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2002.3.10.発行 vol.64 [例の延刊 号]
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■■ [書評]のメルマガ 2002.3.10.発行
■■ vol.64
■■ mailmagazine of book reviews [例の延刊 号]
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[CONTENTS]---------------------------------------------------
★「読書日記2002」荒木幸葉
→読者投稿企画。池袋リブロの美人店員はどんな本を読んでおるのか。
★「古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧(6)」高野ひろし
→二代目春團治の姿を、最も身近にいた批評家であるおかみさんが語る。
★「渡辺洋が選ぶこの一冊(4)」
→湾岸戦争と不思議な少年。同時多発テロ後のいまこそ読みたい一冊。
★「全著快読 山田稔を読む(12)」柳瀬徹
→スクリーンを見つめる山田稔とともに読者もまた暗闇に引き込まれる。
★「出版史のヨコ道(7)」南陀楼綾繁
→「好きな本を一生持ってるのもいいもんだ」(高野文子『黄色い本』)
★「書評サイト探検隊(11)」グッドスピード
→書評のサイト、本についてのサイトの辛口批評です。さて、今回は?
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■はじめに
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「書評のメルマガ」毎月10日号の編集を担当するようになったのは、昨
年4月。おかげさまで、なんとか一年間継続できました。執筆者のみな
さんは、いつも〆切を守ってくれ、編集の手間もさほどないのですが
(パソコンがハングしてイライラする程度)、私自身の原稿がなかなか
書けなくて、発行が遅れたコトも何度かありました。敬愛するジャーナ
リスト宮武外骨(みやたけがいこつ)は、自分の発行する「滑稽新聞」
がしばしば期日通りに出なかったので、毎号表紙に「例の延刊」と刷り
込むようになりました。それを好きで真似てるワケじゃないのですが、
今回も「例の延刊」です。ごめんなさい。
10日号は、毎月同じメンツに書いてもらうのではなく、隔月あるいは
三月に一回書くヒトと、毎月連載のヒトをまぜこぜにしバラエティを出
してきたつもりです。この中で、毎月掲載、皆勤賞は「全著快読 山田
稔を読む」の柳瀬徹さんです。この連載は一年で終了の予定でしたが、
ココまで来たら全冊紹介し終わる続けようではないかと延長がきまりま
した。ほかにも、二年目からはいくつか新企画を始めるつもりです。今
後も10日号にご注目ください。
(10日号編集・南陀楼綾繁)
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■ 読書日記2002 荒木幸葉
読書には、途中から横道に外れていくことで得られる楽しみもあるのです
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【1月某日】
海月書林(http://www.kurageshorin.com/)のイベント、「古本生活」を
みに高円寺へ。店主の市川さんによると、昼間は入場制限するほど混んで
いたようだ。なんでも、1000册の本を愛知県から車で運んできたってんだ
から、ガッツあるよなあ。「古本好きな女の子」の部屋をイメージした会
場は、とてもおしゃれだった。同じ「古本好きな女の子」(笑)のはずな
のに、私の部屋といえば、買ったままの本や、売り上げスリップ、出版社
目録などを無造作につっこんだ日販の段ボールがごろごろしていて、えら
い違いだ。
おもしろかったのは、「暮しの手帖」のバラ売り。 表紙300円、記事3部
500円。個人的に、「ちょっとした工夫モノ」に、めっぽう弱い(「暮しの
手帖」の「エプロン・メモ」コーナーに投稿したこともある。ボツだった
けど。)ので、「18のちいさな思いつき」「ものは使いよう」といったお
知恵拝借記事から、ショッピングバッグの作り方、棚の吊り方(本棚の写
真が載ってたから)といったものまでこまごま買って、得した気分になる。
【2月某日】
思いたって、盛岡へ。寒さに震えながら、冷麺をたべる。ビニールのな
わとびを超極細にしたような、半透明で歯ごたえがある麺だった。商店街
のさわや書店さんをのぞく。文庫が著者別になっていたり、きちんと新刊
が置かれていたりで、手がはいっているのがよくわかる。同行Y子さん、
さっそく棚をみながら、メモをとるのに燃えている。宮本常一関連の本や、
ジャズ喫茶ベイシーのマスターといった、郷土ゆかりの本も平積みされて
いて、その中から、商店街の地図がついたブックカバー欲しさに、舟越保
武『巨岩と花びら』(ちくま文庫、本体800円)を求める。おさげの女の子
がついたオリジナル紙袋と、店名ロゴ入りのセロテープがいい味だしてい
て捨てがたく、どうしようと迷っていると、Mさん、すでに保存モードに
はいっている。さすが、書皮友好協会会員なだけある。Y子さんのナビで、
機屋という古布の店へ。裂織(使われなくなった着物などを裂いて、紐状
に織ったもの)にうっとり。続いて岩手を中心とした民芸品を扱う光原社
でも、塗りのおわん、鉄瓶、ホームスパンのマフラーなどの素朴な美しさ
に、うっとり。結局、何も買わぬまま家に帰って、青柳恵介『民芸買物紀
行』(新潮社とんぼの本 1991年)をひっぱりだし、また訪れる日を夢み
る。
【3月某日】
前号で課題図書に認定された林哲夫さん『喫茶店の時代』(編集工房ノ
ア、本体1900円)をよみはじめる。茶房「リリオム」のところ、「(松本)
竣介はリリオムで仲間たちと小品展を催し、初めての個展もここで開いて
いる。」とある。先日盛岡で買った『巨岩と花びら』で、竣介と舟越保武
が盛岡中学の同級生で、久々に再会したのが、このリリオムでの個展だっ
たと読んだばかり。全く意識せずにここ一週間で買った2冊が、偶然にも
つながる。
林さんの本に戻ると、こんどは加太こうじが、音楽喫茶を女給のサービ
スや、かけるレコードなどによって分類している。そういえば、同じく盛
岡のキリン堂という古本屋で、鶴見俊輔、加太こうじ他著『日本の大衆芸
術 民衆の涙と笑い』(現代教養文庫 1962)を買っていたのを思い出し、
パラパラ。「はやりうたの源・喫茶店」という項におなじような記述アリ。
これでまた、つながった。こんな本の読み方をしてるから、どれもちっと
も進まない。『巨岩と花びら』のあとがきに、「文章を書き出すと、どう
も私には途中から横道に外れてしまう癖があります。枝の方に行ってしま
うので、幹を見失って苦労します。こういう人間は、「意想奔逸」といっ
て、頭の病気なのだそうです。」とある。あ、あたしだとおもう。
【3月某日】
松田哲夫『印刷に恋して』(晶文社 本体2600円)の刊行を祝う会へ。
出席者名簿のそうそうたるメンバーをみて、足がすくむ。晶文社のTさん
に、保護者のようにつきそってもらいながら会場に入ると、いるわいるわ、
嵐山光三郎さん(カッコイイ!)、椎名誠さん、山本容子さん(この二人、
独特のオーラが……)、南伸坊さん(南陀楼編集長と並んでると、絶景だ
った。)、クラフト・エヴィング商會さん(100冊の本を選んでいただい
たフェアを開催中。お世話になっています。)などなど、もう、みなさん
まとめて「拝観する」ってかんじ。そのほか、編集者や出版、印刷関係の
方々を含め、ゆうに100人は超えていた。
赤瀬川原平さんのスピーチで、松田さんはマッチのラベルを集めるなど、
とにかく「事実がすき」なんだとおっしゃってたのが印象にのこった。今
日きた甲斐があったなあとおもう。ちなみに、この本、わが店で日本一売
れているようで、うれしいです。一文字一文字、定規で線を引いた跡がア
リガタイ松田哲夫さんの直筆POPと、本文イラストとはちょっとテイスト
がちがう、内澤旬子さんのかわいらしいPOP、いづれも店頭で活躍中なの
で、みにきてくださーい。
〈あらき・さちよ〉池袋リブロ文芸書売場勤務。本をさわるのはすきだけ
ど、本読みとは言い難し。さびしいところに行って、さびしい気持ちにな
って帰ってくるのが好き。去年おとづれた、行川アイランドはよかったな
あ。フラミンゴたち、いまごろどうしてるだろう。
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■古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧 高野ひろし
(6)何という芸の力、何という自信、そして洒落っ気
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河本寿栄著/小佐田定雄編『二代目さん 二代目桂春團治の芸と人』青蛙
房、2002年
今噺家を目指して弟子入りしてくる若者の殆どが、大卒、しかも落研出
身者だそうです。義務教育が終わるか終わらないうちに修行を始める人は
もういませんし、仮にいても「学校位出てからおいで」と師匠の方から言
われる時代になったんです。そのせいか寄席の高座を見ていても、「あぁ
この人は、芸人にならなかったら、社会からはみ出しちゃうよなぁ」と思
わせる噺家は、余りいません。「きっと会社勤めだって出来るよ」って思
う人が多くなりました。だからこそ本書の主人公・二代目春團治のような
人の話は、ピカピカと輝いて見えるんですよ。
身長160センチそこそこで、お腹周りが150センチ。縦も横もないような
男が、高座に上がってニコっと笑っただけで、お客さんは幸福感に満たさ
れてしまうんです。伝説と化した初代に隠れて陽が当たりにくかった二代
目の姿を、今もお元気な奥さんが語るんですけど、これがべらぼうに可笑
しい。
戦争も末期にさしかかった昭和19年、20そこそこで嫁いだ著者。相手は
30歳以上も離れた名うての艶福家、しかも3人目の妻。ところがこのおか
みさんが強いのなんのって、エネルギーは二代目以上かも知れません。マ
ネージャーであり、芝居や踊りの相方であり、下座の三味線、そして最も
身近にいる批評家なんですよ。
冬の京都の寄席で夏の噺をやって、何分でお客がポケットから手を出し、
ショールから手を離すか? 夏には逆に、何分で扇子の動きを止めるかを
夫婦で賭けたといいます。何という芸の力、何という自信、そして洒落っ
気なんでしょう。これが芸人っていうものです。芸を磨き、見栄を張り、
破天荒な日々を涼しげに歩いていく姿は、カッコイイ限りです。しかし、
それもお客として読者として見ているからですよ。おかみさんの苦労はは
かり知れませんもの。それでもなお添い遂げたという事実に、また感じ入
ってしまうんです。二代目桂春團治、聞いてみたくなりました。
『二代目さん』2、800円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4783010064&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈たかの・ひろし〉町歩き人&路上ペンギン写真家。3月21日、安田生命
ホールの立川志の輔の会の会場ロビーでゲリラ写真展を行います。でもチ
ケットがないと入れないんですよね。それと、バンド・ペンギンクラブが
5年振りのライブを行うこととなりました。御用とお急ぎのない方、近頃
怖いくらい幸せで、たまに嫌なものを体験しないとバランスが取れないと
いう方、落語の『寝床』や『天災』を身をもって経験したい方は、覗きに
来て下さいまし。
★ペンギンクラブ厄落としライブ『耳栓号泣』
4月13日 18:30開場、19:00開演 2000円(+ドリンク代500円)
ライブハウス・ウエルカムバック
豊島区南大塚3-44-11 フカサビルB1F
03-5957-5147
http://www.welcom-back.com
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■渡辺洋が選ぶこの一冊
(4)湾岸戦争という「向こう側」を覗き込んだ少年
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ロバート・ウェストール『弟の戦争』(徳間書店・1995)本体1165円
−−今回は亡くなったイギリスのヤングアダルト作家ロバート・ウェス
トールさん(1929〜93)の作品ですね(訳は原田勝さん)。
−−本当は同じウェストールさんの『かかし』を取り上げようかと思った
んですが、版元の福武/ベネッセの一般書籍からの撤退のせいもあってか
翻訳は品切れなんでやめときました(ついでに言うと編集者は福武から徳
間に移ったらしい同じ人)。
−−でも、『かかし』もすごいですよね。再婚した母親が新しい夫と寝室
でセックスしながら話すのを盗み聞きしてしまう主人公の少年。しかも母
親が話すのは、代々軍人の家系で人を殺すために育てられたかのような死
んだ夫との間に愛はなかったなんて、少年の大好きだった父親を裏切る悪
口だった。そんなねじれたヤングアダルト小説ぎりぎりの設定を通じて、
じわーっと伝わってくる厭戦の気分。この死んだ父親はイエメンでの覇権
を失うまいとする、60年代の言わばイギリス版ベトナム戦争で戦死したよ
うで、イギリスって合州国のでかさに隠れて目立たないけれど、小規模の
戦争はけっこう大戦後もやってるんですよね。ブレアも完全にその延長上
にいます。とにかくこの本も図書館などで見つけたら読んでみてほしいで
す。
−−一昨年亡くなった合州国のヤングアダルト小説の鬼才ロバート・コー
ミアさん(『チョコレート・ウォー』扶桑社ミステリー文庫、ほか。どこ
の会社かは知りませんが、私が翻訳編集出版したいと思ったコーミアさん
の未訳作品の版権を取得している会社は早く出しなさい!)も、少年たち
や彼らを取り囲む大人たちのねじれた感情を描写する名手でしたが、こう
いう社会派的な面よりやはりメンタルな面で書き抜いていく傾向が強かっ
たですね。
−−だからかもしれませんが、ウェストールさんは数々の賞を受けるなど
評価は高いんですが、英米のネット書店とかで見ると思ったほどは読まれ
てはいない感じがします。とくに合州国では。で、長い前置きでしたが、
物語を紹介しましょう。
−−まず、語り手の「ぼく」は弟が生まれる前にさびしさから「フィギス」
という、空想上の友達を考え出していっしょに遊んでいた。弟のアンド
リューが生まれてからは、「ぼく」はアンドリューを「フィギス」と呼ん
で遊ぶようになった。それも原因になったのか、「フィギス」は憑依とで
もいうべき不思議な力を持っていた。
−−新聞に写真だけ載っていたナイジェリアのまじない師の名前を言い当
てて、住所を調べて手紙を書くと、アンディと署名して手紙を書いたのに、
フィギス宛で返事がくるとか、エチオピアの飢えた母子の写真を見ただけ
で、その子の名前がわかったり、その子の苦しさを体で感じることができ
たり。
−−そして、ある8月の朝、フィギスは家の裏で車の上に立って、どこの
言葉か分からない言葉で叫びながら木の枝を振り回し始めた。それはイラ
クのクウェート侵攻の始まった日だった。
−−最初のうちは夢の中であるいは入眠のような形でだけ間欠的に「むこ
う側」へ行っていたフィギスから「ぼく」は、「夢」の醒め際に、フィギ
スが乗り移っているのが「ラティーフ」というイラクの少年兵だというこ
とを聞き出す。でも、フィギスの不思議な力への嫉妬や遊び心から両親に
内緒にしているうちに、フィギスはどんどん「ラティーフ」の世界にのめ
り込んでいき、精神病院に入れられてしまう。そしてとうとう湾岸戦争が
始まった……。
−−ここから先は読んでもらうしかないとして、要約してしまうと薄っペ
らなSFっぽい作品ととられかねない設定を細部のしっかりした描写が支え
ている作品です。
−−やさしくてたくましいんだけど単純な父親とリベラルな母親が戦争の
ことでけんかしたり(「あなたはイラク兵にも母親がいるってことは考え
ないの? あの人たちはロボットみたいに鉄かなんかでできてるけ?」)、
それでも家族の情愛は大切にしていたりとか。精神科の医師がアラブ系で、
「ぼく」の学校の生徒から「アラブのホモ野郎」と面前で馬鹿にされると
か。「ラティーフ」との出会いを通して、「ぼく」にとって多国籍軍のス
ポークスマンよりサダム・フセインのほうが普通の人間に見えてくるとか。
−−もちろんイラク軍のほうも、戦火のなかで脱走兵を銃殺したりしてい
たといったポイントもおさえていますね。イギリスももちろん参戦してい
たわけで(紛争はまだ解決していませんが)、その記憶が生々しいなか、
これだけ心の問題として湾岸戦争と向き合った作品が書かれて発表された
ということに頭が下がりますね。
−−今度の合州国での同時多発テロとその後のアフガニスタンへの一方的
と言える攻撃からは、新たな作品が生まれてくるんでしょうか?
−−わかりません。インドの作家アルンダティ・ロイさんあたりが書き抜
いてくるんではないかという予感はありますが。日本では論説の世界では
動きはありますけれど、作品にまで持っていける力と気持ちがあるかどう
か。もう事態に対して過去のことと見る風潮も感じられますし、復興支援
と言ったって、その前に何をしたのか、ほとんど問われていないでしょう?
−−そういうあなたも詩人なんだから、他人事じゃないですよね……。
『弟の戦争』1,200円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4198603995&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈わたなべ・ひろし〉詩人・編集者。
家人の小林泰子が詩集を作っているので(『ウォーターカラーズ』ミッド
ナイト・プレス近刊)、刺激されて自分も久しぶりに詩集をまとめようと
しているところ。
http://www.catnet.ne.jp/f451/welcome.html
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■全著快読 山田稔を読む 柳瀬徹
(12)著者と読者が共有する「シネマのある風景」
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『シネマのある風景』みすず書房、1992年
白いシーツや肌着の類が強い風にはためいている。男が笑いながらシー
ツにすっぽりくるまれた女を抱きしめている。男はマルチェロ・マストロ
ヤンニ、女の顔は窺えないが、この映画をみたことがあるものならそれが
ソフィア・ローレンであることはすぐにわかるし、ヒトラーのローマ訪問
に熱狂した群衆の「ジョヴィネッツァ(イタリアのファシストの歌)」の
大合唱もまもなく耳に蘇ることだろう。エットーレ・スコラ監督作品「特
別な一日」のワンシーンが配された表紙がまず心に強く響いてくる。それ
にしてもただの団地の屋上だというのに、ふたりの足下に敷き詰められた
タイルのなんと美しいことか。
「自分だけのささやかな楽しみ」に残すために、映画について書くことを
自らに禁じてきた山田稔が「身辺雑記のなかにちょっと映画の話がでてく
る程度? のものなら、ということで朝日新聞大阪版の夕刊紙上での連載を
引き受けてしまったことが、本書のそもそもの発端だという。だからこの
本はいわゆる映画評論集ではない。かといって、著者自身が「『風景』の」
方がいっこうに開けない」で苦労したと「あとがき」で書いているとおり、
あまり身辺雑記ふうのものにもなっていない。映画史的な価値評価などに
は目もくれず、一本の映画のなかの個人的な関心事について語り出すとき
に、映画館の暗闇でひとりスクリーンを見つめる著者の背中が読者の前に
あらわれてくる、そこにこの本の妙味がある。いつの間にか読者もまた暗
闇のなかに引き込まれ、自分自身の「シネマのある風景」と再会すること」
になる。
カルチエ・ラタンの映画館の暗闇に突如響き渡った「ジョヴィネッツァ」
が記憶の風景=物語を喚起し、徐々に軌道を踏みはずしながら笠置シヅ子
の歌声に収斂していく。これは以前にこの欄で取り上げた『特別な一日』
の表題作である。欲をいえばもっとこのようなものを読みたいと思う。山
田稔の筆触が読者の「風景」に色を少しずつ加えていき、ついには地の色
との判別がつかなくなる。本書を閉じたあとに湧いてくる欲望は、おそら
くそんな幸福な誤謬を求めている。
『シネマのある風景』2,200円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4622042401&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈やなせ・とおる〉青山ブックセンター本店勤務。聖域なき構造改革など
よりも、花粉症休暇の制度化を進めて欲しいと願うこのごろ。街頭のティ
ッシュ配りがほとんど天使に見えてくる。
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■出版史のヨコ道 南陀楼綾繁
(7)ときどき掲載 『黄色い本』と白水社(その1)
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高野文子『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』講談社、2002年
いうまでもなく、1980年春に『漫金超』(チャンネルゼロ)というマイ
ナー雑誌で「田辺のつる」という衝撃的な作品を発表して以来、高野文子
は(休筆しているときでさえ)ぼくたちにとってもっとも重要なマンガ家
であり続けている。「ぼくたち」というのはつまり、1980年代にひねくれ
たマンガ読みとなった連中ということであるが。
その高野文子が久しぶりに単行本を出した。『棒がいっぽん』(マガジ
ンハウス)以来、なんと7年ぶりである。もっとも収録された4作はすべ
て雑誌掲載時に読んでいる。ふだんは買わない雑誌ばかりだが、高野の新
作が読みたいがために買い、作品を切り抜いて取っておいた(ウェブでみ
るかぎり、まったく同じコトをやっていた高野ファンがけっこういるよう
だ)。そしてこの『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』を手に
してからも、何度となく読み返している。とくに、表題作の『黄色い本』
を。
卒業後、メリヤス工場への就職が決まっている「田家実地子」という高
校3年生が、図書館で借りたロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー
家の人々』を読みはじめる。季節はおそらく梅雨。彼女は夏から秋、冬、
そして春にかけて、全5巻のこの本を読みつづける。「黄色い本」という
のは、彼女が手にしている山内義雄訳・白水社版の装幀が黄色いからなの
だ。
実地子は、学校の教室で、家で手伝いをしながら、夜の寝床で、『チボ
ー家』を読む。おそらく1960年代のどこかの地方都市で、彼女の周りの人
々はもちろん『チボー家』に関係なく、自分の暮らしを生きている。しか
し、職人らしき父が云う、「おめが将来どこに勤めることになるだか、俺
(おら)はわからねども、おめでねば編めねようなセーターを編む人にな
ればいいがなぁと、俺は思うんだ」という言葉が、『チボー家』における
資本主義の抑圧に対抗する若者たちの議論に共鳴するように、実地子は現
実を物語に反映していく。これはけっして現実逃避ではない。むしろ彼女
は物語を現実に引き込んでいる。
思い起こせば、ぼくもかつて、そうやって自分のちっぽけな全存在を賭
けて、一冊の本と向き合ったことがあった。「いつもいっしょでした。た
いがいは夜。読んでないときでさえ。だけどまもなくお別れしなくてはな
りません」。そう、読んでないときでさえ。
高野文子は、この物語を描くにあたり、先に書いたように、山内義雄訳・
白水社版・全5巻の、しかも、「1956年9月5日初版発行、1966年5月10日
38版発行」という本としての『チボー家』を指定した。なぜ、他のテキス
トではなく、このバージョンでなければならなかったのか。それは、実地
子がひとつの抽象的な記号としての小説ではなく、具体的な物体としての
「黄色い本」を読んだからだ。並装だから折り曲げながら読めるとか、し
おりひもが付いているとか、目次が簡単なあらすじ紹介になっているので
見えないようにクリップで留めておくとか、活字の組み方とか(高野はい
ちいち原本に近いカタチで版面を再現している)、マンガでそこまで……
と思える描写をやったのは、すべて「黄色い本」であることの重要性を、
読者にというよりは、作者自身に納得させるためなのだと思う。
ハナシを進ませるための題材として小説や映画を作中で取り上げたマン
ガは、数多くあるはずだが、特定の版が指定されていて、しかもその本が
作中の物語にここまでぴったり重なっているマンガは、これまでに存在し
なかったのではないか。
いささか興奮しながら、単行本で『黄色い本』を読み終えた翌日、池袋
サンシャインで開かれていた古書市の会場で、ぼくは、山内義雄訳・白水
社版・全5巻の『チボー家』を見つけた。「1956年5月5日初版発行、1967
年6月15日47版発行」というのがちょっとちがうだけで、思った通り、簡素
で美しい「黄色い本」だった(初版の日時が「9月5日」「5月5日」と食
い違う点は、いずれ解き明かされるかもしれない)。函入り、美本でわず
か1500円。ぼくは、その本を買った。
その日から、少しずつ『チボー家の人々』を読んでいる。幼いながら自
分のすべてを本にぶつけた、あのころのような読み方はもうできないにし
ても、『黄色い本』の助けを借りながら、この長大な物語を最後まで読み
終えたいと思っている。 (たぶん続く)
【予告】
『チボー家の人々』を手にして、白水社の翻訳出版物の美しさに魅せられ
たぼくは、同社の歴史に触れた何冊かの本に手を伸ばす。同時に、戦前以
降の白水社の本を、どうにかして見たいものだと祈願し、その方法を模索
する。
『黄色い本』800円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4063344886&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
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■書評サイト探検隊 グッドスピード
(11)旅の持参本まで記入! すべての読書を記録する男
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「信兵衛の読書手帖」
http://www.asahi-net.or.jp/~wf3r-sg/
信兵衛というのは本名なのか仮名なのかは定かではないが、由来は山本
周五郎の『人情裏長屋』の登場人物、松村信兵衛から。TVドラマでは高
橋英樹が演じていた役柄である。運営者のプロフィールによると、1955年
生まれのひつじどしのサラリーマン(現在埼玉県蕨市在住)による個人サ
イトである。
新刊本と既刊本とに分けられた「読書記録」のページでは、読んだ本の
書誌情報はもとより、無印から★3つまでの4段階評価(★2つ以上がお
薦め作品)とともに、著者略歴、あらすじと読書感想文が紹介されている。
取り上げられている本のジャンルは、吉村昭とか佐伯一麦とか川上弘美と
いったいわゆる純文学から、重松清、宮城谷昌光、山本一力、唯川恵など
の大衆文学まで幅広く、海外ものもちらほら。また小説だけでなくエッセ
イ集や評論なども取り上げている。
ちなみに最近読んだなかでの3つ★作品は、塩野七生『すべての道はロ
ーマに通ず』(新潮社)、山本一力『あかね空』(文藝春秋)、中山可穂
『白い薔薇の淵まで』(集英社)、S・モーム『夫が多すぎて』(岩波文
庫)など。もちろん「信兵衛」の好みが反映されているのだろうが、マニ
アックではない納得のできる評価ではないか。その点、好感がもてる。
「読書記録」のほかで目を引いたのは「日記・予定本」のページ。日記は
ともかく、「読書予定本リスト」として図書館から借出中、購入済未読本、
図書館へリクエスト中の書目が紹介されている。何を読んでいいか迷う人
が多いなかで、「信兵衛」はすごい奴。もっとすごいページを発見した。
プロフィールのなかにある「信兵衛のひとり旅・記録」のページだ。1977
年から85年まで、旅のルートとスケジュールがこと細かに記録されている。
だから何なんだ、と言ってしまえばそれまでだが、さすがは信兵衛、その
記録には「持参本」も記されている。
嗚呼、旅に出てえー。
(1997年7月公開。現在までのアクセス数は145019)
〈ぐっど・すぴーど〉1968年生まれ。書評サイト探検隊隊長(自称)。電
車内で新聞しか持っていないスーツ族がうやらましく思える情けなさ。重
い単行本を読まなくちゃ。
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■あとがき
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ここのところ、立て続けに何人かにインタビューをさせてもらった。い
ずれも昔から愛読してきた書き手なのだが、インタビューの前には、あら
たに古書店やオンライン書店で著作を手に入れ、国会図書館で雑誌に載っ
た記事をコピーして、それを読み込まなければならない。そのヒトの仕事
ぶりを少しでも深く理解しておかないと、じっさいご本人にお会いしても
手も足も出ないという結果になりがちだ。気楽な読書とはまたちがう緊張
感のある読書は、疲れるけれどけっしてキライじゃない。ただひとつ困る
のは、ひとつインタビューを終えると、部屋の中に、AさんならAさん、
BさんならBさんの資料(単行本、雑誌、コピーなど)の山ができてしま
うこと。コレさえなければなァ。 (南)
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■ 発行部数 2171部
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