280円(本体)

問合せ/エクスプランテ TEL03-5741-3671
http://www13.u-page.so-net.ne.jp/yj8/u-yu/explantae.htm

〈ひらばやし・きょうこ〉美術系の編集者・ライター。現在は滝本誠氏の評論
集『きれいな猟奇 映画のアウトサイド』(平凡社、9月刊行)の編集に全力
投球。ほかに、本のONLINEセレクトショップ「CLOVERBOOKS」をやっています。
http://www.ifnet.or.jp/~kyoko.hi/

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■もっと知りたい異文化の本  内澤旬子
 (2)菜食編 肉よりウマイ? ベジタリアン料理を食べ回る本
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森枝卓士『アジア菜食紀行』講談社現代新書、1998年

 映画『ケロッグ博士』(1994年、アメリカ)を見た。彼はあの朝食のお供コ
ーンフレークの発明者。どうやらかなりキテるベジタリアンでもあったらしい。
博士はまるで新興宗教のような施設をつくり、健康志向の金持ちアメリカ人を
集めて肉食と性交を禁じ、腸内をきれいにするための浣腸を繰り返す。主演は
『ハンニバル』のアンソニー・ホプキンス。人食いとベジタリアンを演じると
は、なんて物好きでかっこいいんでしょう。

 古くは殺生戒というタブー、最近では健康にダイエットと、理由もさまざま
だけど、肉を食わずに生きたいという欲求は、古今東西人間を発作的に襲うも
のらしい。その「発作」が根付くかどうかはかれらベジタリアンを支える文化
構造、生業体系を構築できるかにかかっている。

『アジア菜食紀行』ではインドを皮切りに、ベトナム、タイ、中国、日本と、
ベジタリアン料理を食べ回る。著者はフォトジャーナリストの森枝卓士。
ひとくちにベジタリアン料理と言っても宗教、文化、地理などによって多様だ。

 インドはカーストや宗教(ジャイナ教)も関係するけれど、肉や魚、果ては
ニンニクやネギも口にしないで一生を終える人々が十数世紀に渡って存在し、
どちらかというとベジタリアンが多数派の印象さえ受けるという。ベジタリア
ンレストランは多いし、飛行機の機内食も、「肉か魚か」ではなく、「ヴェジ
かノンヴェジか」と聞かれる。ハンバーガーまで何も言わないとチーズフライ
をはさんだものが出て来るんだとか。
 かれらはチーズや豆、そのままの味を味わう。多彩なスパイスがあるためか、
それで退屈しないんだそうだ。乳製品の加工も盛んで、チーズの種類も豊富な
のだ。

 一方中国では、豆腐や小麦グルテンに味をつけて凍らせたり干したり油で揚
げたり、いろいろと細工して、肉や魚のように見せかける。日本の精進のルー
ツだ。かれらは湯葉を筒状にして縮め、「腸もどき」まで作ってしまう。写真
で見る限りそっくりでかなりグロい(レクター博士もこれなら大満足!?)。
肉の味を知っている奴のためのベジタリアン料理と言おうか。さすが人肉まで
食っていた中国。豆腐そのものの味だけを楽しもうなんて考えは微塵もない。

 ところで豆腐はチーズをマネしてできたという説があるとか。タンパク質の
汁を固めるということでは、確かに製法はよく似ている。それにインドのパニ
ールというチーズは味も食感も豆腐にそっくりなのだ。チーズもどき、豆腐の
発明が、乳利用に消極的な中国以東のベジタリアンを支えてきたというわけだ。

 肉を食わなくとも、実に多様な食品と料理法があることがわかる。でも、肉
食自体をやめようとはさらさら思わない。なぜなら肉のうま味をすでに知って
いるから……と言ってのける著者の姿勢が、ベジタリアン本に漂う説教臭さを
駆逐している。

森枝卓士『アジア菜食紀行』640円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=406149421x&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)

〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。碧鱗堂製本主人。共著に『ア
ジア路地裏紀行』(下川裕二編、徳間文庫)、『東方見便録』(斉藤政喜文、
文春文庫)など。オンラインマガジン『ビジバジ』で製本ワークショップを展
開。
http://www.bzbz.org/

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■渡辺洋が選ぶこの一冊
 (1)透明感のある文体で語られるハイチの女たちの記憶・歴史
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Edwidge Danticat“Krik? Krak!”Vintage Books,1996
(エドウィージ・ダンティカ『クリック? クラック!』五月書房、2001)

「作家は男であれば拷問されて殺される。女であれば嘘つきの売女と呼ばれて
から犯されて殺される」
 軍事独裁政権のもと、私兵化した秘密警察が市民に日常的に暴力をふるうな
ど、政情・世情の不安定なハイチ(現在は合州国のテコ入れで「正常化」が図
られているようですが)。そんな祖国から家族と合州国に渡った少女は、ハイ
チ人移民のための学校でも主言語だったフランス語でも故郷のクレオール語で
もなく、英語で書く作家になることを選んだ。

 エドウィージ・ダンティカ、1969年生まれ。この本はデビュー長編『息吹、
まなざし、記憶』(1994、DHCより翻訳あり、ただし著者名は「エドウィッ
ジ・ダンティカット」となっています)に続く短編集(1995)で、今年の始め
に五月書房から翻訳が出たので、英語のなかにさりげなく挿入された現地語の
翻訳の処理などについて参照しようと図書館に貸出のリクエストをしたのだが
時間切れになっても来ない。というわけで以下の記述は96年刊のヴィンティッ
ジ社のペーパーバック版による(ややこしくてすみません)。

 祖国ハイチを舞台にした話とニューヨークを舞台にした話、合わせて9編の
短編とあとがき的な文章が収められているが、いくつかの印象的なエピソード
が変奏されて登場する。 
 日々の苦しい現実から逃れようと金持ちの家にあった熱気球を盗んで乗って
飛び降り自殺した男の話、ハイチと同じ島を二分するドミニカでの迫害を怖れ
国境の川(「虐殺の川」と呼ばれる)を渡ってハイチに戻ろうとして殺された
多数の女たちと彼女たちへの弔い、ヴードゥー使いと決めつけられて魔女狩り
のように投獄されて死んでいった女たち(ハイチのヴードゥーについてはアリ
ス・ウォーカーさん――『カラーパープル』集英社、ほか――によって再評価
された、ダンティカさんも敬愛する戦前の作家・人類学者ゾラ・ニール・ハー
ストンさんのジャマイカ・ハイチ探訪記『ヴードゥーの神々』〔新宿書房〕が
くわしい)、そして密出国者たちを乗せた船の上で死産した子どもを抱いて海
に飛び込んだ若い女、流産、死産、出産時の母親の死……。


 前作『息吹、まなざし、記憶』もそうだったが、著者個人のみの体験ではな
く、語りつがれ、また見聞きした、虐げられたハイチの女たちの記憶・歴史を、
自分の身体感覚をフィルターにして、透明感のあるきびきびした文体に昇華さ
せていくのが特徴のようだ。全体にきつい話題が多いが、物語るのが好きとい
うハイチの人々(タイトルにもなっている「クリック? クラック!」は語り
を始める前の語り手と聞き手の習慣化した掛け合い言葉)の言葉遊びや民話的
な語りを取り込んで、暗いだけの話には終わらせていない。

 個々の短編についてみると、夫に裏切られて都会に家出して女中になった女
が捨て子を拾ってくるがそれは死児だったという「プールとクチナシの花の間
で」、秘密警察に殺されたらしい女性ジャーナリストを探しに来た彼女の娘を
案内するうちに少女が自我に目覚めていく「失われた平穏」、パリ帰りの女性
画家のヌード・モデルを続けるうちに自分も表現に目覚める少女を描いた「率
直に見つめること」、ハイチの独立を扱った劇の朗唱を息子が練習するなか父
親が熱気球から飛び降り自殺する「劫火が燃え上がる」など、どこかフラナリ
ー・オコナーさんの作品(『善人はなかなかいない』筑摩書房、ほか)にも通
じるような、短編としてやや伝統的な結構の作品も捨てがたいが、そこからさ
らに一歩ふみこんだ作品がやはりいい。

 夫が死んで(子どもに対してそういうことにしているだけかもしれないが)、
小さな息子と暮らす部屋に日代わりで夜な夜な愛人たちを招きいれることで生
活を立てている女が、息子にどうして派手な化粧を夜するのかと聞かれて「そ
れは天使が踏むための、浮かびあがるハイビスカスのようにきれいなところが
なければいけないから」と答える「夜の女たち」。
 炎の羽根を持っているとされて魔女狩りのように投獄された母親とその友人
を通してハイチの女たちの苦しい歴史を浮かび上がらせる「1937」。
 そして冒頭の「海の子どもたち」は合州国へ向かう密出国の船上の描写(先
にふれた死児を抱いて投身する女が出てくる)と船上で祖国に残った活動家の
恋人に向けて思い出を書きつぐノートが交互に出てくるが、隣家の婦人の息子
が秘密警察に殺されて首だけ返された上に、秘密警察が家にも押しかけて息子
の仲間の名前を言わせようと婦人を拷問するのを、助けることもできずに家族
で逃げ出すなど、ハイチの現代史をリアルに書き込みながら、書き手の海難に
よる死を暗示させて終わる、きついけれど印象の強い作品だ。

 最後の2編「ニューヨークの昼の女」と「キャロラインの結婚」は、正確な
ことはわからないが、めずらしく私小説的な作品かなと思わせられる。ニュー
ヨークに何年住んでいてもハイチ料理を娘たちに食べさせつづけずにはいられ
ない母親、家族が合州国に渡ってきた過程、タクシーの運転手をして家族を支
えた死んだ父親、母親が違法労働でぶちこまれた際に打たれた薬のせいか障害
を持って生まれた妹、その妹が母親の反対を乗り切ってバハマ出身の青年と結
婚するまでのあれこれをユーモアをまじえて描く。
 とえば、父親が先に偽装結婚して合州国に渡った際に、父親に逃げられない
ように母親がおまじないをした話とか、死んだ父親が霊になって戻ってきて悪
さをしないように娘たちに赤いパンティ(血の象徴ですね)をはくように命じ
るが娘たちは黒いパンティをはきつづけたという話などなど。
 そして締めくくりは書き手の「私」と母親の言葉遊び。「何かが見つからな
くなったときにいつも、さがした一番最後の場所にあるのはなーぜだ?」「も
ちろん、それはいつだって、一度思い出せばさがし終わるから」

 ダンティカさんは第3作の『ファーミング・オブ・ボーンズ』(1998)も好
評で要チェックの作家。蛇足ですが、すごい美人です(こういうこと書くと怒
られるかな?)。

『クリック? クラック!』1700円(本体)

http://www.gozans.com/bk/?b=4772703438&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)

〈わたなべ・ひろし〉1955年生まれ。詩人・編集者。詩集『白日』(書肆
山田)、翻訳にケルアック『ビッグ・サーの夏』(新宿書房)など。「渡辺さ
んは本を読むのが好きなんですね」なんて、出版社のなかで言われる時代にな
ってしまいました。ホームページ「f451」
http://www.catnet.ne.jp/f451/welcome.html

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■全著快読 山田稔を読む  柳瀬徹
(3)架空の老い、現実の老い、そこに流れる時間
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『生の傾き』編集工房ノア、1990
『特別な一日』朝日新聞社、1986(平凡社ライブラリー版、1999)
『再会・女ともだち』新潮社、1989

 「老い」に触れた瞬間、その残酷さに言葉を失いつつも、なにかが躯のうち
でぱっと輝くことがある。そのことの不思議と、実年齢の数字とは、じつはあ
まり関係がないのかもしれない。

 ジョージ・ギッシングの『ヘンリ・ライクロフトの私記』(岩波文庫)の魅
力を、山田稔は「老いの先取り」という言葉を鍵にして、鮮やかに語ってみせ
る。この「『ヘンリ・ライクロフト』または老いの先取り」という文章は『生
の傾き』、もしくは『特別な一日』(平凡社ライブラリー版のみ収録)で読む
ことができる。
 『幸福へのパスポート』の表題作は、語り手がパリで再会した学生時代の女
ともだちの、その顔に無惨に刻まれた時の痕跡を合わせ鏡にして、自身にもま
ぎれもなく同じ時間が流れていたこと、そこでなにかを喪失していたことに気
づく、そんな物語だった。

 1857年生まれのギッシングは件の小説を45歳の時に発表する。若い頃の辛酸
ののちついに成功を収め、いまは迫りつつある死を正視しつつ、猶予の時をじ
っくりと味わい尽くそうとしている架空の作家の手記。現実にはいまだ貧窮に
あえぎ、肺炎さえ病んでいたギッシングはこの本の上梓の数ヶ月後、自ら作り
上げた10歳年長の分身とはほど遠い臨終を迎える。30代なかばにして冷徹なま
でに自らの老いを見据えようとした作家が、架空の老いのなかで寂しく死んで
いった英国の先人にどのような共感を抱いたかは、想像に難くない。

 『再会・女ともだち』は、通念化した小説の枠を壊しながら自らの散文を模
索していた頃の主題のひとつを、現実の老いのなかでさらに輻輳させた作品集
である。そのような意味では『幸福へのパスポート』と『コーマルタン界隈』
が描く弧の上に、この本もまたあるといっていい。代表作のひとつと断言でき
る本書も、現在は『幸福へのパスポート』同様、読むことが難しい状態にある。

『特別な一日』平凡社ライブラリー、1,200円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4582763111&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)

『生の傾き』編集工房ノア、1,748円(本体)
→地方・小出版流通センター扱い

『再会・女ともだち』は現在入手不可。復刊望む。

〈やなせ・とおる〉1972年生まれ。伊豆大島出身。青山ブックセンター本店
勤務。人文・思想書等を担当。むつかしい本をろくに読まない人間がむつか
しい本を売るのは、やっぱりむつかしい、と感じる日々。

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「出版史のヨコ道」南陀楼綾繁
 (2)「目の端と胸で」考える人たちによる活気あるマイナー雑誌
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『気刊 何の雑誌ストロング』第3号、幻堂出版、2001年

 出版という商売がオモシロイのは、社員数百人を抱え大きな自社ビルを持つ
総合的な大出版社が出す本と、社長兼編集兼営業兼経理のたったひとりで運営
するマイナーな出版社が出す本が、書店の同じ棚に並んでしまうところだ。
 そりゃ、著者の知名度や装丁のカネの掛け方など、資本力の差が歴然と出て
しまう面があるが、それでも、本というのは要るヒトには要るし、要らないヒ
トには要らないという性質の商品なので、あるヒトが聞いたこともない出版社
の本を手にとって、「よくぞ出してくれた!」と感激する、というコトが、し
ばしば起こる。

 最近、ちょっと変わった本を置く書店で、「幻堂出版」の出版物、たとえば、
第一期・全5巻を完結させた『川崎ゆきお全集』をはじめとして、淀川さんぽ、
鈴木漁生、森元暢之といった、知るヒトぞ知る、知らないヒトはまったく知ら
ないマンガ家の作品集、今年初めに亡くなった浅田修一のエッセイ『神戸 最
後の名画館』などを、よく目にするようになった。
 この幻堂出版が、兵庫県明石に住むなかのしげるという今年50歳になるおっ
さんが、自宅を仕事場に一人で編集から製作、営業まで全部やっている個人出
版社だと知ったときは、衝撃だった。

 2000年には、おもに関西で活躍する有名・無名のマンガ家やライターが執筆
する、『気刊 何の雑誌』という雑誌を創刊した。「気刊」というのは、気分
で出すからというコトらしい。
 巷に溢れる、コンセプトが先に立ってなんの魅力も感じられない雑誌と違っ
て、『何の雑誌』は、書き手にほかではやれない好き勝手をさせて、雑誌の
「雑」性を徹底的に追及している。

 5月には第3号を出した。「どーせ売れないんだし、どーしても出したい奴
が出して、どーしても買いたい奴が買えばいいのではないか」と開き直ったせ
いか、「うらたじゅん漫画三本勝負」をはじめとして、なかの氏の「こいつら
の才能を世の中に見せびらかしたい!」という強烈な思いが、コレまで以上に
活気のある誌面をつくりだしている(だからなのか、この号は誌名に「ストロ
ング」が加わった)。

 この号でいちばん印象的だったのは、きじまこう「目の端と胸で憶えてる」
というエッセイの冒頭に置かれた、次のような文章だ。

 「探しものというものは、ずっと追いかけていれば見つかるというものでは
なくて、頭の隅のどこかにひっかけておくことで、いまそこにあることに気が
つくようになっている。(略)視野に映っているものは、必ずしも、探してい
るものの形をしていてはくれないので、見えているのに、見逃してしまうこと
がある。それに、ずっと探しものを追いかけて、ほかのものに目をつむるのは、
非常にさびしい。探しものをするということは、目的以外のものをあきらめた
り、無視するということなのだ」

 自転車で街を走っている。いつも通る道にある中華料理屋に、工事のヒトた
ちが入り込んで、入り口を壊している。閉店なのか、改装なのか。古くさいカ
ンジが気に入って、いつか入ってみようと思っていたのに。
 朝、フトンのなかで半分眠ったまま考える。ちょっとした思いつき、コレを
ああイジればオモシロくなるかなあ。起きてしまったら、どんな思いつきかは
忘れてしまうのだが、ナニかを考えたという雰囲気だけは残ってる。
 そんな経験について漠然と考えていたコトを、云い当てられてしまった。

 横目で眺めたり、気持ちの端っこで考えたりすることは、真正面から物事を
見つめたり、沈思黙考することよりも、簡単そうでむつかしい。後者が一生懸
命そのことに没頭すればいいのに対して、前者は意識せずに、しかも、継続し
て行なわなければならない。
 『何の雑誌』の書き手は、プロ・アマにかかわらず、「目の端と胸で」考え
たり、書いたりしている。儲けにもならず、理解もされにくいのだが、彼らの
仕事に、ぼくはいつも励まされる。

 物分りのイイお題目や手っ取り早い成功法ばかりに飛びつく書き手や出版社
よ、あんたら、幻堂の爪のアカでも煎じて飲んではどうかね?

『何の雑誌ストロング』第3号、800円(本体)

【東京】タコシェ、書肆アクセス、模索舎、高円寺文庫センター、【京都】三
月書房、恵文社一乗寺店、【大阪】わんだーらんどなんば店、【神戸】烏書房
などの書店に置いてあるほか、地方・小出版流通センター扱いで、書店からも
注文できます。
幻堂出版 電話・FAX 078-922-7476 Maborosido@aol.com 

〈なんだろう・あやしげ〉1967年生まれ。ミニコミライター。共著『ミニコミ
魂』(晶文社)。『何の雑誌』第3号には、不肖・南陀楼も「関西の物数奇た
ち」なる一文を寄稿しています。

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■書評サイト探検隊  グッドスピード
 (3)人生のためのブックガイド
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「社会を生きるための書評集」
http://www.gin.or.jp/users/ueshin/home.htm/b-themes.htm

「会社中心社会と労働至上主義社会は大キライ」という30代の大阪人による
ウェブサイト。まったくや。個人サイトでありながら、タイトルが示すとおり
趣味に走るのではなく、いまここで生きている現実社会なり〈自分〉なりをふ
まえたうえでの読書行為と書評の姿勢は買いだ。

 現代思想、社会学、宗教、メディア論等々、取り上げられている本は主に人
文書系が多いが、えらそうーな客観的叙述ではなく、「身体言語―社会生物学」
「感覚の文化論」「物語を読む―童話心理学」「サブ・カルチャー分析」とい
ったテーマで、みずからの関心と思索を整理している。書評自体は長いもので
はなく、本の余白に書き付けた感想のような数百字程度のものだが、書き手の
関心と考え方がうかがえる。さながら書店の棚のようで、取り上げた本のそれ
ぞれにポップがついている、といった体裁。

 たとえば「マイ・ベストセレクト」として「超オススメ本特選集 社会・経
済篇」「超オススメ本特選集 人生・心理篇」というコーナーも設け、ブック
ガイドのようにわかりやすい。とにかく、さまざまな切り口というかテーマご
とに書評を見せているところなどは工夫が感じられる。
 なかには「わたしをブチのめした十冊の本」というページもあり、エーリッ
ヒ・フロム『自由からの逃走』、ジョン・スチュアート・ミル『自由論』、ジ
ャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』、岸田秀『ものぐさ精神分析』、
アルヴィン・トフラー『第三の波』、堺屋太一『知価革命』という本があがっ
ている。ふむふむ、なるほどね。

 やっぱり書評はどんな形であれ、取り上げられた本がどれほど面白いか(あ
るいはどれほどつまらないか)がよくはわかるようにだけでなく、書き手の考
え方や生き方が見えてこないとつまらないと思う。しかもそれが読み手に伝わ
るような言葉を使って。

 ところで、そのサイトのメインページは「考えるための断想集」。内容から
見ればこちらのほうがよほど「書評」といえるものに近いかもしれない。必ず
しもその断想に納得できるわけじゃないが、議論のネタにはなりそうだ。「何
を読んだらいいかわからない」「読む本がない」と悩む人にはこのサイトは参
考になるだろう。
(1997年12月公開。現在までのアクセス数18,593+17,000。「読書の素」と
いうメールマガジンも発行。気合い入っとる!)

〈ぐっど・すぴーど〉1968年生まれ。書評サイト探検隊隊長(自称)。「本」
のメルマガ(毎月5日号)で「一字千金の記」を連載中。最近思うのは「人を
殺す暇があったら本を読め!」。いやはや。

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■あとがき
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 リュック・ベッソン原案の映画『ダンサー』 (2000年、フランス)を見た。
「コトバを失ったダンサーにコトバを表現する手段を与える」という、じつに
シンプルな設定どおり、淡々とハナシが進む。「骨組み」だけといってもいい
この物語を、見事な映画作品として成立させているのは、出演のミア・フライ
のつねに踊っている身体だ。監督はいろんなサブストーリーを挿入することを
一切ヤメて、ミア・フライの身体をどうハジけさせるか、という一点に全力を
注いだのだ。こういう「一点集中型」の作品に接すると、気持ちがたかぶる。
最近の本でいえば……さて、なんだったかな?
 今号は、執筆者全員がリキを入れて書いてくれたため、全体の分量はオーバ
ー気味。紙の雑誌だったら、「うん、この号は増ページで行こう!」と叫ぶと
ころ。デジタルな容量にしばられるメールマガジンのウイーク・ポイントか?
(まァ、二号に分けて発行すればイイんですがね)。では、次号。 (南)
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