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2002.8.15.発行 vol.80 [嗚呼、夏休み 号]
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■■ [書評]のメルマガ 2002.8.15発行
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■ vol.80
■■ mailmagazine of book reviews [嗚呼、夏休み 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★読者投稿「日付のない読書日記2002」永見優子
→作者の力量と、大人っぷりが感じられる気持ちのいい絵本とは?
★「もっと知りたい異文化の本(9)」内澤旬子
→ゴリラの頭の薫製、牛の胎児……この夏、グロい食材を召し上がれ!?
★「中山亜弓が選ぶこの一冊(7)」
→この本の発行所は浅草の弁天山そばの手拭い屋で聞くと判るんだって?
★「全著快読 山田稔を読む(17)」柳瀬徹
→最近、書店でバイトをはじめたという噂の著者の好評連載。完結間近。
★「パルプレビュー徘徊記(2)」グッドスピード
→本サイトから雑誌・新聞に舞台を移し、書評のいまを活写します。
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■はじめに
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既にお知らせしたとおり、「書評のメルマガ」はこの号から発行形態が変わ
ります。コレまで月三回だったのを、月四回発行とし、以下のように担当を分
けました。
【毎月前半】編集担当:南陀楼綾繁 1日から15日までに2回発行
【毎月後半】編集担当:守屋淳 16日から31日までに2回発行
で、前号が2日前の夜中にでたばっかりというのに、もう次の号を発行しま
す。さっそく、前号の訂正を2つばかりさせてください。
まず、「南陀楼綾繁のホンのメド」で青梅市文化財総合調査報告『活版印刷
技術調査報告書』(青梅市教育委員会、頒価4000円)を紹介しましたが、そ
の文章に間違いがありました。「精興社」青梅工場はいまで稼働し、組版・製
版・印刷を手がけています。平成7年で営業をやめたのは「活版印刷」でした。
読者のUさんからのご指摘により、訂正いたします。コレもUさんに教えてい
ただいたのですが、「精興社」のサイトもあるんですねぇ。なかなか興味深い
内容です。
http://www.seikosha-p.co.jp/
もうひとつ、奥付がリニューアル前のママになってました。「毎月10・20・
月末発行」を「毎月4回発行」と訂正します。あと、いちいち表記してないの
ですが、このメルマガで紹介する本は、特記以外はすべて「本体価格」です。
あ、訂正3つでしたね(笑)。 (編集・南陀楼綾繁)
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■読者の方からのアリガタイ感想
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★Y.Oさんよりいただきました。
「私のsome day本」、夷蔵さんノストラダムスの話、苦笑しながら拝読し
ました。実家に積んである五島勉本のことを思い出しながら。私も21世紀を
迎えることは絶対にできないだろうと思い込み、1999年以降の人生設計を
していなかったくらい五島本にのめり込んだ経験があるだけに、「あなたちっ
ともキッチュじゃなくなりましたね」という五島さんへの言葉が痛いです。
読書日記を読んでいつも思うのですが、複数の書店を巡回される方が多いん
ですね。これがもし、お店がほとんどない町に住んでいる人が日記をつけると
したらどんな風になるか、気になります。
【南陀楼より】Y.Oさんもたしか、書店があんまりない地域にお住まいですよ
ね? 今度ぜひご自分でも書いてみてください!
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■日付のない読書日記2002 永見優子
作品(本)と私の間にはなにもない。そんな本読みが好きなんだ
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私は、子どもの本に関わる仕事を細々とこなしています。メールマガジン
「絵本。え?ほん」(http://homepage3.nifty.com/santa-post/)での絵本
紹介記事もその一つ。スタート時は「かねたいちろう」と名乗って記事を書い
ていました。ご存じのとおり宮澤賢治の『どんぐりと山猫』に出てくる少年の
名前です。
思春期といわれる生意気な少女時代から夢中になっていた作家が宮澤賢治で
した。それも、作品に感動して、というんではなく、作品のわけのわからなさ
に取り憑かれて。なので、絵本を知らずに育った私の、児童文学への入り口は
宮澤賢治だったということになるのでしょうが、どうもそのあたりの私の読書
遍歴が、子どもの本を評するにあたっての、私個人の勝手な基準をつくりあげ
ているらしいと、最近、気がついたしだいです。しかもけっこう偏屈やという
ことも……。これは最初からか……。そして、ときどき感じていた居心地の悪
さについて、これはもう居直っていいんちゃうかなぁと。
居心地の悪さをどんなときに感じるのかといえば。例えば、子どものころの
絵本の思い出話に花が咲かせない。咲かせないどころか、思い出はないと言っ
て、会話を根こそぎにしてしまう、とか。長い間読者に愛され、版を重ねてき
たという名作絵本を「面白いよねぇ。私も大好き」とは言いきれない、とか。
(もちろんそういう絵本もちゃんとあるけど)子育てにおける「絵本の読み聞
かせ」の重要性を熱く語る人を、ついつい冷めた目で見てしまう、とか。絵本
を知らなくても、とりあえず人間は育つ(しかも本好き!)という事例が、こ
こにあるから、ねぇ。などなど。
そんな私が、先日ひとまねこざるのジョージは嫌い、とカミングアウト。勢
いにまかせて『ぐりとぐら』もそんなに面白いと思わない、と爆弾発言。そう
したら「どの絵本が面白いと思います?」と聞かれてしまった。
う〜ん。面白い絵本を1冊にしぼれと言うんか。これまでに紹介した絵本が
走馬灯のように浮かびあがる。あれもこれもあれもこれも…。 しばし考えて
「最近の絵本では」と前置きして『パパのカノジョは』と答えました。
『パパのカノジョは』(ジャニス・レヴィ/作、クリス・モンロー/絵、も
ん/訳、岩崎書店)については、「絵本。え?ほん」を発行している、宅配書
店・サンタポストのミニコミ「YA!!」の“ほんとにほんとにほんがすき?”
でも紹介しています。マンガ家・もんさんが訳者というのも新鮮だったし、な
により、絵本がちゃんと子どもの側にたっているのが気持ちよく、そのカッコ
ヨサにまいってしまいました。児童文学、あるいは、ヤングアダルトと呼ばれ
る分野(翻訳本中心で)では、ずいぶん前から両親の離婚・死別にともなう親
との別れ、そして新しい母(父)との関係に揺れる子どもたちの状況や問題が、
物語のテーマや背景として描かれた作品にたくさん出会ってきましたが、絵本
として出会ったのは初めてのような気がします。なので、書店で一読したとき
には、かなりの衝撃を受けてしまいました。絵本の世界に、また新しいドアが
開いたと感じたのです。
しかも、新しいパートナーを得た父親と、そのパートナーとして子どもの前
にあらわれた女性=カノジョの姿も描かれています。分別のある大人のふりを
するわけではない、あくまでも自然体のままで、愛する人がいる一人の人間の
姿として。そしてその関係を、複雑な感情を抱きながらも、これまた自然体に
受け止めていく少女の姿が、スナップ写真を並べたアルバムのような絵本に納
められているのです。作者の力量と、大人っぷりが感じられる気持ちのいい絵
本です。
そう、その「大人っぷり」の度合が、子どもの本を子ども向けの本として成
り立たせているのではないかと、つらつらと考えたりもしているのですが。答
えはまだみつかりません。
ところで『ユリイカ 臨時増刊 総特集 絵本の世界』(青土社)を最近手
にいれました。“「絵本をつくる人」に会ってみたかった”という編集後記が全
てを語る一冊です。絵本業界、あるいは子どもの本関係者にとっては必携の一
冊となっているはずです。そういうわけで、私も常にPCの横に置き、ぱらぱ
らと、あるいは集中して読み続けているのですが……。アタマ(ココロ?)に
入らへんのです、これが……。そうこうするうちに『ユリイカ 特集・高野文
子』の新聞広告が。当然のことながら、対談やら討議やらと称して高野氏直々
の言葉の数々……。うっ。読みたい。けど、読みたくない。
ただひたすら、作品を読み重ねることでしか解く方法がなかった(解けたか
どうかは疑問やけど)賢治童話との関係が、単純な読者としての私を作ったの
かもしれません。もし、賢治にインタビューできるとしたら、誰もが聞きたい
と思っているはずの質問。「ところで、クラムボンってなんですか?」けど、
だぁれもインタビューはできひんのです。それでも、クラムボンは小さな谷川
でかぷかぷわらっているんよね。
作品(本)と私の間にはなにもない。そんな本読みが好きなんだと思います。
〈ながみ・ゆうこ〉島根県簸川郡斐川町生まれ、育ち。島根県が舞台の『白い
船』という映画を南陀楼綾繁氏に紹介したのがキッカケで、原稿を書いてしま
いました。月1回、子どもの本の専門店の店番もしています。「歯医者の待合
室に置く絵本のリスト」作りの経験あり。現在は「児童相談所の待合室に置く
絵本のリスト」作りにチャレンジ中。
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■もっと知りたい異文化の本 内澤旬子
(9)バリ編 時代はスローよりもストレンジ!?
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Jerry Hopkins“strange food”Peliplus Editions(HK) Ltd.
Photography by Michael Freeman
ISBN 962-593-154-6
US 29.95ドル(デンパサール空港では90ドルくらいだったぞ)
六月はバリ島で主に豚の屠畜を取材しました。一匹ずつ職人さんが顔から尻
尾まで、長い毛をナイフで剃り剃りしているのには感動を通り越して呆然。し
かも名物豚の丸焼きは二時間以上手でぐるぐるまわしながら焼くのです。究極
のスローフードは最高に美味でありますが、市場食堂でぶっかけメシにしてガ
ツガツと食べられちゃいます。ある意味すごい贅沢。
帰りのデンパサールの空港の本屋で、店頭に積み上げられた本に引き寄せら
れました。その名も「strange food」。世界各国の奇妙な食材が満載。料理のレ
シピや屠畜解体や調理中の写真もばっちりくっきり。もちろん説明もきっちり。
屠畜の取材をはじめる前からもともと、異国の「日本人から見てきもちわる
いもの」に人一倍心惹かれる性分ゆえ、羊の頭、犬やラクダ、鰐、カエルくら
いならむしろ好物ですし、鼠やコウモリ、ゴキブリ、セミ、ペニス、ぐらいで
は驚きません。ちなみにバリ島ではコウモリを食べます。フルーツを食って生
きてるコウモリで、肉の味もフルーティーなんだとか。余裕かまして「へえ、
今度是非食べなきゃね」と見ているうちに、コオロギキャンディー、ゴリラの
頭の薫製、牛の胎児、あたりからずずーんと頭の芯がしびれてきました。うあ
ああ、こ、これはグロい……。私にもまだ人肉以外にきもちわるい、怖いと思
える食材があったのか……。
と妙な感慨にふけっていると、フグと鯨を発見。しかも写真が妙にグロい。
例によって外国人が日本を撮ると、どういうわけかアジアっぽくなるという不
思議な法則です。「てやんでいっ、鯨やフグをコオロギキャンディーといっし
ょにする気かいっ」と、一瞬憤りを感じてしまい、ダブルショック。これでは
日頃から軽蔑している、犬鍋に文句をつけ、鯨食に目くじらをたてる欧米人と
変わらないではありませんか。私にとって踏み絵のような本だわ、とバリ島滞
在費とほぼ同額をつぎ込んで購入。
飛行機の中で、つい隣席のフレンドリーなオーストラリア人に「どうよ、こ
れ」と見せてしまいました。案の定、フグを食べるってのは信じられないんで
すって。オーストラリアじゃ釣れたらポイッて捨てるんですって。日本じゃス
テイタスシンボル的な食事なんだと言ったら、のけぞって「ちょっと読ませて」。
ご丁寧に高級コース料理が400ドルすることや、刺身は薄く切って綺麗なお
皿の上に盛ることなどなどこまかく書いてあり、彼はひたすらびっくりしてい
ました。日本に来たらぜひごちそうしてあげるわ、とは言えないところが悲し
きかな、フグ料理。ワタクシ、一回しか食べたことがないんです。
帰国翌日、おもわず神田古書展で、柴田書店刊『ふぐ調理師必携』を買って
しまいました。調理師資格を取得するのはかなりムズカシイということがわか
りました。安心して食べに来て下さいと、メールを打とうと思います。もちろ
んワリカンで。
〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。碧鱗堂本づくりワークショッ
プ主宰。共著に『印刷に恋して』(松田哲夫文、晶文社)など。月刊『部落解
放』九月号から世界の屠畜をめぐる感情や事情を連載します。はじめは韓国か
ら。ぜひ読んでください。で、海外取材を自費で敢行しています。九月下旬は
カイロに行きます。カイロネタの取材仕事があるというかたはぜひご一報を。
よろしくお願いします。CYM01760@nifty.ne.jp
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■中山亜弓が選ぶこの一冊
(6)東東京の聖地・浅草を記録した「街のアーカシックレコード」
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『写真で見る浅草芸能伝』浅草の会、1990年
東京の下町に生まれ、育って30余年。いまだ下町暮らし。夏はムームーに
つっかけ、冬はドテラでも平気で外出できるユルさや、物価の安さ、隣近所か
ら家庭菜園の野菜だの総菜を頂いたり外出の際には猫を預かってもらえる気楽
さにどっぷり浸かっている。
ところが、仕事柄近しい、ライターやデザイナー、編集者といった人々の中
には東東京在住の人が極めて少ない。いや、学生時代にさかのぼっても地方か
ら上京してきた友人はたいてい世田谷区や大田区などに住んでいたので、東東
京住民は少数民であった。
私が観察するに大阪でも南部はヤンキー気質が多分にあるようなので、そう
いう地域の人は東京に住むなら下町にすれば違和感なくとけこめそうなのに、
やっぱり世田谷などに住まうのである。なぜ? おしゃれじゃないから?
というか、私はてっきり、しゃれた洋服屋もなければ、気の利いたカフェや
雑貨屋や本屋も少なく、年寄りやボロ屋が多いせいだろうと勝手に決めつけて
いた。しかし、最近になって、比較的、近い年代の人にあらためてこの手の疑
問をぶつけてみると、ちょっと意外な答えが帰ってきた。
「下町って、よそものが入りこめそうにない気がする」
「商店街って、もともとそこに住む人たちのためにあるかんじがするから、買
い物はスーパーでする」などなど。
避けているというよりは、古くからの住民や町に新参者としても入り込む余
地がないとみているわけである。
なるほど。確かに、小林信彦が書いた自伝エッセイ『和菓子屋の息子』(新
潮文庫)を読むと、首都高がいかに両国(といっても当時の両国と今のとでは
エリアが異なり小林のいた両国は現在の隅田川対岸)の景色をダメにしてくれ
たか、小林の父に代表されるような野心のない下町の商家の旦那が時代の流れ
の中で静かに店を終息させる顛末、テレビドラマのようなわかりやすい人情も
なければ、下町言葉も消えゆく……といったことが語られ、滅びゆくものの美
が記録されると同時に、極端に言ってしまえばナポレオンが侵攻する前に自分
たちの町に火を放って逃走してしまったモスクワ市民同様に、下町から離れな
がらも下町を侵す新しい勢力に対する小林の抵抗や冷酷が静かに漲っている
のである。こういうものを読んじゃうと、下町やその住民は怖いかもしれない。
いや、私だって首都高を喜んでドライブしていたことを思い出して冷や水を浴
びせられた気分になった、怖い。
しかし、ずっと東東京に暮らしてきた私は、東京の秘境(?)あるいは敷居
の高い下町の手頃なお宝やアミューズメントをちょっと見せびらかして、こっ
ちも悪くはないぞと、ときにはアピールしたくなるのだ。というか、アピール
させてほしい。
『写真で見る浅草芸能伝』はとにかくしぶい。浅草の会が40周年を記念し
て平成2年に編纂したものだが、江戸時代の歌舞伎錦絵から1980年代にいた
るまでに浅草で活躍した役者や芸人、劇場の写真や資料に解説を加えてまとめ
たもので、巻頭カラーページも入れて堂々A4判・296Pのボリュームである。
収録された写真は博物館や地元の公共施設蔵のもの以外に、役者や芸人本人
あるいは遺族や関係者など個人蔵の掘り出しものもあり、噂には聞いていたけ
れどこれがあの……、という人々に会えるのである。
たとえば、江戸末期から明治のはじめにかけて活躍した三世沢村田之助。そ
の美貌と色気から若くして立女形となり当代一の売れっ子となりながら舞台
上のケガが原因で壊疽になり四肢を切断しながら舞台に立ち、なおも観客を魅
了し、明治十一年33才のとき発狂して、この世を去った天才なんていえば、
どんなに美しかろう、一目でいい、見てみたい、と思って当然、私も思ってい
た。その田之助の艶姿や四肢を失って後の最後の舞台の写真があり、これが探
していた田之助様なのね、と巡りあいの感動を味わった。
それにしても、田之助が立女形として江戸の舞台に立っていたのは万延元年
から明治五年の十数年。幕末のゴタゴタや明治維新で、すぐ近くの上野では官
軍と彰義隊が戦ってお山が燃えるなどたいへんな時期だったと思うのだが、そ
れでも田之助は芝居をし、それに熱狂する人たちがいたのかと思うと、違う幕
末や明治が見えてくるようだ。あるいは、江戸がいとも簡単にあけ渡されたの
がわかる気もする。(このあっさり感が、前述の小林信彦の父親にも通じる、
よくも悪くも江戸・東京の人間らしさのような気がするのだが)
時代が下ると、母親たちの話や映画でしか知ることができなかったエノケン、
ロッパが……、唐十郎が子供の頃にあこがれて、今も彼が紅テントに登場する
ときの「お待たせ〜」なんて言う千両役者ぶりに影響を与えた(?)シミキン
も出てくる。
また、寅さん以前の渥美清の舞台写真とともに、珍しいことに車寅次郎でな
い渥美清名義の彼の文章も添えられている。
そんな風に、本や映画の中、祖母や母の話で知らされてきた芸能人や芸人の
写真を眺めていると、話に聞いたことはある遠い親戚の写真が貼ってある家族
のアルバムの延長にある、町のアルバム、浅草のアーカシックレコードといっ
た感じである。宣伝や取材のための写真ばかりでなく、プライベートのものや
舞台裏でのものも含まれているために、よけいにそう感じるのかもしれない。
ところで、この『浅草芸能伝』どこにあるのかといえば、ふつうには売って
いない。浅草の会をやってらっしゃる編集・発行人のもとにあるのだ。そこは、
時をしらせる鐘で有名な弁天山(観音様のすぐ手前の門のわき。山といっても
見上げるような山はどこにもないので注意)そばの手拭い屋・ふじ屋で聞けば
よろしい。いとし藤という、ひらがなの「い」の字を10個さらさらと書き連
ねて、そのまん中に「し」の字を通して藤にみたてた洒落た柄の手拭いのふじ
屋である。下町でいて商店街の中というのは一見さんにはちょっぴり勇気がい
るかもしれないが、なぁに臆することはない。粋な手拭い見物もかねてレッツト
ライ!
〈なかやま・あゆみ〉中野の特殊書店タコシェに勤務。佐伯俊男や丸尾末広の
グッズを作りました。
http://www2.pot.co.jp/tacoche/
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■全著快読 山田稔を読む 柳瀬徹
(17)散歩の距離をはさんだ淡い交流
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『北園町九十三番地 天野忠さんのこと』編集工房ノア、2000年、1900円
歩いて五、六分の近所に住んでいた二十歳年長の詩人、天野忠との十年間の
親交を綴った長篇エッセイである。親交とはいっても用事のある編集者の後ろ
についていって、ひたすら詩人の闊達な語りを寛いだ気分で聴いているだけで、
「はにかみ屋」の山田稔はひとりで詩人の家を訪ねていくことができない。新
しい著作が刊行されるとこっそりと相手の家のポストに入れておく。明くる日
には相手の著書が自宅のポストに入っている。散歩の距離をはさんだ淡い交流
が、詩人の最晩年の時間に静かに重ねられていく。
そんな微笑ましくも羨ましい関係に身を浸しつつも、時の流れが確実に詩人
の「輪郭」を崩していくのを作家は見逃さない。当然のこと、同じだけの時間
は自らにも流れる。敬慕と批評眼の誠実な均衡が、たんなる評論でも評伝でも、
回想録でもないこの本に得難い美しさを与えている。
紹介したいエピソードはいくつもあるが、「記憶のまだら闇を手探りしつつ
書き進め」られた本書にクライマックスがあるとするなら、山田稔の大学退官
後の身の振り方に詩人が言及した場面ではないだろうか。「運動不足」解消と
「ボケ」防止のために、週に一度くらい非常勤の講師でもやろうと思う、と言
う作家に、詩人は「一種の気迫」のこもった声で「もう、どこにも行かん方が
よろし」と言い放つ。「私は終始、天野さんに一定の距離をおいて接してきた
(略)天野さんの方も同様で、私の個人生活に踏み込むようなことはこれまで
一度も口にしなかった」「その天野さんが私の今後の生き方について、これほ
ど親身になってくれたことを有難く思った」ただ一度だけの、距離の侵犯。
「わたしは何時でもヒマですさかい」という詩人の口癖を、作家はいつしか
自らのものにした。詩人から手渡された「何時でもヒマ」な日々のなかでは、
遺された言葉や詩を介すれば、作家はいつでもひとりで詩人に会いに行くこと
ができる。祝福にみちた、記憶の散歩道をぬけて。
〈やなせ・とおる〉元書店員。京都で買ってきたほうじ茶が実に美味しく、飲
むたびに感動を新たにする日々。いいのか、それでいいのか。
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■パルプレビュー徘徊記 グッドスピード
(2)オジさん向け新刊案内 「日刊ゲンダイ」の読書欄の巻
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首都圏で夕刊紙といえば、「東京スポーツ」「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」
「内外タイムス」があるが、私の愛読紙は「日刊ゲンダイ」。大手日刊紙の夕
刊より世の中が見えたりする。政治の話題、芸能スキャンダル、3面記事的な
事件・事故のニュース、ビジネス情報、流行ネタ、風俗情報などさまざまなト
ピックスが詰まっているからだ。そして論調はきまって大マスコミ批判。じゃ
あ、あんたは何物か?
さて「日刊ゲンダイ」の読書欄は、その半分を作家の五木寛之が占める。
「流されゆく日々」という連載エッセイだ。すでに6577回(8月15日付)。
それを囲むようにして、事典や企画ものの新刊を紹介する「出版トピックス」、
最近の話題のテーマで書籍を紹介する「ニュースに強くなる本」、作家や評論
家、学者などが寄稿する「週間読書日記」、無署名書評の「新刊読みどころ」
などのコーナーがある。これらもまた「社会の窓」のように、いま世間ではど
ういう本がもとめられているのかがわかるコンテンツである。というのは半分
言い訳で、芸能ニュースや風俗情報もしっかり目を通すのだが。
ともかく私のお気に入りは「新刊読みどころ」で、〈狐〉が書いている号は
面白い。選書も文章もオジさん向けだが、ここを読むとなんだかホッとするの
だ。
ちなみに8月15日付では、佐々木邦著 外山滋比古編『心の歴史』(みす
ず書房)が取り上げられている。文中に「艶福家(えんぷくか)」なんて言葉
も出てきて、なんだか雑学に強くなりそうなのだ。
〈グッドスピード〉〔本〕のメルマガ(毎月5日号)で「一字千金の記」を連
載中。試しに買ってみたはいいが、読書欄がない雑誌も多いきょうこのごろ。
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■あとがき
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リニューアル第一弾に続き、通常の構成で「書評のメルマガ」をお送りしま
す。ちょうどお盆の真っ最中で、都内にはすっかりヒトがいなくなりました。
みなさん、どんなトコロでこれを読んでるんでしょうね。
雑誌の追い込みで、毎日仕事場に出てるんですが、データチェックのため各
出版社に電話しても、ほとんどの版元は夏休みでうらやましい。あと二週間後
に夏休みが取れればイイなあと思ってます。では。 (南)
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