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2002.1.12.発行 vol.58 [新春読書生活 号]
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■■ [書評]のメルマガ 2002.1.12発行
■■ vol.58
■■ mailmagazine of book reviews [ 新春読書生活 号]
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[CONTENTS]-----------------------------------------------------------
★初春企画「正月読書日記2002」南陀楼綾繁
→一年の読書は元旦にあり。みなさんは正月にどんな本を読みました?
★「古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧(5)」高野ひろし
→迫り来る老いを見据えてなお、自然体で役を表現する歌右衛門の姿。
★「林哲夫が選ぶこの一冊(4)」
→「日本のチャタトン」天才詩人・平井功の復活プロジェクトはじまる。
★「全著快読 山田稔を読む(10)」柳瀬徹
→今回と次回は、山田稔によるロジェ・グルニエなどの翻訳を取り上げます。
★「書評サイト探検隊(9)」グッドスピード
→書評のサイト、本についてのサイトの辛口批評です。さて、今回は?
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■はじめに
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明けましておめでとうございます。予定より二日遅れですが、今年一発目の
「書評のメルマガ」です。今年も、他の書評メディアではなかなか取り上げら
れない本を沢山紹介していくつもりでので、どうぞよろしくお願いします。
いまさら正月でもないのですが、今回はいつもと構成を少し変え、南陀楼の
新春読書日記を冒頭に置いて見ました。ぼくが今年最初の6日間で読んだ本は、
計20冊(再読含む)。積ん読になっていた本を何冊か制覇したこともあり、ま
ァまァ充実した読書生活だったと云えましょう。みなさんは、この正月、どん
な場所でどんな本を読みましたか? 「正月読書日記2002」を送ってくださる
方を募集します。次号に掲載いたします。 (10日号編集・南陀楼綾繁)
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■初春企画 正月読書日記2002 南陀楼綾繁
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1月1日(火)
朝5時起きで、羽田空港へ。JASの元旦割引チケットで、出雲空港へ。毎年正月
には、東京から正月に読む本を大量に送りつけて、結局読めずに終るというコ
トが多い。今年は「なるべく読みきる」のを目標に、何冊か選んで送っておい
た。機内で読んだのは、昨年の江戸川乱歩賞を獲った高野和明『13階段』(講
談社、2001、1600円)。10時ごろ空港に着き、タクシーで生家へ。弟の一家は
数日前に到着している。6歳のシンタロウ、3歳のユウキと一通り遊んだり、出
雲大社に初詣でに行ってから、ハーやれやれと読書に戻る。『13階段』読み終
える。つまらん。最近定番のサイコサスペンスではないが、コレってただの人
情噺でミステリの要素がほとんどナイじゃないか。「デッドリミット型ミステ
リ」と帯に書かれているが、登場人物が死刑に向かっていく過程がきちんと描
かれてないから、一向に切迫感がない。古本屋で買ったのだが、新刊で買って
たらもっと損した気持ちになっていただろう。夜、樋口覚『雑音考 思想とし
ての転居』(人文書院、2001、2400円)を読む。『日本人の帽子』(講談社、
2001、3400円)が話題になった著者の新刊。ロンドンで雑音を嫌って転居を繰
り返し、カーライルやショーペンハウエルを雑音に悩まされた同志ととらえた
夏目漱石、ラジオから流れる三弦(三味線)への憎悪を日記に記した永井荷風
など、「音」と住まいの関係を文学作品から明らかにしようとした本。全編に
わたって「転居」が問題になっているワケではない点、副題に偽りありだが、
かなりオモシロかった。とくに、盲目の葛原勾当が自分で工夫して「いろは」
48文字の木活字とそれを収めるケースをつくり、いつでも携帯して日記を書い
たというハナシは驚きだった。口述筆記による日記が「どうしても他人(弟子)
が介在するため、「日記」本来のもつ秘匿性と真の告白という点において著しく
欠ける」ために、自分が読むことができない日記(だって点字じゃないから)
を自分の手で記したのだ。それも40年間も。気が遠くなる。
2日(水)
昨夜はみぞれが降っていたが、朝方になって雪に変わる。こんなに激しく降る
のは何年ぶりだろう。買い物に行ったが、車の外に出るだけでびしょぬれにな
った。斎藤夜居『愛書家の散歩 本読みのこころ』(出版ニュース社、1982)
を読む。斎藤は古本屋にして、書物愛好家として有名。『愛書家くらぶ』『本
の虫』などの雑誌を出したことでも知られる。そういう人物が、彼より年上の
斎藤昌三、生方敏郎、伊藤竹酔、喜多川周之などの趣味人について書いたり、
古本についてあれこれ書いたりした本なのだから、きっとオモシロイのだろう
と思っていた。だけど、読んでみるとどうもイマイチ楽しくない。ひとつひと
つの文章がなんだか抽象的で具体的なエピソードとして描かれていないのだ。
こういうテーマがディテールがはっきりしていないと興味に欠ける。きっとこ
のヒト、記憶の再生力(と文章力)が弱いのだろう。その点、青木正美『古本
屋四十年』(福武文庫、1992)は、偏執狂的に自己を記録した日記をもとに、
高校を中退した少年が家業を助けるために古本屋となり、いかにして一人前に
なっていったかをきわめて具体的に描いている。この本、以前に読んでいるの
だが、そのときにあまり興味がなかった古書店業界の内情や、当時活躍してい
た古書店の店主の描写が、いまはとてもオモシロイ。著者とずっとライバル関
係にあった「立石のK君」ってどの店だろう、いまもあるのだろうか、なんて
些細なコトをいろいろ考える。こういう「引っかかり」(近田春夫流に云えば
「フック」)がたくさんある本こそ、何度も読み返すべき本なのだ。
3日(木)
今日も雪。なんだか降り積もる気配。寒いのが嫌いな旬公は「ワタシは雪国にヨ
メに来たんじゃない」とブツブツ。ぼくの方も、そろそろ庭に建っている書庫を
整理しはじめなければならないのだが、吹雪がヒドイので外に出られない。森川
辰郎『句文集 松江』(臼井書房、1954)は、戦中を旧制松江高校で過ごした著
者の俳句と俳句論。正直云って、俳句としてはまったく見るところがないように
思える(俳句のことはよくワカランのだけど)。この本を買ったのは、装幀が花
森安治だったから。花森は戦前に松江高校を卒業しているので、その縁で装幀を
頼んだらしい。松江の地名を描き文字で並べたデザインがいい。夜、3歳になっ
たユウキの祝い(ウチのあたりでは「紐落とし」と称する)で、親族の食事会。
帰ってから布団に入って、川崎長太郎『抹香町・路傍』(講談社文芸文庫、1997、
950円)を読む。小田原の物置小屋での生活を描いた主要作が多く入っているが、
最後に収められた「徳田秋声の周囲」は川崎自身が一歩引いたところにいて、し
かも私小説になっているというフシギな作品だった。
4日(金)
河野与一『新編 学問の曲り角』(岩波文庫、2000、660円)をウンウン云いなが
ら読み終え(難しかったので)、村山知義『演劇的自叙伝』第一部(東邦出版社、
1970)にかかる。全四部あるこの本、けっこう苦労して入手したのだが、なかな
か読み出せなかった。しかし、読みはじめると一気呵成。記憶力が悪いと何度も
書いているのだが、二、三歳に住んでいた家の見取り図が描けるのだから、再生
力はかなり優れている。少年時代のホモセクシャルな嗜好(美少年好き)まで隠
さずに書いているところもイイ。この巻は、留学のためドイツに向かうところま
で。次に、その村山のドイツ時代についても触れている五十殿利治『日本のアヴ
ァンギャルド芸術 〈マヴォ〉とその時代』(青土社、2001、2800円)を読む。
大著『大正期新興美術運動の研究』(スカイドア、1995)をナメるように味わっ
た身としては、さらに各論に入って東郷青児、中川紀元、仲田定之助、板垣鷹穂
を論じる本書はきわめて刺激的だった。雪がおさまり、日が照ってきたので、書
庫の整理を開始する。まだ中身を空けてない段ボール箱を開き、形態別に分けて
本棚に入れていく。腰が痛くなるが、やりだすとなかなか止まらない。「本の整
理になるとどうしてそんなにテキパキしてるのか」と親がアキレていた。夜行バ
スで東京に帰る旬公を送る。夜、寝付かれないままに、松崎天民『東京カフェー
探訪』(《リキエスタ》の会、2001、1300円)、水島爾保布『新東京繁盛記(抄)』
(《リキエスタ》の会、2001、1300円)と薄いオンデマンド本を二冊、「関西モ
ダニズム」が特集の『SUMUS』第3号(2000、600円)を読む。すっかりアタマが
戦前になっているので、どれもすぐに読めてしまう。2時過ぎ、とがしやすたか
『竹田副部長』第1、2巻(集英社、1998、1999、各743円)を読んで眠る。この
本、祖父江慎が装幀なのだが、表紙が折り返しになっていて、そこに入っている
4コママンガのオチが2つ出てくるようになっている。オチが入れ替え可能でも
オモシロイという、とがしやすたかの偉大なるマンネリを象徴するデザインだ。
5日(土)
午前、子どもの「遊んで」攻撃に悩まされながら、書庫の整理を一段落し、棚か
ら出てきた小鷹信光編『詐欺師ミステリー傑作選』(河出文庫、1990、563円)を
読む。半分ぐらい読んでほっといたのだが、残り半分がオモシロかった。午後は、
原武史『〈出雲〉という思想 近代日本の抹殺された神々』(講談社学術文庫、
2001、860円)を読む。江戸期から明治にかけて、〈伊勢〉系のアマテラスオオミ
カミに対して〈出雲〉系のオオクニヌシノミコトがどのように位置付けられてき
たかを、神道論と政治の関係から明らかにした本。自分が出雲人で、しかも卒論
で神社のことをやったからか、内容は難しいが論旨はすっと頭に入った。後半の
「埼玉の謎」では、なぜ古くから氷川神宮のある大宮ではなく、新興の浦和に県
庁が置かれたのかを、〈出雲〉系神社の抹殺という視点から論じていて、よくで
きたミステリみたい。そういえば、半村良は『英雄伝説』(祥伝社、1973)で関
東の〈出雲〉系神社の分布をネタにしている。夕方から温泉に行き、中華料理を
食べて帰る。一通り読むべき本も読んだので、夜は本棚から昔読んだ本を引っ張
り出す。倉多江美『ドーバー越えて』(朝日ソノラマ、1977)では、「本町通り」
の主人公の少女マンガ家の本棚をつい見てしまう。百目鬼恭三郎、水上勉、稲垣
足穂、詩と詩論、ヒットラー一代記、谷川雁、西川正身、萩原朔太郎、ブレヒト
作業日誌、ロジェ・カイヨワ、フィネガング・ウェイク、サキ、植草甚一、筒井
康隆……。最後のほうにはメンドくさくなったのだろう、「ここまで読むな」と
書き入れている。友人の話の中に出てくる「感心した本」は、マルクスとポーの
「メールシュトロームの渦」、伊丹十三。もっとも、主人公はそのあと本屋に行
って「マルクスブラザーズのおかしな世界」(もちろんマルクス兄弟の)を買っ
てきてしまうのだが。何度目になるだろうか、小林信彦『紳士同盟ふたたび』
(新潮文庫、1986)を読んで、眠る。
6日(日)
朝6時に起き、出雲市駅から特急〈やくも〉。岡山で下車し、電話を入れておいた
古本屋へ。戦前のいい本をたくさん安く買う。〈のぞみ〉の車内で、有明夏夫
『FL無宿の反逆』(講談社文庫、1980)を再読。この作家は、デビュー作からし
て非凡な発想を持っていた。最近は書いていないようで惜しい。5時、東京に着
き、有楽町へ。荷物をコインロッカーに放り込んで、松屋の古書市へ。注文した
本のほか、石黒敬七『旦那』(雄風館書房、昭和12)の函付き美本を手にしてホ
クホク。ウチに帰り、船戸与一『血と夢 増補新版』(徳間文庫、2001、648円)
を読み終えて眠る。明日からはまた仕事だ。
〈なんだろう・あやしげ〉1967年生まれ。ミニコミライター。共著『ミニコミ魂』
(晶文社)。明石の幻堂発行の気刊『何の雑誌』第4号で、「帝都逍遥蕩尽日録」
特別篇を書きました。判るヒトは判るかもしれない懐かしいタイトルです。
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■古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧 高野ひろし
(5)歌右衛門を語る、歌右衛門を撮る
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渡辺保著/渡辺文雄写真『歌右衛門 名残りの花』マガジンハウス、2001年
僕が初めて、あの豪華版風呂屋の如き歌舞伎座に行ったのは、小学校6年の時
でした。折しも現市川団十郎が海老蔵を襲名する特別興行。その父・故11世団十
郎一筋だった母親に連れられての、芝居見物だったんです。場内に漂う独特の雰
囲気、幕が開いた時の別世界、自分の日常とは全く違う空気と時間が流れる不思
議に、肝っ玉を掴まれた気分になっちゃいました。それから四半世紀以上、幾つ
の出し物に出会い、何人の役者を見てきたんだろう?
でも『歌右衛門 名残りの花』をめくった途端、客席から中村歌右衛門の姿を
見られた幸せが、押し寄せてきたんです。 昨年3月に84歳で亡くなった名女形
には、讃辞も批評も舞台写真も、数限りなく存在します。三島由紀夫が絶賛した
若き日の歌右衛門はこの世の者とは思えないほど美しく、既にそこには芸の確立
すら見えているんですね。僕が知っているのは晩年の歌右衛門ばかりで、凄いと
は思ったけど、追っかけようとは思えませんでしたよ。でもねぇ、それは見当違
いだって分かりました。
先ずこの本を適当にめくってみて下さい。とにかくね、全ての写真が「絵」に
なっているんです。勿論、芝居も役者も知り尽くしたカメラには違いないんだけ
ど、この事実は尋常ではありません。身体の曲げ具合、重心のバランス、顔の向
き、指先の角度……自らを確実にそして美しく見せるため、歌右衛門は恐らくナ
ノの単位で肉体を動かしている! そしてそれぞれの写真と並んだ文章は、その
瞬間の役者の思いや性根を余す所なく伝えています。
時分の花を過ぎて、迫り来る老いを見据えてなお、役のなんたるかを自然体で
表現出来る。そのために何十年という稽古と舞台を繰り返してきたんです。十代
の娘を演じるために、その何倍もの経験を必要としたんです。なんという壮絶で
恐ろしい世界なんだろう! 歌舞伎ほど約束事が多い演劇はないはずなのに、そ
の中で究極の自由を獲得した歌右衛門。だけど、ここまで語ってくれる人がいて、
ここまで撮ってくれる人がいる。そうまでさせてしまう芸を持った人は、これか
らも出てくるんでしょうか? 志ん朝までが彼岸に行ってしまった平成13年を後
にして、そんなことを考えちゃいましたよ。
『歌右衛門 名残りの花』3,000円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4838713363&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈たかの・ひろし〉東京生まれ・町歩き人&路上ペンギン写真家・ウクレレブラ
ザース主席ウクレレ弾き。写真集『ペンギン日和』(うなぎ書房)。ウクレレブ
ラザースのライブを行ないます。1月20日(日)午後3時から3時半、東京駅構内、
八重洲口に向かって右側の東海道新幹線乗降口の手前、「Break」(レストランや
書店等が入ったディラというスポットの一角です)。イベントのホームページで
は、リアルタイムでライブ中継があります。
http://www.jr-break.com/
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■林哲夫が選ぶこの一冊
(4)18世紀イギリスと20世紀日本、二人の夭折詩人のこと
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宇佐美道雄著『早すぎた天才 贋作詩人トマス・チャタトン伝』新潮選書、2001年
ここは面影橋、続々と超マイナー作家を復刊して異彩を放っている出版人M
さんの事務所である。広壮なマンションの一室、チリひとつない机の上に淡い
褐色の雑誌が四冊、静かなたたずまいを見せていた。ていねいに着せられたグ
ラシン紙を透して「游牧記」の文字が読みとれる。Mさんは少々興奮気味にし
きりと煙草を吹かしている。それもそのはず、その『游牧記』は、日夏耿之介
(ひなつ・こうのすけ)監修のもと、正岡容(まさおか・いるる)の弟、平井
功(ひらい・こう、飛来鴻)が昭和四年中に四冊だけ刊行したきわめて珍しい
雑誌なのである。
第一巻第一号は木炭紙本限定537部、同寄贈本45部、局紙本36部を発行した
(部数は号によって異なる)。巻末には寄贈者、購読者の一覧表が付されてい
るし、前付には寄贈者および購入者の姓名が活字で印刷されている、というこ
とは一冊一冊前付の組版を改めたわけだ。
筆者が他日他所にて実見した仏文学者辰野隆(たつの・ゆたか)宛の寄贈本
は、日夏の献呈署名入り、淀野隆三旧蔵(棟方志功作の蔵書票貼り込み)、四
冊揃い35万円という破格の値段が付いていた。Mさんの入手した『游牧記』に
はそこまでの付加価値はなかったものの、保存状態はかなり良く、手に取った
感触はさすがに昨今の安直なDTP本とは雲泥、月と一円玉くらいの相違があ
った(むろん、月と一円玉、二者の優劣にわかに決し難いのではあるが)。
日夏耿之介の追想「三人の少年詩人」(『輓近三代文学品題』実業之日本社、
1941)によれば、平井功は西条八十の紹介により大正十年(1921)の冬(ある
いはその翌春ころ)、初めて大森山王の日夏宅を訪ねている。十五歳、府立第
五中学生だった。幼少から植物学に異常な興味と造詣を示し、植物のラテン名
などは無数に記憶していたが、ある日、蒐集していたおびただしい植物標本を
突然に燃やしてしまうような奇矯なところもあった。父平井成は軍医。日露戦
争のときには森鴎外の下で従軍したそうである。平井家が浅草の古書店浅倉屋
と特別にじっこんだったため、功も少年時よりそこに入り浸り、数々の古版本
珍本を渉猟したともいう。
日夏は、こののんびりしているなかに、きびきびしたところのある少年に対
して、自らが抱く情熱の対象、古典籍への愛、オッカルティズム、探偵談趣味、
ゴシック・ロマンス、神秘主義へのあこがれ、晩唐詩人、明清詩集、上田秋成
への思慕……これらを注ぎ込もうと努力した。若さゆえか、瞬く間に日夏の薫
陶が成果を表し始める。古書への愛がいっそう激しく高じ、詩の創作欲が異常
に増加する。それにつれて新旧内外の詩人たちをあしざまに罵るようになり、
日夏とさえも激しく論争を交わす。やがて少年は詩集の上木を企てる。日夏が
原稿を校閲して近代文明社から自費出版された『孟夏飛霜』(1923)がそれで
ある。わずか十六歳。「此の世に残した唯一の詩集」となった。
しばらくすると少年は英才教育の五中がばかばかしくなって退学する。日夏
の関係する雑誌『奢〓(覇にサンズイ)都』(さばと)や『パンテオン』に詩
草をしばしば発表し、第二詩集『驕子綺唱』を出版したいという申し出をある
著名な出版社から受けるが、「いはゆる一流の詩人」と同等の条件でなければ
いやだと言って断ってしまう。
「ジッグザッグがあつた」のち、結婚。それを境にロンドンの古本屋から素晴
らしい珍本稀籍を買い集め始める。当時の著名なプライベート・プレスである
「スカラアチスもナンサッチュもハイハウスプレスもゴオルドン・コカレルも
シェイクスピアヘッドも彼はよきその華客であり」、十七八世紀の古版本など
も功の書斎には山積していたという。何より、ただ集めるだけでなく、彼はそ
れらをすべて読破した。そのせいか詩作も急速に進歩し、「この少年詩人が、
チャタトンの如く、ホオフマンスタアルの如く、ランボオの如く詩壇を席巻し、
それの光る一王座を占めることは、最早や時日の問題だと吾々には思はれた」
ほどになる。
さて、ここでようやくチャタトンが出てきたわけだが、『早すぎた天才 贋
作詩人 トマス・チャタトン伝』は、Mさんがやはり少々興奮気味に、「日本
でこんな伝記が出る日が来るとは思ってもみませんでした。平井功はチャタト
ンの影響をかなり受けてますよ、絶対、間違いありません」とその本を振り回
しながら語っていたので、さっそくその翌日入手したものだった。コウルリッ
ジやワーズワースあるいはD・G・ロセッティに影響を与えたとされる少年詩
人チャタトン(1752-1770)のじつに悲惨な伝記である。著者は生え抜きの英文
学者だが、どうして、小説のように面白く書けている。十八世紀イギリス最高
のインテリジェンスだったサミュエル・ジョンソンはチャタトンが中世英語を
用いて書いた古体な詩を通覧してこう言ったという。
「これは、わたしの知る限り、いまだ出会ったことのない世にも特異な若者だ。
小僧っ子にどうしてこんなものが書けたのか、まったく驚きだ」
「どうしてこんなものが書けたのか」という理由は本書を読めば明瞭になる。
どうしてチャタトンが十八歳で服毒死しなければならなかったのか、というお
およその理由も。
ふたたび平井功にもどれば、Mさんが少々、いやそうとうにハイテンション
になっていた理由はもうひとつあった。四冊の『游牧記』のかたわらに一束の
分厚いコピー原稿が置かれていた。それは何と、平井功の第二詩集の原稿だっ
たのである。さすがに書物に精通した詩人らしく、こと細かに文字の指定が書
き込まれている。Mさんはそれを功の指定通りに具現しようと企んでいる。日
夏によれば、功は昭和七年夏、左翼の一斉取り締まりで淀橋署に拘引留置され、
生来病弱だったこともあって、帰宅後「一週日も経たたぬうちに忽然と急死し
てしまつた」という。享年二十六。今、没後七十年を経て、ようやく平井功は
甦ろうとしているのである。これが興奮せずにおられようか。
『早すぎた天才 贋作詩人トマス・チャタトン伝』1,300円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4106035081&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈はやし・てつお〉画家。著書『古本デッサン帳』(青弓社)。『sumus』第8号
(特集「パリ本の魅力」)今月末発行です。南陀楼綾繁=河上進さんロングイン
タビューあり! 見逃せませんぞ。目次は『sumus』のホームページにてどうぞ。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5180/
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■全著快読 山田稔を読む 柳瀬徹
(10)翻訳者は作者のそして読者の伴走者である
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ロジェ・グルニエ『チェーホフの感じ』みすず書房、1993年
ロジェ・グルニエ『フラゴナールの婚約者』みすず書房、1997年
ロジェ・グルニエ『黒いピエロ』みすず書房、1999年
ロジェ・グルニエ『六月の長い一日』みすず書房、2001年
父の危篤の報を受けたジャック・ボードゥワンは、その父の住む山間の小都市
まで向かう一日がかりの道行きで、乗り換え便を待つために夕刻の何時間かをリ
ヨンで過ごさなければならなかった。いかにもいかがわしい界隈をぶらついてい
ると、ひとりのみすぼらしい女からおずおずと声をかけられる。しばらく話すう
ちにようやく、彼女が「最低の淫売で、なじみのホテルすらなく、客を中庭や空
き地や建物の表門のなかに連れ込まざるをえない」そんなたぐいの存在であるこ
とを悟る。申し出を断わられ身を震わせて泣き出した彼女にいくばくかの金を渡
し、ついには身の上話を聞きながら彼女を丘の上の家まで送り届ける羽目になっ
た彼に女は感激した面持ちで「あんたって、いい人ね」という。
〈ジャックは自分を笑った。そしてこう思った。本当にいい人間なら、たとえ自
分にたいしてであれ皮肉、滑稽感などいだくはずはない(中略)善良であるため
には、まるで安物のイタリア映画のように、いまこの小女と自分が手を取り合っ
て夜の坂道をのぼって行く姿を観察しているこの自意識ってやつを、眠らせてお
かねばならないのだ〉
『フラゴナールの婚約者』所収の短編「反復」のなかのこのエピソードは、設定
を少しだけ変えれば、訳者自身の作品の一節といわれてもほとんど違和感がない。
仏語原文と対照したわけではないので翻訳自体を論じることは差し控えるが、少
なくとも作家としての親和性が両者にはある。
しかし当然のことながら違いもある。ロジェ・グルニエの作品の登場人物たち
が若かりし頃の大志、いわば社会的な挫折を経験し、後半生をどこか自分自身に
閉じこもって生きている人間であることが多いのに対して、山田稔の文学的分身
たちの味わう挫折はもっとはっきりとしない、他人に説明しがたい個人的なもの
であることが多い。些細なようでもこの違いは、共通点よりもはるかに決定的な
ことなのかもしれない。
復刊も含めて最近では多くのグルニエの著作が日本語で読めるようになった。
親和と違和を間において淡々と走り続ける伴走者のような山田稔の訳文で読むグ
ルニエはまた、それを読む者すべての実人生の伴走者でもあるだろう。
『チェーホフの感じ』は品切れ・重版未定。
『フラゴナールの婚約者』3,800円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4622046482&s=shohyo
『黒いピエロ』2,300円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4622046741&s=shohyo
『六月の長い一日』2,300円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4622048019&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈やなせ・とおる〉青山ブックセンター本店勤務。『わたしは邪魔された ニコラ
ス・レイ映画講義録』(みすず書房)に胸を熱くする日々。税抜六千円!はちっと
も高くない、とまではいわないが、それだけの価値はある。あ、しまった、今回全
部みすずだった。
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■書評サイト探検隊 グッドスピード
(9)「EQMM」の創刊号も拝めるミステリファンの読書サイト
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「みにたる乱読日記」
http://fame.calen.ne.jp/~keitr/
メルヘンチックなページデザインなので素通りしそうになったけれど、「おぬし、
なかなかやるな」と思わせる読書日記サイト。運営するのはみずから「私は自他と
もに認める本好き、活字中毒です。『晴耕雨読』という言葉がありますが、私の場
合は『晴読雨読』(笑)」なんて書いてしまう大阪府高槻市の女性である。
SOHOプログラマをしているだけあって、サイトづくりが丁寧である。日々の雑感
を綴る日記、プロフィール、本にまつわる思い出のページがきちんと設けられてい
るし、あらすじと読書感想をコンパクトにまとめ、お気に入り度を☆印で表した
「読了日記」は、当月に読んだもののページをはじめ、読了月別、書名のあいうえ
お別、作家別とわかりやすくインデックス整理されていて、のぞきやすい。月別の
インデックスでは月毎に何冊読んだかもわかるし、書名のあいうえお別の読了冊数
も一目瞭然。まあ、これにどういう意味があるのかは理解しがたいけれど、たとえ
ば「か〜こ」のタイトルの本がもっとも多く324冊中64冊をしめる。そして、作家
別のインデックスでは、著者略歴と著作リストも紹介されている。きわめて個人的
かつ趣味的なサイトにもかかわらず、読む者への細かい配慮がうかがえる。
取り上げられている(読まれている)本の傾向は、好きな作家が綾辻行人、有栖
川有栖、今邑彩、小野不由美、宮部みゆきなどのように、ミステリ中心なのだが、
読書日記以上に圧巻なのは、「EQMMインデックス」というページ。「EQMM」とは
「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」のことで、アメリカの作家、フレ
デリック・ダネイと従兄弟のマンフレッド・リーによる合作ペンネーム、エラリー
・クイーンの編集する探偵小説専門誌の日本版として1956年7月に早川書房から月
刊誌として創刊され、現在「ハヤカワミステリマガジン」と名前を変えて今も出版
されているミステリ専門誌。その創刊号(1956.7)から199号(1972.11)までを購
入したとのことで、いまのところ同誌創刊号の内容が写真とともに詳しく紹介され
ている。ファンにはたまらないページだ。
ちなみにミステリおんちの私が注目したのは、その内容もさることながら、創刊
号の定価である。100円也。
(1999年7月公開。現在までのアクセス数は23819)
〈ぐっど・すぴーど〉1968年生まれ。書評サイト探検隊隊長(自称)。書評サイ
トを探検中によからぬサイトへ道草してしまう今日この頃。
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■あとがき
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深夜番組なんて滅多に見なくなったが、ただ一本だけ、金曜日1時20分スタート
のテレビ朝日『虎ノ門』だけはよく見ている。バラエティ番組のかったるさがなく
て全体にオモシロイのだが、井筒和幸の「こちトラ自腹じゃ!」が最高。自腹で観
にいった映画についてズバズバ云いたいことを云うのだが、つまらない映画を貶す
ときに、どこがヒドイかをシーンや演技を挙げて具体的に指摘している。いまの映
画評論家は全体のテーマとか監督の狙いとかを論じるだけで、技術的な批評がまっ
たくできないヒトが多いのだが、井筒は違う。だから、今週『バンディッツ』をベ
タホメしたみたいな意外な回があると、その映画をぜひ観たくなる。貶されると困
るから番組に映像を使わせないというケチくさい配給会社もあるようだが、まった
く馴れ合いにどっぷり浸かって心底腐りきってるぞ。もうひとつ、蛭子能収がレン
タルビデオを見ながら感想を云うコーナーもあるのだが、これはこれでエビスさん
のヒトの悪さが前面に出ていてオモシロイ。書評でもこういう番組ができればいい
のだが、『本パラ』がハバを効かせているうちは永遠にムリだろうな。 (南)
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