2001.10.10.発行 vol.49  [帝国主義的大勝負  号]

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■■ [書評]のメルマガ                           2001.10.10.発行  
■■                                                     vol.49
■■  mailmagazine of book reviews     [ 帝国主義的大勝負 号] 
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[CONTENTS]----------------------------------------------------------- 
★「今月ハマったアート本(4)」平林享子
 →感動し、大いに満足感を得られる展覧会のカタログとはどんなモノか?
★「もっと知りたい異文化の本(4)」内澤旬子
 →テロ事件よりはるか前からアフガニスタンを撮り続けた写真家がいます。
★「林哲夫が選ぶこの一冊(3)」
 →「この戦争」は「帝国主義的資本主義のやってのけた大勝負にすぎぬ」
★「全著快読 山田稔を読む(7)」柳瀬徹
 →山田稔は「政治の季節」に何を考え、記したか。2回連続で3冊を紹介。
★「出版史のヨコ道(4)」南陀楼綾繁
 →筑摩書房創立者・古田晃を回想した名著を紹介。今回は長文です。
★「書評サイト探検隊」グッドスピード
 →「何かおもしろい本ない?」が口癖の人に、オススメのサイトです。

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 ■お知らせ 高野ひろしのイベント二つ
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「[書評]のメルマガ」奇数月の10日号で、「古今東西歌舞音曲芸能図書偏
読三昧」を連載中の高野ひろしさんより、二つのイベントのお知らせです。

〈その1〉ゲリラ写真展
 毎年行なわれる「アートリンク上野谷中」(http://artlink2001.tripod.com/)
に併せて、谷中近辺でゲリラ写真展を決行しています。昨年はパネル満載のト
ラック路上駐車でしたが、今年はバイク一台で写真展をやらかそうという魂胆
です。10月14日あたり、朝10時から夕方まで、谷中の「ギャラリー工(こう)」
(台東区谷中7-4-10、03-3823-5171)の前に陣取ります。路上なので、雨が降
ったらアウト。その他どんなアクシデントが勃発するか分かりません。絶対上
記の日にいるとは限りません。秋の休日のひととき、谷中界隈を歩こうなんて
お考えでしたら、ちょいと覗いてみて下さい。
http://www.ga-kou.com
 
〈その2〉ウクレレ・ブラザース駅ライブ
 ハワイアン風な、しかしハワイアンではない怪しげなる音楽をやる3人組の
ウクレレユニットが、先般JR東日本が募集したStation Break LIVE出場の
オーディションに合格し、東京駅構内のイベント会場にてライブを行なうこと
になりました。私達の持ち歌はすっとんきょうな山手線の歌。しかも過去のラ
イブ経験はたった3回で、ワンステージに3曲以上歌ったこともありません。
もし皆様の中に私共のライブを見たいという奇特な方がいらっしゃいましたら、
是非お立ち寄り下さい。
日時 10月21日(日曜日) 15:00-15:30
場所 東京駅構内、八重洲口に向かって右側の、東海道新幹線乗降口の手前
「Break」(レストランや書店等が入ったディラというスポットの一角です)。
イベントのHP http://www.jr-break.com/

 以上、書評とは、まったくナニも関係ないのですが、編集子としての執筆者
への依怙贔屓のみでなく、滅多に見られないイベントであることは確かなので、
強くオススメする次第です。        (10日号編集・南陀楼綾繁)

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 ■今月ハマったアート本  平林享子
 (4)アートにもサービス精神は大切なのです。
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『私の中のフリーダ/森村泰昌のセルフポートレイト』原美術館、2001年

 先日、ラジオで帝国ホテルのパティシエが言っていました、「私の仕事は、お
客様に感動と満足を与えることです」と。言うは易し、行うは難し。でもすご
く大切なことですよね。確かにお客の立場からすれば、食事にしても服にして
も本にしても、それを手に入れることによって得られる感動と満足感が大きけ
れば大きいほど、私たちは喜んでお金を払います。

 ひるがえって今の現代美術はどうかと言うと、「問題提起」や「刺激」はあ
っても、感動も満足も与えてくれないものが多い。もし私たちがレストランで
料理を注文して、出てきたものが問題提起や刺激だけで、おいしくもなく、美
しくもなく、満腹にもならなければ、そのお店には二度と行きません。「何を
言ってるんだ。芸術は、商品とは違うんだ。そんなのはアートでもロウ・アー
ト(商業芸術)だけで、ファイン・アートはもっと高尚で孤高のものなんだ」
と言う人もいるでしょうが、本当にそうでしょうか。芸術も、本来は誰かを喜
ばせるためのものだったのではないか。今のファイン・アートは、あまりにも
「人を喜ばせること」とか、「人の役に立つこと」を、ないがしろにしている
ように思います。つまり、サービス精神が欠けている。

 そんなことを考えながら、原美術館で開催されていた森村泰昌の展覧会「私
の中のフリーダ 森村泰昌のセルフポートレイト」に行きました。展覧会自体
のサービス精神(エンターテインメント、もてなしの心、と言い換えてもいい
のですが)にも圧倒されましたが、カタログもまたサービス精神に溢れていま
した。

 展覧会のカタログと言うとたいてい、評論家による評論や有名人によるオマ
ージュのようなテキストが収録されていることが多いのですが、このカタログ
には、森村さん本人が書いたフリーダとの架空対談「心の中でフリーダと対話
する」が載っています。
 そこには、「なぜフリーダに扮したのか?」「フリーダの魅力は何だと思う
か?」「そもそもなぜ、有名人に扮するセルフポートレイト作品を作っている
のか?」「表現とは何なのか?」「具体的には、どうやって作品を作っている
のか?」といった、展覧会を見た人が森村さんに聞きたいであろう数々の質問
について、ていねいに答えているのです。これはちょっと異例の出血大サービ
スです。

 というのもアーティストは、あまり本音を素直に語ってくれないことが多い。 
とくに「誰に影響を受けたか?」といった質問にはナーバスになり、答えをは
ぐらかすものです。真似しているようにとられると嫌だという気持ちはわかり
ますが、なるべくあいまいな答え、抽象的な言葉で質問をかわし、作品を神秘
的に見せようとします。でも、森村さんは、これ以上ないほど詳しく「フリー
ダに影響を受けた」と表明しています。そして私たちが作品を見て感じる素朴
な疑問に対して、先回りして語ってくれているのです。ストリップで言えば、
どんどん服を脱いで、全裸どころか、内臓まで見せるくらい、さらけ出してい
ます。でも、それによって私たちは満足感を得こそすれ、作品の魅力が損なわ
れることなどありません。さらけ出したときに魅力が半減するような作品はも
ともと大したことがないのです。

 そして、架空対談の中でもとくに感銘を受けたのは、次の部分です。
「表現って、すべてが贈り物だと思うんです。絵を描けば、誰かがそれを観る。
観て、ある場合には感動する。その感動が贈り物だと。(中略)今度は私自身
が、まだ見ぬ誰かに向かって贈り物をする。それが私の表現であり、作品とな
る。あなたから私へ、私からまた誰かへと、贈り物がバトンタッチされていく。
こうした贈り物の繰り返しが積み重なって、なにごとかが語り継がれていく。
歴史とは、語り継がれる贈り物のことではないでしょうか」
 この文章に、私はとても感動し、かつ大いに満足感を得たのでした。

※『私の中のフリーダ/森村泰昌のセルフポートレイト』2,400円(本体)
原美術館のミュージアム・ショップで販売中。
http://www.haramuseum.or.jp/

〈ひらばやし・きょうこ〉編集者・ライター、オンライン書店「クローバー・
ブックス」(http://www.ifnet.or.jp/~kyoko.hi/)店主。編集を手がけた滝
本誠氏の評論集『きれいな猟奇 映画のアウトサイド』(平凡社)が好評発売
中。11月から池袋コミュニティ・カレッジの「講座太陽 グラフィックデザ
インの技法」という講座の司会進行係をすることに。講師は祖父江慎、角田純
一、 伊藤高(プチグラパブリッシング)、伊藤弘(groovisions)、クラフト・
エヴィング商會の各氏。詳細は池袋コミュニティ・カレッジ(03-5992-0496)まで。

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■もっと知りたい異文化の本  内澤旬子
(4)アフガニスタン編  いまは亡き英雄・マスードの肖像
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長倉洋海写真集『獅子の大地 Jihad of MASSOUD』平凡社、2000年

 アメリカの同時多発テロ事件と並行して、アフガニスタンのマスード将軍が
死亡したことを知った。さしたる知識も根拠もなく、ワタシはマスードがいつ
かタリバンを倒してアフガンの上に立つんだと思っていた。バーミヤンの仏教
遺跡が破壊され、マスードがどんどん北の方へと撤退していってからも、ココ
ロのどこかでそう思っていた。

 ゲリラ戦線を統一し、大国ソ連を敗退させた英雄、マスードことアハマッド・
シャー。彼へのイメージは、約十年前に出版された長倉洋海の写真集『マスー
ド 愛しの大地アフガン』(JICC出版局)によって刷り込まれた。お金が
なかったので、書店に通って繰り返し繰り返し眺めた。気高い岩山を背にアッ
ラーの神に祈りを捧げる男の無心な横顔に惚れ込んたのだ。権力に執着しない
ところもツボだった。永遠のマイヒーロー。チェ・ゲバラなんて、メじゃない
ぜっ、などとあかるく言えたあの頃はもう遠い過去。

 長倉洋海は、マスードが気を許したただひとりの写真家だったそうだ。1983
年からマスードを撮りはじめ、前述の写真集を出したあともずっとマスードの
元に通い、昨年『獅子の大地 Jihad of MASSOUD』を平凡社から出版した。

 この十数年の間、アフガニスタンとマスードに何が起きていたのか。日本の
新聞はろくな情報を載せず、いつのまにかアフガニスタンはタリバンが支配す
る国になってしまっていた。
 この『獅子の大地』巻末に書かれた長倉氏の文章によって、はじめて納得し
た。米国はマスード達の暫定政権を「タジク人は少数派だから」という理由で
国家として認めなかったのだ。それどころかマスードが撤退し、多数派パシュ
トゥン人からなるタリバンが首都カブールに入城した数日後には、米国は認知
のための特使を派遣しようとしたのだ。米国内の女性人権団体の反対にあって
取りやめたそうたが。現在米国は北部同盟をあわてて支援しているわけで、気
分は白けるばかりである。マスコミのヒステリックなタリバン批判も見苦しい。

 厳しく、美しい自然を背に生きるマスードやアフガン人たちを見ていると、
切なくて泣きたくなる。この人達の何人が今も生きているのか。中でも花畑の
中を歩くマスードの写真はちょっと狙いすぎかなと思いつつも美しくて悲しく
て涙が止まらなくなってしまう。
 どうか立ち読みでも良いから手にとって、アフガニスタンの人と大地を眺め、
巻末の文章と年表と地図に目を通して下さい。大変わかりやすく、すぐに近代
アフガニスタンの概要を掴むことができます。
 昨日、米国と英国はとうとうアフガニスタンへ「報復」攻撃を開始した。マ
スードが生きていたら何と言っただろう。そればかり考えている。

※『獅子の大地 Jihad of MASSOUD』3,500円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4582277438&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)

〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。碧鱗堂製本主人。共著に『ア
ジア路地裏紀行』(下川裕治編、徳間文庫)、『東方見便録』(斉藤政喜文、文春
文庫)など。オンラインマガジン『ビジバジ』で製本ワークショップを展開。
http://www.bzbz.org/

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■林哲夫が選ぶこの一冊
 (3)渡辺一夫の「痛恨」を“今”に生かすために
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串田孫一・二宮敬編『渡辺一夫 敗戦日記』博文館新社 1995年

 予想も、常識も、根底からくつがえした形で世界戦争が始まった。ニューヨ
ーク爆撃以後の軍事的状況はまさに第三次世界大戦と呼んでしかるべき様相を
呈している。テロリズムはきわめてシビアな手段によって既存の戦略防衛構想
なるものの盲点を衝いた。高度な物質社会において、破棄力はいたるところに
内在、あるいは顕在、している。そのエネルギーを通常と異なった方向へ解放
するだけでテロリズムは最大の効果を上げることができる。そのためにはカッ
ターナイフ一本あれば、いや、武器など何も必要ない、テロルという精神を保
持していさえすればいい、ということが証明されたのである。

 ムハンマド(マホメット)に容貌風采が酷似しているというテロリスト側の
象徴的人物、彼はPRビデオのなかで「ジハード(聖戦)」をくり返している。
「ジハード」は決して対外的な概念ではなく、正しいイスラム教徒であるため
の自分自身との戦いだ、という本来的な考え方もある。しかし、解釈はいつも
都合良くなされるものである。一方、米軍は当初、今回の軍事作戦名を「イン
フィニット・ジャスティス」と命名していた。それが「神」を意味するという
ことは、イスラム諸国の抗議によって撤回した事実からも、確信することがで
きる。要するに、第三次世界大戦は「神」と「神」との抗争なのである。アナ
リストたちが「新しい」と声高に叫んではいても、現実には、部族闘争の様相
を呈しているのかも知れない。

 いずれにせよ、血を求める神など決して信用してはならない。血を求めるの
は人なのだ。テロリズムとは飢渇した精神、とてつもなく狭隘になった精神か
ら生み出される。たとえ反テロリズムであっても、唯ひとつの事柄に心が占拠
されてしまった状態は危険このうえない、と言えよう。

 今回取り上げる『渡辺一夫 敗戦日記』は、第三次世界大戦勃発にあたって、
ぜひとも昧読しなければならない書物である。その昭和20年6月20日のページ
にはこう書かれている。

《僕は初めからこの戦争を否認してきた。こんなものは聖戦でもなければ正義
の戦いでもない。我が帝国主義的資本主義のやってのけた大勝負にすぎぬ。当
然資本家はこれを是認し、無自覚な軍国主義者は何とか大義名分を見つけよう
としたのだ》。

 記述にあたって難解なフランス語が用いられたように、当時としては相当に
ヤバい発言の連続である。それでも、どうしても書かずにおられなかった、そ
んな気迫が伝わってくる。ここで渡辺の示した図式そのものが今次大戦に適当
すると主張するつもりは毛頭ない。が、しかし、本質は何ら変わっていない。
この後に続けてロマン・ロランの次のような文章が引用されている。

《「戦いのさなかにあって、人間同士の平和を飽くまで守り抜こうとする者は、
その信条ゆえに自らの安息や名声、さらには友情すら失いかねないことを承知
している。だがいったい、そのために何一つ危険を冒さぬような信念に、何の
価値があろうか?」(『動乱の上に立ちて』一一四ページ)》。

 渡辺一夫が求めて得ることのなかったもの、それがこのロマン・ロランの態
度ではないのか。日記が、昭和20年3月10日、東京大空襲の翌日からスタート
しているところからすれば、自らの無力に対する忸怩たる思いがこの敗戦日記
をしたためる動機だった、そのようにも推測できる。心血を注いだ『第二之書
パンタグリュエル物語』は印刷製本を完了したばかりのところで灰燼に帰して
いた。渡辺は少々ヤケになっていた。

 3月14日には《知識人の弱さ、あるいは卑劣さは致命的であった。日本に
真の知識人は存在しないと思わせる。知識人は、考える自由と思想の完全性を
守るために、強く、かつ勇敢でなければならない》と書いている。そして直接
それを受けるわけではないが、7月16日には具体的な「知識人」の名前が挙
がっている。

《辰野、鈴木の両氏、想像力に欠け、かつエゴイスト。それぞれ違うが共に浅
ましきエゴイストなり。辰野さん曰く、「今や松本で読書研究三昧の時ではな
い。」鈴木さん曰く、「僕は焼け落ちるまで我家を守るね。」前者は祖国のた
めに生き残らんと願う弟子たちの身の上を顧慮せず、後者は万人にとって貴重
なる書物の損失を敢て考えず。ただ己が生活の静謐をのみ思う。束の間の静謐
ならんに》。

 辰野は当時の東大仏文主任教授だった辰野隆、鈴木は同助教授の鈴木信太郎、
ともに彼の大先輩である。それにしてもこれは常に紳士だった渡辺としては驚
くほどヒステリックな発言である。あるいは限界ギリギリだったか。

《埃にまみれ、荒れはてた書庫に茫然と坐す。この書物もいずれ灰となる。何
ものかを築かんとして購ったこれらの書物はすべて、無に等しい》(7月14日)。

 それでも書物だけはなんとか守りたい。これが渡辺一夫の切実な願い、執念
だった。さまざまな手段を講じて疎開に手を尽くしていた。日記とは別に収録
されている「書痴愚痴」という戦後のエッセイによれば、ある日、渡辺は、郊
外へ送り出すため、蔵書を詰め込んだいくつもの木箱を新宿駅まで運び込んだ。
 ところが、よりによってその晩、新宿方面がB29の攻撃を受けたのだ。駅の
周辺は劫火に包まれた。本郷真砂町の自宅から遠く染まる夜空を眺め、眠れぬ
一夜を過ごした。

《翌朝模様を見に行った女房が帰ってきて、「大丈夫でしたよ」と門口から叫
んだ時、僕はただ澄んだ早春の空を仰ぐばかりであった。涙で目がかすみ、外
のものは一切ぼやけて見えなかったからである》

 本は単なる物質ではない、自分の子供のような気がする、そう書いている著
者ならではと思わせる。この痛恨の轍を踏まないためにも、渡辺の日記を解読・
批判しなければならない。そして何よりそれを“今”に生かさなければならな
い。最後になったが、本書は造本、編集ともに上出来の、とても読みやすい書
物である。

※『渡辺一夫 敗戦日記』3,398円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4891779594&s=shohyo 
(↑こちらからお買い上げ頂けます)

〈はやし・てつお〉拙著『古本デッサン帳』(青弓社)が朝日の日曜書評欄に
2回連続して登場するというハプニングがありました。出たばかりの『sum
us』第7号は古書の書きコミ・挟みコミ特集です(書肆アクセス他で入手可)。
『喫茶店の時代』(編集工房ノア)、ようやく刊行へ動き出しました。乞うご期待。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5180/

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■全著快読 山田稔を読む  柳瀬徹
 (7)「バリケード」の内と外のあいだで【前編】
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『選ばれた一人』河出書房新社、1972年
『教授の部屋』河出書房新社、1972年
『ごっこ』河出書房新社、1976年

 1970年代の初頭に生まれた者としては、政治の季節などと呼ばれる時代につ
いて語る言葉を持たない。バリケードのなかで回し読みされたと伝え聞く書物
のほとんども、手に取ったことさえない。先に取り上げた『ヴォワ・アナール』
において、その早すぎた死を受けて一章を割かれて語られていた、まさにバリ
ケードの内側で貪るように読まれていた作家であったはずの高橋和巳について
も、私にはいうべき言葉がない。かつては「ヴァイキング」の同人でもあった
という友人についての、山田稔の率直な語りはいろいろな意味で興味深いのだ
が、残念ながらここではそれについては触れることはできない。
 
 おそらく誰であれ、主体的な意志の有無に関わらず、バリケードの内か外か、
いずれかの状況に巻きこまれざるを得なかったはずだ。大学で教鞭を執る身で
もあった山田稔であれば尚更ことは切実であったに違いない。

 しかしながら山田稔の筆は、内か外かという二者択一の隙間に入り込み、消
しがたい苦さを抱えながらも、二つの領野をやすやすと往還さえしてみせる。
学園紛争を背景にして書かれた三つの本には、高橋和巳の遺した言葉が伝える
のとはかなり肌合いの異なる、季節の痕跡がはっきりと刻まれている。
 
 ある日突然研究室を学生たちに占拠されたノンポリ教師の「ぼく」のもとに
届いた、「貴重な書物を引取りかたがた、われわれの新居を参観に来られます
よう」「バリケードのこちらがわより」と記された葉書。『教授の部屋』所収
の「バリケードのこちらがわ」の語り手が、《招待状》をオーバーのポケット
につっこんで「新居」のドアを開けると、そこには「ぼくの想像を完全に裏切
って」整然と積まれた本の列があった。葉書を見せると新しい住人の誰もが送
った覚えがないという。その日から「ぼく」は本の引取りをいつも次の機会に
先送りしながら、足繁く《彼ら》の部屋に通うようになる。共感とか、連帯心
などという強い感情ではない何かに、突き動かされるようにして。
(以下、次回に続く)

※ 『選ばれた一人』『教授の部屋』『ごっこ』は、いずれも現在入手不可。復
刊望む。

〈やなせ・とおる〉1972年生まれ。青山ブックセンター本店勤務。小沼丹が最
晩年を過ごした病院が近所にあって、その前を自転車で通り過ぎる度、どこも
悪くないのについ入りたくなってしまう。入院したら少しは文章力が向上する
かしらん?

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■出版史のヨコ道  南陀楼綾繁
 (4)個性的な出版を支えた寡黙な男の生きかた
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野原一夫『含羞の人 回想の古田晁』文藝春秋、1982年

 太平洋戦争敗戦の年、1945年12月25日。A5判、160ページの雑誌の創刊
号が世の中に出た。目次も本文も活字を並べただけの素っ気なさで、「まるで
高等学校の校友会雑誌」「書生のつくったような雑誌」などと云われた。しか
し、この雑誌には、獄死した三木清の遺稿、永井荷風が戦時中に書き溜めてい
た小説「踊子」をはじめ、柳田國男、中野重治、中村光夫らの珠玉の文章が揃
っていた。右翼も左翼も保守も革新も関係なく、「時勢につけこんで、威勢が
よく、調子のいい口さきだけの声」ではなく、平常で普通のものの考え方の回
復をめざす雑誌だった。
 このような雑誌が生まれたのは、編集者の次のような考えによる。

「勝手に読者を想定して、それをおだてたり、気をひいてみたり、教えさとし
たり、おどしたりするような雑誌が多すぎたきらいがなくはなかった。一つぐ
らいは、編集者が自分の読みたい雑誌をつくることもゆるされるだろう。そん
な雑誌に共感してもらえる読者が、ある程度、いないはずはない。すくなくと
も、読者を小バカにした、いい気なものだけはつくりたくなかった。毒にも、
薬にもならない、こまぎれ容器みたいなものにはしたくなかった」

 この雑誌は『展望』、編集者は臼井吉見を指す。そして、発行したのは筑摩
書房だった。臼井によれば、『展望』創刊号は、5万部を印刷し、発行と同時
に売り切ったという。こんなにもうけては執筆者には申し訳ないと、一度払っ
た原稿料と同じ額を追加したそうだ(臼井吉見『蛙のうた ある編集者の回想』
筑摩書房、1965年)。もっとも、このような売れ行きは終戦直後の活字飢餓
がもたらしたものであり、しばらくのちには売り上げが落ち込んでいくのだが
(1951年休刊。その後、一度復刊された)。

 筑摩書房は、1940年に創業した。創立者は、臼井吉見の中学時代の同級生で
ある古田晁。古田は高校在学時から、臼井と出版社設立の夢を語り合い、東大
卒業後10年を経て、その夢を実現させた。社名は出身地(長野県東筑摩郡)
にちなむ。
 最初に出した本は『中野重治随筆抄』。その後、戦争中に、中野光夫『フロ
オベルとモウパッサン』、中島敦『光と風と夢』、渡辺一夫訳『ガルガンチュ
ワ大年代記』、吉川幸次郎『元曲金銭記』、『ヴァレリイ全集』などを刊行し
た。戦後は『展望』創刊を皮切りに、数々の名著、全集を出版してきた。

 しかし、歴史に残る刊行物の陰で、社長の古田晁のことはあまり知られてい
ない。社長の古田晁は、「編集企画に口を出さない社長」で、「臼井吉見、唐
木順三、中村光夫の三顧問を頂点に置く編集部に一切をまかせていた」からだ。
臼井吉見にしてから、『蛙のうた』のなかで古田の人となりについてはほとん
ど触れていない(もっとも、古田が発行者だった時代の筑摩から出されたので
遠慮したのだろうが)。その古田について、いいところも悪いところもすべて
書き尽くしたのが、『含羞の人 回想の古田晁』だ。

 著者の野原一夫は、新潮社の編集者時代、太宰治を通じて、古田晁と出会っ
た。太宰は死ぬ直前に古田を訪ねている(会えなかった)ほど、彼を信頼して
いた(太宰の最後の長編『人間失格』は、『展望』に連載された)。野原は1953
年に筑摩書房に入社する。
 その頃、筑摩書房の経営状況は次第に悪化していた。この後、『現代日本文
学全集』全99巻が大ヒットしたりで、何度か持ち直しはしたが、土地などの資
産を持たず、儲けを人件費につぎ込んでしまった。一方で、労働組合が結成さ
れ、筑摩書房はかつての小さな「古田組」とは様変わりしてしまう。牧歌的な
時代は終ったのだ。

 古田にとって、苦しい日々が続いた。毎夜のように酒を飲んだ。古田の酒の
飲み方は、けっして酒好きのそれではなく、いろんなものから逃げるための酒
だった。

「人への好き嫌いが激しかっただけに、人から好かれているかについて古田さ
んは過度に敏感だったと思う。嫌われているとは思わないにしても、煙たがら
れている、厄介がられていると感じると、その人に近寄らなかった。まして付
き合いは酒の上が多い。呑んだ上での酔態を安心して見せられる人でなければ、
古田さんは共に酒を酌もうとしなかった」

 古田の酔態については、詩人・草野心平が開いた酒房「火の車」の板前だっ
た橋本千代吉の『火の車板前帖』から強烈な描写を引用している。これによる
と、夜明けに押しかけてきて表戸を叩くので、「古田流陣太鼓」と称して恐れ
たそうだ。なお、この原稿を書くまで知らなかったのだが、『火の車板前帖』
は1998年にちくま文庫に入っている。自社の社長の酔っ払いぶりを描いた
本を出すとは、さすが、ちくま文庫!

 1966年、古田は社長を引退した。その後も、毎日会社に出社したが、新社
長の方針には口をはさまなかった。筑摩はこれまでとは違う路線の企画を連発
し、次第に赤字を累積させていく(決定的な負債を出したのが、開発されたば
かりのVTRによる『ビデオ版 現代臨床医学大系』〔1971年〕という、当時
の“マルチメディア商品”だったのは興味深い)。1978年に筑摩書房は倒産す
るが、古田はその5年前に心筋梗塞で亡くなっている。

 編集者としての臼井の回想が明るいのに比べ、古田を描く野原の筆致は暗く、
苦い。けっして饒舌でなく、「人なつっこい、いくぶんはにかんだような笑い」
を浮かべて、古田は筑摩の編集者が出したい本を出せるように頑張った。この
本を、いま同じように頑張っている小さな出版社の経営者たち(編集者でなく)
に読んでほしいと思う。

※『含羞の人』は現在入手不可。復刊望む。

〈なんだろう・あやしげ〉1967年生まれ。ミニコミライター。共著『ミニ
コミ魂』(晶文社)。古書情報誌『彷書月刊』(弘隆社)で、本に関するサイ
トを紹介する「ぼくの書サイ徘徊録」を連載中。このメルマガとも微妙に関連
してますので、気が向いたら買って(立ち読みして)ください。
http://www3.tky.3web.ne.jp/~honnoumi/

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■書評サイト探検隊  グッドスピード
 (6)絵に描いたような典型的な読書サイト
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「ねころんで読書」
http://www.netlaputa.ne.jp/~hirose97/

 趣味がパソコンと読書という典型的な輩による個人サイト。なかでも、SF、
ミステリ、ホラーといったエンターテインメント系の本を中心に取り上げてい
て、「本の感想」と称して800字程度の文章が添えられている。加えて、★マ
ークの5段階評価もあって、「何かおもしろい本ない?」と口癖のようになっ
ている人には多少なりとも参考になりそうなサイトだ。

「好きな作家」というページもあり、覗いて見ると、阿刀田高、北村薫、小松
左京、筒井康隆、宮部みゆきなど、王道まっしぐら。外国作家にしても、マイ
クル・クライトン、アーサー・C・クラーク、ディーン・クーンツなどスタン
ダードこのうえない。このあたり、マニアックさがないのが面白味に欠ける。
けれども、文字通り気軽に「ねころんで」読む本、しかもどんな書店でも手に
入りそうな本を選んでいるところは、正統派であり、安心感を与える。

 ちなみに最近の5つ★作品は、東野圭吾『片想い』(文藝春秋)とディック・
フランシスの『敵手』(ハヤカワ文庫HM)ということで、純文学か人文書し
かほとんど読まない私(うっそー)としては、「よし、今度これを読んでみよ
う」と思わせるのでありました。

 ところで、何がエライかというと、週刊のメルマガまで発行したり、さなが
ら近刊案内のように「今週買った本」を律儀に紹介したりしているところだ。
個人サイトの趣味とはいえ、読むパワーも書くパワーもすごいね。脱帽。

(1998年10月公開。アクセス数不明。週刊のメール・マガジンを発行。
10月8日現在60号)

〈ぐっど・すぴーど〉1968年生まれ。書評サイト探検隊隊長(自称)。「本」の
メルマガ(毎月5日号)で「一字千金の記」を連載中。最近単行本を持つ腕力
の低下にあせり、腕立て伏せに取り組む。

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■あとがき
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 最近、日曜の夜12時になると、ラジオ日本(1422KHz)の『ゴー・ゴー・ナ
イアガラ・スペシャル』を聴いています。これは、1975年6月から1978年9月
にかけてラジオ関東でオンエアされていた、大瀧詠一のDJ番組『ゴー・ゴー・ナ
イアガラ』の中から、大瀧自身がセレクトしたテープをナンと26年ぶり(!)
に再放送するという企画です。この伝説的なラジオ番組については、周囲の大
瀧フリークから何度もいかにスゴイかを聞いていましたが、ぼくの田舎までは
電波が届かなかった(し、大瀧詠一なんて知らなかった)。
 聴いてみると、たしかにオモシロイ。福生にある大瀧の自宅のスタジオで録
音されているので音は悪いし、曲の頭出しができずに途中から始まることもし
ょっちゅうです。でも、大瀧やゲスト(最初の二回は山下達郎と伊藤銀次)が
ダラダラ続けるなんでもないハナシのなかに、過去の偉大な名曲を徹底的に咀
嚼し分解して、そこから自分たちの新しいポップスをつくろうとしていた彼ら
の姿がくっきりと見えてきます。まるで酔っぱらいの江戸っ子みたいな大瀧の
シャベリも楽しいです。遅まきながら「ナイアガラ」のことを詳しく知りたく
て、大瀧のサイト「Ami-go Ga-rage」(http://www.fussa45.com/)を見た
り、分厚い資料本『All About Niagara 1973-1979+α』(白夜書房)に手
を伸ばしたりして。この番組は、毎週日曜24時−25時、来春3月24日まで全26
回にわたりオンエアされます。「ナイアガラ」体験者も未体験の方も、ぜひ聴
いてみてください。                      (南)

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