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2002.4.10.発行 vol.67 [深く反省 号]
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■■ [書評]のメルマガ 2002.4.10発行
■■ vol.67
■■ mailmagazine of book reviews [深く反省 号]
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[CONTENTS]---------------------------------------------------------
★「読書日記2002」
→読者投稿企画。今回は貴島公さんの音楽と読書のある生活風景です。
★「今月ハマったアート本(6)」平林享子
→「不倫のなかに、結婚と同じ無味乾燥さを見いだす」byボヴァリー夫人。
★「もっと知りたい異文化の本(7)」内澤旬子
→英文旅行ガイドブック『lonely planet』の読んで、その底力を知った。
★「林哲夫が選ぶこの一冊(5)」
→「ぼくは日記ばかりつけていた」と告白する詩人による日記読解の書。
★「全著快読 山田稔を読む(13)」柳瀬徹
→物語の語り手だけではなく、登場するすべての事物が孤独を抱えている。
★「出版史のヨコ道」南陀楼綾繁
→今回、全体の文字数オーバーと時間切れにより、休載いたします。
★「書評サイト探検隊(12)」グッドスピード
→連載1年、よくやった!?このテーマでは最終回です。
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■読書日記2002 貴島 公
聴いては読み、読んでは聴く、ごまめとおたまじゃくしを反芻する日々
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【3月14日】
高峰秀子と灰田勝彦が出演する1940年の映画『秀子の応援團長』をテレビで見て
から、劇中で歌われる軽快なジャズ小唄調の応援歌をつい口ずさんでしまう。口ず
さむついでに、「レコード・コレクターズ」誌5号・6号掲載のみなみ一郎「爽や
かな微風 灰田勝彦の軌跡」を読む。
最近の同誌には、ここに見られるような、レコードを好きで集めたひとだけが持
てる「文字では音を聞かせることはできないけれど、せめて、こんな盤があったと
いうことだけでも伝えておきたい」という丁寧さを感じる記事が少ない。岡田則夫
「続・蒐集奇談」が終了したら、購読を考え直したい。と言うか、なんで、この連
載、単行本にならないのだろう。
【3月20日】
小林信彦+大瀧詠一責任編集『小林旭読本 歌う大スターの伝説』(キネマ旬報
社)を買う。巻末の出演映画一覧やレコード一覧を眺めているだけで、見たり聞い
たりしたあれこれが思い浮かび、楽しくなってくる。先に大瀧詠一監修で発売され
た小林旭の60年代の録音を中心としたアンソロジーCDと連動した企画のようです。
CDの発売にあたって、大瀧氏のたまはく「アキラにゃ解説はいらねぇ」。その言
葉通り、CDに解説めいたものはない。その代わり、ここに大瀧氏の小林旭論が収
録されている。独立した読み物として読めるものにするという気合いも感じられて、
潔い。否応なしに読まされるわりに、ちゃんと編集された感じがしないCDの解説
が多いので、今回の試みは面白いと思います。
(CDの解説に文句を言うと、自分にはね返ってくるんですけど。今月末発売のサ
ボテン10年ぶりの新譜『つづく夢』(いぬん堂)の解説を書きました。解説にして
は、画期的に短いです。サティも即興音楽もロックも、同じ視線で演奏するバンド
です。解説はできねぇ、のでした。)
【3月22日】
昭和初期の歌手バートン・クレーンについて、手持ちの古い雑誌を読み直す。鈴
木翁二の連載めあてで古本屋で探したり、知人に譲ってもらったりした70年代の雑
誌「JAZZ」。故間章氏や竹田賢一氏の連載がある一方で、「のすたるじあ生」
という筆名による日本の黎明期ジャズを追った連載「音楽(ジャズ)への愛着」が
あり、面白い。単行本になっているのかいないのか、のすたるじあ生って誰なのだ
ろう。生き証人を丹念に取材した記事が埋もれてしまうのは、残念。
日本駐在の新聞記者だったバートン・クレーンの歌は、聞いたことがない。「ふ
ちがみとふなと」という京都のデュオがレパートリーにしているので興味を持った
けど、手軽に聞けるCDがない。「威張って歩け」なんて、いまの閉塞した気分を
晴らすのにうってつけです。ぜんぶで30曲ほどだし、CD一枚に収まるはず。復刻
盤が出ないかなぁ。なお、ふちがみとふなとの渕上純子さんが「彷書月刊」5月号
(4月25日発売)に、バートン・クレーンについてのエッセイを寄稿されています。
ご一読ください。
【3月23日】
某外資系大手レコード店で、無料の販促誌をとってくる。オールカラーで、ペー
ジ数もあり、分厚い。のだけど、たいてい、帰りの電車の中で、ざっと目を通して、
必要な部分だけやぶりとり、到着した駅のホームで、ゴミ箱行きとなる。分厚いの
で、できるだけ、部屋に持ち込みたくないからです。1ページも必要なページがな
かったときは、もったいないので、戻したほうがいいのではないかと思うけど、面
倒くさがって、実行したことがない。
おびただしい量の文章が小さな文字で掲載されているけど、音楽を聞いたり、レ
コードを探すために必要な情報は、むしろ少ない。なににそんなに文字を費やして
いるのだろう。
かと思えば、わずか数ページのミニコミに載った数行の紹介記事に、ココロを動
かされることもある。関西在住の倉本高弘氏の発行する「月刊かえる」もそのひと
つ。趣味嗜好もあるけど、それだけではないような。
【4月2日】
徳島県板野郡北島町の北島町立図書館・創世ホールで、音楽や書物をめぐるユニ
ークなイベントを企画されている小西昌幸さんから「創世ホール通信」を送ってい
ただく。創世ホール通信に掲載されている小西氏執筆の文化ジャーナル
( http://www.infoeddy.ne.jp/kitajima/hole/ )に載ったダンスリー・ルネサン
ス合奏団のコンサートレポートについて、ネット掲示板で感想をもらしたところ、
声をかけていただいた。小西さんは、個人でも「ハードスタッフ」という雑誌を編
集・出版されているけど、イベントのチラシにも、個人誌と同じ、「記録として残
しておくことは、確実な意義がある」という姿勢が貫かれていて、目を見張る。チ
ラシには、参考書籍の紹介があり、イベントに来てもらうだけでなく、興味をさら
につなぐ工夫がなされている。いや、工夫というよりも、そうした情報はあって然
るべきというたたずまいがある。
87号にはダンスリー・ルネサンス合奏団の岡本一郎氏のインタビューを掲載。
1977年に録音されながら市場にあまり出まわることなく消えた2枚組のデビューア
ルバム『絆』についての貴重な証言です。5枚分の録音が行われたらしい。もった
いない。CDだったら三枚組で収まるはず。復刻盤が出ないかなぁ、って、これば
っかし。
〈きじま・こう〉1963年生まれ。マニュアルライター。音楽趣味個人ページ「モノ
ノフォン」( http://homepage1.nifty.com/hebon/fhp/ )発行。不景気で、限られ
たパイをレコードと本が奪い合い、結果、レコードがやや優勢です。積ん読ことす
ら、できてません。
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■今月ハマったアート本 平林享子
(6)「不倫」について悩んでいた私にすごいアドバイスをくれた本
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サビーヌ・メルシオール=ボネ/オード・ド・トックヴィル
橋口久子訳『不倫の歴史 愛の幻想と現実のゆくえ』原書房、2001年
まず、3月に開催した「クローバー・ブックス展」では、大勢の方にお越しいた
だきまして、どうもありがとうございました。参加してくださったアーティストや
出版社のみなさんはもちろん、本当にいろいろな方が陰に日なたに助けてくださり、
ものすごく感動しました。最終日には、吉田照美さんのラジオ番組から羊羹マンが
やってくるといったハプニングもありましたが、なんとか無事に楽しく終えること
ができました。本当にありがとうございました。
さて、その直後から3週間、〈『源氏物語』をめぐる美術の本〉の原稿書きに没
頭しておりました。『源氏物語』は周知のように、いってしまえば「不倫小説」で
す(それだけじゃありませんが)。とくに国宝『源氏物語絵巻』は、残っている場
面が「柏木」以降なので、どうしても不倫の話が中心になってきます。原稿を書い
ているうちにだんだん「ヒトはなぜ不倫するのか?」という、原稿とは何の関係の
ない問題に興味が移ってしまいました。そんなときに、棚に積んだままにしてあっ
た『不倫の歴史』を手に取ったのです。
見開きごとに必ず図版が1〜2点掲載され、カラー図版も10数点。「ヴィジュア
ルも豊富」というより、「テキストの多い画集」のようでもあります。
内容は、古代ギリシャ時代から現代までの不倫の歴史、とくにフランスを中心に
した西洋における不倫観の変遷について語っています。とはいっても、結婚あって
の不倫なので、結婚制度の話が多くなります。まあその歴史といったら、有史以来、
女性は男性の所有物であり、ちゃんと人間扱いされるようになったのは、ここ100年
か200年のこと。姦通で裁かれるのは女性だけ。古今東西をとわず、男性が浮気する
のは当たり前。ありふれた凡庸なことなので、文学のテーマにはなりません。女性
が不倫するからこそタブーを犯すのであって、19世紀になると『緋文字』『ボヴァ
リー夫人』『アンナ・カレーニナ』といった不倫する妻がヒロインの小説が生まれ
る。そしてボヴァリー夫人は、「不倫のなかに、結婚と同じ無味乾燥さを見いだす」
のでした。
著者は序文で、この本の要点を簡潔にまとめて次のように記しています。
「嫉妬深い夫、言い寄られる妻、積極的な女たらしという永遠の三角関係がなかっ
たら、文学に何が残るというのだろう。(中略)それはシチュエーションとストー
リーの無限の宝庫だ」
この本にはもちろん『源氏物語』についての記述はまったくありませんが、上記
の指摘は、三世代にわたっていろいろなヴァリエーションで不倫のモチーフが何度
も繰り返される『源氏物語』の特徴をも言い得ています。しかし、今から1000年も
前に女性の作者によってこんな小説が書かれたということがすごい、と、『不倫の
歴史』を読んで改めて感じました。11世紀に東洋の端っこの小さな島国で、一人の
未亡人のキャリア・ウーマンが、「結局、誰が何をどうしようと、人生はむなしく
て、悲しい」ということをしみじみと語った小説を書いたというのは、やっぱり驚
くべきことです。
ところが、この『不倫の歴史』の最終章「2000年の夜明け 新しい愛の秩序」に
は、すごいアドバイスが載っていました。
「結局、くよくよ悩まずに暮らすことが、結婚を長続きさせる大原則のようだ」
ひ、ひぇ〜。すべてを無化するようなすごいまとめですが、まあ、それができれ
ば、確かに話は簡単ですね。
掲載されている図版についてですが、ずばり不倫をテーマにした絵画がそんなに
たくさんあるわけもなく(「キリストと姦婦」も不倫がテーマというわけではない
ですものね)、男女の愛情、あるいは男女の距離感を描いたようなものが選ばれて
います。表紙は、エドワード・ホッパーの「ニューヨークの部屋」。ほかにもフェ
ルメール「手紙を書く婦人と召使い」、フラゴナール「閂」など、有名な絵が載っ
ています。今までずっと夫婦や恋人を描いたものだと思っていた絵を、こうして
「不倫」というテーマのもとに並べられると、なるほど「そうかもしれない」と思
うし、そのほうがスリリングではあります。
『不倫の歴史』3,200円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4562034408&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈ひらばやし・きょうこ〉編集者・ライター、オンライン書店「クローバー・ブッ
クス」( http://www.ifnet.or.jp/~kyoko.hi/ )営業中。編集を担当した滝本誠
氏の評論集『きれいな猟奇 映画のアウトサイド』(平凡社)についてのすごくツ
ボをおさえた書評が、ゲイ・カルチャーのサイトに載っていて感激しました。それ
から、新入荷本のアップを近日中に行います! 納品してくださった皆さま、遅く
なってすいません!
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■もっと知りたい異文化の本 内澤旬子
(6)ガイドブック編 知的好奇心をもち、ゆっくり自由に旅するための情報源
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ロンプラこと『lonely planet』をはじめて手に取ったのは、93年、カイロのア
メリカ大学の本屋ででした。英語読解力が無いんで、それまでもっぱら旅ガイドは
『地球の歩き方』頼みだったワタクシ。
辞書を片手に読んでみて衝撃を受けました。「旅のガイドブックはこうであった
らいいのに」と思うまんまの内容だったのです。まず、絵や写真が少ない。レイア
ウトも文字量がはかどるようにシンプル。そしてなにより押さえている情報がすご
い。お決まりの「宿、レストラン、博物館、遺跡、交通機関」にとどまらず、国の
成り立ちや政治状況、民族感情、マスメディアの状況、祭り、かかりうる病気とそ
の対策、語学学校、レンタカー、自転車での旅、ヒッチハイク、などなど、ゆっく
り自由に旅するための情報が満載なのだ。もちろん宿や交通機関の情報も豊富。そ
して歴史や民族、経済状況に関しては、読者にその地を旅する意味までも考え込ま
せるクオリティで迫る。これだよこれ、これが欲しかったんだよあたしゃ。ってな
感じでした。おかげで日本では情報皆無だったイエメンをぷらぷら一周し、英語読
解も多少早くなりました。すぐに元に戻ったけど。今でもこの時買ったlonely
planet Yemen を手放せません。
当時ネットの存在もなかった頃の『地球の歩き方』の現地情報は、旅行者の投稿
情報を投稿年とともにそのまま掲載するという方法をとっていました。これが玉石
混淆で、投稿者それぞれのケチ度、教養程度などがほの見えて、たいそううざかっ
たのであります。「地球の歩き方」はその後ツーリスト向けのグラビアガイドブッ
クに変身し、さらに役立たずになってしまいましたが。
気のせいでしょうか。lonely planetを読んでいると、短くて簡単な文章の端々に
知的好奇心が感じられるのです。そう、日本のガイドブックと大きく違うのは、1
人の著者が一冊まるまる書いていることから、その人の考え方が情報の後ろから透
けて見えてくること(国によっては著者が複数になることもあり)。イエメンの著者
はPertti Hammalainen氏。トルコで生まれ、数学者にしてアメリカイエメン学会の
メンバー。西欧の方法論を理解しながら、中東出身でしかもインテリ。理想的な書
き手です。
どうしてlonely planetのようなガイドブックを日本は作れないのか。個人旅行を
楽しむ日本人は激増しましたが、結局十日の旅程が精一杯。観光ビザぎりぎりまで
ひとつの国をゆっくり見ようなどと言う人はごく少数。バブルの頃にマガジンハウ
スがlonely planetの翻訳版(バリ島)を出版したところ、全然売れなかったとか。
もちろん欧米諸国でも長期個人旅行を好む人は決して多くはないはず。けれども英
語読解圏全ての国の旅行者を合わせたら、採算点を越す読者をたやすく獲得できて
しまうんじゃないでしょうか。英語でモノ書く人がうらやましい。
では仮にドイツ並の有給休暇がとれるようになったら、日本でもlonely planetの
ようなガイドブックを作るのか。うーん。それも無いような気がします。各国の安
宿には情報ノートなるものがありますが、とにかく日本語の書き込みが多いのです。
ここのめしが美味かったとか、ビザの10日延長に成功したとか…。かつての『地球
の歩き方』状態。あれは予算がないからとっていた形だと思ってたんですが…。日
本人は不確定で私的な情報の方が好きみたいです。その国の政治経済状況も興味な
いみたいだし。
最新版のlonely planetには、携帯電話の借り方、使える機種、ネットカフェ、自
分のPCのつなぎ方、現地語と英語のパソコン用語対照表、障害者やゲイが旅するに
はという項目などが追加されていました。ホント的確です。日本のガイドブックも
携帯のレンタル会社一覧くらいは載っけてください。お願いします。
次回抱腹絶倒 lonely planet Japanを紹介します。
lonely planetのサイト
http://www.lonelyplanet.com/
〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。碧鱗堂製本主人。共著に『アジア
路地裏紀行』(下川裕治編、徳間文庫)、『東方見便録』(斉藤政喜文、文春文庫)
など。松田哲夫著・内澤旬子画の『印刷に恋して』(晶文社)がナンと4刷めに突
入。はじめての体験です。
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■林哲夫が選ぶこの一冊
(5)日記について考えるさまざまなヒントが詰まっている
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荒川洋治『日記をつける』岩波アクティヴ新書、2002年
荒川さんは読み上手である。もちろんすばらしい書き手であることは言うまでも
ない。『荒川洋治全詩集 1971-2000』(思潮社、2001)を開けば明らかである。ど
こをとっても面白いし、色っぽい、ためいきが出るくらい。しかも、ちょっと苛つ
いている、そこがまたいい。なかに「林家」という作品があって、そのタイトルか
らして引用しなければならないような衝動に駆られるのだが、長すぎるので遠慮し
ておく。興味のある方は直接当たっていただきたい。
『日記をつける』……武者小路実篤ばりにストレートなこのタイトルに惑わされて
はならない。その読み上手がいかんなく発揮されている。特上の感性ですくいとら
れた日記の数々がなんとも楽しく、いとも深いのである。引用もまた絶妙。例えば
詩人の大手拓次。大正13年。
四月十八日
m、
nさんの事を思ふ。
悲しく悲しくnさんの事を思ふ。
卵一、下宿より十円借りる。
ライオン歯磨本舗広告部に勤めていたとき同僚のnさんを好きになってしまい、
毎日毎日「nさんの事を思ふ」ばかり。それだけならどうということのない記述だ
が、この最後の一行のように、必ず「しるこ屋アヅキ一つ、炭一つ、」「さしみ一
つ、」「カモ二、敷島一、」などの買い物を書き加えており、それがものすごく効
いている。いくら思いつめても十円は借りなければならないのだ。まさに一編の詩
と言えよう。
日記の醍醐味のひとつはやはりこういう私的な秘め事を知るところにある。その
意味で、同じ恋愛感情でも蘆花日記にはドッキリさせられた。「夫人との性交のよ
うすばかりではなく、一家があずかった姉妹のひとり、琴との交渉も赤裸々につづ
られる」のだそうだが、ちょっと危うい、いや、そうとう危うい。
入浴後、琴を抱く。而して接吻。細君を抱いたり接吻したりする様の気持ち。
さらに荒川さんは山田美妙日記のなかから「宝」を探しだして数え上げたりもし
ている。「明治二四年九月から、一二月までの四カ月の愛の日を、日記の記述から
数えてみると、九月は二二回、一〇月は二〇回、一一月は一六回、一二月は一五回
あるから、二人の関係は熱いことが分かる」。「宝」とは愛人石井とめとの性交を
示すものなのだそうだ。これを読んですぐに思い浮かべたのが小林一茶の『七番日
記』である。一茶は52才で妻きくをめとった。きく28才。そして2年後、文化13年8
月、一茶54才のときの記録。引用は岡田甫『奇書』(有光書房、1964)より。
八晴 菊女皈 夜五交合
十二晴 夜 三交
十五晴 夫婦月見 三交
これはごく一部で、この後もえんえんと続く。「菊女皈」は菊さんの月水(ブル
ーデイ)が終わったという意味。絶倫ぶりには驚くばかりだが、同年4月に長男を
亡くしていた一茶は一日も早く次の子供が欲しかったようである。
愛の日記といえば、晩年の田辺元と軽井沢で親しく過ごしたときの野上弥生子の
日記も別の意味ですごい。同い年(当時67才)の哲学者とともに、ルー・ザロメや
アミエルの日記を俎上に載せ、恋愛について語り合いながら、女性作家はクールに
こう書きとめている。引用は竹田篤司『物語「京都学派」』(中公叢書、2001)よ
り。昭和27年。
しかし異性に対する牽引力がいくつになつても、生理的な激情にまで及び得るこ
とを知つたのはめづらしい経験である。これは私がまだ十分女性であるしるしであ
る。それだけ若さの証明でもあらう。あの人にはなんらかの影響をも与へないであ
らうか。それを知り度い興味がなくはない(九月二五日)
日記本ガイド『日記日和』(物数寄工房、1998)で南陀楼綾繁さんと対談してい
る塩山芳明さんがいいこと言ってる。「いろんなヒトの日記や自伝読んでると、女
性関係のコトいっさい書いてないのあるでしょ。古川ロッパ日記なんて女のコトが
ゼンゼン出てこない。彼はホモだったんじゃないかって(笑)。欲望ギトギトの面
がでていないと、ナンかウラがあるんじゃって思っちゃう」だそうだ。たしかにそ
の通り、日記はやっぱり、女と男、金、悪口が醍醐味である。啄木のローマ字日記
なんていうのはその意味で「東海の〜」なんかより幾層倍も素晴らしい傑作だろう。
坪内祐三『三茶日記』(本の雑誌社、2001)でも「文ちゃん」がいいところで登場
してくるのがミョーに気になるのだ。
「日記をつけなさい!」、こう命じられた子供の反論は決まっている。「何も書く
ことがないヨ」である。子供だけでなく大人だって、何を書いていいのか分からな
いという人は案外多いのではないだろうか(まあしかし、ネット上に公開されてい
る無数の日記ページからして、そうとばかりも言えないのでしょうが)。そんな人
たちに荒川さんはちゃんと最高の答えを用意してくれている。
日記はそういう人のために、いいものを与えてくれた。それは日付と天気、この
二つである。
まったくその通り。たとえばあの森鴎外でさえ、晩年の日記『委蛇録』はそれに
近い記述で満たされている。若き日の『独逸日記』にはこまごまとくだらないこと
を書いているが(むろんそこが面白い)、枯れてきたとでもいうのか、漢文を用い
てきわめて簡潔、とても文豪の日記とは思えない。子供でも書ける。大正7年5月。
十八日。土。晴。如前日。
十九日。日。晴。
先日、京都の文化博物館で冷泉家所蔵の『明月記』を一堂に見る機会をもった。
ご存じのように藤原定家の生涯にわたる長大な日記である。展示は巻物ごとにごく
一部を陳べてあるだけなのだけれど、50巻以上もあるから見応えはあった。といっ
ても昔の人の自筆本はほとんど読めないのだ。この日の墨は濃いな、こっちは薄い
な、とか、筆のタッチが変わってるとか、絵画のように眺めたに過ぎない。ただ、
例外的に、解説に頼らなくとも判読できたのが、毎日の書き出し(誰でもできま
す)。
十二日 天晴
××××××××××××××××××××××××××
××××××××××××××××××××××××××
××××××××××××××××××××××××××
こんな状態なのだから『明月記』も私にとっては日付と天気だけの日記となんら
変わらないのである。まあ、専門家でも読解にはそうとう骨が折れたとは思うが。
要するに、『日記をつける』には日記について考えるさまざまなヒントが詰まっ
ている。何よりも著者本人が日記人間で、「ぼくは日記ばかりつけていたのだ。忙
しい少年期だった」と告白するところから、初めての書き下ろしである本書の「進
行のようすを日記に毎日つけた」というところまで太い筋が一本通っている。荒川
日記、公刊の日が待ち遠しい。
『日記をつける』700円(本体)
http://www.gozans.com/bk/?b=4007000166&s=shohyo
(↑こちらからお買い上げ頂けます)
〈はやし・てつお〉画家。今月『古本デッサン帳』の続編『古本スケッチ帳』が青
弓社から出ます。またGWには東京で個展を開きます。本の絵もありますので、ご興
味のある方は覗いてください。4/27〜5/12 ギャラリー柳井(六本木6-17-2)
http://www.gallery-yanai.com/
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■全著快読 山田稔を読む 柳瀬徹
(13)山田稔の文学の核が生のままで収められた重要な一冊
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『生命の酒樽』筑摩書房、1982年
身辺雑記あり、回想録あり、書評あり……巻頭の目次からは本書もまた『ヴォア
・アナール』『生の傾き』などの、山田稔が自ら定義するところの「エッセイ集」
の系譜に連なるもののように思える。読むまではそう思っていた。
しかしこちらの勝手な目測は快く裏切られた。これは山田稔の創作の秘密が、文
学の核が、ほとんど生のままで収められた重要な本だ。正直に告白すれば、私は山
田稔の散文の肝となる「孤独」の、その懐の広さを読み切れていなかったと思う。
そのことをこの本から、ほかならぬ山田稔自身の筆によって教えられた。
初版の『幸福へのパスポート』の帯に埴谷雄高が寄せた一文がある。
〈山田稔の作品のなかでは、窓も部屋も樹の枝も広場の石畳も、そして、ひとびと
も、すべてが孤独のなかで他物から親愛と交感をもとめて、静かに息づいている〉
慧眼というよりほかはない。孤独は物語の語り手だけではなく、そこに登場する
人や犬、すべての事物が抱えている。だが私はもっぱら語り手の孤独と周囲との距
離にばかり目がいってしまった。言い訳をすれば、その事にまったく気づいていな
かったわけではない。しかし限られたスペースで何かを語ろうと性急になるあまり、
本の腹に巻かれた貴重な助言にさえ眼を瞑り、片眼だけで、自らの語りに都合のよ
い読みをするようになっていたのだと思う。
著者自身の言葉はぜひ本書の「身軽になるということ」や「わが街コーマルタン」
などをお読みいただきたい。もちろん他の諸篇もいつにもまして素晴らしい。
例えば「闇の中の拍手」と題された一篇。パリの映画館で「モダンタイムス」を
みていた時のこと。他には誰も観客がいないことを思いだした山田稔は、ラストシ
ーンの消えてゆくチャップリンの背中に向けて拍手をした。すると後ろからも手を
叩く音が聞こえてくるではないか。それは白髪の小柄な老婦人によるもので、彼女
の存在に気がつかなかったことと「おのれの酔狂」を恥じて出口に急ぐ彼に、彼女
は手をさしのべながら「勇気を持て」と告げたという。これ以上ないくらいの、山
田稔的なエピソードではないだろうか。
※『生命の酒樽』は現在入手不可。復刊望む。
〈やなせ・とおる〉わけあって五年勤めた書店を辞めることにしました。今後の食
い扶持のことを考えると憂鬱になるので、霞の食糧化の研究に本腰を入れてみよう
か、などと夢想してなるべく現実を見つめないよう鋭意努力中。
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■書評サイト探検隊 グッドスピード
(12/最終回)
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「書評・読書感想ページ」
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/dokusho/kansou_page.htm
南陀楼編集長の本誌で書かせてもらって早一年、お休みしたこともありましたが、
自分ではよくやった、と思っています。それにしても、星の数ほどある書評(読書
感想も含む)サイトを作られている人の前では、自分をほめることなど到底できま
せんが。
これまで、ここで取り上げてきたサイトをはじめ、いろいろな書評サイトを覗い
てきました。まさにサイト上の探検でした。その体験から言うと、だいたい、個人
のホームページには、書評なり読書感想のページなりが必ずあるようなのです。パ
ソコン上達の一手段として、あるいは表現の一手段として作られる個人サイトは、
作るのはいいが、さて実際、何をコンテンツとすればいいか悩むのでしょう。手ご
ろなのは日記です。しかし、たいてい日記は飽きます。書くのも読むのも。すると、
今度は自己表現だけではあきたらなくなり、読者と共有できる話題をサイトで発信
することになる。つまり、メディアにかかわる話題を取り上げることになります。
映画やマンガ、テレビドラマはもちろんですが、本もそんな話題として恰好なの
です。なんだか、本好きの人々がサイバースペースを席巻しているような感じです。
紙だけでは我慢できないのでしょうか? いくらがんばったってパソコンからは紙
は出てこないのに。まったく不思議です。
編集長のおゆるしが出れば、新たなテーマで書きたいと思います。
最後に、私の「種本」でもあったリンク集をご紹介しておきます。ここには「書
評サイト」のジャングルがあります。私の志を継いで探検してくれる方、あとはよ
ろしくね。掘り出し物も見つかるかもしれません。
〈ぐっど・すぴーど〉1968年生まれ。書評サイト探検隊隊長(自称)。隊長の座は
そのままに、新たに何を探検するか思案中。温泉、酒、女……。何考えてんだ!
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■あとがき
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最近、書物雑誌「sumus」の同人に入れていただいた。ところが、初めて参加する
号の〆切をいきなり大幅に破り、発行人の林哲夫さんにお叱りを受けた。自分から
二本も記事を発案したのにもかかわらず、日々の雑用に追われてしまって、そのま
まになっていたセイだ。一方、「書評のメルマガ」では、ぼくは林さんの原稿をい
ただく立場なのだが、林さんは〆切に遅れるどころか一週間以上前に送ってくれる。
そのかたわら、個展を開き、今年はすでに二冊も新刊を出している。忙しいのはお
互い様で、要は限られた時間のなかで、きちんとアタマを使っているかいないかの
違いだろう。メルマガやサイトに書くのも、「sumus」に書くのも、好きでやってる
コトだ。好きでやってるコトで他人に迷惑かけちゃイカンと、深く反省しました。
だからといって、編集費や原稿料もらっている仕事もおろそかにはできず。
今回もやたら字数が多くなってしまったので、まえがきと南陀楼の連載は休載し
ます。白水社については、まだまだ書けそうなので、次回にご期待ください。さて、
明日からソウルだ。(10日号編集・南陀楼綾繁)
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■ 発行部数 2214部
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