2001.8.10.発行 vol.43  [新刊ばかりが本じゃない 号]

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■■ [書評]のメルマガ                           2001.8.10.発行
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■■  mailmagazine of book reviews    [新刊ばかりが本じゃない 号]
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[CONTENTS]----------------------------------------------------------- 
★「今月ハマったアート本(3)」平林享子
 →ミニ好きゴコロを刺激する。ほのぼの感あふれる、限定版・豆本の小箱。
★「もっと知りたい異文化の本(3)」内澤旬子
 →本にまつわる冒険譚って、どうしてこんなにわくわくするの?
★「中山亜弓が選ぶこの一冊(2)」
 →祝、映画化! 世界初の電子楽器を生んだ天才科学者の栄光と没落。
★「全著快読 山田稔を読む(5)」柳瀬徹
 →ジャン=ジャック・ルソーの「おびえ」を、山田稔はどうとらえたか?
★「出版史のヨコ道(3)」南陀楼綾繁
 →東京創元社ヨイショ企画。自費出版から生まれたミステリの新しい風。
★「書評サイト探検隊」グッドスピード
 →残念ながら、都合により今回休載です。

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 ■はじめに
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 毎月10日号もリニューアルしてからすでに5号目。執筆者の皆さんも、だ
んだん調子が出てきたみたいです。それとともに、新聞や雑誌の書評欄ではゼ
ッタイに取りあげられないタイプの本が増えてきたのは、喜ばしいコトです。
同時に、ここ数カ月に出た新刊以外の既刊、あるいは、品切れ・絶版本の割
合も増えてきました。今月は、絶版本が2冊、限定本が1冊、自費出版→商業
出版の本が1冊という構成になっています。
 コレは、手に入らない本ばかり取りあげて、「こんな本知らないだろう」と
自慢したいがためではありません。私たちは、かならずしも新刊本だけを読ん
でいるのではなく、以前に買った本をいまになって読んだり、一度読んだ本を
何度も読み返したりしています。新刊書かそうでないかは、いわば流通の都合
です。自分の好きな本について書くときぐらい、そんな業界事情に縛られたく
ないじゃありませんか。          (10日号編集・南陀楼綾繁)
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 ■今月ハマったアート本  平林享子
(3)豆本&豆グッズ詰め合わせ小箱にクラッ。
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タゴモリノリコ『生きもの図絵』2001年

 西荻窪で期間限定オープンの「北尾堂ブックカフェ」に行ってきました。
(8月31日まで営業。詳細は杉並北尾堂http//:www.vinet.or.jp/~toro/)。
 ほどよくマニアックで(マニアックすぎるお店は、敷居が高くて緊張する)、
いいあんばいに西荻窪のまったり感があってなごめて(おシャレすぎるお店も
緊張して疲れる)、しかも値段が良心的。そのうえトロさんが入れてくれるコ
ーヒーが美味しくて、楽しいひとときを過ごせました。

 そこで遭遇したのが、イラストレーター、タゴモリノリコさんの『生きもの
図絵』でした。小箱を開けて、思わず「か、かわいいィー」とうなりました。
世の中にはミニチュア好きの人が少なくないようですが、私もそのひとり。豆
本でもドールハウスでも、ミニチュアには無条件に「キャイーン」となってし
まいますが、この豆本は、ミニ好きゴコロを刺激するツボを心得た、かなりの
ツワモノの仕業だと感じました。といってもプロの技を極める系の豆本ではな
く、手作りのほのぼの感がいいのです。
 茶色い紙の小箱のなかには、ワラ状の紙が敷き詰められ、産みたて卵が並ん
でいそうな感じ。でも並んでいるのは卵ではなく、タテ6cmほどの緑色の表
紙の豆本です。豆本のほか、豆しおり、豆はがき、豆切手、そして小さな黄色
いヒヨコの人形が詰め合わせになっています。ナイス・アイデアです。

 メインの豆本はどんな内容かというと、「タマゴ」「蝶々」「金魚」「ヘビ」
「犬」「猫」「サル」「地球」の絵と、それらについての文章が組み合わさっ
て一つの画面のなかで構成されています。ウィリアム・ブレイクみたいですね。
技法はプリントごっこだそうです。プリントごっこも立派な版画の一種だった
んだと今回、学習しました。製本もタゴモリさんによるものです。

 タゴモリさんはホームページで「豆本についての豆文」も書いておられます
が、豆本研究に勤しみつつ豆本制作に励んでいるらしく、秋には豆本展も開く
そうです(吉祥寺にある「プカプカ堂」というギャラリー&ショップにて。詳
細はタゴモリさんのHPでチェックしてください)。今度はガリ版で豆本作り
に挑戦したいとのこと。今後の作品も楽しみです。

※ 『生きもの図絵』2,800円(本体) 限定30部
タゴモリノリコさんのHP「虹マル堂」で作品を見ることができます。販売し
ているお店の紹介もあります。  
http://www.ne.jp/asahi/nijimaru/tago/

〈ひらばやし・きょうこ〉編集者・ライター&クローバーブックス店主見習。
編集作業に2年半もかかった(涙)滝本誠氏の評論集『きれいな猟奇 映画の
アウトサイド』(平凡社)がいよいよ9月25日発売。クローバーブックスで
9月1日より独占先行予約開始!(ご予約の方にはもれなく特製ポストカード
&シールをプレゼント)。
http://www.ifnet.or.jp/~kyoko.hi/

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■もっと知りたい異文化の本  内澤旬子
(3)ペルシャ編  幻の手書き本を捜し求めて
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アミン・マアルーフ作・牟田口義郎訳『サマルカンド年代記 「ルバイヤート」
秘本を求めて』リブロポート、1990年

 旅行代理店の新聞広告に、「魅惑のペルシャ」などとあると、ついつい突っ
込みたくなる。アラブとペルシャの区別もつかない日本人が、どうやってペル
シャに魅惑されるんだっつうの。ワタクシだって西洋人みたいにオリエンタリ
ズムに酔ってみたいけど、イメージを膨らませるような楽しいペルシャの話が、
ぜんっぜんないじゃん。と思っていたらこんな本を見落としてました。
『サマルカンド年代記 「ルバイヤート」秘本を求めて』。10年前に出版され
たものです。

 ペルシャを代表する詩人オマル・ハイヤームの詩集「ルバイヤート」を巡る
歴史エンターテイメント小説です。地味な題名で遠慮された方、多いのではな
いでしょうか。潰れた出版社の悪口を言うのもなんですが、本当に売る気があ
ったのか疑いたくなります。中身はハリウッド映画にしてもおかしくないくら
い派手な話だというのに。
 全体は二部に分かれていて、第一部では11世紀から12世紀にかけて生きた
オマルの軌跡と遍歴、第二部は19-20世紀のイランを舞台に、フランス系アメ
リカ人が幻のオマル・ハイヤーム本人の手書き本を捜し求めるという構成。

 この小説を読むと、書かれた当時の状況がわかって、くそおもしろくなかっ
たルバイヤート(邦訳は岩波文庫にあり)が、かっこよく響いてくるから不思
議。しかも彼は詩だけでなく、数学やで天文学(占星術)の大家でもあった。
ダ・ヴィンチと阿倍晴明を足して二で割ったような人だったのね。
 彼はシャー(王様)が一目置くほどの知識と影響力をもちながら、権力闘争
を厭い、ひたすら真理を追究する。そして誰にも秘密でひっそりと詩を書きつ
ける。そのために時には追われる身となり、各地を放浪。しかも合間にちゃっ
かり後宮の女とできちゃったりもする。生涯の友人として登場する男がまたハ
デで、映画で有名になった暗殺集団「アサシン」の首領ハサン・サッバーフ。
禁欲的なシーア派イスラム原理主義教団であるアサシンは、当時政府から追わ
れる御法度のお尋ね者。ちょっと今の原理主義を連想させる。

 とまあ、秘密の恋あり、暗殺あり、戦争あり、権力闘争あり、書物モノに
「お約束」の図書館炎上もあり、なんでもありのテンションはそのまま第二部
にも持ち込まれる。ハイエナ列強諸国から自治を守るために勃発したイラン立
憲革命の大混乱を舞台にアメリカ人の若造がシャーの末娘と運命の恋に落ちる。
そして幻のルバイヤート手稿本を手にし、自由の国アメリカを目指して二人は
タイタニック号に乗り込む……。二人と一冊の行方はいかに!! 

 作者の書き方がうまいのと、豊富な註で、イスラム世界の歴史に疎い人でも
ペルシャにぐんぐん魅惑されること請け合い。イラン近代史を手早く知るにも
うってつけ。下手なガイドブック読むよりずっと頭に入ります。
 作者はベイルート生まれのアミン・マアルーフ。オリエントの立場から書か
れているので、楽しい中にも西洋列強諸国にたかられたここ200年の切なさも
伝わってくる。

 しかし本にまつわる冒険譚って、どうしてこんなにわくわくするんでしょう
ねえ……。

※『サマルカンド年代記』は現在入手不可。復刊望む。

〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。碧鱗堂製本主人。共著に『ア
ジア路地裏紀行』(下川裕二編、徳間文庫)、『東方見便録』(斉藤政喜文、文春
文庫)など。オンラインマガジン『ビジバジ』で製本ワークショップを展開。
http://www.bzbz.org/

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■中山亜弓が選ぶこの一冊
 (2)「夢の楽器」を発明した男の数奇なる人生
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竹内正実『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』岳陽舎、2000年

 みなさんはテルミンという楽器を知っていますか? テルミンは世界初の電
子楽器で、シンセサイザーの原型とも言われています。
 この楽器の面白いところは、楽器に触れることなく手かざし方式で演奏でき
る点で、それはあたかも目に見えない弦を操る優雅なイリュージョンのようで
いて、故・由利徹の運針芸に通じる愉快さがあります。
 楽器の構造を少し説明すると、小さな箱から2本のアンテナが出ていて、そ
のうちの1本で音の高低を、もう一本で大小をコントロールします。慣れれば
メロディを弾くことも可能ですし、初心者でも手をかざしただけで高低を一続
きに往復する宇宙サウンドを奏でることができます。その音色はノコギリ演奏
か島倉千代子のように少しビブラートがかって繊細な哀調を帯びています。

 日本でもチチ松村や小山田圭吾が演奏に用いたことで話題になったし、この
夏にはそのものずばりの『テルミン』というドキュメンタリー映画が公開され
ることから、テルミンについてすでにご存知の方もいらっしゃることでしょう。
 私は昨年、関西に住む知人が、テルミン奏者でテルミン博士を大叔父に持つ
リディア・カヴィナさんの演奏会を企画した関係で、東京公演のお手伝いをす
ることになり、演奏を体験したり、プロ(といっても世界に10人といないら
しい)の音色に耳を傾けたり、ついにはテルミンの愛好会にも入ってしまいま
した。

 電子楽器といえば、正確に音やリズムを刻むイメージがありますが、実際に
演奏してみると大違い。鍵盤や穴や突起のようなわかりやすい目印がないため
に、雲をつかむようなおぼつかない手つきでアンテナの周りの空を掻くばかり。
ピアノなら1オクターブの間に12の音階しかないけれど、テルミンは同じ
1オクターブの間に無限に音のヴァリエーションがあるのですから。
 しかし、それだけに奏者は無限の音の中からメロディを拾い出す錬金術師の
ように崇高に映るのです。そしてこの崇高さは、叩いたり擦ったりというとも
すれば暴力的な従来の演奏法と違った演奏を編み出そうとしたテルミンの博士
の夢見た形なのです。

 さて、前置きが長くなりました。この本『テルミン エーテル音楽と20世
紀ロシアを生きた男』の著者・竹内正実氏はロシアに渡って前述のリディア・
カヴィナに師事した青年演奏家です。彼は留学中に師を通して最晩年のテルミ
ン博士への面会を打診しますが、願いが叶わぬうちに博士は亡くなり、秘密裡
に埋葬されてしまいました。
 1896年に生まれて1993年に没したテルミン博士は20世紀を殆ど生き抜い
たわけですが、その最晩年に同じロシアの地にいながら見えることの叶わなか
った筆者は、その死を起点に博士の数奇な人生を辿ることになります。
 
 19世紀末のサン・ペテルスブルグの裕福な家庭に生まれた博士は幼少の頃
より音楽に親しみ、子供の頃から理工系で非凡な才能を発揮します。大学時代
に第一次世界大戦が勃発すると技術兵として従軍し、ロシア革命を迎えます。
そして終戦後、大学の研究室に戻り、音楽と電子技術の融合する夢の楽器テル
ミンを作り出すのです。
 共産党はこれを電化のプロパガンダ政策に利用しようと、博士をクレムリン
に呼び、レーニンの前で演奏をさせます。これを機に博士はレーニンのお墨付
きを貰い、ロシアやヨーロッパ各地で演奏を行い、演奏を聞きに来たアインシ
ュタインとも親交を結びます。

 演奏活動と併行して博士はテレビの開発に携わり試作品の披露に漕ぎ着けま
すが、こちらは軍事機密として封印され発明の名誉も闇に葬られます。
それでも博士はテルミンを携え渡米し、マンハッタンを拠点に演奏活動を行
い、当時、国家として認められていないソ連のPRに一役買ったり諜報活動の
一翼を担います。
 しかし38年、博士は忽然と姿を消します。アメリカでは博士がKGBに拉
致され消されたと噂されましたが、どこうどうしてかスターリンの粛清の嵐あ
吹き荒れる祖国に戻った博士は、シベリアで肉体労働を強いられた後、モスク
ワに送られ世間から隔絶されて盗聴器の開発に従事させられました。

 おじいちゃんになりようやく引退すると、博士は自らの研究に没頭しますが、
これをアメリカの新聞にすっぱ抜かれると研究機関を追われてしまいます。し
かし博士は在野の老技師として脳波で演奏を行う装置など相変わらずシュール
な発明に情熱を燃やします。
 楽器テルミンも一部の前衛演奏家や音響家に用いられ細々と命脈を保つばか
り。そんな博士が再度脚光を浴びたのはプレストロイカ後の89年。齢93にし
てフランスの電子音楽フェスティバルに参加し、テルミンを演奏したのです。
 
 といっても、これで博士の名誉がすべて回復されたわけではないようです。
いまだにテルミン博士に関する資料の大部分は非公開であり、秘密裡に埋葬さ
れたのも死の直後にKGBのガサ入れが行われたためではないかなどの憶測が飛
んでいるのです。

 世が世なら天才科学者、発明家として迎え入れられた才能はその死後も、亡
国ソ連に翻弄されているようです。従って本書はロシアでの取材(秘密めいた
証言含む!)と、筆者の推察と史実をあざないながら書かれていて、解き明か
せぬ謎に満ちたスリリングな内容になっています。
 
 それにしても、博士の人生は殆ど一世紀、激動に時代にまたがっているだけ
に、一冊の書物ではとても語りきれないという印象が残ります。たとえばロシ
アアヴァンギャルドという時代背景と楽器テルミン誕生の物語、アメリカでの
大成功と諜報活動、ソ連共産党下での極秘の研究などどの項目をとってもそれ
だけで一冊の本が書けそうで、本書は壮大なテルミン伝記のほんの巻頭言か梗
概のようにも見えてしまいます。
 
 ところで、21世紀は謎に満ちたテルミンの人生をどう照らし出すのでしょ
うか? この夏公開される映画ではテルミン博士のほか、博士の愛弟子で恋人
でもあったテルミン演奏の第一人者クララ・ロックモアの演奏など貴重な記録
フィルムを見ることができます。本書の行間に埋もれた音やら言葉にならない
何かを映像を通して拾い出すことはできるのでしょうか?

 なお映画公開初日の8月11日に恵比寿の上映館にて、筆者の竹内氏のデモ
演奏が21時40分からと、11時20分からの2回行われます。

さらにさらにテルミンに興味を持たれた方のために……
●8月12日 26時?27時 FM東京にてテルミンの特別番組を放送の予定。
● 8月25、26日 島根県立美術館にてテルミンのコンサートとワークショッ
プ、展示が行われます。詳しくは島根県立美術館
http://www2.pref.shimane.jp/sam/
● テルミンに関する情報は、普及と愛好のための同好会(竹内氏も参加してい
る)フレンズオブテルミンを。
http://www.workroom.ne.jp/theremin/

※『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』2,000円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4907737157&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)

※ なお、本書は、平林享子さんの個人書店「クローバーブックス」でも重点
平積み実施中です。
http://www.ifnet.or.jp/~kyoko.hi/

〈なかやま・あゆみ〉中野の特殊書店タコシェに勤務。毎年漬けている梅干し
の土用干しが佳境に入った今日この頃。今年は3種の梅を8キロ漬けました。
http://www2.pot.co.jp/tacoche/

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■全著快読 山田稔を読む  柳瀬徹
(5)孤独の核を見つめるまなざし
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『ヴォア・アナール』朝日新聞社、1973年
『影とささやき』編集工房ノア、1985年

 すでに絶版となっていた第一エッセイ集『ヴォア・アナール』から選ばれた
四篇が『影とささやき』には再録されている。ジャン=ジャック・ルソーにつ
いて書かれた忘れがたい一篇「滑稽なもの」もそのひとつ。

 政治的、思想的弾圧を受け、石もて追われる身となった晩年のルソーはデヴ
ィッド・ヒュームの手引きでイギリスに渡り、人々の歓待に感激する。しかし
被害妄想に憑かれていた彼は、いかにも善良そのものの恩人の視線にまで猜疑
の念を抱きはじめる。
 ある晩のこと、ヒュームの家の暖炉のそばで、こちらをじっと見つめる彼の
視線に突如「わけのわからぬ戦慄」をおぼえたルソーは、おびえと親友を疑う
ことの慚愧の念に耐えられなくなりヒュームに飛びついて叫ぶ。「ちがう、ち
がう、デヴィッドは裏切者じゃない……」

 ルソーの「おびえ」はどこからくるのか。彼が十歳の時にあずけられた牧師
の家では、ルソーが悪いことをすると牧師の四十近い独身の妹が尻を叩いて罰
したという。罰を恐れながらもその一方でいつしか芽生えた「おなじ手によっ
てもう一度それを味わいたい」とする欲望が、彼のうちで大きくなっていく。

 数年後、そこには「暗い小道や隠れた場所」で道行く女性に「猥褻なもの」
ではなく「滑稽なもの」、つまり剥きだしにした尻を見せつけている青年ルソ
ーの姿があった。そんな自身を《異常者》としてルソーは終生おそれ続けた。

 しかし山田稔はいう。〈ルソーがヒュームの眼のうちに見たのは、つねに自
己の正義と善意に確信をいだく人間のまっすぐな視線であった。ヒュームとい
う一個人の背後にあって異常を、「ひとりでいる」ことをとがめている社会の
眼、異端を裁く正統の視線であった。(略)だがなぜルソーはおびえるのか。
おびえなければならないのは、孤独者の視線に見返される社会の方なのに〉
 
 孤独者は他人から疎外される以上に、自分自身からも疎外されている。この
一篇の副題は「わがジャン=ジャック」。孤独の核を見つめるまなざしが親し
げに呼びかけた声が、「ひとりでいる」魂と紙面の上で静かに共振している。

※『影とささやき』1,800円(本体)
→地方・小出版流通センター扱い
※『ヴォア・アナール』は現在入手不可。復刊望む。

〈やなせ・とおる〉1972年生まれ。伊豆大島出身。青山ブックセンター本
店勤務。人文・思想書等を担当。むつかしい本をろくに読まない人間がむつ
かしい本を売るのは、やっぱりむつかしい、と感じる日々。

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「出版史のヨコ道」南陀楼綾繁
 (3)著者と読者を引き合わせる出版社の底力
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青井夏海『スタジアム 虹の事件簿』創元推理文庫、2001年

 万年最下位のプロ野球球団「東海レインボーズ」の試合がおこなわれる球場
には、誘拐、殺人、脅迫、恋愛とさまざまな事件に関係する人々がやってくる。
レインボーズの新米オーナーで、毎夜観客席に座っている虹森多佳子は、試合
のあいだに交わされる彼らの会話を漏れ聞いて、その場で事件を解決してしま
う。安楽椅子探偵ならぬ「野球場探偵」モノといったところだ。

 気のきいた構成と明るいユーモアで、謎解きを楽しませてくれるこの連作短
篇集は、天藤真の全集を出し、泡坂妻夫の亜愛一郎シリーズを復刊し、北村薫
(『空飛ぶ馬』シリーズ)をデビューさせた、東京創元社の「社風」にピッタ
リ合うといってもよい。

 ところがこの本は、東京創元社が最初に刊行したものではなかった。著者・
青井夏海は、初めて書いたこの小説を、自費出版専門の出版社に持ち込み、
自力で500部を刊行した。それをたまたま読んだ、推理評論家の新保博久が
『本の雑誌』で紹介し、さらにインターネットのミステリサイトで取り上げら
れたコトから、「本格ミステリ短篇の佳作」としてその存在が語られるように
なったのだ。
(なお、ぼくは新保が書く評論や解説をオモシロイと思ったためしがないのだ
が、この『スタジアム 虹の事件簿』に寄せた解説は、作品の躍動感につられ
たかのように、軽やかで的確だ。)

 そして……。
「二十世紀も残すところ三〇〇日を切ったある日、わたしは東京創元社の戸川
さんという方からお手紙をいただいた。オリジナル版の一冊が、めぐりめぐっ
て戸川さんの手元に迷い込んでいたらしい。お目にかかることになり、わたし
は当時生後十ヵ月の息子を抱っこベルトに引っくくって待ち合わせ場所に駆け
つけた」……

 ほとんどの出版社が、新人賞というハデなしかたでしか作家をデビューさせ
ず、あとは売れはじめた作家を如何に獲得するかに汲々としているなか、東京
創元社は新刊、復刊ともに、地味な作家・知られていない作家の本を毎月のよ
うに刊行しつづけている。(この社にも新人賞はあるが、社風に合わせて、や
っぱりきわめて地味な作家を輩出している。)
 昨年の秋は、創元推理文庫で、芦原すなおの『ミミズクとオリーブ』を読み、
シアワセな気分になった。それまで芦原すなおに興味もなく、この本がミステ
リだということも知らなかったのだから、この文庫に入ったことで、初めて出
合えたのだ。
 出版社には、本来このような、著者と読者を引き合わせる力(役目といって
もイイ)があるハズだ。ぼくにとって東京創元社は、強い引力を持つ出版社の
ひとつだ。

 なお、青井夏海の文中に出てくる「戸川さん」は、東京創元社のミステリ部
門を引っ張ってきた、戸川安宣氏のことである。ぼくはいま、このヒトのこと
がとても気になっている。「書評のメルマガ」で、インタビューさせてくださ
いませんか、戸川さん!

※『スタジアム 虹の事件簿』620円(本体)

〈なんだろう・あやしげ〉1967年生まれ。ミニコミライター。共著『ミニ
コミ魂』(晶文社)。新雑誌の準備に追われて、最近はあまり書店に行けず。
「烏書房」サイトの「本日の出奔」で、チェコの古書店回りを記録中。
http://homepage2.nifty.com/hon-karasu/

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■あとがき
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 何度か書きましたが、読者の皆さんにいつものお願いです。紹介文を読んで、
ちょっとでも読んでみたい気になったヒトは、近所の図書館で探したり、オン
ライン書店で検索したりして、自分でその本を見つけていってほしいのです。
 最近は、オンライン古書店の数が増えてきて、以前だったらなかなか手に入
らなかった本が一回の検索で見つかったりします。たとえば、「インターネット
古書店案内」で検索してみてください。
http://kbic.ardour.co.jp/~newgenji/oldbook/

 さて、ぼくも中山さんの書評を読んで、以前に「クローバーブックス」で買
ったままだった『テルミン』を、一刻も早く読みたくなっています。今まで積
ん読にしておいたのに、本ってやはりフシギなシロモノですね。   (南)
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